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2008年08月31日

No480 逆境にまさる師なし〜和歌山県興国寺夏期講座

8月31日、和歌山県興国寺(http://www.mason-kitani.co.jp/kinokuni/no08.htm)の第24回夏期講座の講師としてお招きいただきました。昨年NYの大菩薩禅堂金剛寺で受戒接心させていただいたご縁から、正眼寺に引き続いて今回の講座となりました。

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テーマは拙著「逆境にまさる師なし」から私の人生についてお話ししました。
1.父の死 2.バブルの崩壊 3.禅との出会い。これらの3つが我が人生のターニングポイントになりました。
14歳で迎えた父の死で一家の大黒柱としてカネとモノの追求を余儀なくされました。
50歳のバブル崩壊では、これまでの経営のあり方生き方の是正を迫られました。価値感は“モノ・カネ”から“人”へと変わりました。
そして67歳での禅との出会いで、“心”の追求が加わりました。
気が付いてみると、これら3つのターニングポイントが私を育ててくれたのだと思います。
それらの中での貧乏・苦労・困難は3つの偉大な師になりました。
有難いことです。

聴講者の方々は、暑さと熱気の漲る会場で、身を乗り出すように頷き、涙して聴いて下さいました。戦後の厳しい時代を生きてきた方々には、当時を回想し共感する事も多くあったように思います。

今回のステージを与えていただいた尊敬する中川宗玄老師に心から感謝したい。
ありがとうございました。

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↓第24回夏期講座2部では、本堂で古久保有亜さんのヴァイオリンと中村友美さんのピアノ演奏を楽しみました。
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2008年08月29日

No479 財務情報の共有化が強くてよい会社をつくる

8月29日、OCATで日創研大阪経営研究会の総会が開催され、講師にお招きいただきました。「BS経営のススメ」“情報の共有化が強くてよい会社をつくる”をテーマにスピーチ。

情報の共有化とは財務・会計の情報共有化をさします。
決算書をオープンにして経営リテラシー能力を上げ、さらに未来の強いBSビジョンを明確にして達成時のインセンティブを与えることで社員のモチベーションを引き出す。それらによって強くてよい会社にするのが「BS経営」です。

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決算書の公開には経営者の大きな決断が必要です。経営者の公私混同は許されず、社員との信頼の絆は太くなります。そして経営数値へのプレッシャーも強くなります。

BS経営で最も大切なことは、5年後10年後のBSビジョンの設定です。ビジョンの達成は経営社員育成に繋がります。経営社員の育成が強くてよい会社を具現化していくのです。

これから来るであろう未曾有の不況を乗り越える為にも、従来と同じような経営から脱皮して、社員を経営の“パートナー”とし、社員全員で力を合わせて知恵を出し、工夫し、努力していく。そうやって未曾有の不況を乗り越えた時、会社も社員も大きく成長するのです。

image003-No479.jpg与えられた90分間があっという間に流れました。
「共に学び共に栄える」情熱溢れる仲間達と熱い時間を共有できて嬉しい。

<いただいたアンケートから>
BS経営の重要さがわかった。
税金はマーケット使用料である。
目が覚めた。今までの自分は何だったのか。
売上―利益=経費、の考え方。
強くパワフルでビックリした。
自己資本の大切さ、使い方。
企業が永続するに為にもBS経営。
変化はチャンス!が心に響いた。
リスクを恐れず挑戦する。
給料―貯金=生活費、とても納得できた。
考え方が広がった。
「経営社員」になれるよう頑張りたい。
事例が多く分かりやすかった。
自社のB/Sビジョンを設定したい。

2008年08月27日

No478 “直接金融”への道 -BS経営研究所創設イベント

8月27日、東京秋葉原UDXギャラリーで開催されたBS経営研究所創設イベント(http://www.kimurakatsuo.com/pdf-No478.html )の講師としてお招きいただきました。

