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2014年07月30日

No.1476 仙台木村塾 第3回セミナー開催 

7月24日 JR仙台駅前にある「アエル」にて仙台木村塾 第3回セミナーを開催。
今回は弊社の竹内社長もゲスト・スピーカーとして同席し、
「BS経営のススメ 強くて良い会社をつくる」をテーマにお話させていただいた。

経営者にとって決算書は成績表。
とくにBSは、設立以来の健康状態を測るいわば体力測定票になる。
会場では各自が持参された(ない方はこちらで用意した)決算書を見ながら、
その読み方やBSのもつ意味などを解説、
明確な自己資本目標(BSビジョン)を掲げて強いBSをつくる「BS経営の極意」をお伝えした。
そのためには「税金川を渡る」強い覚悟が必要だ。
きちんと納税して築いた強いBSは何よりの「信頼」となり、ビジネス最強の武器になる。

竹内社長からは、BS経営を導入して予想をはるかに上回る成長を遂げた弊社を例に掲げ、
なぜ、そんなことが可能になったか、急伸の秘密を解き明かした。
次々と新しいビジネスモデルを考え、リスクを恐れず実践する竹内社長もまた起業家だ。
そして、彼を突き動かす原動力は「ビジョン」にある。
夢のあるビジョンが、人間の潜在能力を引き出し成長させる。

会場では質疑応答が引きも切らず、大いに盛り上がった。

次回は10月7日。仙台市戦災復興記念館で19時から「BS経営で小さな超一流起業を創る」をテーマにお話する。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 初めて参加しました。お金の話ということで、正直難しいだろう、苦しい時間になるだろうなと考えていましたが、お話をうかがって、一言も聞きもらしてはいけない、もっともっと聞きたい、知りたいと思いました。
・ 大きなビジョンの大切さ。そして、常識に捉われないことが大事と教えていただきました。
・ 時代にニーズに合わせてビジネスの転換をしてきたUBIのお話を詳しく聞けて良かったです。次回も楽しみにしています。
・ 「理財能力」という言葉が腑に落ちた。実践します。ビジョンが自分の潜在能力を引き出し可能性を広げるという言葉にワクワクしました。
・ 「強大は弱小に勝る」に反応してしまいました。
・ ビジョンがやる気を起こさせ、勇気をくれると知りました。「全てが本業」も、なるほどだと。過去の全てがあってUBIがあるのだと感じます。
・ 今回は「BS経営」「キャッシュフロー経営」が腑に落ちました。「理財能力」という言葉も概念も私には全くなかったので経営者として非常に恥ずかしく思いました。
・ 「税金(納税)を通して社会に貢献する」という社会性。感動しました。
・ 自分自身、目標やビジョンが明確になっていない事に気付きました。経営をしている以上は社会に役立つ会社づくりしていくと決意できました。今からでもBSを意識し、自分を信じます。
・ 起業して2年強。今春に社員を雇いました。この時期に会社訪問いただきありがとうございます。これからビジョンを具体化し、社員に伝えられるようにまとめます。
・ ファイナンス事業にはあまり縁がありませんが、竹内社長が日々の仕事に取り組まれるうちにその面白さや成長性に気付き、自らその仕事で独立したいと申し出られた話しを興味深く聞きました。仕事に対して先入観を持たずにいたいです。
・ 「信用は言葉。信頼はカタチ」を持ち帰ります。
・ 前回よりかなり知識が深まりました。自社の数字に落していく必要があると思います。
・ 東北では製造業が多いので、そういった業種の経営者のお話(事例)があるともっと面白くなると感じました。今回初めて早目に来たのですが講演前の「カンボジア・メシの種探しツアー」のお話も興味深く聞きました。講演前のフリートークも楽しみになりました。

2014年07月29日

No.1475 札幌木村塾 第4回セミナー開催

7月23日 札幌市教育文化会館にて、札幌木村塾第4回セミナー開催。
セミナーに先だって会場で経営相談を実施した。相談者は市内でジンギスカン料理店を経営するNさん。
あらかじめ自社の10年後のBSビジョンを策定し、決算書と一緒にご自参された。
マンツーマンでお話をうかがうと新たな夢や経営課題が浮き彫りになってくる。
木村塾では、セミナーだけでなくこんな勉強もできるのだ。

わが人生のDVD上映で始まったセミナー。
今回はご自参いただいた自社の決算書(ない方はこちらで準備した決算書)を見ながら
BSの読み方、決算書による経営分析などを通じて「BS経営の極意」をお伝えした。

一方、最新情報としてカンボジア・メシの種探しツアーの報告をさせていただいた。
「アジア最後のフロンティア」といわれるカンボジア。
メシの種の手応えも今まで訪れたアジア諸国の中で一番といっていいほどあったが、
それにも増して大きな収穫があった。
「自分の中の可能性に気付いた」という声だ。
メシの種探しツアーは、自分の潜在能力発見ツアーでもある。

会場ではツアーに参加された宍戸塾長自身も感想を述べられたほか、参加者の感想文をご紹介させていただいた。
また、カンボジアツアーのレポートを5回に渡って私のブログに連載したが、その記事もコピーして参考資料としてお配りした。

屯田兵によって開拓された北海道。
皆さんのご先祖の多くは、過酷な自然環境と闘って大地を掘り起こし、
文字通りメシの種を蒔いてこられた。北海道の歴史はそのままフロンティアの歴史だ。

百聞は一見に如かず。百見は一行に如かず。
まずは、現地に出向いて肌で感じてほしい。
皆さんの中にあるフロンティアのDNAがじっとしていられなくなるだろう。
11月末にもカンボジア・メシの種探しツアー第2弾を実施する。

質疑応答タイムもひっきりなしに手が挙がりパワーみなぎるセミナーとなった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 人生一度。悔いなく生きようという強い想いをさらに強く磨くことができました。熱魂をますます燃やして進化し、すばらしい人生を満喫します。
・ 会長の74歳で溢れんばかりのエネルギー、驚かされます! オンリーワンの事業を興しながら、3年目経った今、自分がぬるま湯に浸かっていると気付かされました。広い眼で事業を見直してみます。
・ 3回目の参加です。私も行動を起こします。本業の枝葉になるものを遣りたいと思っていましたが、世界を見て考えたいと思います。
・ 2回目の参加ですが、前回よりも内容がより深く理解できました。転職した会社が、自分の企画をカタチにできる社風ですので社内起業する気持ちで頑張ります。
・ カンボジアに行って起業することを想像しましたが、今ある事業で資金を貯めて海外展開を考えていきます。木村塾で学び続けて日本を強くして人々が喜ぶ働きをします。
・ 昨日、スキージャンパー、レジェンド葛西選手の話を聞いた中で今日のお話。逆境を乗り越えてこそ成長すると感じました。失敗が経験になるというのは、若いうちに苦労を買ってでもしろと理解しましたが、さらに今日の話を聞いて「若いうち」を外すことにしました。
・ 木村さんは大阪に出られた時から、儲かる事業を川上にシフトしていくのが大変上手な方だと思いました。「メシの種」「チャンス」を見分ける力が大変強い。その力をいかにして磨いてこられたのでしょうか? お聞きしたいです。
・ 「成功するとお金が儲かる。失敗しても経験が儲かる」名言です。「変化がチャンス。できない理由を並べるのは言い訳」。「メシの種を自分で創る」。起業家の話は自分に置き換えることができました。
・ 経営相談ありがとうございました。本日いただいたアドバイス。早速実践してみます。
・ 学生です。「変化に怯える人」の例として「若いから無理と考える人」があり、ショックを受けました。歳は関係ないのですね。私の中で勝手に「35歳ぐらいがいいところかな」と思っていましたが、「今から!! 」と思うことができました。

2014年07月28日

No.1474 名古屋木村塾 第9回セミナー開催

7月19日、「ウインクあいち」にて第9回名古屋木村塾を開催。
我が人生のDVD上映でスタートしたセミナー。
今回は弊社、竹内社長も同席して「放牧経営」についてお話させていただいた。

アメリカの石油王で起業家でもあったアンドリュー・カーネギーの墓にこのような碑文が刻まれている。
「私よりも優れし人を使った人が、ここに眠る」と。
自分よりも優秀な人財を動かすことができたカーネギー。
では、どうすれば、そんなことが可能だろう。

「やる気」のある人に「やる場」を与える。そして任せた以上は、口出しもしない。
ただし、理念とビジョンだけはしっかりと伝えて共有する。
それが、私がたどりついた人財育成の極意だ。
「放牧」という言葉は、私が20年ほど前に起業した香港の「放牧経済」がヒントになっている。
香港では、さまざまな規制を緩和して世界中の意欲のある企業が競う仕組みを創っている。
今日の香港経済の繁栄は、放牧経済の結果である。
もちろん、野放しではない。「理念とビジョン」は、広い牧場での策に当たるものだ。

