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2013年07月31日

No.1294   大阪木村塾 BS経営相談所 7月度 開催

7月26日、大阪木村塾7月例会が大阪産業創造館で開かれた。
冒頭、「経営資源とは? 」をテーマにダイアード。おなじみDVD上映の後、
今回は「起業家と経営者」についてお話させていただいた。

経営資源とは、「人・もの・カネ」プラス「情報・マーケット」を指す。
これらを掛けあわせて、価値を10倍にも100倍にもする人を経営者と言う。
一方、これらを展開して新しいメシのタネをつくり、カタチを変える人が起業家だ。

中でも、新しい事業を起こすときにとりわけ必要なのは「もの」。
土地や建物、商品だけではない。いや、むしろそうした現ブツではなく
目には見えない「アイデア」、「技術」や「サービス」といった「ソフト」である。
起業家は、アイデアや技術を駆使し、
誰も思いつかなかった新しいビジネスを生み出していく。

わが国では、経営者と起業家を混同しがちだが、起業家のメッカ、米国のシリコンバレーでは、
経営者ではなく起業家として仕事をしている人たちが多数いる。
彼らは新しいビジネスを創出しては、高い付加価値をつけてつくった会社を売却し、
また新たなビジネスに挑んでいく。

彼らは「社長」ではなく「CEO=Chief Executive Officer」「CTO=Chief Technology Officer」
「CFO=Chief Financial Officer」「CIO=Chief Information Officer」等と呼ばれている。

経営者ならば、一つの事象を深く掘り下げる顕微鏡のような目が必要だが、
起業家には、鳥のように空から下界を眺める俯瞰(ふかん)の目が必要だ。

思えば私に与えられた人生は、経営者ではなく起業家の道であった。
メシのタネを探し、うまくいけば社長の仕事は人に任せて
また新たにメシのタネを発掘する・・・。
うまくいかなくても失敗経験が次のアイデアになる。
ちなみにその勝率は4勝26敗。この4勝は26敗をカバーして余りある。

起業家を志すならば、アイデアを駆使し、失敗を恐れることなく
リスクをかけて果敢に挑戦してほしい。

あなたは果して起業家ですか?  それとも経営者? あるいは起業家型経営者でしょうか?

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 視座変換!! 頭をハンマーで殴られた!! 殴られて頭が割れて、何かが出てきた! そんな気がします。次回は「お金で釣って」でも息子3人と参加したいです。
・ 起業家と経営者は別だと聞いたことで、曇っていた頭が晴れました。「起業家で行くしかない! 」と、心に決めました。
・ 経営者と起業家の違いがよく分かった。今までの学びは良い経営者になるために舵が向いていましたが、目指したいのは起業家であると再確認できました。チャンスを求め、海外に出ることと、大きなビジネスにしたいと思います。
・ 新しいネタ満載でとても面白かった。ナレッジサロンはぜひ行ってみたい。
・ 起業家はカタチを変える。起業家はメシのタネをつくる。具体的な事例を通じての話はとても分かりやすかった。

2013年07月30日

No.1293 木村塾パワーアップセミナー 「私のでっかい夢 ! 」

7月25日、第1002回 木村塾パワーアップセミナーを開催。
今回も新たに新人3人を迎えてのセミナー。最近、何度か課題にしている
「10年後の私」の発展形として、テーマはその先にある「私のでっかい夢 ! 」とした。

ソフトバンク社長の孫正義さんは19歳の時、「人生50年計画」を立てた。
2名の従業員と行う朝礼でみかん箱の上に立ち、こう言ったそうだ。
20代で名乗りを上げ、30代で1000億円、40代で1兆円の資産を動かす。
さらに50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ、と。

それから36年。現在55歳の孫さんは、自ら描いたビジョン通りの人生を歩んでいる。
孫さんが夢を実現できたのは、なぜだろう?
それはビジョンに沿って「できる方法を考え」「あきらめずにやり続けた」からに他ならない。

私は10年後のビジョンを公言する際に大ボラを吹けと言っているが、
何度も人前で公言することにより、もう一人の自分がこう問いかけるだろう。
「そんな大きなことを言って、お前にできるんか? 」と。
その問いかけが、自分の中で眠っている潜在能力を引き出し、
「できる方法」を導き出してくれる。

実は大ボラは、ホラではなく「アンビシャス」、「大志」だ。
大ボラだからといって、考え得る最大限の夢を10年後に設定していた人にとって
その先にある「私のでっかい夢! 」というテーマは、
さらに脳ミソを活性化させる、いい刺激になったのではないだろうか。
夢もまた「より以上を」めざしてほしい。

この日は天神祭の本宮。
天神祭といえば祭神は、学問の神様、菅原道真だが
わがパワーアップセミナーも、「共に学び、共に成長する」という理念を掲げている。
パワーアップに参加してくださった皆さんには、仲間の放つエネルギーも借りて
必ずや天神さん以上のご利益があると信じている。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 初めてパワーアップセミナーに参加させていただいて1年になります。会長がおっしゃったとおり自分の中で何かが少しずつ変化し、自信が湧いてきました。これからも知恵を絞り、上を目指して頑張っていきます。
・ 人の夢を聞くことでモチベーションが上がりました。話すことは苦手ですがアウトプットすることで自分のやりたいことが明確になりました。
・ 3分間のプレゼン能力の必要性、人の話を聞く姿勢を学びました。発声練習もすごく大切ですね。
・ 自分の人生をマイナスな考えで捉えるのは止める !
・ 「宇宙から地球を見る」と発言された方。すばらしい夢だと思いました。自分の中に封印していた想いが甦ってきました。
・ この会はいつ来ても背筋がピーンと伸びます。皆さんのパワーに圧倒される中で色々な人生があり、それぞれ前に進んでいる。私もやります !

2013年07月29日

No. 1292 岡山木村塾 第5回セミナー開催

7月23日、岡山国際交流センターにて岡山木村塾第5回セミナーを開催した。
新しいメンバーを1/3ぐらい迎え、今回も前回に続く「メシが食える力をつけないさい」をテーマに、
先月訪れたバリ島のアニキの話も交えてお話しさせていただいた。

20代で日本を出てインドネシアのバリ島に「メシのタネ」を求めたアニキ。
それから20年。40代となった今、アニキは4000億円の資産を持つウルトラ大富豪となった。
アニキが住む町は、人口わずか約4000人にすぎない。
ちなみにバリ島の人口は400万人だから、単純計算すれば
バリ島全体ではアニキのような大富豪が1000人出ても不思議はない。
求めさえすれば、チャンスはいくらでも転がっているのだ。

「小才は縁に出合いて縁に気付かず、
中才は縁に気付いて縁を生かさず、
大才は袖すり合うだけの縁をも生かす」
この言葉は江戸幕府将軍家で兵法指南役を務めた、柳生一族の家訓だ。

縁は何も名刺交換をした人との間にあるのではない。
電車の中で隣り合う人が読んでいる本の中にも、
喫茶店で会話している人の話題の中にも、こちらが探せば満ちている。

チャンスは変化とともにやってくる。
できない言い訳を並べるよりも、できる方法を考えよう。

セミナーの前に会場内で経営相談を実施した。
相談者のMさんは市内で不動産業を営む40代の経営者。
2年前にも一度相談を受けて、BSビジョンをつくるお手伝いをさせていただいた。
今回早くもその成果がBSに現れ、強い会社に向かって盤石の基礎を固めつつある。
「強いBSを目指すと、予想もしない効果が出るんですね」と話すMさん。
力強く自信に溢れた言葉に、あらためてBS経営の威力を感じた。