最初に主催者から今回のイベントの趣旨説明があった後に司会者から講師紹介をいただきました。
全国から多くの経営者の方々のご参加をいただき、会場は熱気に包まれていました。私も少しだけ高揚した気分で登壇。

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講演時間は2時間。最初に拙著「逆境にまさる師なし」から我が50年の経営人生について話しました。
父の死によって長男であった私が家族を養わなくてはならなくなり、18歳で起業。50歳でバブルの崩壊。66歳で大学院のMBA取得。
これら3つのターニングポイントを通して「BS経営」に辿り着いた経緯を伝えました。

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後半は「BS経営のススメ」からBS経営の威力と、決算書のBSが企業経営の最強の武器になることを実例を挙げて説明。
一言も漏らすまいと食い入るように聞いて下さっているのが伝わってきました。
特に“直接金融の道を開拓せよ!”には、驚いていらっしゃる方々が多かったようです。

まずは考えることです。
思考にないことは実現しません。
可能思考から物事は始まるのです。

セミナー後17時からの懇親会も大変な盛り上がりでした。
懇親会でも“直接金融”が話題になりました。それを可能にするのも強いBSなのです。

今回のセミナーを企画されたBS経営研究所の新井社長はじめスタッフの皆さんに感謝したい。
ありがとうございました。

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<いただいたアンケートから>
私も大きな目標を持って頑張りたい。
自己資本一人当たり1億円!わが社も目指します。
せこいまねはせず、えりを正して生きていけ、というメッセージが込められていた。
革命ですね。銀行の存在価値、存在理由が無くなりますか。
よいB/Sをつくる!「経営」がよく分かりました。
大変勇気と力をいただいた。
BS経営の素晴らしさ、経営社員をつくるという言葉にひびきました。
社員に夢を与え社員と夢を共有できる、モノサシを見つけられた。
ROA・ROEという視点が新鮮で目から鱗でした。
今までとは違う切り口で大変勉強になった。
もっともっとBS経営を知りたい。
将来独立するうえでの良い指針をいただいた。経営者としてのあり方に感銘を受けた。
PL経営から脱却したい。

2008年08月26日

No477 経営社員の育成が競争力の源泉 - 日創研徳島経営研究会

8月26日、日創研徳島経営研究会8月度例会の講師としてお招きいただきました。当研究会は、12年前の創設記念、5年前の例会そして今回と、これが3度目の訪問です。

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「BS経営のススメ」をテーマに90分スピーチしました。
この12年間のわが社の変化を、BSの財務を示しながら説明。経営とは結果です。BSにはその経営の結果が如実に表れています。

なぜBS経営なのか。オープンブックマネージメントとBS経営が社員のモチベーションを引き出し、経営社員を育てるのです。
経営社員育成が競争力の源泉であるといえます。

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懇親会では参加者からの経営問答や感想などをいただきました。
創設メンバーの懐かしい方々と久しぶりにお会いできて楽しいひと時になりました。
例会前には、例会担当の松浦委員長の会社を企業訪問しました。

“光陰矢のごとし”。年月の速さに驚く毎日です。お互いの健康を祈りながら散会しました。
 
<松浦氏のブログから>
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夢に日付けをつけると目標になる。昨日は私の所属する徳島経営研で、アーバンベネフィットの木村勝男さんの「BS経営のススメ」という講演がありました。一人当たり2億円を超える自己資本を持つ凄い会社の会長さんです。

夢に数字をつけると計画になる。
夢をカタチにするのが経営である。

結果がでない勉強は勉強ごっこ。
しっかりと結果を出すための勉強。
他にもたくさんの言葉を頂きました。
講演前にはパッケージ松浦にお立ち寄り、色々と経営指導も頂きました!

