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2007年10月31日

No323 受戒-その5 青い目の雲水達-

4日目。昨夜も睡眠薬を服用して眠りました。2日続きの睡眠薬で身体への影響が少し心配。しかしながら今日で7日間の日程の峠を越したわけです。ほっとしました。あと半分です。座禅も、座禅用の丸い座布団を両足の間に3枚重ねで正座すると嘘のように楽になりました。嬉しい。4日目になり、連日の長時間の座禅に耐えられなくなったアメリカ人には、座布団の上に椅子を置いてすわっている人達も数人います。

DSCF2965-No323.jpg良いお天気です。静かです。縁から庭をじっと見ていると、大菩薩禅堂の庭一面に散った落ち葉が風にゆられて動いています。落ち葉のひとつひとつが草原の動物のように見えました。動物達が楽しそうに動いているように見えました。庭を静かに眺める余裕もでてきました。

金剛寺にいるとなんだか映画を見てるような、夢を見てるような不思議な感じがしてしまうことがあります。それは、雲水のほとんどが日本人ではなく、青い目をした雲水達もいるからです。今回の受戒接心の修行に参加している人達もほとんどがアメリカ人。顔形があの映画に出てくるいわゆる“外人”なのですが、それが着物を着たり、日本の僧侶と同じ装束を見にまとったりして、お座布団にすっと馴染んで座っているのです。お経は日常的なものは全部暗記していて、日本人でも仏教に興味のない人にはわけがわからなくて呪文のように聞こえてしまうあの経文を、木魚に合わせて口からすらすらと自分の体の一部であるかのごとくに自然に唱えます。食事も日本と同様にお箸とお椀なのですが、ごく自然に、あたり前の顔をして上手に食べています。

女性の雲水は若い人ばかりでした。目や表情もまだまだ可愛らしい娘さんで、頭髪を綺麗に剃っても、それがファッションに見えてしまうくらいに活き活きとしています。袈裟の装束さえも彼女たちが着ると洒落たファッションに見えてしまう。英語で育った人達だから、会話は全部英語。これもまことに不思議な光景です。

ここで一緒に座禅を組んでいるアメリカ人達の前世の1つはきっと日本人であったに違いない。。と私は勝手に解釈しました。

さらにびっくりするのはここの雲水や修行に来る人の中には、日本人顔負けの礼儀正しさを持った人達がいることです。しぐさやものごしが大変に礼儀正しい。現在の日本でももう見受けられないくらいの人達もいます。

金剛寺のアメリカ人の雲水達が日本と違うところは、本質的に“陽”の雰囲気を持っていることです。修行中は別ですが、戒律や規律に沿う範囲では冗談も飛ぶ。陽気に笑います。アメリカに渡って“陽”の部分を得た寺の雰囲気は、親しみやすさを増したように見えます。

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2007年10月30日

No322 受戒 -その4 法名 鳳雲-

受戒3日目。昨夜はいただいた睡眠薬を服用してやっとぐっすりと眠ることができました。朝4時には廊下の外を起床の鐘を鳴らしながらお寺の小僧さんが通るのですが、あのけたたましいばかりの鐘の音さえ聞こえない程に熟睡してしまった。雲水が心配して起こしにきてくれてやっと目が覚めました。睡眠薬とはかくも効くものか。体調もやっと改善してきて少しばかり安心できました。

スケジュールの中には、独参といって毎日嶋野老師との短い面接が設けられています。今日の独参では老師は、日本から来られて、若い方と一緒に良くがんばっておられますね。大変なことなので途中で辞められるのではないかと思っておりましたが。木村さんは大切な方だから長生きしていただかないと。
とおっしゃいました。姿勢が悪いこと。腰骨を伸ばして丹田から息を吐き出すとよいことも教えて下さいました。独参で短時間ですが、お会いする度に、嶋野老師の大きさ優しさ温かみを感じます。どっしりした人格づくりが私の70代への課題です。老師のゆったりとした態度の説法を見習いたい。70代になれるでしょうか。成学を1年くらい老師に預けてみたいと思いました。

初日に嶋野法師より法名をいただいたきました。鳳雲(ほううん)です。鳳は英語ではphoenix、不死鳥です。不死鳥は500年または600年毎に自ら香木を積み重ねて焼死し、その灰の中から生まれ変わるといいます。スケールの大きな名前に感動しました。雲の上を飛ぶ不死鳥。何と素晴らしい法名でしょうか。大変気に入りました。このような素晴らしい法名を授けてくださった嶋野法師に感謝します。座禅堂を作り鳳雲堂としたいものです。実際にこの法名をいただくのは、7日間の修行を終えた後の授戒式です。

3日目になると座り方のコツが少し分かってきました。だんだんといろいろな作法も見えてきて、戸惑うことも少なくなってきました。なんとか最後まで続けられそうです。

<写真 下 : 金剛寺 湖畔の風景>
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2007年10月29日

No321 受戒 -その3 続けられるところまで続けてみよう-

朝4時半、鐘の音で起床。初日のハードスケジュールで疲れていたはずなのに、気が高ぶって昨夜も2時間しか眠れなかった。このままでは体が持つか心配。早朝のセッションに参加した後、高弟に事情を伝えて午前中の休みと睡眠薬を頼みました。4時間熟睡し体調も少しばかり回復。参加者は受戒済みの高弟方や修行中の経験のある方々ばかりで全く初めての参加は私だけのようです。最後まで続けられるか不安がよぎります。