ビジョンは、未来を鳥の目のように俯瞰(ふかん)で映し出す望遠鏡だ。
人生でも経営でも望遠鏡があれば道を迷わない。
向かう方向が明確であれば自信を持って前に進めるし、回りも引っ張っていける。

岡山木村塾も、スタートから丸1年が過ぎた。
若手から中堅経営者まで幅広い層にご参加いただく中で
毎回起業を目指す新しいメンバーも迎え、フレッシュな空気に包まれている。
この中から日本を変えるような起業家が生まれることを願ってやまない。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 2〜3年ぶりに会長のお話を拝聴することができ、念願が叶いました! 毛穴から、目から・・・魂に染み込む会長の「LIVE」は、超一流のアーティスト以上の感動があります!! 20代の者として、会長との出会いは「起業家1001人」に入る使命があると改めて感じました。
・ 「100回聞く」のではなく「1回やって」みます。今日も元気をたくさんもらえました。
・ 「生涯チャレンジャー」。私よりも10歳も先輩から教えていただきました。
・ お話をうかがい、自分が今までやってきたことが間違いではなかったと確信しました。
・ チャレンジへの力をいただきのました。「変化をチャンスに!」まさに目からウロコでした。

2013年07月26日

No.1291  木村塾やってみよう会  7月度例会

7月22日、大阪駅前第2ビル4階 大学コンソーシアム大阪にて
第37回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(ビジョン)を語る」は、東大阪市で自動車関連事業や海外輸出入事業を
行う「有限会社ダイエイインターナショナル」の代表者、里見裕之さん。

里見さんは1947年、大阪生まれ。サラリーマンの家庭に育った。
大手タクシー会社で車の整備士に。その後レンタカー会社を経て、28歳の時に
部下1人を引連れ、東大阪で60坪の土地を借りて自動車修理工場を開業した。

20年ほど前から新規事業として海外向けの中古車販売にも乗り出した。
最初はメッカといわれる富山に店を構えたが、そのうち市場を求めて自ら世界に出た。
ヨーロッパ、アフリカ、北米、ニュージーランド・・・訪れた国は20を下らない。
車は売れたが、インターネットの普及で中古車販売のスタイルも変化の時を迎えていた。
「いずれ頭打ち」と察知した里見さんは、次なるビジネスを求めて嗅覚を磨いた。

バングラディシュにメシのタネを見つけたのは「たまたま」だ。
奥様の親友のご主人がバングラ出身だった。その人が現在、里見さんの下で右腕として働くスタッフの沢田イスラムさん。
沢田さんのツテでバングラを訪れるうちに、後のビジネスパートナーとなるキーパースンとつながった。
高品質な日本製写真フィルムの販売を手始めに、電気を使わないエコ仕様の
立体駐車場の製造、合金・鋳造など、現地で次々と新しいビジネスを手掛けた。

世界一の人口密度を誇るバングラディシュ。北海道ほどの面積に1億6000万人が住み、
若者が多い。メシのタネはいくらでもある。
人件費も安く、現地では日本人1人分で100人雇える。国民性も親日的で穏やかだ。

立体駐車場の製造で工場を探す中、軍からも仕事が舞い込んだ。
もちろん、すべてうまくいった訳ではない。しかし、失敗しても次のチャンスが訪れる。
「やってみてアカンかったらすぐに修正すればいい」が、里見流ビジネスの肝だ。

2004年、本業である自動車修理の部門でもバングラに拠点をつくった。
現地では一般市民が車を持つことは少ないが、一部の富裕者層が所有している。
修理工場にはそんなハイクラスの人たちが集まり、有力な情報が集まってきた。
いまバングラでの事業の中心となっているアパレル工場も、そんな情報から生まれたものだ。

繊維産業は全く経験がなかったが、経営という視点で不安はない。
里見さんは中西部にあるマグラ県のジャングルを開いて工場を建設した。
開業資金約1億円のうち、里見さんが用意したのは4000万円。
不足分は出資してくれる企業を探し開業にこぎつけた。
「出資したお金は3年以内に回収できるでしょう。逆転満塁ホームランは
間近に迫っています」と里見さんは胸を貼る。

開業の式典には政府の要人やインドから副首相クラスの政治家も参列した。
工場には現在254人の従業員が働く。これだけの雇用を創出した里見さんは英雄なのだ。
オーナーである里見さんの仕事は、数字のチェックを含む経営判断。
運営を担う沢田さんとは、毎日スカイプでやりとりしている。
この実績で世界のアパレルメーカーH&Mからも引き合いが来ているという。

今回の発表に当たって里見さんは、自分が取材された現地の新聞を初めて日本語に訳してみた。
そして驚いたという。

「私の会社が、まれない女性たちの過去を変え、家族を含めると数千人に影響を与えた会社、
初めて外貨を稼いだ企業として紹介されていたんです。姑からひどい扱いを受けていた女性が、
仕事をすることで認められ人間としての尊厳を取り戻したとか、一人の人間として社会貢献できて
嬉しいといった声も取材されていて・・・経営者なのに、そんなことも知らずにいた自分が
とても浅はかで恥ずかしくなりました」。

涙ぐむ里見さん。誠実な人柄が伝わるスピーチに、惜しみない拍手が贈られた。

里見さんは真の起業家だ。私たちは里見さんから学ぶことがある。
それは、リスクを抱えて怯まずチャンスに挑んできたことだ。
起業家を目指すならば、失敗を恐れず、リスクをかけて変化に向かっていってほしい。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 未来のチケットを手に入れたぐらいの質の高い時間でした。人の持てるチカラを感じて良かったです。
・ 私も海外に行くためパスポートを取ります。バングラディシュにぜひ行きます!
・ 特に感動したのは、沢田さんと里見さんの奥様のつながりで今のビジネスがあるということです。まさにすべの出会いは必然であると思いました。
・ 里見さんの行動力を見習いたい。私はまだ日本の中で活動しているので、メシの種ツアーなどを利用して20年ぶりに海外に出て行きたい。
・ 思ったらすぐ行動する力。ばらしい! そして雇用を生んだこと。スゴイの一言です!!
・ 「起業家と経営者は違う」「失敗を恐れるな。失敗も結果」「百見は一行に如かず」
・ 自分の信念を貫き通すことによって人とのつながりもどんどん変わって行くのだなあと。「チャンスは変化と共にやってくる」。早く行動しなければ! と思いました。

2013年07月25日

No.1290 滋賀近江木村塾 開講 

7月20日 滋賀近江木村塾が草津市の草津商工会議所で開講。
第1回は地元の経営者の勉強会「コスモクラブ」と共催で開催された。
塾長の熊川裕さんはご当地で不動産業を営む経営者。私とは15年来の勉強仲間だ。
会場には塾長の奮闘で現役の経営者のみなさんに多数お集まりいただいた。