「松浦君、勉強ごっこで終わるなよ!BSで結果を出せよ!」
有り難うございました!頑張ります!
写真は握手する木村勝男さんと私です。

2008年08月20日

No476 第62回早朝勉強会〜関西経済活性化のヒントは、韓国やアジアの近隣都市

8月20日の第62回早朝勉強会(大阪本部)は、オルビス法律事務所の「 薫(ぺ・フン)弁護士をお招きして開催しました。

ぺ・フン先生は弊社の顧問弁護士としてもご指導をいただいています。
今回の勉強会では関西経済を少しでも元気にするにはどのような方法があるのか、手がかりになるヒントについてお話いただきました。

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image001-No476.jpg日本の経済や社会構造が全体的に変貌を遂げる過程で政治経済の中心が東京に一極集中し続けた為、大阪を中心とする関西経済の地盤は沈下していきました。

大阪を中心に半径1000キロメートルの円を描いた時、札幌、沖縄などの重要都市は円外に位置する一方で、大阪から韓国の首都ソウルまでの距離は800キロメートル、韓国第2の都市プサンまでの距離は約630キロメートルに過ぎません。
大阪経済圏は、距離的に見て国内と変わらない場所に、約4500万人を有する韓国市場を有しているのです。

ぺ・フン先生は、内向き思考から脱皮して、身近な韓国・中国のアジア市場への進出が関西経済浮上のきっかけになるのでは、と指摘されました。私も同感です。今月上旬に中央アジアのウズベキスタンを視察しましたが、経済的にはまだまだ未開拓の部分が多くあり我々の活躍できる舞台があると感じました。

先生の話は大変分かり易く、且つ具体的な事例も挙げて説明してくださました。瞬く間に1時間が流れました。
今朝も実りの多い勉強会であったことに満足です。

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2008年08月19日

No475 社長塾〜イエローハット創業者鍵山秀三郎氏 凡事徹底

8月19日、今回の社長塾はゲスト講師として、自動車用品の大型小売店イエローハットの創業者である鍵山秀三郎先生をお迎えし、お話を聴かせていただきました。

イエローハットは、「他人の犠牲の上に立って成果をあげてはならない」という信条のもとに築き上げられた企業であり、また、鍵山先生は、「日本を美しくする会 掃除に学ぶ会」のご指導もされておられます。

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「日本を美しくする会 掃除に学ぶ会」(http://www.souji.jp/)は、鍵山先生の掃除哲学に学ぼうという有志の集まりとして平成5年11月に結成され、全国で活動を続けています。

「日本を美しくする会 掃除に学ぶ会」は謙虚になることを学ぶ会でもあります。“謙虚になれば小さな幸せに対しても敏感になれる。感謝や感動の心も生まれる。”というのは鍵山先生のお言葉です。周りの環境は変わらなくても、自分のものの見方が変わることによって、人生を豊かなものへと変えていくことが出来ることでしょう

鍵山先生は昨日75歳のお誕生日を迎えられ、今の心境を「残躯 神の許すところ」と話されました。先生のお話は10年ぶりでしたが、物腰柔らかくソフトな語り口に人柄が滲み出ておられ、人格に益々磨きがかかっておられるのが感じられました。相変わらずのジョークを交えての楽しいスピーチに思わず引きこまれていきました。

「幸せになったから感謝するのではなく、感謝するから幸せになる」
「凡事徹底」
「大きな努力で小さな成果」−努力よりも少ない成果が忍耐力を養った
「掃除に成果を求めていたらとっくにやめていた」
「やらない言いわけを理由にしている」
「いい事をする種まき」
「人を幸せにしながら成長する企業と、人を不幸にしながら膨張する企業がある」
「仏様のような生き方がしたい」

今日も鍵山先生から素晴らしいお言葉を沢山いただきました。
感謝です。

2008年08月13日

No474 会社は経営者の器以上にはならない

8月13日大阪の太閤園で開催されたダイナミックオーナーズ会8月例会の講師としてお招きいただきました。
「BS経営のススメ」をテーマに講演させていただきました。

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決算書は経営者の通信簿であす。「経営とはB/Sを強くすることだ」とは経団連の御手洗会長の言葉でもあります。
決算書のP/L(損益 )B/S(貸借)の違いを説明。特にBSには創業以来の経営結果の全てが現れています。事例をあげながら具体的に話をすすめました。

