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2006年08月30日

〜Residential系ファンド業界の現状〜

弊社では毎月2回、水曜の朝8時から9時に「早朝勉強会」を開催しています。
早朝にも関わらず、多くの方々にご出席いただきました。

新たな情報吸収のため、出社前の大切な時間を費やしご参加されているだけに熱気があります。

勉強会1.jpg

不動産関係の方ばかりでなく、公認会計士さん、税理士さん、行政書士さん、中小企業診断士の士業の方々も熱心に学ばれています。

今日は第28回目で、上記をテーマに某大手T社の不動産ファンド事業を担当されているK氏の講演でした。

@Residentialファンドの投資目安

Aデベロッパー(開発業者)の収支

Bファンドの投資活動

C仲介業者としての私見

講師は信託銀行を経て、大手金融サービス会社の勤務後、不動産業界へ転身されました。
難しいテーマでしたが非常に分かりやすくお話いただきました。

最近は景気の回復から都心部の土地仕入れは難しくなってきています。
より有利な企画を提案するには最新情報に加えて、このような勉強会は欠かせません。

次回は9月13日(水)ですがR社のHさんをお招きして土壌汚染について学びます。
 ご参加を希望される方は、こちらinfo@urbanbenefit.co.jpまでご連絡ください。

早朝から熱い方々と学べてエネルギーをいただきました。

いい一日のスタートです。
感謝です。

勉強会2.jpg

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2006年08月28日

逆境!そのとき経営者は・・・

大阪経営研究会例会が25日OCATで開催されました。

M教習所を苦境から救い素晴らしい業績をあげているT社長の講演です。

私は2度目の拝聴でしたが、数年前にお聴きして非常に感銘したことを鮮明に覚えています。


* * * * * * * *


深刻な労働争議から企業存続の危機にあった同社の当時の状況を生々しく語られました。
労働争議のもつれから創業社長は辞任に追い込まれます。

後継社長は就任翌日に鉄道自殺。

凄まじい労働争議が吹き荒れる中で3代目を引き継がれたのがT社長です。


「問題は、逃げれば追いかけてくる、追いかければ逃げていく」と当時の困難な状況をリアルに語られました。


彼は膝を突き合わせて組合との話し合いを重ね、労使関係の信頼を積みあげていきました。
労働争議には「徹底的に戦うか、徹底的話し合うか」の二つの選択肢しかないといいます。
労使一体となって経営に取り組んだ結果が今日の業績につながったのです。

T社長の不屈の精神と忍耐力と凄まじいばかりの経営者魂に感動しました。
正に理念と戦略が一致した名経営者です。

「経営は楽しい!真剣に取り組めば、いくらでもやり方があるし、アイデアも湧き出る!」と楽しそうに話されます。
4年後のリタイアを宣言し、2010年までのビジョンとして売上50億、グループ企業10社へとひた走られています。

経営をオープンにし、予算割も人件費50%、広告宣伝費1億円、地域社会貢献費3000万円、教育費3000万円、営業利益は粗利の10%と明確です。

事実同社は強いB/Sを構築し中小企業のモデル会社に相応しい。
餅つき大会や花火大会などを企画され地域貢献されているのは、ユニークで素晴らしいことです。

「人生では何が起こるかわからない」その矢面に立つことも経営者の本懐と喜んで事に当たることも大切です。


そして問題から逃げない、立ち向かっていくことの大切さを痛感させられました。
事実、人生何が起こるかわからない、
まして経営者には何が待ち構えているか予想しがたいのです。

今回の講話でどんな苦境がきても立ち向かっていくことを心新たにしました。

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2006年08月25日

ニューヨーク大菩薩禅堂(6)

