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2014年05月01日

No.1421  木村塾やってみよう会  4月度例会

4月21日、グランフロント北館7Fナレッジサロンにて「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(ビジョン)を語る」は大阪機工株式会社の社員で、やってみよう会・前登山部長の阪田晋一さん。

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1974年、兵庫県尼崎市生まれ。5歳の時、両親が離婚、一つ違いの弟さんとともに母の手ひとつで育てられた。
その人生は試練の連続だ。
お母さんは看護士の資格を取って転職。しかし、ハードな暮らしの中で一時期キッチンドランカーになった。
イライラが募って包丁が飛んできたこともある。救ってくれたのは、お母さんの親友。
「あんたの背中を子どもが見ている」。その一言がお母さんの人生を変えた。

自身は野球少年。先輩からバットでお尻を打たれる「ケツバット」は日常茶飯事。
体育会系のお母さんに訴えると「シゴキは当たり前や。がんばれ」と言われた。
一念発起して勉強し入学した県立工業高校でも野球に熱中した。大けがを乗り越え、
3年生の時には夏の県大会で高砂球場にも出場した。

大阪機工株式会社に就職。配置されたのは倉敷市にある三菱自動車の製造工場。
「慣れない、きつい、しんどい」ライン作業。ヘロヘロになり、お母さんに相談しても
「自分のことは自分で決めたらええねん! 」の一言。
しかし、次第に職場に打ち解け、ここでの2年半は人として学び多い時間だった。
送別会では「人との別れが辛いことを初めて経験して男泣きした」という。
伊丹の本社に戻った1995年の1月、阪神大震災が起こった。尼崎の実家も被災。
打撃を受けた本社では工場を整備し、復旧に打ち込んだ。
仲間と様々なスポーツに精を出したしたのもこの頃だ。フルマラソンにも挑戦した。

25歳の時に妻、早織さんと出会う。2年間付き合って結婚という時に別れた父親に会おうと決意した。22年ぶりの再会。複雑な思いで飲みに誘われるまま酒を酌み交わすうち、お父さんが
高校野球の大会に球場の片隅から応援していたことを知る。
「ずっと、親父に会ったら、どついたろ、と思っていたのに」。何も言えなかった。
式直前にそのお父さんが脳梗塞で倒れる。新婚旅行も披露宴もキャンセルして挙式した翌朝、
お父さんは旅立った。亨年52歳。「今思えば、会ってよかった」と、しみじみ語る。
その後、待ち望んだ子どもを宿すが流産。しかも一度ならず二度も・・・。
「神様はおるんか!俺らが何してん!試練ばっかり与えやがって」。二人で涙が枯れるくらい泣いた。

木村塾には2006年に初参加。早織さんの勤める会社の社長に紹介されたのがきっかけだ。
六甲縦走にも参加。「阪田君なら10時間切れるよ」という弊社の竹内社長の言葉に奮起。
翌年には10時間切りを達成し、2代目として登山部長のバトンを渡される。
その最中、最愛のお母さんに大腸ガンが見つかった。手術をしたが余命1年と宣告され闘病の末、2013年2月に他界された。
「葬儀の時、遺影に向かって初めて『育ててもらってありがとう』が言えました。
『お母さんは天ではなく、あなたの心にずっといます』といわれたお寺さんの言葉に救われました」。

六甲縦走に打ち込んだ。山登りをしていると心が落ち着く。登山部長として出場者を全力でサポートし、
年末の大会では全員が完走。「みんなの頑張る姿に励まされた」という。
その一方、不眠が続き会社に行けなくなった。パニック障害だった。
今も将来不安を抱え長期休業する阪田さんに、早織さんは「どうにかなるよ」と支え続ける。
そんな妻へ「出会ってほんまによかった」と、感謝の言葉を贈る阪田さん。
最後は「10年後は家内と富士山に。20年後はホノルルマラソン。一緒に笑顔でゴールします」。
堂々のビジョンで決めた。

会場では立ち見が出るほどの大盛況。これも面倒見のいい阪田さんの人徳だ。
今回、阪田さんは自ら発表を買って出た。今、立ちはだかる壁もきっと阪田さんの器を広げる原動力になろう。
ぜひ、皆さんも六甲全山縦走に挑戦してほしい。56キロの山道を12時間以内で制覇するのは並大抵ではない努力がいるが、それは「つくる逆境」となり、人間力を高める。
悩みを抱えていても山に登ると不思議にアイデアが出てくる。それは天からの啓示でもある。
努力家で誠実で心優しい阪田さんの人柄がそのまま伝わる、感動のスピーチだった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ あまりにも試練の多い人生。その半面、感謝の多い人生。その心を学ばせてもらいました。
・ 「我が人生」より、私はどうやったらもっと経営がうまくいくかばかり考えていました。でも話を聞いて途中から何か、自分の中の本当の自分が出て来てリラックスできました。同じ経験の所を共感したり、自分の小ささを実感したり。人の人生を聞くことで自分の人生を振り返り、改めて明日から頑張ろうという気持ちになりました。
・ 話し方、満点でした。ご両親のお人柄から阪田さんのお人柄があると思います。阪田さんの優しさはそこから来ていると思います。
・ 困難から逃げず、素直にがんばってこられたことが素晴らしい。阪田さんの感謝される姿勢が奥様やお母様の友人のおばさんとの出会いを引き寄せたのだと感じました。
・ 両親のこと、流産のこと、病気のこと。包み隠さず大勢の人の前で堂々と話された勇気に感動しました。阪田さんは心の体力も並み外れています!
・ 何事も自分で判断するように育てたお母様。そして、結婚報告に来た息子を温かく迎えたお父様。「この親にしてこの子あり」という言葉を改めて噛みしめました。
・ 感動しました。特に色々な人との縁を生かし、深く感謝され深めておられることが素晴らしいと思いました。
・ 私はまだ28歳で大した経験はしていませんが、やはり人のつながりは大事だと。どんな困難にあっても常に誠実に人と接していれば助けてくれる人がいるのだと思いました。
・ 人が生きていく上で一番大切な事は「誠実に生きる」。阪田さんのお話はそのことを教えてくれました。
・ お母様の「自分のことは自分で決めたらええねん」というワードが、阪田さんの人生の礎になっていると思いました。
・ 様々な経験、試練を乗り越え、挑んでこられた姿勢に勇気と感動をもらいました。奥様、素晴らしすぎます。私もそんなふうに旦那様を支える人になりたいです。



 

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