どんな考え方で経営したのか、あるいは経営するのか。経営思想の全てが決算書に表現されます。しかし中小企業にはこの決算書が読めない経営者が多い。私もバブル経済が崩壊するまではP/Lは分かってもB/Sのことは意識にありませんでした。会社は経営者の器以上にはなりません。
アーバンベネフィットをいかに再生したかをB/S数値でお話しました。

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90分の時間があっという間に流れました。真剣にご清聴いただいたダイナミック・オーナーズの皆様に感謝したい。
ありがとうございました。

<いただいた感想のメールから>
・私も、BS経営を実践し、強い会社を作ります!!そして、自分を磨き器を大きくし、会社を大きくしていくぞ!と心に誓いました。
・帰って早速B/Sを見てみます。会社をはじめて10年になりますが、10年 でこれだけかとショックを受けるかもしれませんが。
・今日、来年度の目標を幹部と一緒に立てたところです。売り上げ7%アップという目標を立てて「面白くないな」と思っていました。早速戻って、もう一度 目標設定をやり直します。
・B/Sの勉強をもう一度はじめからやります。
・参加されました皆様にも大変ご好評頂き、企画いたしました私どもも皆様にお役に立てたことを喜んでおります。木村会長の講演は、経営者である皆様、私の心に響き、一生忘れることはないでしょう。
・感動しました。熱い時間を共有できた。ただの社長より経営者になれ!が響いた。

2008年08月11日

No473 ユニークな自動車教習所Mランド益田校〜運転だけでなく心も磨く

8月11日、島根県にある自動車教習所Mランド益田校(http://www.mland-masuda.jp/mland_tuite/aisatu/index.html)を訪問しました。
益田は私の生まれ故郷。いつ訪ねても懐かしい光景です。この地には少年の頃の想い出が詰まっています。半世紀を過ぎて昔の町の面影は少なくなっていますが、それでも高津川の流れや山野の景色はそのままです。

日本でも有数の過疎地域である島根県の西の端、山口県との境にあるMランド益田校。卒業生数は年間6000名を超えるという全国トップクラスを誇っています。厳しい条件と過当競争のなかで何故それが可能なのか。その教えを請うのが今回の訪問目的です。

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業界の雄として知名度も高く、そして我が故郷の大先輩であり創業者でもある小河二郎代表取締役会長(御齢85)との面談が叶い夢心地でした。36度を超える猛暑のなか、小河会長は11時から17時までの長時間ご一緒下さり、貴重な経営のヒントをご教授いただきました。

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森に囲まれた広い園内を案内していただきました。
この教習所は単に運転だけでなく人生の生き方も教えるという大変ユニークな合宿制度をとっています。
小河二郎会長は「自主自立」のための勇気と希望を与えたいと創業され、さらに現在は「成長」「貢献」「挑戦」が加えられているとのこと。運転だけでなく心も磨く教習所であるといえます。

教習所内では誰でも笑顔で元気な挨拶をします。それは、Mランドが運転にふさわしい「心」を育んでもらう教習所であるからとのこと。
車を動かす技術は少し練習すれば誰しも身につけることが出来ますが、ドライバーに重要なものは「譲り合いの心」「思いやりの心」。その心をMランドでは「燮(やわらぎ)の心」と呼んでいます。

トイレ掃除の便器磨き、サンキューレター、そして茶室「無尽蔵」での薄茶席でお茶の心を味わう、この3つをとりいれていることもMランドの特徴です。Mマネーとはここでの通貨で、施設内の売店、カフェなどに使用できます。ボランティア活動やサンキューレターなどによってMマネーが取得できるユニークな仕組みを作っています。