冒頭、「10年後の私」について2人1組になってのダイアード。
10年後のビジョンに想いを馳せプラス思考モードにスイッチを入れていただいたところで、私の自己紹介がわりのDVD上映。そして本題へ。
第1回ということで木村塾の目的や主旨についてお話させていただいた。

私が木村塾を始めたのは、この日本に一人でも多くの起業家を生み出し
日本を元気に、とりわけ中小企業に力を奮ってもらいたいからだ。
では、起業家とは何か。
一つはカタチを変える人であり、もう一つはメシのタネをつくる人。

ならば、経営者と起業家は同じなのか?  実は全く別モノだ。
経営者が一つのカタチあるものをマネンジメントして、掘り下げていくのに対して
起業家は何もないところから新しい仕事を創り出して、横に広げていく人。
つまり、起業家に最も必要なのは、過去の常識にとらわれない創造力である。
常識にのっとって一つのことを継続する職人的な経営者は、起業家ではない。

いま日本は、明治維新と太平洋戦争での敗戦時に次ぐ3度目の大きな変化を迎えている。
激動の時期には多くの起業家が誕生して、国のカタチを変えた。
変化こそチャンスだ!
時代が起業家を要請している。
変化に怯えてはいけない。
致命傷でなければ失敗してもいいじゃないか。成功は失敗の先にある。
人様に迷惑をかけるな、という常識こそ捨て去るべきだ。

どうか、みなさん。変化に怯えず、常識にとらわれず、リスクをかけて
カタチをつくる人、新しいメシのタネをつくる人になっていただきたいと、切に訴えた。

セミナーの前に、熊川塾長の率いる株式会社 Kizunaを表敬訪問すると共に
事務局長でもある細川さんが経営する草津市のイタリアンレストランを企業訪問した。
細川社長は脱サラで起業、現在4店舗の飲食店をチェーン展開する気骨ある若い経営者。
BS経営を取り入れ、筋肉質の会社に改造するお手伝いをさせていただいた。

14時から17時まで白熱問答を含めて3時間のセミナー。
熱気は細川社長が営む草津駅前のレストランへ持ち込まれ、最高潮に達した。
真夏の開講にふさわしい“熱血木村塾”となった。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「起業家」と「経営者」の違いが明確になりました。自分は果して何を目指すのか? あらためて見つめ直す良い機会になりました。
・ BS経営、大変参考になりました。私は金融機関の人間ですが、売れる会社をつくるという言葉が起業家を表す一番分かりやすく、心に残る言葉でした。
・ 目からウロコでした。あらためてBS経営と起業家を目指していきます。
・ 著しく変化する経済、社会の中で生き残りをかけて対応力のある者が勝者になると確信しました。「BS経営のススメ」の著書を読みたいです。
・ チャレンジすることがいかに大切か実感。私自身も安定を脱ぎ捨ててチャレンジしている最中です。大儀を持つことがいかに大切か再確認できました。
・ 生きた言葉、力のある言葉で分かりやすく、大変ためになりました。
・ モチベーションを上げるきっかけになりました。

2013年07月24日

No.1289 神戸木村塾 第2回セミナー 開催

7月19日、神戸市勤労会館にて神戸木村塾 第2回セミナーを開催。
今回は塾生たちの人脈やバリ島を旅した際の「アニキ」つながりで
東京、奈良、和歌山、島根などからも起業家志望の若い方が大勢ご参加くださり、
会場は活気あふれる雰囲気に包まれた。

冒頭、「10年後の私」をダイアード。
新メンバーにとっては予期せぬ即題に戸惑う姿もあったが、これぞ私の策略でもある。
ダイアードはうまく話すことが目的ではない。
10年先の未来ビジョンなくして、夢をつかむことなどできない。
そのことを実感してもらうための伏線でもある。

そんな気付きをと、今回のテーマは「逆境はチャンス! 」とした。
チャンスは、どん底の中で変化と共に現れてくるものだ。
変化に対して怯える人と、向かっていく人がある。
変化に対して怯える人は、言い訳ばかりして何もしないが成功することは永遠にない。
一方、リスクをかけて向かっていく人は、もちろん失敗もするだろう。
しかし、リスクを負わずに成功する人はない。成功は失敗の先にあるものだ。

「やってみな分からん、やってみな分からん」
「うまくいけばカネが儲かる。失敗しても経験が儲かる」
致命傷になるようなリスクでない限り、まずはなんでもやってみろと檄を飛ばした。

ビジョンを言葉と数字で100回公言し、行動すれば人生は思った以上になる。

講演の前には、生田神社近くにある自然食品と雑貨の店「サルーネコ」を表敬訪問。
責任者の池由起さんには大勢の方に神戸木村塾をご宣伝いただいた。
また、セミナーの勢いはそのままノンストップで懇親会へ。

若さ弾けるスピード感のある木村塾となった。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 魂がゆすぶられました。「ステージは自分で与えるもの」。大きなチャンスをいただきました。
・ 自分を甘やかしていたことわ、また、「やらなあかん」と奮い立たせてもらってよかった。「まずはやる」を目標にします。
・ 今まで聴いた事のないお話でした。「逆境はチャンス! 」「人生を経営している」の言葉に力をいただきました。
・ いまなぜ日本に起業家が必要なのか。日本文化はリスクを恐れる、という意味がよく理解できた。
・ 木村会長が今まで以上に進化を遂げているのを見せていただき、勇気をもらいました。
・ 自分自身が持っている経営資源を改めて知ることができました。これを活かして行動します。
・ 会長の人生を聴いて、自分もこの苦労が必ず10年後、もらいに花咲くとワクワクしてきました。
・ 次のチャンスだと思って、できない理由を並べたてる暇があったら、できる方法に時間を使う。絶対に誰でもやれるんだという気持ちになれました。

2013年07月23日

No.1288  木村塾パワーアップセミナー 「私の生まれてきた意味」

7月18日、第1001回 木村塾パワーアップセミナーを開催。
4ケタ台のスタートを切るテーマは「私の生まれてきた意味」とした。

ハードルの高いテーマかと思いきや、浅田先生も絶賛されるくらい
すばらしいスピーチが出そろった。16人それぞれの、厳しくも心優しい
真摯な生きざまが描かれた珠玉の人生ドラマを見ているようで感動を覚えた。

私など若い頃はとにかく家族にメシを食わせることしか頭になく、
自分の生まれてきた意味なんぞ考えたこともなかったが、
さまざまな経験を経て50を過ぎたあたりから、私の生まれてきた意味は、
どうやら起業家をつくることにあるのではないか、と思うようになった。

起業家とは、メシのタネをつくる人。カタチを変える人だ。
木村塾はそんな起業家を一人でも多く輩出するために開いている。
とくにこのパワーアップセミナーは、単に話し方のスキルを上げるのではなく
「相手の立場に立って聴く・話す」ことを通じて、その人が本来持っている能力を
引き出すチカラがあると強く確信している。

今回のスピーチでは「自分の命は自分だけのものではない」
「この命もいつかは宇宙に帰る」など、壮大な人生観が飛び出した。
命には限りがある。永遠に生き続けることはできない。
人生はリレーだ。次の人にバトンを渡す時には少しでも進化した状態で渡したい。
そのためにも日々魂を磨き、成長していきたいと思う。


