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2012年08月23日

No.1116 木村塾やってみよう会 「我が人生を語る」

8月22日、大阪駅前第2ビル4階 大学コンソーシアム大阪にて、第27回「木村塾やってみよう会」が開催された。
恒例の「我が人生を語る」は、理学療法士の永野良宣さん。

永野さんは3人兄弟の末っ子、小学校6年生のときに父親が家を出られ、母子家庭で育たれた。
お母さんはしっかり者で働き者、歳の離れた兄や姉は成績優秀な優等生であったという。

高校時代は陸上部で中距離の選手であった。なるほど六甲山全山縦走の好タイムもうなずける。
家庭の事情から、国公立の大学を受験するも失敗。2浪の末、私学の理工学部に進学される。

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大学では、早く友人を作ろうと焦り、自分のペースを崩してがんばった。
そんなあるときバスに乗っていて、急に空しくなって大学に行かなくなったそうである。

何のために学ぶのか…。目的を失い、完全に人間不信に陥り、やがて大学を退学する。

大学にも居場所がなかった。家にも居場所がない。バイトも続かない。
今で言うニートのはしりで、親戚にも情けないと責められる。
苛立ちのはけ口に、苦労して育ててくれた母にさえ暴言を浴びせ、またそんな自分が嫌になって自分を責めるという、辛い日々だったようだ。
今考えると環境や周りのせいにして、できない理由ばかり並べていたという。

ある時、研究アシスタントのバイトが見つかり派遣社員として働くことになった。
理解のある上司にも恵まれて楽しく働くが、後の人事異動で来た上司とは全く合わずに苦労する。

そんな折、新しい場を求めてボランティア講座に通い始める。
奥さんともそこで出会い、めでたく結婚。KKFC本間さんとも出会う。
そして障がいのある子ども達にボランティアとして関わり、将来は障がいのある人を支える仕事に就きたいと考えるようになって、理学療法士を目指して夜間の専門学校に入学する。

昼は派遣の仕事、夜は学校、結婚して2年目というのに新婚気分はどこへやら、必死の毎日であった。4年生になると昼間に実習に行かねばならず、仕事も辞めざるを得なくなった。
生活費を切り詰めて暮らし、理学療法士の免許は夫婦二人で取ったようなものだと言われた。

最後に彼が言った言葉がすばらしい。
「人との出会いはどんなことにも意味がある。いままでたくさんの方にお世話になったこと。合わなかった上司も、その人がいなかったらボランティアも始めておらず、嫁さんにも出会っていない。皆さんに感謝します。」

いつも温厚で誠実、控えめな永野さんであるが、もがき苦しんだ時期があったとは驚きであった。
それだけに人の痛みがわかり、優しい人柄ににじみ出ているのであろう。
やはり、聴いてみないとわからないものである。

今回のやってみよう会も非常にすばらしい気づき、学びがあった。
共に学ぶ仲間に感謝したい。



 

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