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この期間は、朝4時起床から夜10時半まですべて戒律に従って行動します。座禅、呼吸の仕方、休憩のとり方、順番に添った歩き方、合掌、お辞儀、読経、食事作法、茶方、掃除に至るまで細かい作法があります。私は作法はまるで駄目。何度も注意を受けます。高弟から座禅時に体が動きすぎると注意されました。その後必死にトライして動かずにやれたように思う!!座りっぱなしで足が痛いですが、老師からは皆痛いんですよと言われました。座る姿勢が悪い、背骨が曲がっていることも指摘されました。いい姿勢は生きる姿勢が良いことも表す。曲がった背骨を直す良い機会と受け止めました。急に曲がった背骨は伸びませんが、毎日気をつけて少しずつ背骨をまっすぐにしていこう。

<写真 下:金剛寺の入り口にあり、“念ずれば花ひらく”と刻まれています>DSCF2925-No321.jpg

<一週間のスケジュール>
4時   起床
4時半 読経と座禅
7時半 朝食
8時   清掃
9時   読経と座禅
12時  昼食
13時半 座禅
17時  薬石(夕食)
18時半 座禅
22時半 終了

かなりハードなスケジュールで睡眠の確保が問題です。修行なので休み時間や睡眠時間はあえて少なくとってあるようです。ちゃんとした休みは昼の1時間だけです。しかも1日に2回ほど、1回が1時間くらいの長い座禅があります。読経の後の座禅が長いのです。読経は皆お腹の底から声を出して大声で読んでいます。食事は無言で作法に従って済ませます。この作法というのが椀の包み方、テーブルへの乗せ方、食事をつぐタイミングから食べるタイミングに至るまで細かいのです。食べる速度も周りに合わせなくてはなりません。これを1週間続けるにはしっかりした体力が必要です。とにかく、どこまで続けられるか、続けられるところまでやってみよう。

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2007年10月28日

No320 受戒 -その2 静寂の中でひたすら座る-

No320 受戒 -その2 静寂の中でひたすら座る-

朝4時起床。10月28日、今日から7日間の受戒接心が始まりました。この期間は心を静めてひたすら座ります。
受戒とは簡単に言うと仏門にいる者が仏の定めた戒律を受け正式に仏教徒になることで、今回は12人。接心とは禅の修業で、心の散逸を防ぎ公案に全神経を集中して坐りぬくことのようです。日々散らばっている心を静かに1つに集めることに専念します。そこから自分の心を周囲でなく自分自身でコントロールできるようになったり、いろいろな心の変化が実感として学べると言います。

今回の受戒接心の参加者は20代〜40代が中心で30名くらい。アメリカ人の高弟や修行中の弟子達です。現地の日本人やここで住んでいる日本人の僧侶もいますが日本からは私だけで、門外漢のような感じがします。

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30余人が座っているにもかかわらず、禅堂にはもの音1つしません。限りない静寂が続く。外はまだ暗い。禅堂も仏壇に蝋燭が灯っているくらい。座禅には40分くらいのものや1時間のものもありますが、その間、もの音1つしないのです。足が痛いからといって、座りなおすことは音がするので慎むべきとされています。ほとんどがアメリカ人ですから、彼らにとって座禅は辛いことであろうと察します。1時間の座禅で何度か座り直した若いアメリカ人男性に、雲水が大きな声で“Stay still!(じっとしているように!)”ときつく注意します。くしゃみをして鼻をかんだ女性には“Quiet!(静かに!)”と大きな声で注意がとびます。呼吸で音がすると、静かに息をするようにと注意されます。当然のことながらその間はトイレに席を立つことも許されません。

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禅の修業では、特に沈黙を重んじ私語を禁じているようです。物事を伝達するのには、言葉の代わりに音が多く使われています。起床時刻や集合時刻は小さな鐘を振って知らされます。朝昼晩の時は梵鐘(ぼんしょう)で、食事などは雲板(うんばん)で、座禅の終わりや区切りには磬子が使われていました。私語は常時禁止で、廊下ですれ違っても挨拶すらしません。食事の時も同様、全くおしゃべりは許されません。早朝から夜遅くまで、7日間、徹底した沈黙の世界に浸ります。そして静寂の中でひたすら座り続けるのです。

座禅の始まりや終わりを知らせる磬子の響きが静寂の中に染み入っていきます。芭蕉が“静けさや岩に染み入る蝉の声”と詠んだごとく、音がまるで染み入っていくように感じられるほどに静かなのです。

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初心者は息に注意を集中し、心と息を1つのものにすることと言われました。坐禅によって開かれる境涯は“一体化”であるようです。自己と外界との一体化とまでは私はとても及びませんが、せめて自己の心と体の一体化。まずは心と息の一体化を実感することができれば、と思いました。

限りない静寂。ただひたすら座ります。

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2007年10月27日

No319 受戒 -その1 NY大菩薩禅堂金剛寺到着-

今回のNY訪問の目的は、NY大菩薩禅堂金剛寺の尊敬する嶋野栄道老師のもとでの受戒です。
期間は10月27日から11月4日まで。27日はオリエンテーション。受戒の為の期間は28日から11月3日までの7日間。11月4日に下山です。

大菩薩禅堂金剛寺 ( http://www.daibosatsu.org/dbzindex.html )は、アメリカ、NYのマンハッタンから車で3時間程のキャッツキル山中にある臨済宗のお寺です。NHK放送21世紀仏教への旅や五木寛之の著書でも紹介されています。嶋野栄道老師は、アメリカの地に仏教を広めている功績が認められ、2005年仏教伝道文化賞を受賞されました。