☆いただいたアンケートより抜粋

・ 話を聴き、みなさんの生き様から宿命を持たれていると感じました。勇気をいただきました。
・ 1001回に参加できて本当によかった。感動しました。みなさんの人生ドラマを味わうことができて面白かったです。
・ 人生を一生懸命に生きようと思います。
・ 参加者全員の熱い想いに触れることができて、いつも以上に感動した会になりました。
・ 「名は祖先、宇宙から与えられたもの」「命のリレー」「もらった時よりも良い状態で次につなぐ」「人は誰しも一通の手紙を持って生まれてくる」・・・心に響きました。
・ 『私が生まれてきた意味』を考える機会を与えていただき感謝します。こんな機会がなかったら恐らく考えなかったテーマです。より自分を成長させて次世代へバトンを渡します。
・ 私にとって新たな扉が開かれました! 私が見てきたこと、体験したこと、まだまだ未熟ですが子どもたちに、一人でも多くの方に伝えていきたいと思いました。
・ パワーアップセミナー、4ケタ台に乗ってステージが変わったように思いました。

2013年07月22日

No.1287 札幌木村塾 第1回セミナー開催

7月17日 札幌木村塾が開講。第1回セミナーが札幌市教育文化会館で開かれた。
全国で19番目の木村塾。北の大地では初めてということで札幌市内のみならず
釧路、帯広、旭川など道内全域から、経営者を中心に大勢の方にお集まりいただいた。
この開講により北は札幌市から南は那覇市まで、木村塾は全国20カ所
(20日に開講した滋賀を含む)、海外を含めると25カ所に広がった。

木村塾では初めてだが道内では5年ぶりの講演だ。
顔なじみの塾生もおられ、私自身の成長を見ていただけたのではないだろうか。
古希を過ぎても成長できる。そんなふうに受け止めていただけたなら幸いだ。

セミナーは18時30分にスタート。
冒頭、「10年後の私」のダイアードでテンションが上がったところでDVD上映。
初めてのダイアードに最初は戸惑う方もあったが、10年後のなりたい姿を
大ボラを言葉と数字で公言する体験は、なかなか新鮮だったようだ。

講演テーマは「変化はチャンス」〜「BS経営のススメ」とした。
変化することを怯えてはいけない。
時代の転換期である今こそチャンスと捉え、果敢に挑戦してほしい。
変化に対応するためには、強いBS(バランスシート)をもつ筋肉質の会社に
つくり変えることだ。
そのためにも明確なBSビジョンを掲げ、数字を共有する人財を育成する。

人生も経営も、数字入りの大きなビジョンをもつこと。
大ボラを吹いてビッグな夢を手に入れてほしいと熱弁をふるった。

塾長は、株式会社テクノス社長の宍戸千郁さん。
セミナーに先駆けて同社を企業訪問させていただいた。
宍戸社長はご主人亡き後、事業を継承され、BS経営を実践して
この10年間で自己資本を4倍に増やされた。
ご子息も後継者として立派に育っておられる。

瞬く間に過ぎた2時間のセミナー。
Q&Aはそのまま懇親会場へと持ちこまれ、勉強意欲溢れる個人懇談会のような打ち上げとなった。
クオリティの高い木村塾となりそうだ。次回は10月。冬季は休講となる。


☆いただいたアンケートより抜粋

・ 大ボラ=大きな志。目標を持つこと=必ず達成される。非常に大きな勇気と力をいただきました。感謝感謝!
・ 久しぶりに「木村節」が聞けてうれしかったです。いつも自信と勇気を与えてもらって感謝しています。
・ 今後は何をするにも目標には数字を入れます。「ものづくり+サービス」。このキーワーズを取り入れ、変化対応力を磨きます。
・ ビジョンを公言することの大切さをとても深く感じることができました。私も80歳からの手紙を書いて実行します!
・ 自己資本の積み上げ方が分かりやすかった。本当に強い企業とは何かを教わりました。
・ グサッ、グサッと刺さる言葉が満載。大きな失敗の後、なかなか前を向けない時期がありましたが、ようやくその経験を活かせるようになってきたところで今回のセミナー。元気をいただけました!
・ 「変化はチャンス」。いま変化を起こしてチャレンジ中です。変化の渦中にある時代の中でチャンスはどこにでも転がっていると感じています。講演を聞いて、絶対にチャンスをものにします!
・ PLに目が行っていました。BSの力に惚れました。今回の講演でなぜやるか! どうなりたいか! 未来のビジョンを大きく脳に抱き込んでいきます。
・ 経営者として生きていくことがどんなことなのか。そして、一番大切な財務についての考え方を教わりました。100年を超える企業を目指して勉強します。
・ 実経験に基づいた熱弁、心に響きました。変化はチャンス! 言い訳は言わない! サラリーマンの私も実践し、起業家精神を持った仕事をしていきたいと思いました。

2013年07月20日

No.1286 滋賀甲賀木村塾 第1回セミナー開催

7月16日 滋賀甲賀木村塾が開講。第1回セミナーがサントピア水口で開かれた。
塾長の上杉恵一さんは税理士。4月に京都で私の講演を聞かれて共感され、開講の運びとなった。
以前から会計事務所とのコラボ・セミナーを行うことで中小企業の活性化に役立てたいと思っていた私としても願ってもない企画だ。
満席の会場には、クライアントの経営者や銀行員の方も多数ご参加いだいた。


今回のテーマは「BS経営のススメ」。
つよくて良い会社をつくるには、10年、20年のロングスパンに立った
ビジョンづくりが欠かせない。
そのためには、きちんと税金を払い、自己資本を貯え強いBSをつくること。
BSをオープンにすることによって、優れた人財を育てることだ。

13時半からスタートした3時間のセミナー。
我が人生のDVD上映を含めて1時間ほどお話をした後、
上杉塾長がインタビューアとなり、あらかじめ寄せられた質問に私か回答する
というスタイルで進められ、会場は次第にライブ会場のようにヒートアップした。

講演前に企業訪問も実施。
訪問した滋賀運送株式会社は、創業65年の老舗企業で現社長の丸山謙次さんは3代目だ。
グループ会社6社の社長と、創業者でもある丸山清司会長も同席された。
250名の社員さんと高い自己資本比率を持つ優良企業だが、
今後は「社員一人当たり」のモノサシを持っていただくとともに、100年企業を目指して
10年後・15年後・20年後のビジョンづくりをするお手伝いをさせていただいた。

あらゆる面で新ステージを開くフレッシュな木村塾となった。
次回は10月。今から楽しみだ。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 分かりやすい経営哲学を学ぶことができました。「自由放牧経営]。今までいろんな講演を聞いても答えが見えなかったのですが、今回はヒントが見えた気がしました。
・ 私の心に情熱が灯りました。情熱を灯せる人になります。
・ パワフルな講演内容と理解しやすい実例で、経営者として今取り組む課題が見えてきました。
・ 実体験を交えた話は説得力がありました。銀行員である私にとっても大変参考になり、今後の業務に活かしていきたいと思います。
・ 資本についての考え方が変わった。自分の小ささに気づかされた。
・ 常識にとらわれない「起業家」に興味を持ちました。社に帰って決算書を改めて見直します。
・ 一度も眠くなりませんでした。この時間のセミナーでこんなことはめったにありません。
・ 「天はあなたに乗り越えられない壁を与えない」。この言葉の意味が今分かりました。
・ 「BS経営」。初めて外車に乗った時のように思います。ウインカーを出すとワイパーが回りそうな!  バランスシートをもっと理解できるように次回もセミナーを受けます。