Mランドの評判は卒業生から口コミで全国に伝えられていき、北は北海道、南は沖縄から若者が集まってきています。
Mランドには今の若者が求める人としての繋がり、心の欲するものがあるのかもしれません。

今日も2週間の合宿を終えたゲスト達が、定期バスでここから2時間の新幹線新岩国駅に向っていきました。送迎の若者達と手を振りながら、また、来いよ!元気でなあ!と涙ながらに別れを惜しんでいました。

↓急遽、講演を依頼され、「BS経営のススメ」「逆境にまさる師なし」から1時間、同社の幹部の皆さんを前にスピーチをさせていただきました。
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↓坂村真民先生の碑
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2008年08月10日

No472 大雪山旭岳登山

9日早朝7時、大雪山最高峰の旭岳にトライ。
リフトで登山口に下りると気温は5度。下界とは打って変わって寒い。あわてて防寒着に身を包んで山頂に向いました。しばらくして太陽が昇ると気温はグングンあがってきます。

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10時半山頂に立つ。4度目の旭岳ですが毎回新しい発見があります。

弊社で毎年年末に開催する恒例の六甲全山縦走は、56kを10時間以内での完走を目指してひたすらに歩き、体力の限界を競うハードなものです。その対極にあるのが夏山登山になります。この夏山登山で楽しさを十分に満喫して、年末の六甲山に備えてもらいます。

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麓にある大雪山温泉にたっぷり浸かって登山の疲れを癒しました。帰路は旭川空港から大阪組と東京組がそれぞれのフライトで戻ります。
1泊2日という慌しい旅でしたが、楽しい想い出の1ページになりました。

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2008年08月09日

No471 北海道旭山動物園〜経営のピンチを救った“行動展示”

8月8・9日は、夏季社員旅行で北海道。
初日は今人気絶頂の旭山動物園(http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/)で遊びました。
広大な動物園には夏休みを利用して沢山の家族連れが詰め掛け、エントランスから園内は賑わっていました。

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旭山動物園の凄さは「行動展示」にあり!といえます。
テレビや新聞などによくとりあげられ、ちょっとしたブームになっています。その「行動展示」が、全国の名だたる動物園にも広がっているとのこと。

日本最北端の動物園で開園41年。旭山動物園も例外なく来場者が減り続け苦悩していました。全従業員が存亡をかけて徹底的に議論を重ねた結果、期待される動物園像が「行動展示」でした。上野動物園(東京)・多摩動物公園(東京)・東山動植物園(名古屋)でも取り入れていると聞きます。

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経営のピンチを救った「行動展示」とは、いかなるものか興味がありました。
「百聞は一見にしかず」「窮して窮して窮すれば通ずる」と言われます。

変化を真正面から受け止める。ゆで蛙になっては生きていけない。変化に対応することを経営というのだと改めて肝に銘じました。

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2008年08月07日

No470 ウズベキスタンへの旅 その7〜オビドーの家族達

ホテルを視察した後、オビドーが“サマルカンドの義理の両親”と呼んでいる家に招待されました。そこにはオビドーの実の両親と妹も駆けつけてくれました。

↓オビドーと彼の“サマルカンドの義理の両親”
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オビドーがサマルカンドの大学に通う4年間はここに下宿していたのです。オビドーの実の両親とサマルカンドの両親と呼んでいる家族は長い付き合いの親友でもあります。

このように他人でも親しくなれば親兄弟のような付き合いをするのがウズベキスタン流。
“おしん“の時代を彷彿させる家族や人間関係がここにはあります。なんともいえないほのぼのとした温もりと優しさ人間らしさがありました。
今回の旅の最大の収穫がここにあったような気がします。

今日は“オビドーの日本の両親(敬子と私)”が来るというので、サマルカンドの義理の両親と同居している長男のお嫁さんまでが、私たちを歓迎するために趣向をこらして待ってくれていました。何か珍しい料理をと餃子を出してくれましたが、これが大変な美味でおいしくいただきました。その上民族衣装のお土産までいただいて恐縮。なにしろ凄い歓待で嬉しいやら驚くやらでした。