金剛寺は山中にあります。マンハッタンから向かう途中で激しい雨に見舞われました。ハイウエイを下り、だんだん細くなる山道を1時間程行くと金剛寺の入り口が見えてほっとします。嶋野老師はいつもの人懐こい笑顔で暖かく迎えて下さいました。

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本日27日はオリエンテーション。受戒期間のスケジュールを見ると、起床は4時、夜の10時半までびっしりとスケジュールが組まれていてびっくり。ここまでハードなスケジュールであることは全く予想していませんでした。オリエンテーションの初日から早速座禅です。食事用に大中小の3つのお椀と箸をいただきます。同じものを期間中使います。飲み物も含め全てをこの3つを使っていただく精進料理です。今だに時差ぼけがとれず、夜眠れないのに、このようなハードスケジュールで体が1週間持つだろうか。。。という不安がよぎりました。

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2007年10月26日

No318 移民のエネルギー

マンハッタンを歩いていると、あちこちでストリートミュージシャンを見かけます。アフリカの黒人のドラム、南米の伝統音楽の笛であるオカリナなど、さまざまです。ミュージシャンをめざしているというよりは、生活の為の資金稼ぎも多いようです。

マンハッタンには世界中からいろいろな民族が、精神的あるいは経済的自由、つまり豊かさを求めて移民してきているようです。不法移民も少なくない。言葉も不自由。しかしなんとしても生きていかねばならない。生きる為には少しでも稼ぐ。できることは何でもする。やってみる。そういう移民のエネルギーが街には溢れています。私はそのエネルギーが好きです。

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地下鉄の駅で黒人少年のグループストリートミュージシャンを見かけました。彼らの演奏はなかなかのものです。黒人のリズム感は魂の底から湧き出るように響きます。家路を急ぎながらも、思わず足を止め聞き入っている人達も多い。私もしばらく聞きほれました。前に置いてある楽器のケースにお金を入れるようになっています。私も少しばかり置きました。

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No317 NY芸術散策

今回のNY訪問の目的は受戒なのですが、NYに到着してから3日間は時差ぼけをとり体調を調整 する期間としました。せっかくの機会ですから、この間にNY市内を見て歩くことにしました。その中の1日は芸術散策としてみました。メトロポリタン美術館、アメリカ自然史博物館を見て、それに隣接するセントラルパークを歩き、夜はブロードウエイのミュージカルを見ました。

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メトロポリタン美術館はとにかく広い。歩き回るだけでも結構体力がいります。レンブラントの特別展示中で、彼の有名な作品のオリジナルで、日本ではなかなか簡単にお目にかかれないような作品も見ることができました。私は絵についてはよくわかるほうだとは思いませんが、中世の油絵の、布や紙や金属など、描いてあるものの質や肌触り、古さまで感じさせるような描写力には驚かれされました。1階には紀元前15年頃のエジプト神殿がエジプトから運ばれ復元されていました。
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museum-natual-histry-No317.jpgアメリカ博物館でははいってすぐのホールに巨大な恐竜の化石があります。実際の化石は大事に保存してあり、ここに使われているのはその骨から鋳型をとって作った複製とのことですが、それにしてもすごい。圧倒される大きさです。

セントラルパークは広大です。世界の中心NYにこのような自然豊かで広大な公園があるというのは、まさに驚きです。このような素晴らしい都市計画を持てるというスケールの大きさとその先見性に感心させられます。

夜8時からはミュージカル。ブロードウェイの本場のミュージカルは、客の乗りがとても良く、客と舞台が一緒になっています。昔ながらの古い、日本に比べると狭い劇場を使っていることもあるのかもしれません。私は日本で劇団四季によるミュージカルを見に行ったことが何度かありますが、ミュージカルのレベルは最近は日本もブロードウェイに負けていないなあ。。と感じました。

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2007年10月25日

No316 カーネギーのお墓参り

今回のNY訪問で、私の長年の願いであった鉄鋼王アンドリュー・カーネギーのお墓参りをすることができました。
カーネギーは私が一番尊敬する人物であり、私は彼のように生きたいと思っています。

カーネギーは1835年スコットランドに生まれ、1848年家族と共にアメリカに移住しました。貧しい移民の子として13歳から働き始めた彼は事業家として大成功を収め、巨額の富を得ます。彼はその富の多くの部分を社会の為に使いました。彼は働かない者を大変に嫌いました。そして、富というものは社会からの預かりものであり、それを得た者はそれをうまく社会の為に使う義務があるという考え方をしました。まさにその通りであると思います。

彼の墓はNY市の北、Sleepy Hollowにありました。ロックフェラーの墓があるのと同じ墓地ですが、カーネギーの墓は彼の成した偉業や富からは予想できないようなシンプルで目立たないものでした。彼の人柄が現れています。

<左の墓石がカーネギー。右は夫人の墓石>
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彼の建てたカーネギーホールはNYマンハッタンの7番街と57丁目の角にあり、100年以上経った現在でも、立派なコンサートホールとして使われている素晴らしい建物です。
また、彼が住んだ家はセントラルパークと5番街を挟んで建ち、今はクーパーヒューイット美術館として使われています。

<左:カーネギーの邸宅> <右:カーネギーホール>
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book-No316.jpgカーネギーの著書である“富の福音”(きこ書房出版)は私の愛読書であり、何度も読み返しています。彼の生き方から学ぶものがなんと多くあることでしょう。