2013年07月18日

No.1285 木村塾パワーアップセミナー 1000回記念祝賀会開催

7月11日18時30分から、第1000回 木村塾パワーアップセミナー祝賀会が、
大阪駅前第2ビルにある大阪市立総合生涯学習センターにて開催された。

「共に学び共に成長する」という理念を掲げるこのセミナーは、1991年、
「早朝経営セミナー」の名で人材育成のための社内研修としてスタートした。
それが評判を呼び、どなたでもご参加いただけるオープンスタイルへと進化し、
昨年9月より名称も「パワーアップ」に代わって現在に至っている。
浅田幹子先生には124回目からご指導いただき、二人三脚で歩ませていただいた。

その間、全国各地に誕生した「木村塾」も、今では海外を含めて25カ所に広がっているが、
思い返せばこのパワーアップセミナーが生みの親である。
それも、支えてくださるスタッフ、ご参加くださるみなさんがあってのこと。
今日は美しい花束を頂いたが、受け取っていただくのはみなさんのほうだと、
感謝を込めてご挨拶させていただいた。



祝典では、いつもと同じように発声練習の後、2人1組になってのダイアード。
1000回目のテーマは、私の一番大好きな「10年後の私」とした。
今回は事務局が無作為に選んだ12名の方に代表として登壇していただいたが、
どなたもすばらしいビジョンを「言葉と数字」で表現された。

人間の器を大きくするのは「逆境」だ。
しかし、逆境は天から与えられるものだけでなく「つくる逆境」もある。
私はいつも「ビジョンを語る際は大ボラを吹け」といっているが
大ボラは自らに課する「つくる逆境」に他ならない。
大ボラを100回公言して、大河ドラマのような人生を歩んでほしい。


1000回もゴールではなく、通過点に過ぎない。
パワーアップセミナーの次なる目標は「2030年 2000回! 」
みなさんの力でさらに大きなステージへと押し上げていただきたい。

どうか、みなさん。
大ボラを吹いて、カタチを変え、メシのタネをどんどんつくって
「強い日本」を復活しましょう。

2013年07月17日

No.1284 香川木村塾 第2回セミナー開催

7月9日 高松テレサ2階 第二文化教養室にて、香川木村塾 第2回セミナー開催。
今回はインドネシア・バリ島ツアーのレポートにからめてテーマを
「メシが食えるチカラをつけなさい! 」としてお伝えした。

日本はかつて国の存亡をかけた2度の国難に遭遇した。
明治維新と第二次大戦で敗戦した時だ。
しかし、この苦難の時こそ飛躍的な成長を遂げた。
変化こそチャンスなのだ!

起業家とは、まさに変化をチャンスに変える人だ。
メシのタネをつくり、カタチを変える人だ。
3度目の国難ともいえるいま、時代が起業家の出現を要請している。

では、どうすれば変化をチャンスにできるか?
それは「できる方法を考え」「リスクを負って挑戦する」ことだ。
人間には「できる方法を考える人」と「できない理由を並べたてる人」の2通りしかいない。
やりもせず、リスクも負わず、出来ない理由を並べたてても何も始まらない。
メシのタネをつくるなら、評論家になってはいけない。

バリ島でも日本や日本人に対する信頼は篤く、どこへ行っても歓迎された。
みなさんはトヨタの社員でも、ホンダの社員でも、パナソニックの社員でもない。
しかし、「日本」というブランドを掲げる国の社員なのだ。
ブランドとは信頼。ビジネスをする上で、これほど強い武器はない。
先人たちがコツコツとつくり上げた、このブランド力を最大限に活用して
どうか、変化をチャンスに変える人になってほしい。

ノンストップ2時間講演。みなさんの食い入るような熱い眼差しを受けて
全身全霊で突っ走ったらタイムオーバーとなった。
次回はたっぷり白熱問答の時間も取りたい。


☆いただいたアンケートより抜粋

・ 起業家という生き方に夢と期待が広がりました。「やってみなわからん! やったことしか残らん!! 」。私も思う事を一つ一つ実行し「百見は一行に如かず」としたいと思います。
・ 印象に残った言葉。「日本人ほど失敗を怖がる人間はいない」「学校は会社人間をつくる所になっている」「カタチを変える人・メシのタネをつくれる人になれ! 」「大ボラを吹け」
・ あっという間の2時間。価値感が変わりました。ぜひ企業訪問をお願いします。
・ 何か動き出さないと! と思えるお話でした。今からアイシングクッキーの販売を自営業で始めます。大きな起業家にはなれないと思っていましたが、お話を聞いて10年後の大きな目標を立ててがんばっていこうと思いました。たくさんのエネルギーをもらいました。
・ 「日本の常識にとらわれてはいけない」。今回一番印象に残った言葉です。私は現在会社員ですが、常に経営者の立場で物事を考えるようにしています。起業家になるためには突き進むしかないと思いました。
・ 日本の常識は非常識! 物の見方を少し変えると大きく世界が変わると思いました。自燃型人間」で生きていきます。
・ 起業家になるために自燃型になります。会社の現状はとても厳しいですが、「できる理由」をきちんとつくって、出来ることを増やしていきたいと思います。
・ 講演でワクワク感が増しました。子どもにも起業家としての道を歩ませたく育てます。参考になりました。

2013年07月16日

No.1283 高知木村塾 第3回セミナー開催

7月8日 ソフィアデンタルクリニックにて、高知木村塾 第3回セミナー開催。
今回のテーマは、インドネシア・バリ島木村塾開講の報告を兼ねて
「メシが食えるチカラをつけなさい!」とした。
冒頭、「10年後の私」を課題に2人一組となって互いにスピーチするダイアードを実施。
10年後のビジョンを思い切りビッグに描いてもらったところで本論へ。

幕末から明治にかけて、この地から坂本龍馬、板垣退助、岩崎弥太郎など、
近代日本を築く原動力となった人物が続々と誕生した。
龍馬は桂浜から洋々と広がる太平洋を眺め、日本が海洋国家として
生まれ変わることを夢見て行動した。

一方、今回旅したバリ島にも、そんな龍馬を彷彿とさせる日本人起業家がいた。
“アニキ”こと丸山孝俊さんだ。
アニキは20代で狭い日本を飛び出し、無一文から新しいメシのタネをつくり上げて、
いまや総資産4000億円を所有する大富豪になっている。

龍馬とアニキに共通するのは、メシのタネを世界に求め、自らがリスクをかけて
夢に挑戦してカタチを変えたことだ。

みなさんはどうだろう。
内陸部の隣県や東京、大阪ばかりを見て比較し、できない理由を並べ立ててはいないだろうか。
太平洋を背にしてはいけない。
二度ない人生。「心はいつも太平洋ぜよ」という気分で挑んでほしい。

セミナーの前に企業訪問も実施した。
今回訪れた株式会社サイン・ファクトリーは市内にある屋外広告の会社だ。
会社設立間もないこの若い企業を率いる代表の小原さんは30代前半。
奥さんを交えて、これから10年先、20年先を見据えてのBSビジョンづくりは
本当に楽しく、我が事のように心が燃えた。