翌日、朝から猛暑のなかを観光バスでフーバーダム見学をしました。
コロラド川を堰きとめて造ったのがこのダム。

ダム道路.jpg ダム口.jpg

フーバーダムは、アメリカにとって大変重要な意味を持つ建造物です。

 説明によると、高さ 726フィート(約221mアメリカ第一位) という規模もさることながら、注目はなんといってもその建設時期です。

着工が1931年 (昭和6年)、完成 1935年 (同10年) には驚かされました。

谷.jpg 発電所.jpg

まだ世界中が貧しい時期に、これだけのものを完成させたアメリカの国力の突出が窺えます。 

ダム湖面.jpg 湖.jpg

そして、建設労働者たちが毎晩ラスベガスで遊ぶようになり町は栄えていきました。
ダム完成後も安定した電力の元でカジノ、ホテル、新しいビジネスが次々と生まれ町が活気づきました。

 このダムは今日のラスベガスの繁栄とアメリカの威信を支えています。

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2006年08月24日

「宿命・運命・使命」

8月21日から9月1日の10日間、大阪府の企画に賛同し、我社はインターンシップ生の受け入れを行っています。
企業研修に来た学生さんは6名、全員が中国からの留学生です。
皆、流暢な日本語で受け答えされ、彼らの向学心には驚かされます。

今日、私が留学生の方々にお話させていただいたテーマは、

「宿命・運命・使命」です。


沖縄サミットが開催された万国津梁舘には、小渕恵三元総理の記念碑が建立されています。その碑には、次のように記されています。


宿命に生まれ、

運命に挑み、

使命に燃える


宿命は自身では変えることのできない境遇ですが、
運命は自らの意志でいかようにも変えることが出来ます。
また使命を持って生きることこそが、人生最大の課題ではないでしょうか。


与えられた条件をぎりぎりまで活かす、それが人生を幸せに生きる最大の最深の秘訣であると考えます。

KIF_1241.jpg


徳川家に仕えた柳生家の家訓に以下のような言葉があります。

小才は縁に気づかず
中才は縁を活かせず
大才は袖すりあう縁をも活かす


私はこの「縁」「チャンス」と捉えてよいと説明しました。


中国の学生さんに上手くお伝えできたかわかりませんが、今回の訪日を彼らの人生でチャンスに活かして欲しいと願っています。

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2006年08月23日

100%例会

21日福山経営研究会の8月度例会にお招きいただきました。

100%例会(全会員参加)
を目標に小林会長始め、役員会員の方々のご努力によって見事に実現されました。

100%例会は我々経営研究会のです。

実現された福山経営研究会の皆様方に、心からの拍手を贈ります。
意義ある例会にしていただき感謝しております。

講演2.jpg

今回の講演テーマは、「B/S経営が強い会社にする」でした。

パン.JPG iriguti.JPG 建設.JPG

講演に先立ち3社を企業訪問させていただきました。

訪問先の創業103年のパン・サンドイッチ製造販売老舗P社からは、企業永続の秘訣を教えていただきました。

次の園芸ブロック「フラワーサークル」の製造販売T社は、堅実経営でよく知られ、業績も全く素晴らしくB/S経営のモデル企業に相応しい会社でした。

最後は「恵みあふれる大空間のある家」太陽光発電システムの省エネコンサルティングなど特色ある家作りが好評を博しているS社です。

応接室の額に
「儲けるとは信者づくり、人財づくりである」と書かれた
創業者の言葉が印象的でした。

「共に学び共に栄える」を経営研究会の理念として、会員間同士は決算書をオープンにして学びを深めています。

大きな成果を収めた例会後の懇親会もたいへん盛り上がりました。

福山の皆様ありがとうございました。

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2006年08月22日

ニューヨーク大菩薩禅堂(5)

ニューヨークからデンバーを経由で、ラスベガスへ入りました。
20年ぶりの訪問です。

空港ターミナルビルも3つに増設され、モノレールがターミナルビルを繋いでいました。
世界中から観光客をひきつけています。

今やカジノの街からエンターティメントシティへと大きく変貌を遂げているのです。

ストリップ通り.jpg


中心街のストリップ通りに面するホテル、モンテカルロは3000室の規模を誇ります。

モンテカルロ.jpg

ホテル内は多くの家族連れで賑わっていました。
マジックショウなど家族が楽しめるよう企画されています。

やはり、ここはカジノの本場です。
私はギャンブルで熱くならない性格ですが、200$を限度に時間も2時間と決め勝負しました。

ブラックジャックを中心にして遊んでいましたが、時間がきたため、最後のコインをルーレットに賭けました。

なんと、これが大当たりになり、400$が戻ってきました。
200$の儲けです!