彼は成功の一番大きな条件は貧乏に生まれることである、と言っています。貧乏からなんとかして抜け出したいという強い思いが、人に大きなエネルギーを与えるのです。また、彼は、誰でもよい機会に会わぬ者はない。 ただ、それをとらえないだけである。とも言っています。まさにその通りです。

カーネギーにまつわる場所を幾つも訪れることが出来、大変に良いNYの旅となりました。

2007年10月24日

No315 NY120年の歴史のステーキハウス

現在NYを訪問中です。今日は創業1887年、ピータールーガーステーキハウス( http://peterluger.com/)でランチにしました。
このレストランはNY、ブルックリンにあり、100年以上も味のよさで人気を保ちニューヨーカーに愛されています。

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レアーで頼んだ分厚いステーキはジューシーでなんとも美味しい。バター味で肉のうまみをいかしています。ディナーの予約はいつも一杯で予約は難しいらしいですが、ランチもお昼の2時前には、もうほとんど満席になりました。
ウエイターは皆きびきびと気持ちの良い対応で、忙しくテーブルの間を歩いています。皿一杯のステーキは、お腹一杯で食べきれない程。さすが、100年以上もニューヨーカーの胃袋を満足させてきただけのステーキです。

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2007年10月22日

No314 「私の経営者人生」親も国も時代も選べない

10月22日、岐阜青年商工会主催のセミナーが岐阜駅前「じゅうろく」ビルで開催され講師としてお招きいただきました。テーマは、「私の経営者人生」逆境にまさる師なし!です。

冒頭に、皆さんは親を選んだことがありますか?生まれる国を選んだことがありますか?時代を選んだことがありますか?と尋ねました。答えはノーです。親も子供を選ぶことは出来ません。ただ与えられるだけです。与えられた環境や条件をいかに受け止めるかが、自らの運命を切り開く鍵になるのです。

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今年インドを旅行しましたが、その時に、もしも私がこの地で生まれて@父を亡くしA長男に生まれたら家族を養っていけただろうか。。と考えました。結論から言えば、この地では大変厳しく難しいと思いました。中国でもそのように感じました。日本という舞台があればこそ、父の遺言を守りその責任を果たせたのです。私の人生について話ました。

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後半は「BS経営」が王道の経営であること、またバランスシートの威力についても説明しました。10年後20年後のBSビジョンを明確にすることが重要であることを伝えました。10年後20年後だからこそ大法螺を吹くことも可能なのです。

講演会後の懇親会にも多数の方々が参加して遅くまで質問や感想などを下さり、とても嬉しく思いました。

<Hさんからいただいたメールより>
お話を聞いていて、不勉強な私には耳が痛くなる言葉もありましたが、逆にそれが励みにもつながりました。私の会社はまさしく昭和時代型経営であり、変化に対応することはなかなか難しいのですが、これからなにか変化してゆこうという気になれました。お話を聞かせて頂いて、ほんとうにありがとうございました。

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2007年10月19日

No313 幸運はチャンスと準備の交差点

10月19日、広島青商会主催のビジネスセミナーがT信用組合の広島支店で開催され講師としてお招きいただきました。

広島市は私の故郷である島根県益田から一番近い大都会です。子供のころの郷愁が蘇る。会場には若い実業家の方々も多数参加されていました。過去のしがらみの少ない若い人には、時代環境の変化をチャンスとして前向きに捉えることが大切だと話しを始めました。

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現在、我々は人類史上例のない、空前の変革期に生きています。これからの10年間の世界の変化は未曾有のものになる、と楽天の三木谷社長も著書“成功のコンセプト”(http://item.rakuten.co.jp/book/4520923/ )で語っています。

IT革命による大変貌、経済グローバル化という時代の変化にどう立ち向かうか。変化をチャンスとするか。変化に怯えてゆで蛙になるか。が問われます。
変化をチャンスに変えるには、分母を大きくしなければなりません。「幸運はチャンスと準備の交差点」という英語の諺もあります。

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そして人生を生き抜くことも変化対応なのです。与えられた条件をいかに生き抜くか。誰でも自分与えられた原点があります。私の原点は、@父の死 A長男 Bバブル経済の崩壊です。
昭和32年に島根から大阪へ出て起業、そしてバブル経済に翻弄されました。そのバブルの経験が、ドンブリ経営から「BS経営」につながったのです。自らの人生を振り返りながら我が経営観を語るうちに2時間が瞬く間に過ぎ去りました。

その後の懇親会にも多くの方が参加してくださり、一問一答の経営問答が夜が更けるまで続きました。セミナーには30数年ぶりの懐かしい友人の顔も見られ、旧交を温めることもできました。 
熱心にご清聴くださった参加者の皆さんに感謝致します。

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2007年10月18日

No312 「強小は弱大に勝る」中小企業の戦略

10月18日、大阪天満のOMMビルで開催された株式会社シーエーシー主催(http://www.cacgr.co.jp/)の10月度セミナーに講師としてお招きいただきました。
 
中小零細企業の経営者・幹部の方々の勉強会だとお聞きしました。冒頭に「強い会社」と「大きい会社」の違いについて話しました。バブルが崩壊した1990年までの右肩上がり経済の時代には、私は大きいことが企業の成長だと思っていました。ひたすら売り上げと店舗数そして従業員数の規模を追いかけました。経験と勘と度胸のドンブリ経営が多かった。しかし実は、それは成長ではなく膨張だったのです。