高知木村塾もすっかり軌道に乗り出した感がある。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 会社訪問していただきありがとうございました。3回目の木村塾ですが、今回マンツーマンでお話していただきよく理解できました。10年後のビジョンを実現すべく頑張ります。
・ 毎回毎回ワクワクします。「ビジョンは言葉と数字で表現する! 」 気が付くと言葉のみ。まだまだ勉強です。変化に対応できるよう成長し続けたいです。
・ 「変化はチャンス! 」この言葉を刻んで頑張りたいと思います。
・ 本物の起業家になりたいと本気で思いました。将来はその起業家を育てるのが夢です。
・ 1,000という数字の後に就く単位で、ステージや人のランクが変わるという話は大変興味深かった。
・ 目の前の問題の解決策が少し見えたように思いました。会長のお話や場の雰囲気で風穴が開けたのだと思います。
・ まず自分に出来ること。1年で本を100冊読む! これからは、仕事はもちろん趣味の中にも目標を言葉と数字を描いていきます。

2013年07月13日

No.1282 インドネシア・バリツアー「メシのタネ探し」レポート

7月1日から5泊6日の日程でゆったり回ったインドネシア・バリ。
第3回は「メシのタネ」視点からレポートしよう。

バリ島は、インドネシアの首都ジャカルタがあるジャワ島のすぐ東側に位置し、
面積は約5,600km²。愛媛県サイズの島に四国の人口と並ぶ約420万人が暮らしている。
主な産業は、観光と農業だ。

バリ島の観光開発は1969年のデンパサール国際空港の開港に始まり、
東南アジア各地のビーチ・リゾートのモデルとなっている。
訪れた今月は乾季でベストシーズン。
空港では世界各国の飛行機がひっきりなしに到着し、今も拡張工事が続けられている。
ちなみに、バリ島を訪れる観光客は年間290万人。一番多いのがオーストラリア人で
日本人は、最近急増する中国人に抜かれて第3位になっている。

一方、豊かな水と肥沃な土に恵まれたこの島では、減少傾向にあるとはいえ、
第一次産業も従事者が30%以上と健在だ。農作物としては米を始め
ココナッツやコーヒー、バナナ、オレンジ、マンゴーなど。各種野菜も収穫される。

そんなバリ島をビジネス視点で眺めると、どうだろう?
宿泊した山岳地帯のウブドでは、ホテルの敷地の中にも棚田が広がり、
刈り取りが行われていたが、それはまるで「動く絵」のような美しさであった。

ウブドでは、世界に誇る「グリーンスクール」にも訪れた。(上の写真・中と右)
ジャングルの中に建てられたこの学校は、建物の全てが竹で作られ、
電力を太陽光発電や牛糞を使ったバイオガスで賄っている究極のエコ・スクールだ。
教育レベルも高く、幼稚園から高校まで全世界から多くの子どもたちが集まっている。

小さな島内には3000m級の山があり、水の豊かさも強みだ。
農業と観光のコラボ、環境と教育のコラボ、水ビジネス・・・
人口は少ないが、来訪者をターゲットに含めるとメシのタネはゴロゴロありそうだ。

一方では押し寄せる近代化の波も避けられない。
ここ30年間で水田の宅地化が急激に進んでいるのも事実だ。
それに伴い、不動産分野でもビッグなビジネスチャンスが渦巻いている。
アニキが最初に目を付けたのもこのジャンルだが、日本の高度成長期のような状況が、
いま、まさに進行している。

今回のツアーでは、ウブドやヌガラのホテルを拠点にしてバリ島を1周した。
単なる観光に終わらず、人々の生活する村を訪れる中で感じたのは、
人々の信仰心の厚さと人柄のよさだった。
住民の90%がバリ・ヒンドゥー教というバリ島では、
民家の敷地の中にも神様や祖先が祀る小さな寺や墓所がある。
「神々の島」とも形容されるゆえんだ。
もめごとを好まず温和でニコニコしているのも、こうした土壌があるからなのだろう。

この地でも日本人は歓待された。
太平洋戦争中にバリ島は日本の占領下に置かれたが、オランダ軍による植民地支配の
解放者というイメージがあり、非常に親日的だった。

「日本」はブランドだ。ブランドとは信用力に他ならない。
ビジネスをするに当たって、これほど強い武器はない。
百聞は一見に如かず。そして、百見は一行に如かず。
みなさんも、まずは出かけてみることだ。


2013年07月12日

No.1281 インドネシア・バリ島の大富豪 アニキを訪ねて

7月2日、バリ島では木村塾開講と並んでツアーのもう一つの目的であるアニキと面談した。
バリ島西部のヌガラに暮らすアニキ(兄貴)こと丸尾孝俊さんは、1966年生まれの47歳。
「バリ島に住む関西弁の日本人大富豪」として、テレビ等で大きく取り上げられたのでご存じの方も多いだろう。

大阪に生まれ、3歳で両親が離婚。父親に育てられるも極貧の時代を過ごした。
中学卒業後、仕事を転々とする中でメシが食えなくなり、20代後半にバリ島へ移住。
一時は無一文にもなりながらも不動産業で成功を治め、今では現地関連会社32社を経営、
現地従業員は6,300人を超えるという。その他にも25の邸宅と800haの土地を所有し、
インドネシア人の女性と結婚してヌガラで幸せな家庭も築いておられる。
面倒見のいいアニキは、「体験を聞きたい」と連日日本から押し寄せる訪問客に対しても
丁寧に対応し、家の中はいつも人でいっぱいだ。


いわゆる“世間に通用する履歴書”を持たないアニキが成功を治めたのは、
バリ島でメシのタネを探し当てたからに他ならない。
そして、アニキがすばらしいのは、「リスクに挑戦し」「この地に根を張る」中で、
自らが自らの生きる道を開いてきたことだ。

「相手を自分のことのように大切にする心=つながり・ご縁」を
何より重要視するアニキは、だれに対しても厳しさと優しさを持って接し、
現地の人たちからも絶大な信頼を寄せられている。

また、52人の孤児たちの里親として、稼いだお金を子どもたちに注ぎ、
病院や学校、サッカー場を寄付するなど社会事業に投じている。
「相手のために使い続ける」というお金の使い方や、時間のつくり方にも
学ぶべきことが多かった。

そんなアニキの人格や経営哲学は、生来持ち合わせたものではない。
数々の失敗を重ねる中で培われてきたものだ。
人間の器は超えてきた壁に比例するというが、アニキのスケールを見れば
その失敗や逆境の大きさが推測できるだろう。

世界には、新たなマーケットを求めて日本を飛び出し、現地で活躍している
魅力にあふれた起業家がたくさんいる。

やったらできる! だれでもできる!!