企業は人に始まり、人に終わる。
従って、この人財育成のメソッドである放牧経営は、そのまま経営の極意でもある。

経営者は夢のある大きなビジョンを公言し、その夢が叶うとどうなるのかを社員にしっかりと伝えることだ。
押し付けるのではなく、自ら向かっていきたくなるようなビジョンを創る。それが社風になる。
弊社では、社員を『経営社員』と呼んでいるが、社員一人一人が経営者と同等、あるいは
それ以上の熱意と能力で経営を牽引すれば、これほど強いものはない。
弊社も、私よりも頭のいい優れた人財に経営を委ねることで、想像をはるかに超える成果を上げることができた。
社員に夢を持たせることは経営者の責任である。

セミナーでは、弊社の経営社員から経営トップに就任した竹内社長が、放牧経営で自身がいかに伸びたか、
経営社員が育つ仕組みや弊社のビジネスモデルをさまざまな角度からお話して、弊社急伸の理由を解き明かした。
質疑応答では、そんな竹内社長に対して若い人たちからの質問が殺到。
懇親会も含めて学びの空気に満ち溢れたエキサイティングなセミナーとなった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 起業家でないと生き残れない。BS社員でないと生き残れない。変化はチャンス! 私も起業家となりビジネスを立ち上げていきたいと思います。
・ 竹内社長の具体的な成功事例や失敗事例が聞けて参考になりました。続きは懇親会でお聞きしたいと思います。セミナーだけでなく懇親会でも質問できるので楽しみです。
・ 「社員に夢を持たせることは経営者の責任」この言葉が心に突き刺さりました。これからもこの言葉をどんどん発信してください。
・ GWにセブ島で木村塾に参加してからYou Tubeで木村塾の最初に流れていたのと同じ映像を見たり著書を読んだりして再会を楽しみにしていました。子ども2人が巣立ち、25年かかってやっと英語に関係する仕事に付けた日常を楽しみつつ、これから何をしよう、どう生きようかと考える毎日。これからもセミナーに参加してご教示いただきたいと思います。
・ 金融業をしていたので本日の竹内社長のお話はすごくよく理解できました。経営者の大きなビジョンに自分のビジョンを乗せて行くということに気付かされました。
・ 2回目の参加です。私は経営者の妻の立場で、難しいBSの話などは本等で徐々に勉強したいと思います。主人と話していると資産運用などの考え方で海外と日本では差があると感じます。どうすれば私たちの子どもが大人になった時にこういう事に興味を持つようになるのか? 経営についてもっと現場の事が分かるような教育システムが、大学ではなく身近なところにあればいなあと思います。
・ 木村会長は人に恵まれました。仏教では功徳は本人の努力だけでなく、祖父の徳を得ている、と言いますが、会長のご祖父はどのような人物でいらしたのでしょうか?
・ 私は目の前の人の笑顔や「ありがとう」の言葉が仕事のやり甲斐だと考えますが、御社の取引先の喜び等の話がお聞きできなかったのが残念でした。

2014年07月26日

No.1473 大阪木村塾 BS経営相談所 7月度 開催

7月18日、大阪木村塾7月例会が大阪産業創造館で開かれた。
冒頭、我が人生のDVD上映の後、今回は、弊社の竹内社長と松岡美奈子さんをゲストスピーカーに迎え「ビジョンのもつ力」をお伝えさせていただいた。

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松岡さんは教育大学を出た後、全く畑違いのリフォーム業を起業、その傍ら風水財布の事業を新たに展開。
この事業がヒットし、今期は年頭に公言した「粗利益1億円」のビジョンに届く勢いで伸長している。
どん底を体験する中で、「利益や成果は右肩上がりで正比例の直線を描くのではなく
ホッケースティックの形の様に長い長い水平のヘッド部分を経て、ある時点から一気に上向きになる」と話された。

一方、弊社の竹内社長は、拙著『放牧経営』でも紹介しているが、他の社員同様、一般社員として入社後、
不動産仲介の店長を経て社長に就任。
時代の変化に合わせて不動産事業から起業再生事業、ファンド事業と事業形態を変え、仕組みを変える中で
弊社の自己資本金を3億円から21億円に7倍に引き上げた。まさに弊社の中興の祖であり、起業家である。
私との出会い、失敗談、成功談を取り交ぜてビジネスモデルや経営社員が育つ仕組みについても語った。

カタチを変え、新しいメシの種を蒔いて花を咲かせる二人。
注目したいのは、決して知識や経験があってチャレンジしているのではないということだ。
そして二人に共通する言葉は『大きなビジョンを持つ』こと。
竹内社長は、「大きなビジョンがあるからこそアンテナを張り巡らし、人も運も情報をチャンスにめぐり逢あえる」と話す。

経験は重要ではない。それよりも、とにかく『登る山(ビジョン)』を決めること。
六甲山なのか、富士山なのか、エベレストなのか。いつまでに、何mの山に登りたいのか数字を入れて決めることだ。
そして公言する。
そうすれば必ず登る方法が浮かんでくる。

質疑応答タイムでは、挙手と質問が引きも切らず会場全体が学びのパワーに包まれた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「大きなビジョンが潜在能力を開発する」「大きなビジョンが人を呼び、人を育て、仕事を予備、仕事を育てる」。このように自分には響きました。自分の枠でビジョンを決めつけない。限界をつくらない。これを実践します。
・ 運と縁で世の中はできている!! と思いました。
・ いつもの木村会長のお話も素晴らしいが、本日の竹内社長や松岡さんのお話もすごい内容と迫力でガンガン体に入っていきました。
・ 松岡さんの、なぜ社員を増やさないか(他人に甘いのをご本人がよく知っているから)のお話がすごく印象的でした。
・ 大きなビジョンを掲げることの重大さがとても分かりました。できるか、できないかを判断する前に、先ず掲げます。
・ 「社風」が全て。これを変えるのは「信頼と誠実」だと思っています。木村塾で学びました。
・ 松岡さん、竹内社長の実学に基づく話は聞きごたえがありました。ビジョンの大切さ、問題意識の大きさ、成長曲線のお話など大変勉強になりました。
・ 身体が熱くなりました。やればできる! 一生一度切りなので本気で突っ走るぞ! という気になりました。私も年収1,000万円。必ず達成します。
・ 「ビジネスは人の縁で決まる」。同感です。「BSが武器になる」。今まで全く気がつきませんでしたがなるほどと思います。せいぜい、銀行から融資を受ける際の計算書ぐらいに思っていました。
・ 竹内社長、松岡さんに共通する「熱意」「ビジョンの高さ」に感銘を受けました。お二人とも人に任せるのが大変うまい。それはお人柄とビジョンの成せる業だと思いました。
・ 素晴らしいご縁を素晴らしい運にすべく、大きなビジョンを持ちます。
・ 木村塾に参加するとパワーをいただけ、やる気になります。夢、ビジョンが明確になる。大きなビジョンが背中を押してくれ、人財を育てる。
・ 仕組みをつくるにも、まずビジョンがあってこそ。大きなビジョンを持つことの重要性を木村会長、竹内社長、松岡さん、それぞれの話から感じました。
・ とにかく何でもいいので自分で起業できるように、アンテナを張って生きていきたい。
・ 日々の業務の中でどうしても目の前の売上を気にしてしまい、長期的な目標を見失いそうになっていました。あらためてビジョンを創り、そこに向かってブレることのない自分に変えていこうと思いました。
・ 一番前に座っていながら何一つ質問ができませんでした。自分の問題意識のなさ、まさに茹でガエルの状態であることに気付きました!