↓オビドーの実の両親、“サマルカンドの義理の両親”、“日本の義理の両親”が一同に揃って記念写真
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前日4日の夜にオビドーが婚約者DILYAを紹介してくれました。彼女は現在大学2年生で、彼女の卒業を待って式を挙げるとのこと。彼女に正式にプロポーズして将来を誓ったと嬉しそうに話していました。まだ両親にも報告していないようですが、早くも私たちは結婚式への招待をいただきました。

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2008年08月06日

No469 ウズベキスタンへの旅 その6〜ホテル視察

今回のウズベキスタンへの旅は、私が“ウズベキスタンの息子”と呼んでいる、ウズベキスタン人オビドーが案内をしてくれました。私の英会話教師のスティーブがウズベキスタン旅行をした時にガイドをしたのが彼で、スティーブの紹介です。

8月5日、オビドーの義兄ラブシャンが経営する会社を訪問。フランスの観光客をメインとする旅行代理店で、事務所はサマルカンド市庁舎の向かいのビルで好立地にあります。

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オビドーも日本での語学研修を終えてから、この事務所に日本人観光客を誘致し業容を広げることをビジョンとしています。昨年の日本からウズベキスタンへの観光客は5000人程度でしたが、今年は半年ですでに昨年を上回っているとのこと。オビドーのビジョンが実現するように手助けをしたいと思う。

建築中のホテルを案内してもらいました。レギスタン広場に近く、表通りから裏へと入ったところにあります。2階建て部屋数14室の小さなホテルです。8月18日にオープンする予定ですとラブシャン社長は誇らしげに語っていました。

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建築費は3000万円弱、年間利益を800万見込み3年から4年で償却予定といいます。インカム・キャピタルのその他の税金について尋ねましたが明確な返答はありませんでした。
ウズベキスタンは1991年に独立した若い国で、税金の捕捉率が低いように感じました。1年後に再訪して詳しい経過を聞いてみたい。

2008年08月05日

No468 ウズベキスタンへの旅 その5〜世界遺産 サマルカンド

サマルカンドに3泊。ウズベキスタン観光のメッカであり、今回の旅の中心でもあります。日本でいうと京都というところでしょうか。

サマルカンドには、紺碧のタイルを貼り詰めたドームや多くの僧院があります。
青の都、イスラームの世界の宝石、東方の真珠などの美しい異名を持つ街です。

1220年、サマルカンドはチンギスハンの攻撃で壊滅的な被害を受けました。そのサマルカンドを蘇えらせたのがティムールです。「チンギスハンは破壊し、ティムールは建設した」といわれます。
 
宿泊したプレジデントは4星ホテルですが、サービスと言う概念がありません。旧ソ連式スタイルで改革の余地が残されているように感じました。
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気温の上がらない早朝の時間を使って毎朝市内を散策。9時ごろまでの涼しい時間に足の向くまま気の向くままに散策。表通りから裏通りの迷路に入ると生活の匂いがします。これが楽しい。出会う人に“サローム”(お早う・こんにちは)と声をかけます。“ラフマット”はありがとう。この二つと笑顔があれば通用します。

サマルカンドの歴史を映し出している鏡とも言えるのがレギスタン広場です。この広場をかつては運河が流れていましたが水が枯れて砂が残りました。レギスタンとは“砂の地”の意味です。広場にバザールが開かれ商業、手工業の中心地でした。
ここでは、閲見式や閲兵、罪人の処刑なども行われました。主要道路の交差点にあり、ここから徒歩圏内に多くの遺跡や建築群があります。
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レギスタン広場内にある民族楽器店。小泉総理やロシアのプーチン大統領も訪問した店舗です。オーナーはとても人懐こっく、どこか親しみを感じる顔立ち。ここでは人々の顔かたちを見るだけで人懐っこさと親しみを感じ、楽しくなってきます。
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↓グリ・ミアール廟
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↓ティムール一族が眠る墓(黒石はティムール)
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↓早朝6時レギスタン広場の交差点で見かけた人の群れ。その日の仕事を求めて集まる日雇い労務者達です。交渉が成立するとそれぞれの車に乗って現場に向います。日本でも昭和30〜40年代にあった光景です。
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↓レギスタン広場を通り抜けたシルクロード商人像
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↓ピラフのランチ。スープにトマトサラダが旨い
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2008年08月03日