これも大菩薩禅堂のご利益でしょうか。

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2006年08月21日

ニューヨーク大菩薩禅堂(4)

自由の女神.jpg


自由の女神像を遠くに望みながら、セントラルパークへ移動しました。


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マンハッタンの中心部にあるこの広大な公園も、よく手入れが行き届いています。
綺麗に清掃され、森林に覆われた中をジョギングやサイクリングなどのスポーツに汗を流している人々を見かけました。

このような公園が大阪の中心街にあればと、羨ましく思いながら散策を楽しみました。

やがて公園に沿って、プラザホテルのあるところまで歩きました。

1985年9月に米、日、独、仏、英の先進5カ国蔵相がこのホテルで
米ドル高を是正するために協調介入する旨の声明が「プラザ合意」です。

日本の経済に大きなインパクトを与えました。
日本は円高対策として超金融緩和政策をすすめたのが、バブル経済の引き金となっていきました。

「Japan as No,1」書籍が出版されました。
そのような幻想が国民の気持ちを支配していましたが、バブル経済の崩壊で微塵に砕かれたのです。

そのプラザホテルも時代の変化についていけず、現在は高級マンションに改装中です。

「プラザ合意」のあったその年は、私が本格的に不動産事業に参入した
忘れられない年です。

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2006年08月19日

♪タヌキが噛んだ小指が痛い♪

いつものように阪急岡本駅から保久良神社を経て風吹き岩へのコースを登っていると、

ヨチヨチとが道に出て来ました。

お腹がすいているのか元気がなくヨロヨロと足元がおぼつきません。
パンを千切ってあげると美味しそうに食べました。
その時、妻の小指を噛んだらしいのです。  

♪タヌキが噛んだ小指が痛い♪と妻が歌い出しました。

しかしこのタヌキ、人を怖がりません。
誰かがペットで飼っていたのでしょうか。
ペットであれば家族も同然。
大切にして欲しいものです。

六甲ではいろんな動物に出会えるのも楽しみの一つですが、タヌキは初めて。

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2006年08月18日

ニューヨーク大菩薩禅堂(3)

大菩薩禅堂 金剛寺から「コニカミノルタ」アメリカ本社を視察のあと、ニューヨークに戻りました。
今夜泊まるルーズベルトホテルはミッドタウンの中心部に立地する18階建ての伝統的なヨーロッパ調のホテルです。

劇場街、ショッピング街、ロックフェラー・センターやグランド・セントラル駅などが徒歩圏内にあります。
開業は1924年の由緒ある老舗で、エントランスにある装飾品や備品が往時の豪華絢爛さを偲ばせます。
82年前と言えば、日本は大正時代です。
アメリカの近代文明が、いかに発達していたかを思い知らされます。

とおり.jpg

ホテルのチェックインをすませて、今夜のディナーは、ホテル近くの本場ニューヨークステーキレストラン。
日本の3倍ぐらいのボリュームがありましたが、肉は柔らかく味付けも塩味だけであっさりして美味しく頂きました。
全部をたいらげた、私の健啖ぶりに同行のメンバーも驚いていました。