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バブルが崩壊し経営が行き詰まって初めて、中小企業の求める経営とは何か、経営知識の不足を痛切に感じました。グローバル経済下で生き残る為の経営知識について猛勉強を始めました。そしてデーターに裏づけされたサイエンス、シンプル、スピード、つまり3S経営に切り替えてきました。バブル崩壊のどん底からいかに生還したか、3S経営でいかにして「小さな大会社」につくり変えてきたか、という弊社の事例についても話しました。

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「強小は弱大に勝る」。弊社アーバンベネフィットは僅か10人の小規模ですが、だからこそ環境変化にも機敏に対応でき、資本金10億円の「小さな大会社」としてさらに成長を続けています。我々は現在、人類史上例のない、空前の変革期に生きています。IT革命の進行でこれからの10年間、世界の変化は未曾有のものになると予想されます。変化をチャンスとする為にも「BS経営」の重要性を訴えました。

大変熱心にご清聴いただき与えられた90分が飛ぶように去っていきました。
少しでも皆様の経営のヒントになれば嬉しく思います。

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2007年10月17日

No311 夢は必ず叶う。渋谷維新

10月17日、渋谷東急インにて開催された渋谷区倫理法人会主催の経営者モーニングセミナーに講師としてお招きいただきました。早朝6時の役員ミーティングにも参加。大きな声で腹からハイ!ハイ!発声練習が始まります。そして今日のセミナーの進行を確認。続々と会場に入られる会員同志の元気な挨拶が響くと会場にエネルギーが充満します。

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定刻6時30分、ベルを合図に開会を宣言。3年ぶりの講演です。経営とは変化対応業ですが、冒頭にこの3年間の変化について伝えました。まずは私自身の変化ですが、BS経営とオープンブックマネージメントの研究の為に大阪府立大学大学院に学び卒業、「逆境にまさる師なし」の出版、そして弊社は不動産管理から完全撤退して中小企業の再生をメインとするようになりました。3年前の資本金1億円が現在10億円に膨らんだ経緯などを伝えました。持ち時間は40分なので超特急でスピーチです。

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その後の朝食会で活発なご質問をいただき、経営問答にさせていただきました。渋谷倫理法人会は、沼田会長の強いリーダーシップのもとで「渋谷維新」を旗印に掲げて同倫理法人会の活性化に取り組んでおられますが、会長の強い想いと真摯な姿勢が会員を引き付けています。トップの姿勢次第でこんなにも会の空気が変わるものであることに感心させられました。

<弊社高橋君の感想>
会長の講話を伺いまして、日頃とは異なる様々な思いが湧いてきました。印象に残ったことの一つに経営者の住む世界という話がありました。経営者は二つのどちらかの世界に住む。「BS経営の世界」と「PL経営の世界」。ビジョンの実現に向けて日々変化し続けていく「BS経営の世界」に身をおいていますと、常に学び続けていくことは必要不可欠であるということが肌身で感じられます。そしてそのことを会長の講話でも確認いたしました。この4年間で大きな変化を遂げ、その変化対応力がますます高まる過程にある当社で中小企業の企業再生支援を行えることの価値は計り知れないものがあります。それと共に社会から求められる仕事をしていることへの責任も感じた次第です。

<Nさんからいただいたメールより>
お世話になっております。本日、倫理法人会渋谷区早朝セミナーにて講演を拝聴させていただきましたフィールソーグッドのNと申します。本日は、貴重なお話を聞かせていただき本当にありがとうございました。自らの体験からでてくる言葉の数々は、どれも刺激的で私にとって気づきの多いお話で、とても楽しく聞かせていただきました。私たちはまだまだ未熟者で全てがこれからですが、先生に言われた通り、大きな夢を描き、それに向かって足元から確実に信用を積み上げていきます。

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2007年10月16日

No310 「スピードと変化」は経営者の最大のターゲット

10月16日、東京都渋谷区商工会館で開かれたルート58 PSSVIの講演会講師としてお招きいただきました。ルート58とはNセミナーで学んだ同期生58名による年に一度の勉強会です。

定刻18時に開会。20時45分までの3時間弱の時間をいただきました。時間を充分にいただいたので「逆境にまさる師なし」から「BS経営」に至るまでを詳しく伝えました。バブル経済まではPLの世界で経営、バブル崩壊後は、経営を一から学びBSの世界で経営するようになったという私の経験について話しました。

「無知は人生に壁を作る」と言われますが、無知は経営にも壁を作ります。経営を学ばずしてなぜ強い会社になるのか。経験、勘、度胸だけで経営してきた昭和時代型の経営は行き詰ったのです。今は、サイエンス、シンプル、スピードの3Sの経営が必要なのです。話の展開に参加者が身を乗り出すように聞いています。

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「スピードと変化」は経営者の最大のターゲットです。それがチャンスにもなるのです。その為には常に学び自らの分母を大きくして変化に備えなければなりません。ゆで蛙になってはなりません。特に若い方には、現在の豊かさに埋没するのではなく「豊かさに耐えろ!」と言いたい。現在進行形のIT革命は、固定観念の少ない若者には大きなチャンスを掴まえる絶好の時だと強く訴えました。

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壁時計を気にしながらスピーチしましたが、段々と気持ちが高揚してきて持ち時間があっという間に流れて行きました。その後の懇親会でも一問一問一答形式の経営問答が遅くまで続きました。