2014年07月25日

No.1472  滋賀甲賀木村塾 第4回セミナー開催

7月17日13時30分から滋賀甲賀木村塾 第4回セミナーをサントピア水口で開催。
今回は地元企業「たねや」の4代目社長、山本昌仁さんをゲストにお招きして
「100億円企業よりも100年企業」をテーマにお話させていただいた。

「たねや」の創業は明治5年(1872)。142年間続いている和菓子の老舗だ。
同社のほか、グループ企業として洋菓子製造販売の「クラブハリエ」や農場、菓子職人訓練校も経営し、
グループ全体の従業員数は約1700名という。
山本社長は4代目で41歳。16歳から修業をされた和菓子職人でもある一方、10年前から専務の立場で経営を代行、
2011年より社長に就任し、現在はグループCEOとして革新的な経営に取れ組まれている。

プログラムは第一部で山本社長が「たねやグループの伝統と革新」と題して講演。
DVD上映をはさみ、第二部で私がお話した後、上杉塾長の司会により二人で対談という構成で行われた。

いま世界には100年企業が約5万6,000社、200年企業は約6,000社あるといわれる。
それほど継続することが難しいということでもある。
しかし、永続してこそ企業。生き残るには、強いBSを築いて変化対応力をつけることだ。
企業や人間だけではない。地球46億年の歴史を振り返っても、変化に対応しないものは、みな滅んでいく。

プログラム最後の対談テーマは「守る、変える、未来へ伝える」。
山本社長は「伝統を受け継ぐとは守るべきもの、変えるべきものを見極め、発想を変えることだ」と語る。
また、「1,000年企業を創りたい」と壮大なビジョンを表明されたが、このスケール感がすばらしい。
ぜひともその道に向かって邁進していただきたい、とエールを送った。

毎回、エキサイティングなプログラムで進行する滋賀甲賀木村塾。私も大いに学ばせていだだいた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ すばらしい起業家の木村会長と山本社長。お二人のご苦労はすごいです。見習わなければいけないと思いました。マイナスな事は思わない、徹底したプラス志向。今の環境に合った仕事のやり方。グローバル世界に出て行く。たくさんのキーワードをいただきました。
・ 木村会長の起業家精神の話は何度お聞きしても勇気をもらいます。もう一度「BS経営のすすめ」を読んでみます。山本社長のお話では「たねや」の企業精神が分かって、ますますファンになりました。
・ 体験を生の声でお聞きできて、大変勉強になりました。年齢や立場は違いますが、非常に共感できました。「覚悟」を決めて進んで行こうと思います。
・ 常に時代へのチャレンジャーで、変革していく事の大事さ、継続してこそ存在する意義がある事を再認識させていただきました。
・ 実体験に基づく話しは興味深く参考になりました。
・ すばらしいお二人にご講演にいただき大変ありがたいと思いました。覚悟の決め方、胎の括り方を見せてもらった気がしました。
・ お二人の超プラス志向に刺激を受けました。学びの場を提供くださった上杉先生、ありがとうございました。

2014年07月24日

No.1471 岡山木村塾 第9回セミナー開催 

7月16日、岡山国際交流センターにて岡山木村塾 第9回セミナーを開催。
セミナーの前に、勉強のために同行を希望された塾生さんを伴って市内で不動産業を営むO社を訪問。
決算書を分析しながらBSビジョン策定のアドバイスをさせていただいた。
設立10年。創業から数えるとさらに長くY社長は2代目だ。
どんな会社をつくりたいか、どんな会社になっていたいか。ビジョンはいわば経営の設計図面。
その屋台骨となるBSに目標数値を設定した「BSビジョン」を創ることで、「できる方法」が見えてくる。
近未来を描きながらBSビジョンを創る作業は本当に楽しい。Y社長の胸の高鳴りが伝わってくる。
すばらしい10年後のBS経営が出来上がった。

18時30分から開催のセミナー。冒頭、「10年後の私(わが社)」をテーマにダイアード。
今回はカンボジアのメシの種探しツアーの報告も交え、
「リスクにチャレンジする起業家の生き方」についてお話させていただいた。

成長著しいカンボジア。平均年齢は23歳で、「アジア最後のフロンティア」ともいわれている。
その中で「カンボジア和僑会」を組織している若い日本人起業家がいる。
ちなみに和僑は「華僑」から来ているが、世界中に根を張ってビジネスを営む中国の人たちは本当に逞しい。
彼らがなぜそんなに強いのか、といえば国家の庇護を受けなかったからに他ならない。
「頼るべくは自分」「誰にも守ってもらえない」という環境が、自らの力でビジネスを創り、
理財能力(資金運用能力)を磨いた。

逆境は人間の器を大きくする。
「雇われる」生き方ではなく、「自らカタチを変え、メシの種を創る」生き方を選んだ和僑たち。
彼らは、自らが「つくる逆境」で高い壁に挑み、世界中にメシの種を蒔いて人々の幸せに貢献している。
皆さんもぜひリスクにチャレンジして、自分にチャンスを与える生き方をしてほしい。

懇親会も盛り上がり、エキサイティングなセミナーになった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 日本のお金はカンボジアで10倍になるという話が印象に残りました。自分の中では早くもカンボジアでどんな事ができるか、と考えだしたワクワクが止まりません。これからはグローバルですね。まずはカンボジアに見に行きます。
・ 力強い言葉で背中を押されました。逆境が自分を創る。変化はチャンスだという言葉が印象に残りました。
・ 初めて参加しました。私の心の中に熱い火が点ったような気がしました。一歩一歩前に進めるようにビジョンを創ります。
・ 起業家と経営者の違いを初めて知りました。目指す道に無駄な考え方があったと気付きました。シンプルに考えていきます。
・ 自分が大きな軒の下にいるのが良く分かりました。
・ 社員と共有すべきは「理念・ビジョン」! チャレンジを楽しみ成長し続けたいと思いました。
・ 「夢やビジョンのない人は口だけに終わる」。自分自身いろいろ思いつくことがありました。
・ ズバリ、経営の本質を突いたお話。とても共感できました。BSを社員に教え、共有することで経営社員が育つということ。ぜひ、実行したいと思いました。
・ 次回、11月のカンボジア・メシの種探しツアー。楽しみにしています。
・ 自分の視野の狭さを実感しました。数字の勉強はもちろん、新しいことにたくさんチャレンジして行こうと思います。

2014年07月23日

No.1470 「木村塾やってみよう会 」7月例会

7月14日、グランフロント北館7Fナレッジサロンにて第48回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生を語る」は、メディカルエイジング代表の堀江かりんさん。大阪市中央区でピラティススタジオを運営する。
ピラティスとは姿勢・体幹部分の改善を行うフィットネスメソッドの一つ。
健康運動指導に携わって29年。「仕事に磨かれ、人に磨かれた人生でした」と語る。

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昭和37年、神戸で材木商を営む家庭の長女として誕生した。
経済力のあるお父さんと優しく教育熱心なお母さんに育まれ、子ども時代は何不自由ない生活を送った。
幼心に刻まれた体験がある。それは、お母さんのすすめで習い始めたオルガン。
「5歳の頃初めて出場した発表会で自己承認できた気がします」と。
中学、高校時代はバスケットボールに熱中。部活終了後、住吉川沿い3.7Kmのランニングをこなした。
厳しい練習だったが、この時期の運動が後々フィットネス業界で活躍する身体づくりの基礎になった。

16歳の時に転機が訪れる。
お父さんの会社が倒産。会社の700坪もの土地や自宅など、物質的なもの全てを失った。
「あって当たり前」のお金がなくなると人も去り、失望感でいっぱいになった。
しかし、「この時倒産していてよかった」と言う。「あのまま会社が続いていたら、
父は接待で体を壊していただろうし、きっと家族は破滅の道に向かっていたはず」。
お父さんは、新規に食堂経営をしつつ財産放棄などにより借金を完済。
「絶対に逃げない」「人間腐ったら負けや!」というお父さんの言葉は、かりんさんのマインドに根付いている。

短大を卒業後、OLをしている時にエアロビクスに出会う。
23歳でアメリカにエアロビクス留学。指導者、競技者としての実績を大きく伸ばした。
アパレルメーカーのファッションショーやTVCMにも出演。
全国巡業、フィットネス通販ビデオ監修や競技者の振り付けなどをして生計を立てた。
「やるならとことん!」「教わるのなら絶対一流から」が、かりんさんのモットーだ。

その後、ボディメイキング(=ボディビル)に興味を持ち、エアロビクス・ボディビル・フィットネスの3部門で優勝。
「競技は、他人に勝つのではなく自分に勝つこと」。競技者生活を通じて学んだ。

1995年1月17日、33歳の時に再び試練が訪れる。阪神淡路大震災だった。
今度は「お金が使えない不憫さ」ではなく、「生きていることの奇跡」を実感する。
「何気ない日常に感謝したり普通が一番だと学んだ出来事でした」。

その年の9月、大阪に拠点を移し、JPCミズフィットネスで優勝。
翌年も優勝して二連覇を果たしたのを機に、競技生活にピリオドを打った。
35歳の時には大手フィットネスクラブからヘッドハンティングを受け、西日本エリア統括ディレクターに。
「自分にできるだろうか」と躊躇したが、こんなチャンスはそう巡ってくるものではない。
400名の部下を従え、人材育成・管理・プログラム開発・店舗マネジメントに携わった。
「人に磨かれた」という。収入も増加し、マンションも購入できた。

視察に訪れた海外でピラティスと出会ったのは42歳の時。
そのメソッドを習得すべくフィットネスクラブを退社し、本場ニューヨークへ。
帰国後、日本一の規模を誇るヨガスタジオのディレクターに就任し、関西に2店舗オープンの立ち上げに携わる。
フィットネスクラブ時代に続いて「お客様に磨かれた人生。進んでやったことは後々自分の人生に役立つ」と悟った。

2006年、ニューヨークから器材を購入し「ピラティススタジオ」を設立。
コーチングも学び、ヨガ・ピラティスの指導者養成コースを開講、運動療法講座を展開する。
「人との出会いで自分の夢や目標が達成できることを体感しました」と話す。