料理.jpg

翌日は朝からニューヨーク市内観光。
日本人ドライバーの案内で、ダブルテロのあった現場へ行きました。
テロ当日の様子が生々しく掲示板で説明されていました。

zero.jpg

アメリカの威信をかけてテロで倒壊したビル以上の高層ビルを建設中であると言います。
日本の平和をしみじみありがたいと思いました。

テロ.jpg

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2006年08月17日

快適な「人間ドック」

お盆休みを利用して2泊3日の人間ドックへ行ってきました。

同年齢の王貞治監督も定期検診で緊急手術をされたばかりです。
長嶋茂雄さんも数年前に倒れて半身不随を余儀なくされています。
私もそういう年齢なったのでしょうか。

人間ドックは身体の悪いところを見つけるところで、どうしてもネガティブになります。
ところが、昨年から病院の都合でシティホテルに宿泊し、タクシーの送迎を受けて病院で一日5時間程度の検査を受けています。
病院とホテルでは漂う雰囲気がまるで違います。

ラマダホテル.bmp 部屋.bmp


病院は大勢の患者さんが来ていますが、ホテルには旅行者や家族連れの方々が楽しんでおられ、華やいだ雰囲気があります。

早朝、ホテル付近をウォーキング、夕方はフィットネスで汗をかきます。
ホテルライフを満喫し、まるで避暑地のような気分です。

しかし、検診結果は心配しながら待っています。
昨日も内視鏡検査で、緊急手術に入られた方がおられました。
私も何かあるのでは、、、と不安感がつのります。
結果は昨年と大きな変化はなく、ほっとしています。

人間ドック結果.bmp

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2006年08月16日

「企業の究極の目的とは何か」

8月10日草津市で滋賀経営研究会主催の例会で「BS経営が強い会社にする」をテーマに講演させていただきました。
「企業の究極の目的とは何か」の質問からお話をさせていただきました。
この問いはThe Goal(ザ・ゴール エリヤフ・ゴールドラット著)のサブタイトルになっています。
著者は「利益をあげ続けること」だと明確にされています。
その経営結果が決算書なのです。

特にバランスシートには、今までの利益の積み重ねが自己資本額として表示されます。
残念ながら多くの中小企業経営者は、PL(損益計算書)のみを追求しBSは念頭にないのです。
これでは強いBSはつくれませんし、強い会社もつくれません。
その意味でも会社のビジョンに自己資本目標額があるかないかで経営結果が大きく違ってきます。
その具体的な事例をいくつかあげました。
PLは短期思考でBSは長期思考つまり戦略思考なのです。
2時間の講演でしたが参加された経営者や幹部社員の皆さんが大変熱心に清聴していただきました。
その後の懇親会でも活発な経営問答や感想などをいただき嬉しかったです。
滋賀の皆さん長時間ありがとうございました。

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2006年08月11日

ニューヨーク大菩薩禅堂 金剛寺(2)

大菩薩禅堂 金剛寺はマンハッタンから北西へ、車で約3時間のキャッツキル州立公園の広大な自然森林の中にあります。

標高800M程度あり、北海道の緯度と同じ厳冬になります。
山門をくぐり4キロの参道を登りつめると、まさに、天地創造を彷彿させる神秘的なビーチャー湖が広がっています。

湖.JPG

金剛寺のエントランスには、坂村親民先生「念ずれば花ひらく」600号記念碑が私たち一行を迎えてくれました。

坂本真民先生.JPG


大菩薩禅堂は、臨済禅の実践道場として多くの人々を受け入れています。
金剛寺は嶋野榮道老師が30年前に開単されたものです。


お堂.JPG

私たちも堂内を案内された後で座禅タイムです。
そして部屋で少休憩した後、夜の座禅です。

翌日も朝6時から禅堂に座ります。
夕食は精進料理でしたが、歓迎の日本酒も用意されていました。
自己紹介をかねた弟子の雲水たちとの会話が夜遅くまで続きました。

しかし、ここでは全て英語です。
英会話は私の緊急課題だと、認識を新にしました。
嶋野老師様とは、大阪で開催された同老師の講演会でご縁をいただきました。

嶋野僧.JPG

全員.JPG

老師は、野性味と人間性豊かなアメリカの禅を広めようとされています。
男女半々の10数名の雲水(うんすい)達がいろんな国からやって来て修業をしていました。

2006年08月10日

ニューヨーク大菩薩禅堂(1)