これからも世界中を旅してメシのタネを探すと同時に、そんな起業家たちの生き様を
ご紹介したいと思う。

2013年07月11日

No.1280 インドネシア・バリ木村塾 開講

7月5日、インドネシア共和国のバリ島中部にあるウブドで「インドネシア・バリ木村塾」が開講した。
ウブドは、バリ島の玄関口デンバザール空港から車で60分。標高500mの高地にあり、
ガムラン、バリ舞踊、バリ絵画、木彫り、石彫り、銀細工など、
バリ芸術の中心地として脚光を集めている都市だ。
講演は、豊かな自然とアートに満ち溢れたこの町のヨガ道場で行われ、
現地の老若男女 約150人が集まってくださった。

講演テーマは「逆境に勝る師なし」。
父亡き後、14歳の時から家族を養うためにメシのタネを求め続けた我が人生を通して、
「貧困・困難・苦労」こそが、どんな試練も乗り越える力となり、
壁が大きければ大きいほど、ビッグなチャンスが与えられたということをお話した。

バリ島では、土着の信仰とインド仏教やヒンドゥー教の習合によって成り立つ
バリ・ヒンドゥー教を奉じている。公用語はバリ語で、文化や風習も日本とは大きく異なる。
現地の通訳者を介して話し始めたが、どうも型どおりの翻訳文では
私の熱い想いは伝わりそうにない。咄嗟に判断した私は、
センテンスを極力短くし、役者の如く目、手、腰、足など全身を使って表現した。

ちなみに、「立ちはだかる大きな試練」では、横にある壁を大きく叩いたり、
「メシが食べられない」では、空腹で倒れそうなアクションをしたり。
「14歳の時に」は、観客席から14歳の子どもに前に出てもらった。
こんなパフォーマンス付きの講演は、ことのほか大反響。私も嬉しくなり、
熱が入るほどに観客席からも大きな拍手と歓声が巻き起こった。

90分講演の後半は一問一答の質問タイム。
瞳をキラキラ輝かせて「幸せとは?」「どうすれば金持ちになれるか?」など、
シンプルかつ哲学的な質問が飛び交ったが、ここでも即興アクションで回答。
「幸せとは笑うこと」と言って大笑いした私につられて、場内は「大合笑」となった。
まさに全身全霊でお伝えすれば、想いは言葉も国境を超えると感激した。

インドネシア・バリ木村塾開講に当たっては、バリ島とマレーシアで起業する柿木田信弘さんが
大阪木村塾に参加されたのがご縁で実現した。柿木田さんには、木村塾の現地開講だけでなく
今回の旅をコーディネートしていただき、心より感謝申し上げます。

7月1日から6日まで、講演と視察を兼ねて旅した5泊6日のバリ島ツアー。
今回から3回シリーズでお伝えしたい。

2013年07月05日

No.1279 福井木村塾 第2回セミナー開催

6月29日 福井木村塾 第2回セミナーが、福井県中小企業産業大学校にて開催された。
先月に続き今月も会場を満席にしていただき、早くも軌道にのった感がある。


テーマは、「変化はチャンス」。
日本は過去に2回、大きな時代の変動を受けた。
黒船が来たとき。そして太平洋戦争に敗戦した時だ。
しかし、その時こそ飛躍し、世界中が目を見張るほど大きく成長した。
変化こそチャンスだ。そして、今まさに三度目の変動の時を迎えている。

激変期にはメシのタネがごろごろ転がっている。
それを見つけるかどうか。もちろん日本だけではない。
世界に視野を広げてメシのタネを探し、かつリスクを取って挑戦する人がチャンスを掴む。
そんな人を起業家という。
リスクをとるからこそ本気になる。
そして成功すればお金が儲かり、失敗しても経験が儲かる。
成功は失敗の経験を糧としてつかみ取るものだ。
リスクも取らず、変化を恐れ、失敗を恐れる人間に、チャンスは掴めない。

セミナーに先駆けて、企業訪問を実施した。
今回訪ねた「ファーストトレード」は、中国最大のショッピングサイトの
購入代行・輸入代行を主な業務とするネットビジネスの会社。
社長の三上良平さんは36歳。
以前にご縁があってBS経営を伝授申し上げたところ、忠実に実践され、
創業わずか2年で自己資本を10倍に引き上げた実績をもつ。
社長や20〜30代の若い幹部と決算書を見ながらBSビジョンをつくるプロセスでは、
一緒になって洋々と広がる未来に夢を馳せた。

この日は、大阪を出発して午前中には福井駅に到着。
永平寺近くの蕎麦屋「けんぞう」で舌鼓を打った後、企業訪問。
セミナー終了後、福井駅から最終の特急列車サンダーバードに飛び乗った。
ハードな1日だったが、みなさんの燃える眼差しと
三上社長のファイティングな生き方に触れ、極上の眠りについた。

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 衝撃を受けました! 今まで聞いた事のない内容と塾長のエネルギーの強さを感じるすばらしいセミナー。次回も参加したいです。
・ 1年前まで公務員でしたが退職して社労士を開業しました。日々前身することを考え、行動する大切さを感じているので、今回のお話が聞けて私は非常に運がいいと思います。
・ BS経営の基本はもとより、マインド面で大きな感銘を受けました。できない、やらない理由を探す自分を恥じました。必ず行動します。
・ 経営というものは言葉でごまかしてはいけない。「数字と言葉で説明する」。肝に銘じます。
・ 大変刺激になりました。会長の話の中にもメシのタネが多くあり、やりたい事を見つけることができました。
・ スケールの大きな話しを聞き、自分の直面している問題が小さく見えました。10年後の自分を話してみて、「今やるべきこと」が、「今やっていること」と違うと気付きました!
・ できない理由なんて考えている場合じゃない、と思えました!!

2013年07月04日

No.1278 大阪木村塾 BS経営相談所 6月度 開講

6月28日、大阪木村塾が大阪産業創造館で開かれた。
冒頭、「10年後の私」をキーワードとして、ダイアード。
みなさんの未来ビジョンにスイッチが入ったところで、CM代りに我が人生のDVD上映。
今回は趣向を変え、BS経営の好事例としてゲスト社長を招いて
30分間、プレゼンテーションしていただいた。

ご登壇願ったのは、ブランド時計を主軸としたネットショップ運営を行う
株式会社ブルーク社長・青松敬介さん。

青松社長は42歳。私と同じく島根県益田出身、しか同じ中学校の後輩と聞いて驚いた。
高校卒業後、銀行員を経て2000年に起業。漫画喫茶を皮切りに
古本のネット販売からブランド時計に移行し、今ではヤフーショッピングの
同部門において販売シェア1 (占有率20%)を誇っている。
また、決算書のBS(バランスシート)を見ると、この12年間で驚異的な
自己資本をつくり、高収益な体質をもつエクセレントカンパニーを築いておられる。

4月に京都で講演させていただいた つえ屋「経営創生塾」が取り持つご縁で企業訪問。
今回、木村塾での発表をお願したところ快く引き受けてくださり、
会場では、塾生用にと決算書のコピーまで持参してご協力いただいた。

ちなみにBSは、いわば「創業から現在までの成績表」だが、
同時に経営者の考え方や生き方までもが現れる。
「税金を払っても自己資本を高めたいと思ったのは、何が起きても
揺るがない会社を目指したかったから」と語る青松社長は、人材育成にも力を注ぐ。
物静かだが、内に秘めたる情熱や激しい闘志がBSからも垣間見えた。
「次の目標はブランド時計のネット販売で世界1に」と力強く宣言された。