仕事も暮らしも順風満帆の中、49歳の時にはそれまでの人生の中で一番つらい出来事が。
最愛のお父さんと別れだ。脳卒中だった。「助かっても植物人間」と医者から宣告される中、
一時は奇跡的に回復されたが、7カ月後に肺炎を併発。かりんさんの腕の中で亡くなった。

「ずっと、『勝たなきゃ』『成果を出さなきゃ』、という考え方の人生でしたが、
日々の何気ないことにも感謝の気持ちを忘れずに、自分の物事の捉え方を変えると、
すべてが好転してくるものだということを、いま実感しています」と振り返る。
今年春に、生涯のパートナーとなる堀江悟さん(3月例会で発表)と結ばれ、結婚式を挙げた。
ラブラブの新婚生活の中で、悟さんと一緒に六甲縦走に向けてトレーニングを積んでいる。

「感謝を与える自分になる。物心両面豊かに生きる。健康管理、家庭円満、経済、時間の使い方、友人とのお付き合い、
趣味、学び…すべてにおいてバランスのとれた人生を送りたい」と人生理念を語る。
最後に壮大なビジョンを5年毎に刻んで話した。
「58歳で自己資産1億円、68歳で10億円運用、78歳で100億円寄付を、夫婦で達成します。
体や心の健康をテーマにした講演活動や本も出版したい」。

天から与えられた逆境に加え、自らつくる逆境でどんどん器を大きくしてきた、かりんさん。
宝塚スターのように華のある人生だ。苦労も背筋をピンと伸ばして明るく語り、
心身を鍛え上げた人たちだけが持つ力強さを放った。
皆さんも自分にチャンスを与えるようなビジョンを創ってほしい。
立ち見が出る満員の会場で、とりわけ話に魅了された女性陣からが質問が相次ぎ、熱気は懇親会場に持ち込まれた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ まずは「感謝」。全てはそこから始まることを気付かせてもらいました。
・ 凛とした美しさ。同じ女性として憧れます。明確な目標を聴き、私も早速、書き出します。
・ 話がおもしろい。話し方がおもしろい。考え方がおもしろい!!!
・ 逆境の大きさだけ成長がある。自分も喜んで逆境を楽しめるようにしたい。自分を好きになり、自分を信じて人生を歩みたいと思う。
・ さわやかで愛らしく、でも芯の強さを感じました。筋肉と関節、脳と能力と心を鍛えられた小気味よい言葉の響きが私の心に染みました。
・ 人との出会いが人を大きくしてくれる。自分自身を磨くのは自分。すばらしい気付きをありがとうございました。
・ 手を付けたことはやり遂げる! 人並みの努力ではボディビルダーの身体はつくれません。本当に素晴らしいと思いました。
・ 終始感動しました。人生をお話することの大切さにも気付きました。私もかりんさんを目指し、自分の役割を全うします。
・ 体幹を鍛えるためには筋肉、プラス内からの輝きが必要なんだと気付きました。芯の通った強さを自分も持ちたい。
・ これほど大きな人生があるとは! 力だけでなくとてもチャーミングなのは、人としての大きさでしようか。心でしょうか。とても勉強させていただきました。
・ 「感謝日記」を付けていたとお聞きして、私も実践したいと思いました。
・ 「感謝して生きているといいきとが起こる」「人生は人との出会いで決まる」大切なことをたくさん学ぶことができて感謝です。
・ 一つ一つ、人との付き合いの中で気付きがあり、それを丁寧に積み重ねていかれる。その結果がよい出会い、夢の実現につながっていると感じました。
・ 強さと女性らしさを感じました。逆境を乗り越えるだけでなく、自ら発信、行動、主体性を持つことの大切さを学びました。
・ こんな生き方、考え方があるんだと感動しました。女性としてお手本にしたいと思う事がたくさんありました。

2014年07月19日

No.1469 「木村塾やってみよう会 京都」 第1回 開催

大阪で開催している「やってみよう会」の京都版が、同じく門浦智さんの主催でスタート。
6月27日、京都市生涯学習センター(アスニー山科)で第1回が開催された。
今回の「我が人生を語る」は、岡山県に本社を置く株式会社マジックポット代表取締役の前田真孝さん(35)。
冒頭、見事なカードマジックのショーで、参加者の心を鷲づかみにする前田さんはプロのマジシャン。
この100年間で36人しかいない日本奇術協会の師範の一人だが、現在は経営に専念。
四国、中国地方でマジックバー「手品家」と、出張マジックを経営する。ちなみに同社は社員16名中13名がプロマジシャンだ。

子ども時代はスポーツ少年。小学校では少林寺拳法、中学、高校では柔道部のキャプテンを務めた。
県大会で優勝し、格闘家になる夢を持つも、四国大会ではどうしてもトップに立てず大学へ。
そこで出会ったのがマジックの先生だった。 
「運命の出会いでした。師匠から教わったのは『まず、やれ!』。まずやってみる性格は、この時にでき上がりました」。
こうして情熱の矛先はマジックに。大学で「奇術部」を立ち上げ、マジックショーのアルバイトで悠々自適生活を送る。
2003年、24歳でマジックの世界大会に日本代表として出場。2006年の世界大会では140人中8位になった。

卒業後は自ら望んで「3年限定の」高校教師に。そのきっかけがまたユニークだ。
高校から「前田さんのようにおもしろい先生が欲しい。奇術部をつくってほしい」というオファーを受けたのだという。
26歳の時には、高校の教師をしながら、高松にマジックバーを開店。
しかし、経営の勉強をしていないのでまったくの赤字。店長が他にアルバイトをしながら、お店を支えてくれた。
予定通り3年後に高校を退職。29歳で今の会社を設立した。
「マジックでは食べられない、というのが常識。だからこそ、この業界を変えて、
マジシャンが集まって働ける環境をつくりたかった」と創業の思いを話す。

もちろん、順風満帆ではなかった。32歳の時には1,500万円の損失を出した。しかし、
「マジックどころではないつらい思い」が、経営の道へと導いた。
私が前田さんと出会ったのもその頃だ。以降、BS経営を実践、めざましい実績をつくっておられる。

好奇心旺盛で初めて見る事、行く事、する事、食べもの、会う人、何でも初体験が大好きという前田さん。
「自分は『超絶プラス思考』人間。100の内1もマイナス思考がない」と言い切る。
「ほかの人が不吉だと思うような出来事も、神様が次のスッテプに行けというメッセージだと思うんです」。

今年5月に、世界中でトップ5人しか出演できないといわれるハリウッドにあるマジックの殿堂、
マジックキャッスルに出演したのを期に、プロマジシャンを退いて経営者になることを決意した。
「待っていてもチャンスは訪れない」
「自分が行動することで出来た出会いをつなげて、チャンスをつかみ取っていく」と語る。

最後は壮大なビジョンで締めくくった。
「マジシャンの社会的地位を上げるため10期までに自己資本を1億円、上場を目指します。
さらに、私が30代の間に、日本、世界のトップの会社を創り、エンターテーメントの文化のない東南アジアにも
マジックを広げてラスベガスにも進出します。そして50代になったら起業家になって起業家の育成をします」。

前田さんは「つくる逆境」で自ら高い壁に挑戦して、どんどんチャンスをつかんで行く人だ。
「超絶プラス思考」の空気に包まれた会場では、聞いている皆さんの顔も至福感に輝いた。
大きな刺激と学びをいただいた第1回セミナーとなった。

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2014年07月18日

No.1468 「木村塾&メシの種探しツァー in カンボジア」 そのD 現地で活躍する起業家たち

「メシの種探しツァー in カンボジア」レポートの最後は、現地で活躍する女性起業家をご紹介しよう。

今年の6月にプノンペンで「イロハ ガーデンホテル&リゾート」をオープンした社長のツルサキハナエさん。
元IT会社に勤める会社員。ご主人共々バックパッカーで世界中を旅する中、
この地に魅せられ夫婦で移住してホテル(ブティックホテル)経営をすることを決意した。
場所は市内の中心地にあり、日本人街のキズナストリートからも近い。
広大な敷地は借地で、もともとあった建物を改修。費用は会社員時代に二人で貯えた資金をベースにした。

プールもあり、森や空、メコン川など自然をモチーフにしたテイストの違う個性的な部屋が27室。
ブティックホテルは、海外では80室以下の上質なホテルを指すが、同ホテルの料金は1泊約50USドル〜とリーズナブルだ。
ネットのお陰で世界中から予約が入る。それに加えてご夫妻のフレンドリーな人柄と
きめ細やかなおもてなしが好評で、稼働率は4割と好調な滑り出しだ。

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もう一人は「マダムサチコ アンコールクッキーズ」社長の小島幸子さん。
プリンペンから飛行機で45分。アンコールワットのあるシェムリアップで、手作りクッキーの製造販売会社を経営する。
厳選された材料で作った「アンコール クッキー」は、多くのガイドブックに取りあげられ、
カフェを備えた直営店には、連日お土産を求める日本人やアジア人客が押し寄せる。