No467 ウズベキスタンへの旅 その4〜世界遺産 シャフリサーブス

8月3日、ティムールの生誕の地シャフリサーブスを訪ねました。
アク・サライ(白い宮殿)跡やティムールゆかりの建築物が残る街です。
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立像はティムールが世界の支配者への道を歩む意志を表しています。
ティムールは、広大な帝国を築いた後も故郷のために壮大な建築群を次々と建設しました。
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↓新郎新婦は必ずティムール像へ献花し将来を誓う。今日も新婚カップルが次から次へと献花していました。
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↓アク・サライ宮殿の屋上から市内を望む。
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↓賑やかなバザール
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2008年08月02日

No466 ウズベキスタンへの旅 その3〜結婚披露宴へ飛び入り参加

8月2日早朝、ブハラからサマルカンドへ向かいました。その車中で賑やな音楽を耳にして早朝6時からの結婚披露宴に飛び入り参加。歓迎を受けて敬子は一緒に踊りだしました。

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この披露宴は新郎側だけのもので新婦側でも開催され、そして更に新郎新婦が揃っての披露と3回開催されるとのこと。昔は披露宴だけでも1週間以上続いたようです。

新郎を囲んで記念撮影。外国人観光客の飛び入り参加を歓迎してくれました。ご馳走を次から次に出してきます。

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サマルカンドに着いた後、その夜にサマルカンドであった別の披露宴にまたもや飛び入り参加。
夜7時から開演した会場は700名以上の参加者で賑わっていました。プロの歌手が楽団にのせて唄うと参加者達は激しいリズムで踊りだします。

案内をしてくれているオビドーの説明によれば、見合い結婚が6割以上で、恋愛でも親の賛同を得るのは当然であり親兄弟親戚の絆は何よりも大切で強い。
昔の日本や韓国の古きよき時代を連想させられます。

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2008年08月01日

No465 ウズベキスタンへの旅 その2〜世界遺産 ブハラ 

ウズベキスタンでは、ブハラ、シャフリサーブス、サマルカンド、ヒヴァの都市が世界遺産として登録されています。最初にブハラを訪ねました。

8月1日首都タシケントから1時間のフライトでブハラ空港に到着。ブハラは教育都市として知られているようです。今日は全国一斉の大学試験があり、朝の旧市街通りは交通規制されていました。

ブハラは、シルクロードの中枢に位置し、2500年以上の歴史を誇る町。新市街と旧市街とに分かれており、旧市街には中世の町並みが保存されていました。

↓中央アジア最古のイスラーム建築のイスマイ−ル・サマニー廟
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↓ブハラ市街
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↓オアシスの池、ラビハウズ
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ラビハウズ傍の木陰のレストランでシシカバブーのランチです。
トマト、スイカなど夏野菜と果物は水分たっぷりで甘みがあり本当に旨い。ボリュームたっぷりのシシカバブーとナン(パン)が良くあって美味しい。

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日中は43度まで上がる猛暑の為、気温の上がる昼間はホテルで昼寝。
ディナーは民族舞踊を鑑賞しながらの楽しいひと時。音楽と舞踊と衣装、そしてダンサーの表情の一つ一つにシルクロードの永い歴史を垣間見ることができました。

ここではチンギスハンの征服も昨日の出来事のように感じられます。
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