« No.1272 宇治市倫理法人会主催 経営者モーニングセミナー 開催 | HOME | No.1274 日創研山形経営研究会6月例会 特別講演会開催 »

2013年06月24日

No.1273  木村塾やってみよう会  6月度例会

6月17 日、大阪駅前第2ビル4階 大学コンソーシアム大阪にて
第36回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(ビジョン)を語る」は、人材派遣とコンサルタントの会社を
2社経営する我妻(あづま)昌章さん(37歳)さん。

我妻さんは1975年東京中野区生まれ。
旧日債銀マンで「星飛雄馬の父・一徹のような」父親のいる厳格な家庭に育った。
大学は大阪へ。バンカラな関西大学で寮生活を送る中、
授業料と生活費のためにバイトに明け暮れ、父親の命令で税理士を目指した。

しかし、父親の会社が破たん。税理士からサラリーマンになる道を余儀なくされた。
事務機器大手で営業マンになった我妻さんは、入社間もなく同期150人中トップの成績に。
ところが、「マニュアルに従って製品を売る仕事」に飽き足らず、わずか1年少々で退社。
転職した従業員10名規模の会社でさまざまな部門を立ち上げる中、独立を目指す。

最初の起業は2年後の27歳。資本金は50万円だった。
が、売上ゼロが半年間続くなど苦戦。
すでに妻子があり、ギャンブルで生計を立てることもあったという。
31歳で再び新会社を設立したが、今度は過労で倒れて人間関係でもトラブルが続出。
信頼していた社員に横領され、被害額は1000万円にものぼった。
家庭生活でも4度の離婚危機にさらされた。

「こんなに頑張っているのになぜ?」 焦る我妻さんに転機が訪れた。
「人を心からサポートしたいと願う」一人の保険の営業マンとの出会いをきっかけに、
絶妙なタイミングで素晴らしいメンターが次々に現れた。

『人にどう見られたいか?』から『自分はどうしたいか?』
我妻さんが変わると、流れが変わった。
いま、大事にしているのは、「クールな判断力と経営者としての責任」という。
時間管理も変わった。寸暇を惜しんで家族との時間を最優先。
そして睡眠時間を確保。何より「心の健康」が大事だ。

我妻さんは、「共に成長していける人と時間を共有したい」と、
将来のビジョンを数字と言葉で次のように語った。
[目標] 年商1億円。スタッフ100人と関係者で運動会を開催する。
[40-45歳]  500名の登録スタッフ。
[45-50歳] 海外展開を含めた人的コンサルタントの拡張。
[50歳]  廃村を買い上げて村長になる。

いま日本には農業や漁業をしたいけど、地縁の強い村社会に飛び込むことに
不安を抱く若い人たちが大勢いる。
そこで、廃村を買い上げてコミュニティを創り、自身が「村長」になるという。
「介護の仕事もできると思います。若者も老人もともに過ごせる場所を一から創る。
それが日本を変えることになる」と、我妻さんは胸を張る。

我妻さんは紛れもない起業家だ。「カタチを変えられる人」である。
海外を視野に入れた人材派遣業には未来がある。
日本も1000万人規模で移民を受け入れ、変わっていってほしい。
また、少子高齢化で過疎化する地方の未来が危ぶまれる中
「村長になる」というミッションはすばらしい。

我妻さんが村長になった時には、私はぜひとも村民になりたい。
パワーあふれるこの若い起業家に心からのエールを送った。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 脱サラから起業4社 ! カタチを変える我妻さんの生き方、無から有をつくる気概に刺激を受けました。
・ 「人生を共に成長した人と」という言葉。すごくいいなぁと。行動力の凄さにも驚きました。
・ 我妻さんの壮絶な変わり様に驚くと同時に、今の心のあり方に対して尊敬の念を持ちました。人は、どんな人に出会うかによってすばらしい生き方に変わっていくことの見本を見た気がしました。
・ 20代の破壊的な時期から30代の貢献の生き方へ、価値観が肯定的に変化されたことがすばらしかった。従業員への想い、幸せを追求し続ける理念に共感しました。
・ 「自分がどうしたいかを素直に見せる」という言葉に勇気をもらいました。他人にどう思われたいかは自然ではない」その通りだと。私は未だ他人の評価が気になるパラダイムがあります。



 

Copyright (C) 2015 KimuraKatsuo.com committee. All Rights Reserved / Powered by Genius Web