学生時代からアジアのパワーに魅せられた。日本語教師になり日本で外国人に教えていたが、
15年前年にカンボジアにある日本語学校に職を見つけ、この地に移住した。
その後、旅行会社で営業の仕事にも携わる中で
「現地で日本人が買いたくなるようなおみやげがない」ことに気付いたという。
そこで閃いたのが、趣味のクッキーづくり。これを商品化しようと思いついた。

2004年に起業。最初は全然売れなかった。しかし、旅行会社のガイド仲間の協力で
ツアー客に試食してもらうなど地道な宣伝を続けるうちに、じわじわと噂が広がった。
起業から10年。現在は90人のスタッフを雇用する。そのうち日本人は3人だけ。
オフィスの建物には、子どものいる女性たちが安心して働けるよう託児所も完備している。
スタッフやスタッフの子どもたちからも、お母さんのように慕われる小島さん。

「ここには私を必要としている人たちがいる。それが一番の原動力」と顔を輝かせる。
「次の10年はさらにいい商品をつくりたい。材料も自分たちでオーガニック栽培したいので
農地を確保しました。畑では農作物の収穫を楽しめるなど滞在型のリゾート施設もできたら」
頭の中にはすでに次なるビジョンが描かれている。後は「やる」だけだ。

女性は往々にして、経験や理論よりも直感で判断し、決めたら最後まであきらめない。
こうした特性は起業家の条件と合致するものだ。
海を超えて起業している方々の思い切りのよさと行動力には脱帽するばかりだ。

メシの種探しも、「行ってみなわからん」。
メシの種がゴロゴロ転がっているカンボジア。今回に続いて第2弾を、11月末に実施する。
プノンペンではイロハ ガーデンホテルに宿泊する予定だ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ ツアーに参加して、自分の可能性に気付いた事が一番の収穫でした。同時に日本が、自分自身がいかに恵まれていたのかを痛感したことも! 参加を迷われているなら絶対にお勧めします。「成功すれば前が儲かる。失敗したら経験が儲かる。どちらも儲かる。やらないのが一番損」。会長の語録で私の好きな言葉です。
・ 一言で言えば「よく学び、よく食べ、よく行動した体験ツアー」。百見は一行に如かず。会長のおっしゃる通り、体験し感じることで気付き、学び、発見する6日間でした。
・ ビジネスの基本を知る素晴らしい機会でした。また、ここで人生を懸けて闘う人々に会うことができ、熱い情熱とうれしいご縁をいただきました。やはり「誰と行くか」が大事だと感じます。
・ くっくま孤児院の見学とふれあいが一番心に残りました。これから発展途上のパワーを体感したり、ここで起業する人たちの生の声を聞いたり。素晴らしい体験でした。
・ 初めて訪れたカンボジアは、イメージしていた国とは異なる国でした。自分の力では到底会うことができない方々とも知り合いになれ、やはり「やってみなわからん」ものですね。
・ 今回のツアーで一番はっとさせられたのは、強く想えば何事も成せるんだということです。起業家の方にお会いできてビジネスはもちろん、生き方や心の持ち方など自分にはないことがたくさんあり、とても勉強になりました。また参加が叶えば、起業家のご家族さんからお話を聞きたいと思いました。
・ 普通なら体験できない内容の旅でした。くっくま孤児院の子どもたちやセミナーに来ていた若い人たちの純粋なエネルギー、こちらで移住して起業されている方々の社会貢献に直結する仕事の取り組み姿勢や理念に触れて胸を打たれました。カンボジアに行く前に抱いていたマイナスイメージが払拭されて、これからまだまだ可能性を秘めた国だと強く感じました。
・ 「自分にチャンスを与えたい」。それが今回のツアー参加の動機でしたが、行ってみて思ったのは「私もカタチを変える起業家になれる! 」でした。また、世界にはまだまだ自分の知らないことがいっぱい。その半面、インターネットを使えば地球はどんどん狭くなっていると実感しました。
・ くっくま孤児院やイオンモールでカンボジアの現状を垣間見る中で、多くの起業家とお会いして「起業家とは何か」を知ることができました。それは「チャレンジする熱い気持ちと、その国に貢献する折れない信念」。自分の中にも「よし、やるぞ! 」というパワーが湧いてきました。「インターネットで誰でも情報が取れるということは、誰にでも平等にチャンスがある」という会長の言葉を胸に刻み、常にアンテナを張って行動します。

2014年07月16日

No.1467 「木村塾&メシの種探しツァー in カンボジア」 そのC 現地で活躍する起業家たち

カンボジアの発展に伴い現地人材を求める日本企業が増える中、プノンペンでハローワークを始めた人がいる。
クリエイティブ ダイアモンド リンクス(CDL)の社長、鳴海貴紀さん。
鳴海さんは元厚労省官僚。応援でハローワークの現場に勤務したのを機にこの仕事にやり甲斐を見出し、
安定した公務員を辞めて、よりニーズの高いカンボジアに移り住んで起業した。

日本人、カンボジア人、ドイツ人スタッフが勤務する同社では、現地人材を求める日本企業や
現地で働きたい日本人だけでなく、在留韓国人、中国人、英語圏の人たちと現地企業をつなぐマッチングも行う。
今年度からカンボジア進出のガイドブックも発刊。
現地の公用語は主にクメール語と中国語、ビジネスでは英語がメインだが、鳴海さんは英語が苦手だ。
「話せるに越したことはありませんが、言葉ができないからビジネスができないという事はありません」と笑顔で語る。

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移住ではなく、現地と日本を往来して起業するという方法もある。

市内中心部の9階建てのビルにオフィスを置き、システム開発など10人の現地スタッフを雇用する青松勇介さん(44歳)。
ゴルフ用品のインターネット販売サイト「アトミックゴルフ」を運営するリアルマックス(本社=広島市)の社長だ。
2011年の中国・大連に続いて今年1月に同社の100%出資で、カンボジア法人を設立した。

25歳で脱サラして起業するも、最初に興したペイメント会社はうまくいかず廃業。
再起をかけて30歳で始めたアトミックゴルフが軌道にのった。
楽天市場の年間MVPショップオブザイヤーや、ヤフーショッピングの年間ベストストアを複数受賞している。
カンボジアでは日本の本社と連携を取りながらITソリューション部門でのBPO(ビジネス プロセス アウト ソーシング)
拠点となることを目指す。
月に1度のペースで現地を訪れる青松さん。
「ここに来ると超チャレンジングな人たちに出会えるのが面白い。自分が一兵卒に過ぎないと実感します」とイキイキ話す。
「現地でのリーダーの育成にも力を入れITでこの国に貢献したい」というのが青松さんの夢だ。

一方、日本人街「キズナストリート」で昨年10月に日本料理店「時代屋」をオープンした
共同経営者の井上雅晶さんと中谷安志さん。
いずれも日本では京都で井上さんは焼き鳥店9店舗、中谷さんは海鮮居酒屋など3店舗を経営する。
その京都で、アジアに日本酒や日本食を広める活動をしていた荒井良彦さんと意気投合し、
3人で海外出店を計画、最終的にこの場所を選んだ。

周辺は各国外国大使館もある閑静な住宅地で、店舗は大半が元住宅。キズナの名前は、
かつて日本からの無償援助で建設されたメコン川に架かる橋で紙幣にも描かれている「キズナ橋」に由来する。
外国人は不動産を購入できないため民家を借りてリフォーム。内装を日本人建築士に依頼しても費用は約600万円と日本の約三分の一だ。
値段は日本とほぼ同じで客単価は10〜12USドルとやや低めだが、客の入りは上々。
日本人客のみならず、最近ではカンボジア人も全体の4割を占めるほどに増えている。
「投資回収まで2年と見ています。文化の違いなどで大変なこともたくさんありますが、何よりここで新しい文化を創ると思うと、
やり甲斐があります」と井上さん。
7月の七夕祭りに続いて、11月には日本流のお神輿イベントも計画している。

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2014年07月15日

No.1466 「木村塾&メシの種探しツァーinカンボジア」 そのB 現地で活躍する起業家たち

「アジア最後のフロンティア」と言われるカンボジア。
現在人口1400万人のうち7割が30歳以下で国民の平均年齢はなんと23歳だという。
ポルポト政権時代に当時850万人だった国民の4分の1が殺されたことが原因だ。
活気溢れる首都プノンペンの街では、新品と中古のベンツやレクサスが入り乱れて走り
その隙間を縫って2〜4人乗りのバイク軍団が、ビュンビュン通り抜ける。
道端にはまだ水道や電気のない暮らしをしている人が大勢いる半面、リゾートホテルやマンション建設が進み、
先月末にはイオンのショッピングセンターがオープンした。