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2007年10月13日

No309 九州経営発表大会

10月13日佐賀東部経営研究会主管の平成19年度九州経営発表大会が佐賀県基山町民会館にて開催され、開会式の講師としてお招きいただきましたました。九州の6地域経営研究会から発表者及びアドバイザーが開会式に参加。その後各地区の代表が5会場に分かれて自社の経営発表を行いました。

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講演には昨日の熊本経営研究会の会員の方々も多数参加されているので、ここでは「BS経営」のみに焦点を合わせて重複しないように話をすすめました。経営者の通信簿である決算書を分解しBSとPLの関係等を説明しました。PLの結果としてではなく、5年後10年後の理想のBS目標を明確にしながら創りあげていくものを「BS経営」と言うのです。弊社の15年間の「BS経営」の経過を説明しながらBSがいかに大きな威力を持つかを具体的に伝えました。与えられた2時間が飛ぶように流れていきました。
講演終了後に経営相談を受けましたが、企業再生を通じて中小企業の活性化に少しでもお役にたてれば本望です。

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<Yさんからいただいたメールより>
講演を聞かせていただき創業から5年経った私が今、一番苦闘しているのがビジョンでしたのでお話をお聞きできまして本当に救われた思いでいっぱいの二日間を送らせて頂いております。 

<Nさんからいただいたメールより>
木村さんの講演から始まった今回の大会でしたが、前日の熊本でのお話とはまた違った切り口で、2度目も本当に勉強になるお話でした。
「BS経営」という、会社を将来「財務体質上どのような姿に持っていくのか」という視点をしっかり持つ事の大切さを、「税金川」のお話を通して、深く学ばせていただきました。

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2007年10月12日

No308 4年間のアーバンベネフィットの変化

10月12日熊本経営研究会10月度例会が熊本県民交流会館パレアで開催され、講師としてお招きいただきました。4年前に創立総会の講師にお招きいただいてから2度目の訪熊になります。

例会に先立ちI建築設計事務所を企業訪問させていただきました。同社のA社長とは勉強仲間として長年のお付き合いをいただいています。社長・幹部と共に同社の壮大なBSビジョンを描きました。ビジョンを明確にしていく過程で高揚した気分が伝わってきます。超長期ビジョンですから大法螺もふけるのです。実現を祈りたい。
講演会場でも例会前に100年の老舗ホテルと店舗内装・輸入家具を手がける2社の経営相談を受けました。

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定刻19時に例会が開始。「BS経営が強くてよい会社を創る」をテーマにスピーチしました。前回の訪熊後4年間の弊社の変化を取り上げました。4年前の不動産管理から100%変化し、今では企業再生のみを事業としています。その間の当社のBSの変化を数値で説明しました。同時期に後継社長に竹内君を指名し、大幅に若返りを図りました。変化に備えることが経営なのです。また、変化を支えるのが強いBSであると伝えました。BS経営を熱く語るうちに2時間があっという間に流れていきました。

左は熊本県民交流会館パレア
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懇親会でも、ビールを交わしながら経営問答や例会で気づいたこと、学んだことを共有しました。「共に学び共に栄える」仲間は本当にありがたく尊い。
今回初めて例会に参加された方から、さらに3名の入会予定があるとお聞きし嬉しく思います。

<Aさんからいただいたメールより>
先日は訪問頂きありがとうございました。財務も恥ずかしい限りですが、木村さんのお話をお聞きしてとても心強く思いましたし、勇気付けられました。40期を目指しこれから社員さんと共に第二創業として強い会社をつくってまいります。
人生は自己実現であると私の中にありますが、まさに、夢の明確さが大切である事と実行力が必要と感じさせられました。

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2007年10月11日

No307 経営近代化への取り組み−第4回事業再生アドバイザー養成講座

10月11日14時から、大阪リッツカールトンホテルにて第4回事業再生アドバイザー養成講座を開催しました。
今回は東天満総合会計事務所(http://www.higashitenma.com/work.html)
の黒崎宏先生をお迎えして「経営近代化への取り組み」について18時までご講演をいただきました。

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講義は3部からなり、第1部は“近代経営思想とは?”をテーマに、経営はアート(芸術)でありサイエンス(科学)である。から講演は始まりました。
経営思想の発展段階としては3つの段階があり、第1段階は生活基盤確立の経営。ここでは家計と会計がゴッチャで、資本=個人資産です。
第2段階は所有者の所有者による所有者のための経営。つまり、企業は所有者のもので、所有者の自己財産の増殖が目的です。
第3段階が社会的存在価値実現の経営(近代経営)。ここでは所有と経営の分離、企業に独自の人格を認め、経営者や幹部は「時の政府」でBS思想(企業はゴーイングコンサーン)、組織は人の体系ではなく仕事の体系であり創造的人材を育成します。

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第2部は“管理会計システムとは?”をテーマに、数字は人を縛るものではなく解放するものである。財務会計と管理会計の違い等を説明。

第3部は“BS経営の真髄とは?”をテーマに、バランスシートこそ経営を強くする。総合的経営指標の解説等。弊社アーバンベネフィットが取り組んできたBS経営の具体的事例も説明。参加者の活発な質問に黒崎先生と共にお答えしました。

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4時間の長丁場でしたが、参加者は先生の講義に吸い込まれるように聞いていました。真剣な眼差しが印象的でした。参加者の熱いコールに答えて11月の講座にも黒崎先生に再登壇をお願いすることにしました。