セミナーでは、同社の数字をみなさんとシェアしながらBS経営の極意を伝授。
後半、青松社長も交えての質問タイムで場内は一段とヒートアップした。

大阪木村塾も日々進化している。
決算書をオープンにして下さった青松社長に心から感謝申し上げます。


☆いただいたアンケートより抜粋

・ 青松社長の話。大迫力でした。42歳で20億円を超え、社員起用行く、ビジョンの共有の具体例は圧巻でした。
・ 自分がいかに無駄な時間を過ごしてきたかということに気付きました! 1日1時間、1分、1秒としっかり生きていきたいと思いました。
・ 人生を熱く燃えて生きてこられた人生をうかがい、その活力に魂を打たれました。
・ 「数字を分からずして経営者になってはいけない」。考えさせられました。勉強します。
・ 同年代でありながら青木社長の時間に対する考え方に驚きました。考え続けること、コツコツ積み重ねることが人格、運命をつくる! 私もつくっていきます。
・ 「誰でもできることだが、誰もしないことをする」「人の100倍働く」「毎日小さいことをコツコツ行う」シンプルですがその通りだと。私も意識して実践します。

2013年07月02日

No.1277 木村塾パワーアップセミナー 「10年後の私」

6月27日、第999回 木村塾パワーアップセミナーを開催。
1000回まで、いよいよ後1回 !  3ケタのラストを飾るパワーアップセミナーは、
私の大好きな「10年後の私」で締めくくった。

若い人は50歳になった時に自分の人生を本に書くつもりで。
50歳以上の人は100歳まで生きることを前提に。
「10年後に自分がなりたい姿」を「言葉と数字」で語っていただいた。


最近読んだ本によると、その人が本来持つ能力に対して
生きている間に使っている能力は、わずか3%だという。
97%は使い切らずに命を終えてしまうそうだ。
使える能力を1%でもアップさせることができるなら、ノーベル賞ものだそうだ。
しかし、「10年後の私」を公言することは、そんな人間の潜在能力を
少なくとも0コンマ何%は引き上げてくれるだろう。

みなさんの能力を引き上げるものは、なにがなんでも「やる」という情熱。
「見る・聞く」ことにはリスクを伴わないが、「やる」ことはリスクを伴う。
だからこそ、本気になる。

そして、うまくいけばお金が儲かるし、失敗しても経験が儲かる。
失敗に失敗を重ねる中で、さらに大きな成功を手にすることができるのだ。
人間の器は失敗がつくるもの。成功がつくるものではない。
失敗の大きさが、その人の器の大きさでもある。

ビジョンは、大ボラがいい。大ボラはアンビシャス。大志だ。
「お前、そんなこと言うてできるんか?」と、心の中でもう一人の自分が問いかける。
その問いかけが、眠っている能力を引っ張り出す。

どうか、大きなホラを吹いて、失敗を重ねながら夢をカタチにしていただきたい。
大ボラを吹く人が、世の中のカタチを変えていく。
みなさんが大ボラを吹いて頑張ることは、世の中のためになると心得たい。

今回も初参加の方を数名迎えたが、プラス思考の言霊が行きかう会場は、
深いうなずきと笑顔に包まれた。

1000回パワーアップセミナーは7月11日に開催。
達成祝賀会もご準備いただいている。どうか、奮ってご参加ください。

第1000回パワーアップセミナー申し込みは、こちらから
http://www.kimurajyuku.com/seminar/detail?id=79
祝賀会の申し込みは、こちらから
http://www.arrange4u.net/v1/events/view/54b903e449fa83a1d696e9b5332aa07c

なお、7月4日は、インドネシア出張につき休講します。

☆いただいたアンケートから抜粋

・ みんなの波に乗せられて大ボラを吹いてしまった;; 実現するためにもあと99回大ボラを吹きます。
・ いっぱい失敗して、経験して、それを伝えて助けていく人になります。成功するまでしっかりやり続けようと思います。
・ 10年後を語るみなさんが「〜していると思います」ではなく「〜しています」と現在形で表現されているのが印象的でした。まさに念ずれば実現すると思いました。
・ 「失敗の向こうに成功がある」。「人間の器の大きさは失敗の大きさ」。失敗を恐れず成功に向かって頑張ります。
・ ここに来ると元気になれます。ホラを吹くのが楽しみになってきました。
・ とにかく高いパワーをいただきました。ポジティブなイメージを引き出すきっかけをつくり、それをすばらしいという目線で聴くこと。そういう方々が集まっている場のエネルギーのすばらしさを実感しました。

2013年07月01日

No.1276 第20回釜山国際食品展示会 特別講演

6月21日、韓国釜山にて開催された第19回 釜山国際食品展示会 
ビジネスセミナー特別講演に招かれた。
李東和さんのコーディネートにより昨年に続いて2回目の講演。
会場の「BEXCO」は、リゾートスポットとしても有名な海雲台(ヘウンデ)にあり、
世界的な行事やイベントの開催場所として使用される国際展示場だ。

今回の講演タイトルは「メシが食えるチカラをつけなさい! 」
思い起こせば、75年前、私の両親はこの地を後にして日本に渡った。
父が22歳、母は17歳だったが、それも、現地ではメシが食えなかったからに他ならない。
そして、その父も5人の子どもを残して早世し、長男である私は小学生の時から
家族を養うために次々とメシのタネをつくってきた。
逆境が、メシが食えるチカラをつけさせ、自信を育み、数々のチャンスに向かわせた。

近年は日本だけでなく、こちら韓国も経済的に豊かになり
豊かさに埋没した若者が多くなっている。
しかし、ぬるま湯に浸かっているうちに熱湯になっても気付かないような
“茹でガエル”になってはいけない。
逆境とは、向こうからやってくるものだけではない。
自らがつくる「高い目標」に立ち向うのも逆境だ。
逆境に向かうことで、自らを養えるチカラをつけ、大きなチャンスを掴んでほしい。

スピーチは1時間だったが、通訳付きのため実質タイムは30分程度。
ハイテンションで想いの丈をぶつけた。
ほとばしる想いは、言葉の壁を超える! みなさんの熱い眼差しから、そう確信した。

会場では、経営者や起業家志望の若い人が多く、
起業家のリスクマネジメントや海外起業の方法、
日韓の交流について等々、活発な質問が寄せられた。
私のお話が国境を超えて人々の心に響き、立ち向かう勇気につながるならば、
そして、日韓ビジネスの架け橋になるならば、こんなうれしいことはない。

3泊4日の今回のツアーには、大阪木村塾の塾生をはじめ、
近畿、北陸、中国、九州地方からも多数ご参加いただいた。

講演を終えて3日目は、李氏の故郷でもある安東(アンドン)へ。
慶尚北道にあるこの都市は、韓国でもっとも多くの有形・無形文化財を保有し、
儒教のふるさととしても知られる。
現地ではホテルでなく、両班(ヤンバン、昔の貴族)の子孫が受け継ぐ旧家に宿泊、
仮面劇「タルチュム」を観たり、ユネスコ世界遺産の陶山書院を訪れたりと、
韓国の伝統文化に触れる一方、安東科学大学を見学するチャンスにも恵まれた。
また、町の人々の温かい歓待を受けて、非常に心に残る有意義な旅となった。

ご縁をいただいたすべての方々へ、心より感謝を申し上げたい。

 

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