そんな成長著しいカンボジアで、実際に起業している人たちをご紹介しよう。

トップバッターは、現地に根を下してニュービジネスに取り組むHUGS 代表取締役の黒川治郎さん(34歳)。
カンボジア和僑会の会長で今回木村塾を開講、絆セミナーの講演などを主催してくださった方でもある。

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イラク生まれの埼玉育ち。19歳の時にはサッカー選手に憧れ英国留学の経験の持ち主だ。
大学卒業後、会社勤めを経て27歳で起業、フランチャイズの飲食店関係のコンサルタントなどをしていた。
しかし「もっと広い視野でビジネスをしてみたい」と海外移住を決意。家族とこの地に住んだのが31歳の時。

世界中を回る中でカンボジアを選んだのは、外資系企業でも法人化が可能なことや、利益の海外持ち出しが無制限で、
街でもUSドルが通用するなどビジネス的なメリットが大きい。
しかし、決め手になったのは「ここの人たちの笑顔」だという。

現在、共同代表の北浦健伍さんとともにHUGSが取り組んでいるのが、農地開発と農業経営。
1,000haの土地を開拓し、現地の人を雇用してキャッサバ芋の栽培を行う。養豚に挑戦するのは日本から来た女性だ。
開発資金は日本企を回って投資の形で調達する。
最近、アンコールワットのあるシェムリアップで売り出された宅地に、低所得の人でも
マイホームが手にできる画期的なシステムを開発した。
そして、もう一つの柱が日本企業へのカンボジア進出支援。
その一端としてプノンペン市内に日本食レストランやオシャレなショップが集合する日本人街を誕生させた。
「キズナストリート」と名付けられたそのエリアでは続々出店者が増え、年内中に16店舗になるという。

黒川さんは、農業も不動産業界も全く未経験。
「まず人との出会いがあって共鳴すること。そこから何ができるかを考える」というのが黒川流だ。
だから、業種を飛び越え、立ちはだかる壁を越え、ビジネスのカタチは縦横にどんどん広がる。

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2014年07月14日

No.1465 「木村塾&メシの種探しツァー in カンボジア」 そのA 「カンボジア木村塾」開講

7月5日、午前中に行われた「絆セミナー」に続いて、「カンボジア木村塾」がプノンペンで開講、
午後4時から第1回セミナーが市内にあるサンウェイホテルで開催された。

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絆セミナーと同じくHUGSの主催。「1001人の起業家をつくる」という私のミッションに共鳴された
同社代表の黒川治郎さんのご尽力で開催が実現した。
会場には在住の日本人経営者やスタッフ、現地企業に勤務する社員、カンボジアでの起業を目指す方など
大勢の皆さんにお集まりいただいた。

テーマは「起業家とは? 」
冒頭、我が人生を紹介するDVDを上映。
起業家として歩んだ道程を通して、起業家の使命と素晴らしさをお伝えする一方、
強くてよい会社をつくる「BS経営」の極意をお話させていただいた。

起業家とは、工夫や改善ではなく「カタチを変える人」であり「メシのタネを創る人」。
ここにお集まりの皆さんは、すでに自分を変え、生き方を変え、リスクを取ってカンボジアに渡り
未知なる仕事に飛び込んでおられるわけだから、それだけでも起業家だ。
これからも「創る逆境」でより高い壁に挑み、ビッグチャンスを掴んでいただきたい。
壁は自分を鍛え、人間の器を大きする。どうか、自分にチャンスをあげる生き方をしてほしい。

午前中の絆セミナーでの興奮さめやらぬままにハイテンションで臨んだ1時間半。
最後は「80歳の私からの手紙」で締めた。

終了後、場所を通称「キズナ(絆)ストリート」にある日本料理店「時代屋」に移して
来場者の皆さんたちと一緒においしい鶏料理に舌鼓を地ながらプノンペンビールで乾杯! 
「キズナストリート」は、いま黒川さんらが仕掛人となって街づくりをしている
プノンペン市内でも超ホットな日本人街だ。
時代屋のオーナーも、もちろん日本人起業家。
店の造りもメニューも日本そのままの店内では、現地にいながら今回初めて顔を合わせたという方も多く、
テーブルのあちこちで鮮度情報が飛び交った。
現地で起業している方たちの生の声ほど確かなものはない。
ツアーに参加された皆さんにとっても、濃密で実り多い1日になった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ カンボジアに来る前、周りの人たちから無理だと言われた「海外で働くこと」。実際に出てみたら大変な事、苦しい事、辛い事もたくさんありますが、不幸だと思ったことは一度もありません。現在、日系企業に勤めていますが、毎日たくさんの方に助けてもらっています。いつか社会に恩返しができるよう、30歳までに今ある計画を実現させ、独立できるよう積年ハングリー精神を持って世界に挑みます。難がない「無難な」人生より、難があっても「有難う」と言える人生を! 常に変化も楽しみ、チャンスに変えていきたいです。
・ 人生、初セミナー。面白かったです。私の考え方に刺激が生まれました。
・ 2月に社会人2年目で転職し、カンボジアに来ましたが、この地でこのタイミングでお話をうかがえたことを大変うれしく思います。精神的にも肉体的にも今が自分を伸ばすチャンスだと言い聞かせ、今後も自分の成功を目指して継続していこうと思います。木村さんを見習い、目標を明確につくり、公言、自分に言い聞かせて実行します。
・ わたしはカンボジア人です。すばらしいはなしをきけました。いちぶぶん、あまりわかりませんが、CHALLENGEがいちばんだいじだとかんじました。
・ 度重なる逆境に立ち向かい、ビジョンを持ちながら現在も成長を続ける木村塾長に圧倒されました。私は大学卒業後、大手銀行に入行するも、ある方の出会いを機にこれは二度とこないであろうチャンスだと、半年で退社してカンボジアに来ました。今は雇われている身ですが、次は何をしようかとワクワクしています。毎日コツコツ一歩一歩成長できたらと思います。社会人になって初めて分かった親への感謝、また周りの環境への感謝の気持ちを持ち続け、木村塾長のようにチャレンジし続ける人になりたいと思います。
・ 私は43歳だが、まだまだやれると思うし、逆境を自分でつくるのも好きだ。自分のやったことがないことにチャレンジし続けることで成長できたし、今後もそんな人生の選択をしていきたい。木村先生のお話をお聞きしてその想いを新たにした。BS経営。意識するようにします。
・ 「アジアの女性の夢をカタチに!」というビジョンを抱き、イオンモールに出店しました。BS経営、自己資本を殖やすことを意識して目標を立てて、この大きなビジョンを貫きます!
・ 大変勉強になりました。社長だけでなく社員全員がPL、BSを理解して仕事をしているということが素晴らしい。私もメンバーにBS経営を伝えて、共に頑張れる会社を創っていきたいと思いました。
・ BS経営、起業家精神、やってみなわからん、挑戦! とても熱いものを感じました。34歳ですが、これから何度も挑戦して失敗して、成長、成功したいと思いました。
・ 学び多きお話でした。「壁が自分を強くする」「やったこと全て、経験が儲かる」。もっと大きなことに挑戦して良い会社を創っていきたいと思いました。
・ 「逆境に勝る師なし」「自分にプレッシャーを与える生き方を」など座右の銘にします。また、常に現状を把握し、先を考え、様々なことを数値化し、可視化し、達成度を計測できる状態にして自分にプレッシャーを与え続けていらっしゃる姿にも感銘を受けました。
・ 強い意志を持ち続け、何があろうとも前に進み続けるパワーを持ち、自分の人生のビジョンを大切に。カンボジアという場所でこの講義を聴けたのはありがたかったです。
・ セミナーというものを馬鹿にしていましたが、考えが変わりました。
・ BS経営の話はとても面白かったです。前職、税理士事務所で働いていましたが、思い返すといかに今期の税金を減らすかだけを考えてお客様と話しをしていました。しかし、今回お話を聞いて自分が恥ずかしくなりました。私はいかに弱い会社にするアドバイスをしてきたのかと! 現在、カンボジアの企業でマネジメントを行っています。自分が良いマネジメントが出来るかどうかは、自分の意思、目標にかかっていると思いました。
・ 木村先生のチャレンジに満ちた人生を拝見し、いかに自分自身をストイックにプレッシャーで満たしていくかという課題をいただきました。今28歳ですが、チャレンジに年齢は関係なく、ただ「やってみる」事が大切だと気付きました。

2014年07月12日

No.1464 「木村塾&メシの種探しツァー in カンボジア」 その@ 「絆セミナー」で講演

7月3日〜9日に実施した「木村塾&メシの種探しツァー in カンボジア」。
日系企業のHUGSが主催する第3回「絆セミナー」が5日、プノンペン市内にある
CJCC(カンボジア日本人材開発センター)で行われ、講演させていただいた。