本日の黒崎先生の講義を拝聴して、弊社アーバンベネフィットは現在経営の第3段階である近代経営を目指して資本と経営の分離を進めていますが、それが企業のゴーイングコンサーンに繋がる経営であることを確信させていただきました。経営の近代化に欠かせない管理会計についても更に積極的に導入していきたい。

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2007年10月09日

No306 海外事業成功の要はパートナー

海外事業で成功する秘訣はパートナーと通訳だと言われます。
今回上海視察でお世話になった王さんは29歳の青年実業家。彼は13歳の時に来日し大阪大学大学院を卒業後、地元の有力スーパーTに勤務。4年前に上海に帰国してビル開発と既存ビルをリノベーションして付加価値を上げるビル再生を展開し急成長する。現在5棟のビルを所有していますが年間賃料収入だけでも10億円に手の届くまでになっています。今では6社の企業を統率する実業家。まさに上海ドリームの体現者ですが、彼は高校在学中の時から中国から雑貨を輸入して販売、当時でも数千万円の個人預金残高があったというから驚きます。

王さんの経営するイエローハット1号店(左)及び総合家具店(右)
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王さんは6日から8日までの3日間、朝から夜遅くまで精力的に上海経済の実情を案内して下さいました。特に今回は表面からの上海ばかりでなく路地裏からの上海も見せていただき、実り多い視察となりました。

それにしても彼の事業アイデアと決断力は凄い。それを支える抜群の行動力。身体全体から溢れ出るエネルギーと鷹揚な態度に大人の風格が出ています。上海の成長発展と共に、上海の「森ビル」ならぬ「王ビル」の実現も夢ではないでしょう。

海外事業成功のポイントは@良いパートナーA良い通訳であると言われますが、王さんはパートナーとして申し分ありません。日本語中国語ともネイティブです。今後の事業提携が楽しみです。

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王さんには過分なおもてなしをいただき、改めて感謝と御礼を申し上げたい。謝謝。

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2007年10月08日

No305上海の接待

上海の接待に煙草と酒は欠かせないようです。ここは愛煙天国です。禁煙など全く問題外。むしろ喫煙で健康増進を考えているから驚きます。煙草にもステータスがあるようで高級煙草は一箱3千円もします。席に座ると高級煙草を取り出してこちらに投げてきます。煙草も親近感の促進剤になるようです。

左から3千円・2千円・千円の煙草
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とにかく高価なものは良い物という価値観があります。食の安全も金で買え、安いものは信じられないと言います。
さて宴席ですが、乾杯乾杯の連続で女性の飲みっぷりも半端ではありません。一気飲みは当たり前の作法。目を合わせると乾杯の催促が来るのでなるべく目を合わさないようにしていますが、これでは上海では付き合いになりません。2軒3軒と梯子も当たり前で、途中で逃げ出すようでは商談は進まない。共に酒を飲み煙草を吸うことが人間を近づけ、兄弟兄弟と相成るわけです。

初日の宴会
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2日連続の昼夜の接待攻めにあいいささか食傷気味でしたが、かつては日本にも同じような時代がありました。高度成長期には連夜の接待に明け暮れ、大阪の北や南で夜の巷を徘徊して回ったものです。接待=仕事=成功そんな方程式を想い出します。
しかし上海ではレストランのウエイトレスの給料は月2万円。上海の貧富の差は街の成長に反比例しているように感じます。

2日目の宴会
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2007年10月07日

No304 経営改善融資制度講習会

10月5日、兵庫商工連合会の「小企業等経営改善資金融資制度講習会」が豊岡市「ホテル幸祥」で開催され、先週の辰野市の講習会(9月26日)に引き続いて講師としてお招きいただきました。今回の参加者は兵庫県但馬地区の商工会役員・金融審査委員の方々です。講習会は定刻13:30分からスタート。「強くてよい会社をつくれ」〜企業再生の現場から〜をテーマにお話をさせていただきました。

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豊岡市はJR山陰線が走っています。私は50年前の11月3日、島根県益田から深夜にここを通って大阪へ出たのです。父の死後、一家の大黒柱は17歳の少年の肩にのしかかり、家族の期待を一身に背負って見ず知らずの大阪に足を踏み入れた時です。

正に人生には何が起こるかわかりません。経営も然りです。何が起きようとも生きていかねばならない。どのような変化にも対応しなければならないのです。それを経営というのです。

七転八倒の人生から多くのことを学びました。変化をチャンスとするか、脅威とするか。経営に甘えは許されません。常に危機感をもってテンポの速い変化への対応に挑まなければならないと、自らの人生と重ね合わせながら熱く語るうちに与えられた80分が飛ぶように去っていきました。

豊岡市は昨年に引き続き2度目の講演です。懐かしさと親しみと故郷の郷愁を感じる町です。今後の発展を祈りたい。

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2007年10月05日

No303 人が育つ環境づくり

10月4日、日創研のフォローアップセミナーが大阪・江坂で開催されました。「成功企業に学ぶ」〜事例研究〜で弊社の社長竹内と共に弊社の事例を報告させていただきました。

最初に社長の竹内が、当社の創業から現在に至るまでの経緯(バブル経済での急成長、その後のバブル崩壊で奈落の底に落ち、そこからさらに再生)、その再生体験が企業再生のビジネスモデルとなってきた経緯などを説明しました。パワーポイントを使って企業再生してきた実例など詳しくとりあげました。

「BS経営」導入後は、我が社の求心力が強化され、人材確保や優良得意先の開拓のパワーとなったこと。そして優れたターンアラウンダーや事業再生を手がける士業の方々との積極的な戦略提携が可能になってきたことも伝えました。