「10年後の私への手紙」に、70歳(古希)に「禅堂への修行」目標があります。
今回知人が、大菩薩禅堂の訪問を企画してくれました。
参加者は12名です。

8月1日から1週間現地を訪問してきました。
ニューヨークは20年ぶりです。
タクシー車両なども前より綺麗になっていました。
道路もよく掃除され街全体に落ち着きを感じます。

タクシー.JPG 横断歩道.JPG

最初に訪問したのは、ニューヨークの中心街マンハッタンに建立された 正法寺です。
都会に住むビジネスマンでも、本格的な坐禅や研修が体験できます。

私も早速、時差ぼけの中で1時間の座禅に挑みました。
初心者はまず坐禅の手ほどきからです。
座禅の後に、お香が焚かれた禅堂で抹茶と和菓子の接待を受けました。

洗練された禅堂の清楚な雰囲気から、NYに居ながら禅の精神をつぶさに感じ取ることができました。

通り.JPG 堂.JPG

初日の宿泊は、ウェストポイントのアメリカ陸軍士官学校の敷地内にある由緒あるホテルです。
重要文化財として登録されています。

ダブルテロ以来、警備が大変厳しく、仕官学校内を散歩するにもパスポートを携帯し守衛所で提示します。

日本の国会議事堂のような石造りの建築は威厳があります。

ここからアメリカの優れた国家のリーダーが輩出されているのです。
マッカーサーやアイゼンハワーの銅像もありましたが、撮影は禁止されています。

ほてる.JPG 絵.JPG 店内.jpg

2006年08月07日

接客サービス

難波の千日前でお手洗い借りるためパチンコ店(スロット専門店)へ入って驚きました。
若い男性店員がアイコンタクトしながら、
「いらっしゃいませ」
と笑顔一杯に迎えてくれます。

店から出るときも女性店員がこちらの目をしっかり見ながらスマイル一杯の笑顔で
「ありがとうございました」
と大変丁寧に挨拶してくれます。

かなり高度な社員教育がなされているのを感じました。
服装や態度に、挨拶の仕方やホールの清掃、そしてお手洗いの清潔度など完璧でした。
ここまで接客サービスが徹底していることに、正直驚きを超えて感動しました。
シティホテルに劣らないサービスを目の当たりにし、さすが地区の老舗店舗だと思いました。
 
P店.jpg  P店1.bmp

千日前は有力企業が相次いで進出し、大型店舗がひしめき合う全国有数の激戦地だと聞いています。
暖簾や老舗だけでは生き残れません。
競争が更に新たなサービス競争を生み出しているのでしょう。
どの業界でもお客様に選ばれた企業のみが生き残れます。

私どもの経営理念である「お客様に喜ばれる会社創り」を具現化しお客様から選ばれる企業になれるよう心新にしました。

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2006年08月03日

私の原点

@ 父の死
A 長男
B 日本
     

原点1.bmp
(左が私です)
   
この3つが私をつくった原点です。
父が他界したのは15歳の春でした。

「お前は長男だ」

が父の遺言です。
父亡き後は、長男が家長としての務めを果たすのが儒教思想の教えです。
私はそのように育てられました。
父が他界したとき、母が33歳で妹弟が4人の6人家族でした。
末っ子の弟は4歳です。
文字通りの貧乏人の子沢山です。
母と共に貧困生活との闘いが始まりました。
15歳で始めた廃品回収業、17歳で島根から大阪に出てきて、飯場の人夫も経験しました。
見よう見まねで始めた最初の事業である飯場も、戦後の復興から高度成長経済の後押しを受けて、ガス配管工事業社へと成長させていただきました。
そして会社の成長と共に、夢も大きく膨らんでいきました。

父がやる場を、
長男の立場が責任を、
そして日本という舞台があり時代の後押しを受けました。

今年、66歳になりました。

お陰さまで、手応えのある半生をおくらせていただきました。
今振り返ると成長できる、良い環境を与えられたことに感謝です。

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