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現地の若者らを対象にカンボジと日本を結ぶ活動の一つとして、
HUGSの社長の黒川治郎さんらが開いているイベント的なセミナー。
プノンペン大学ほか現地の大学生や日本語を学ぶ専門学校生ら
総勢350人ものカンボジアの若者たちにご参加いただいた。

絆セミナーのテーマは「Cambodia × Japan 心を繋ぎ、知恵を繋ぎ、未来に繋げる」。
もうひと方のゲスト講師、三輪眞豊さんは、名古屋でクルマ関係の広告やイベントを行うプロモーション会社を経営、
タイを中心として東南アジアに現地法人を持つ起業家だ。
私は「逆境に勝る師なし」をテーマに、DVD上映を交えて起業家として歩んだ道のりを通訳付きでお話させていただいた。

内戦が終結して23年、成長著しいカンボジアだが、街の中の環境は
私が生きるために仕事を求めて大阪に上がってきた50年前と被るものがある。

「激動する今が最大のチャンス」
「成功の反対は失敗ではなく、チャレンジしないこと」

キラキラ輝く大きな目を見開いて聴いてくれる若者たちを前に、思わず力こぶが入った。
日本語学校に通う学生さんも多く、「ビジネスで失敗した時はどのようにして立ちあがるのか」など、
こなれた日本語で次々と質問をぶつけてくれた。

講演後、前日に訪問した「くっくま孤児院」の子どもたちによるカンボジアの民族舞踊で空気は最高潮に達し、
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

カンボジア国民の平均年齢は23歳という。
未来を担う若者たちがこんなにも日本や、ビジネスに興味を抱いているのがうれしい。
彼らの中から多くのアントレプレナー(起業家)が生まれることに期待している。
同時に、現地の若者たちと手を携えて国づくりをしていこうというHUGSの活動に心からのエールを贈りたい。

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2014年07月11日

No.1463 「木村塾 in 阪神歯研」開催

6月28日、神戸市東灘区にある「阪神歯研」でセミナーを開催。
リクエストいただいた企業訪問に合わせて、近くの会場でセミナーも実施され
講演させていただいた。

午前中に同社を訪問。お父上の代から数えると半世紀続く歯科技工所で、社長の笹倉利王さんも歯科技工士。
経営者として将来のビジョン展開についてご相談を受けた。
決算書やラボを見学する中で私が導き出した経営のキーワーズは「決める !」。
「2年間悩んでいた問題が3分間で解決。目からウロコで、本当に涙が出ました」と笹倉社長。
今後は技術系経営者から「起業家」目線にギアチェンジして斬新な経営に乗りだされるだろう。先が楽しみだ。

緊張をときほぐすアイスブレイクとともにスタートした午後のセミナー。
同社のスタッフさんをはじめ技工士仲間や、税理士さんなど幅広い業種の方にお集まりいただいた。

我が人生のDVDの後、笹倉社長が自らのビジョンについて力強くスピーチ。
いま「当たり過ぎる」と話題になっているイチローや本田圭佑選手が書いた卒業文集も紹介され
私も「ビジョンのもつ力」についてお話させていただいた。

バブルの崩壊以降、私たちが打ち出したビジョンは、24年目を迎えて第3期となったが、
想像をはるかに超える強い会社になっている。
そして、その間、何よりビジョンを共有した社員たちの成長ぶりが素晴らしい。
ビジョンは人の潜在能力を引き出す最高の武器だ。

最後は80歳からの私の手紙で締め、会場は「やったらできる」ムード一色になった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「勉強するのは何のため? 」 久しぶりにこの言葉が頭の中に浮かんできました。人生悔いなく生きようと思いました。
・ 大事な事を強く公言したことで印象が変わりました。「やることがある人が青春」。いくつになってもチャレンジできるということが分かりました。
・ 今日をきっかけに変化を恐れず、自由に変われる自分でありたいと思います。
・ 自己資本経営が最も大切だという事に改めて気付かされました。普段、損益計算書(PL)にばかり目を向けていたので目からウロコです。今後の仕事に活かします。
・ 新しい職場に来て1カ月。難しい経営のことを理解することはできませんでしたが、ただ仕事をするだけではいけないといことが分かりました。
・ 「言い訳は自分の人生を冒涜することだ」という会長の言葉が胸に刺さりました。ずっと言い訳して変化することから逃げていた自分が恥ずかしいです。自分が怒られている気持ちで聞かせていただきました。
・ 「数字のお話」ありがとうございました。PL→BS経営へと変わる「税金川」の渡り方を詳しく知りたいです。
・ 質問です。成長著しいアジアの国々の中で、一番に見る国はどこでしょうか?
・ IT会社を経営していますが、将来は資産をつくって後進の起業家たちに資金と口を出すファンドをつくりたいと考えています。木村会長の会社ではすでにこの事業を行っていることを知りました。ぜひ、学ばせてください。
・ 変化に対して怯えている自分を発見できました。

2014年07月10日

No.1462 「青梅三ツ原工業会」主催 6月講演で講演

6月26日、青梅市の製造企業で組織する「青梅三ツ原工業会」が主催する定例セミナーが
三ツ原工業団地内にある三ツ原工業会館で開催され、講演させていただいた。
会長の小山孝さんとは勉強仲間でもある。
青梅商工会議所、青梅信用金庫、西武信用金庫との共催で行われたセミナー。
満員の会場には経営者や社員さんのほか、金融関係の方も多数ご来場いただいいた。

関東山地と武蔵野台地が接する地域にある青梅市。
市内には東芝、日立の大きな工場があり、隣の羽村市には日野自動車の工場もある。
同会の活動拠点となる三ツ原工業団地には、金属や鉄筋加工、溶接、板金、プレスなどの
ものづくり企業が集積され、優れた技術を持つ企業や機動力のある企業も多い。

セミナーのテーマは「BS経営が強くてよい会社をつくる」。
自己紹介代わりのDVD上映の後、 
PL経営とBS経営の違いや、税金に対する考え方、会社の総合力を測るROAやROEなどの財務指標も交えて、BS経営とは何かをわかりやすくお伝えした。

強くてよい会社とは、売上高や従業員数が大きいことではない。
どんな変化に遭遇してもびくともしない会社、人財が育ち未来に対して資本投下のできる会社だ。
そのためにはしっかりとした経営の屋台骨をつくること。
中長期的展望で自己資本を積み上げる「BS経営」が必要だ。
ビジネスで最強の武器は「信頼」。BS経営で培った厚い自己資本は、ずばり企業に対する信頼となり、
会社をさらに強靭なものにする。

セミナーの後、引き続き同会場内で行われた交流会では、活発な質疑が寄せられた。
製造業の組織団体からセミナーのご依頼をいただくことは珍しい。
ものづくりに取り組む現場の皆さんの真摯な姿勢に心打たれると同時に、
常識に捉われずカタチを変えて新天地に挑む若い人たちの情熱を感じ、私もエキサイトした。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ あっという間の1時間。先生の本を読みたい。それが全てです。
・ 起業家を1001人育成する目的は今の日本経済の困難から抜け出す最良の道だと思います。BS経営の大事さが良く分かりました。これからBS経営をさらに強化し、変化に対応していきたい。
・ 目標設定がすごい。私は金融機関に勤めて3年ですが、目標設定してもなかなか達成することができません。無理な設定ではなく、必ず達成できるような目標、また設定の根拠がしっかりされており、こればマネしなければと思いました。
・ 貸借と損金の関係が整理できました。アベノミクスで厳しい業界ですが頑張ります。
・ 私は経営者ではありませんが、PL経営の当社が当り前だと思っていたので180度見方が変わった。目標は「世界一強い会社をつくって人を育てたい」。
・ 信用金庫の職員です。ROAやROEの話はとても分かりやすく勉強になりました。「カタチを変える人間になれ」という言葉に一番感動しました。
・ 「変化に対応できない人は生き残れない」。「できない言い訳をする人は、いつまでも何もできない」。強烈なセリフでした。
・ 変化をチャンスと捉えるか、ピンチと捉えるかで大きな差がつくと思います。今後実践していきたいと思います。
・ 大阪弁で少し聞きづらいところもありましたが、皆に伝え、良い会社にしたいと思います。
・ 「変化をチャンスに」。印象に残りました。無意識のうちに、やらない理由を探していると感じます。変化の究極で果敢にチャレンジできるよう、日々の行動を変えていきます。
・ 木村会長の100歳の目標は? さらにパワフルな目標があるのでは?
・ 子どもの頃の夢を書いたイチローや本田の文章を読みましたが、恐ろしいほど細かいです。木村会長のご著書の中にもはっきりと公言させていますね。私も意識して早く描きたいと思います。
・ BS経営の大事さ。目標を持つ。金を調達する。想像力。変化はチャンス。多くを学びました。明日から生かしていきます。
・ 56歳ですがこの先の人生でよいヒントをいただきました。70歳のビジョンを立てて行動してみようと思います。
・ 一社員ですが、自社の賃金を上げられるように努力したいと思います。ビジョンをしっかり立てます。
・ 早く税金川を渡りたいと思います。今、変化の真只中にあり、ビジョンを創造しなければと思いました。