さらに、彼は4年前に血縁からではなく社員の中からアーバンベネフィット社の2代目社長に指名された当時の状況と後継経営者としての決意、さらに私から引き継いだ2010年ビジョン達成への責任と覚悟など、就任当時の心境などを話しました。

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後半は私が人財育成について話しました。結果的には「BS経営」とオープンブックマネージメント(OBM)が、経営社員を育んできたのは事実です。「BS経営」は財務をオープンにし将来のBSビジョンを明確にするので全体最適思考社員になります。夢とビジョンをもった人財が育てば企業の将来は明るく好循環になってきます。

竹内は2代目社長としてのプレッシャーと重責について語っていましたが、彼こそ我が社の人財育成の最たる事例です。

多くの方から「人材育成の秘訣は」あるいは「どのようにして経営幹部を育てられたのか」とよく聞かれます。私が育てたのではなく、彼が勝手に育ったのだと答えていますが、強いて言えば人が育つ環境づくりはしていたのかも知れません。

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2007年10月04日

No302 企業文化づくり

10月4日、第720回理念と経営セミナーを開催しました。
このセミナーを始めてから16年になります。16年の間に紆余曲折を経て、今では我が社の人財育成の中核をなす研修に育ちました。当初のことを想えば万感胸に迫るものがあります。

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このセミナーを通じて経営理念や戦略を深耕させるのです。我が社の経営理念を浸透させ共鳴共感していく。いわば企業文化づくりです。
そして我が社の経営ビジョンである、@100年企業 A中小企業再生のトップ企業 BBS経営のモデル企業 を具現化していくのです。この壮大なビジョンを実現するには強い企業体質が要求されます。全社員が一丸となってベクトルを合わせる社風が醸成された時に初めて我が社のビジョンは実現されていきます。

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毎月第一木曜日は公開セミナーとして一般にも公開しています。今日も早朝8時より多数の方にご参加いただき感謝しています。

本日のテーマは「我が社の使命、私の使命」です。参加者全員がベルを合図に一人一人2分間づつテーマに沿って自らの思いをスピーチします。熱く自らの思いを語ってもらうのです。

私の使命は「経営理念を浸透させそれを具現化させる企業文化」づくりで、これはわが経営者人生を飾るにふさわしい最後の大仕事です。

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2007年10月02日

No301 時代を読み市場に応える道標

10月2日、大阪天満のキャッスルホテルで中島税理士事務所の勉強会がありました。
本日のスピーカーは、創業103年の歴史を誇る株式会社山城屋食品( http://www.yamashiroya.co.jp/
)の真田悦子会長です。テーマは、“時代を読み、市場に応える道標〜気づきから”。

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真田会長は愛媛県松山市で初めてのスーパー(超市場)を見学した時大変なショックを受けました。このままでは生き残れないと昭和33年に新天地大阪へ進出。4軒長屋6坪から家業である乾物商を営みます。病弱のご主人に代わり、強い情熱と決断力そして行動力を活かして大手食品会社や大手商社に単身で乗り込み交渉。交渉先にさしあげてきた名刺の数は2箱(200枚)にもなるといいます。その粘り強い交渉でついに口座づくりに成功。

しかし訪米して戻った現社長(長男)の強い薦めもあって、大手からの撤退を決意。売り上げは80%もダウンしましたが、その後、徹底的に素材にこだわった京の「おばんざい」シリーズを開発。付加価値の高い高級商品としてヒットします。つまり売り上げ主義のPL経営から付加価値の高いBS経営に舵をきり、今日に至っておられます。同社の理念「伝統と創造」で変化に対応し100年企業を作り上げたのです。

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image005-No301.jpg真田会長とはいろんな勉強会で顔を合わせますが、大変な勉強家でいらっしゃいます。いつもこれでいいのか、これでいいのか、と環境変化に神経を尖らせ危機感を持つ。その危機感と好奇心旺盛な性格が若さの源なのでしょう。彼女は苦しい時にはいつも決算書を持ち歩いたと言います。決算書の威力を知っていたのです。正に「BS経営」です。そして仕事が趣味とおっしゃいます。同社の乾物日本一への挑戦は続きます。

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2007年10月01日

No300 ウズベキスタンの息子

私の英語教師であるSTEVEが昨年ウズベキスタン旅した時にガイドを務めたのがOBID。その彼が留学の為日本へ来ています。週末の休みに東京から夜間バスを利用して大阪へやって来ました。せっかくの機会だからと早朝英会話レッスンにも参加してもらいました。

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彼は25歳ですが聡明で明るく人懐こい。5ヶ国語が話せるのです。なんとも羨ましい。6人兄弟のビッグファーミリーで、とても親族・家族思いの好青年です。初対面ですっかり意気投合し私が日本の親父、彼はウズベキスタンの息子となったわけです。
カナダにも私を日本の父と呼ぶ娘と息子がいます。そういえば香港にもブルガリアにもいます。来年はぜひOBIDを尋ねてウズベキスタンに行ってみたい。

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一泊2日の強行スケジュールでしたが、京都・奈良・大阪と駆け足の観光。特に印象に残ったのは大阪の食べ物らしい。特に鶴橋の焼肉は美味しい美味しい連発しながら舌鼓を打っていました。楽しい歓談の時間は飛ぶように去っていく。食後の夜行バスで東京に戻るとのことでしたが、日本での生活を楽しんで欲しい。東京での再会を約束して別れました。

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