2014年07月03日

No.1461 「日創研 那須野が原経営研究会」6月例会で講演

6月25日、「日創研 那須野が原経営研究会」の例会が、那須塩原市の割烹 いとうで開催され、
講師としてお招きいただいた。

14時に那須塩原市に到着。まずは同会の役員さん3人と合流して企業訪問。
今回は市内にある中古自動車販売会社のI社だ。1社長は40代になったばかり。
スタートしてまだ5、6年の若い会社とあって、BSはまだまだこれからだ。
多店舗展開に意欲を燃やすI社長に、「数よりも自己資本を積み上げて強くてよい会社を目指すように」とアドバイス。
その上で10年後のBSビジョン策定のお手伝いをさせていただいた。

18時30分、オンタイムで始まった経営研究会。
講演のテーマは「今こそ起業家精神〜強くてよい会社とは〜」
同会での講演は5年ぶりだが、この間の弊社の成長ぶりを事例に挙げてお話させていただいた。

「強くてよい会社」とは、売上や店舗数、従業員数の多い会社ではない。
どんな変化にもびくともしない強いBSを持つ会社、そして人が育つ会社だ。
そのためには中長期的な展望に立ったBSビジョンを社員と共有して自己資本を積み上げる必要がある。

弊社は5年前も今も10人規模だが、自己資本額は7倍に跳ね上がった。
なぜ、少ない人数でそんなことが可能になるのか?
強いBSは信用力となる。これを武器に貯えた自己資本を運用することで、さらに頑強なBSとなり、
事業運営全体が好循環するというわけだ。
弊社では社員を「経営社員」と呼ぶが、一人一人が起業家精神を持って共通ビジョンに向かえば、
こんなことが可能になる。

那須野が原で一泊し、翌朝は同会 会長の阿久津一志さんの会社を訪問した。
先代から続く左官業で8年後に第50期を迎える。
目指すは100年企業。その足掛かりとして強いBSを築き、次代につなぐことが
2代目社長である阿久津さんのミッションだ。
決算書を見ながら8年後のBSビジョンを創るお手伝いをさせていただいた。

登る山が決まり晴れ晴れとした表情の阿久津さん。
翌日には「目標ビジョンを前倒しで達成できそうです」との力強いメールをいただいた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 目からウロコでした。今までは与えられたものを単に食べるか、ダメだった時は食当たりの人生だったように思います。自らおいしいものを創って食べられる人生にできたらいいなぁ。「メシの種探しツアー」面白そうですね。
・ 若々しくエネルギッシュな講演に圧倒されました。私も「カタチを変えることのできる人」「メシの種を創れる人」となるべく努力します。
・ 私も「何屋? 」と揶揄される事がありますが、木村先生のお話で自信を回復できました。
・ 今後はBS経営について勉強を深め、しっかりとした経営計画づくりに励みます。
・ 失敗が怖く、何事にもチャレンジしていない自分があると思いました。自分にどれだけ厳しくできるかが私の問題だと感じました。
・ 「成功の反対は失敗ではない。チャレンジしないこと」「成功と失敗は同一線上にある」という言葉。インパクトがありました。
・ 「今日用がある(=教養)と今日、行くところがある(=教育) 」。面白いと思いました。
・ ROEやROAについて、よく理解できなかったので帰ったらしっかり調べてみます。
・ 常に前向きに積極的に明るく行動することが成功の秘訣かと確信しました。

2014年07月02日

No.1460 「大阪千里中央倫理法人会」モーニングセミナーで講演

6月25日、大阪千里中央倫理法人会が主催する早朝セミナーが午前6時30分から千里阪急ホテルで開催され、
講演させていただいた。
前夜のナイトセミナーに続いて行われる早朝セミナー。
朝のすがすがしい空気に包まれて、この日も会場いっぱいの皆さんとご縁をいただいた。

演題は「メシが食えるチカラをつけなさい」。
父亡き後、長男として一家を養って来た私は、18歳で起業して複数のビジネスを始めた。
「稼がなければ飢え死にする」「一つの仕事に頼っていたら万一の際に共倒れする」
という切羽詰まった思いが、稼ぐチカラを授けてくれた。
そのお陰で、バブルが崩壊し多額の負債を抱えた時にも奈落の底から這い上がることかできた。

メシが食えるチカラとは、自分で自分を養えるチカラだ。
この武器があれば、どんなに大きな変化が襲ってきても、どんな環境に置かれようが怖いものはない。
これは誰でも潜在能力として備えているものだ。
年齢や性別、学歴やスキルも全く関係ない。しかも、いつからでも装備可能だ。ただ、身につけようと思わなければ永遠にチカラが湧きでることはないだろう。

成功の反対はチャレンジしないこと。成功も失敗も同じラインにある。

約40分間の圧縮スピーチ。
朝のもつ力に加え、皆さんからの熱い視線のシャワーを浴びて体にエネルギーが充満してくるのが分かる。
最後は「80歳の私からの手紙」で締め、割れるような拍手をいただいた。

この日は午後から弊社東京本社での会議と、夜に栃木県那須野が原での講演を控えていたため、
セミナー後の朝食懇談会を失礼して、その足で新大阪駅に直行。新幹線に飛び乗った。

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☆いただいたアンケートより抜粋(ナイトセミナーの感想を含む)

・ 生きるための基本がいっぱいありました。自分の人生にスイッチを入れます。
・ 昨年50歳で独立、開業しました。不安はありましたが、会社を頼るのではなく、自立してやっていく必要があると感じたからでした。お話をうかがって、それが正しい判断だったと知り、なおいっそうチャレンジしていく勇気をいただきました。
・ 「人、モノ、カネ、情報、マーケット。今の日本にはここまであるのに他に何がいる? 何が必要か?」すごく響きました。「やってみな分からん。やったことしか残らん」です。
・ 変化を怯える、茹でガエルにならないよう、日々チャレンジしていける人物であろうと決めた。感謝!
・ 起業家と経営者は違う。その考え方に納得しました。そして熱くなりました。
・ なかなかできないことが多いけど、今は目の前のことを変えるチャレンジをしています。自分も周囲も満足できることをやっていきます。
・ 会長の「大きな会社ではなく、強い会社を創る」という力強さに痺れました。私は知識も学力もありませんが、自分も必ず出来ると確信が持てました。
・ パワーに溢れていて圧倒されました!! 今後の自分自身の生き方が明確になりました。
・ 失敗を恐れてチャレンジしていない。自分はその通りの人間だと思い知らされました。今の会社を変えるたにチャレンジします。・ 起業家とはカタチを変え、メシの種を創る人。自分の中で眠っていたものが目覚めました。
・ 大きなビジョンを創り、必ず成功するよう動き出します。あらためて考え、そして行動! 明日から動き出します。
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2014年07月01日

No.1459 2014年6月度 実践目標の進捗報告

1年のうち半分が過ぎた。みなさんの目標進捗状況はいかかでしょうか?
お陰さまで私のほうは極めて快調だ。
講演は6月だけでも21回。先週は1週間に8講演という自己最高記録を出した。
また、今月は「帯広木村塾」と「奈良木村塾」が開講したほか、
大阪では「女性木村塾」が、そして大阪木村塾で開催している「やってみよう会」が京都木村塾でも新たにスタート。
目標があるとこんなにも毎日の時間が活かせて、密度の濃いものになる。
時間は線ではなく、幅と深さを掛けあわせた「体積」だ。

ところで、シルバー世代にとっては「きょういく」と「きょうよう」が大切だという。
教育と教養かと思いきや、さにあらず。
「今日行くところがある」「今日用がある」の2つである。
『頭の体操』で知られる心理学者の多湖輝さんの著書『100歳になっても脳を元気に動かす習慣術』にある。

講演という目的で全国だけでなく世界中に出かけて行ける幸せ。
これも呼んでくださる主催者さん、聴いてくださる皆さんがあればこそ。
そして、私がお話させていただくことで皆さんが元気になり、起業家が誕生して
最終的にこの国が繁栄するならば、これほどうれしいことがあろうか。

ご縁をいただいた全ての方々へ感謝申し上げる日々である。

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では、私の6月度 実践目標の進捗状況の報告を。

トレーニング 62/150回
万歩計230/500万歩
登山3/6回
禁酒 60/100日
読書 80/100冊
英会話65/100回
セブ英語留学 1/3週間
写経累計3335/3500枚
講演 100/170回
企業訪問60/100社
海外視察1/8回

トピックス
帯広木村塾・奈良木村塾・女性木村塾 開講。
京都木村塾「やってみよう会」がスタート。

 

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