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2014年07月19日

No.1469 「木村塾やってみよう会 京都」 第1回 開催

大阪で開催している「やってみよう会」の京都版が、同じく門浦智さんの主催でスタート。
6月27日、京都市生涯学習センター(アスニー山科)で第1回が開催された。
今回の「我が人生を語る」は、岡山県に本社を置く株式会社マジックポット代表取締役の前田真孝さん(35)。
冒頭、見事なカードマジックのショーで、参加者の心を鷲づかみにする前田さんはプロのマジシャン。
この100年間で36人しかいない日本奇術協会の師範の一人だが、現在は経営に専念。
四国、中国地方でマジックバー「手品家」と、出張マジックを経営する。ちなみに同社は社員16名中13名がプロマジシャンだ。

子ども時代はスポーツ少年。小学校では少林寺拳法、中学、高校では柔道部のキャプテンを務めた。
県大会で優勝し、格闘家になる夢を持つも、四国大会ではどうしてもトップに立てず大学へ。
そこで出会ったのがマジックの先生だった。 
「運命の出会いでした。師匠から教わったのは『まず、やれ!』。まずやってみる性格は、この時にでき上がりました」。
こうして情熱の矛先はマジックに。大学で「奇術部」を立ち上げ、マジックショーのアルバイトで悠々自適生活を送る。
2003年、24歳でマジックの世界大会に日本代表として出場。2006年の世界大会では140人中8位になった。

卒業後は自ら望んで「3年限定の」高校教師に。そのきっかけがまたユニークだ。
高校から「前田さんのようにおもしろい先生が欲しい。奇術部をつくってほしい」というオファーを受けたのだという。
26歳の時には、高校の教師をしながら、高松にマジックバーを開店。
しかし、経営の勉強をしていないのでまったくの赤字。店長が他にアルバイトをしながら、お店を支えてくれた。
予定通り3年後に高校を退職。29歳で今の会社を設立した。
「マジックでは食べられない、というのが常識。だからこそ、この業界を変えて、
マジシャンが集まって働ける環境をつくりたかった」と創業の思いを話す。

もちろん、順風満帆ではなかった。32歳の時には1,500万円の損失を出した。しかし、
「マジックどころではないつらい思い」が、経営の道へと導いた。
私が前田さんと出会ったのもその頃だ。以降、BS経営を実践、めざましい実績をつくっておられる。

好奇心旺盛で初めて見る事、行く事、する事、食べもの、会う人、何でも初体験が大好きという前田さん。
「自分は『超絶プラス思考』人間。100の内1もマイナス思考がない」と言い切る。
「ほかの人が不吉だと思うような出来事も、神様が次のスッテプに行けというメッセージだと思うんです」。

今年5月に、世界中でトップ5人しか出演できないといわれるハリウッドにあるマジックの殿堂、
マジックキャッスルに出演したのを期に、プロマジシャンを退いて経営者になることを決意した。
「待っていてもチャンスは訪れない」
「自分が行動することで出来た出会いをつなげて、チャンスをつかみ取っていく」と語る。

最後は壮大なビジョンで締めくくった。
「マジシャンの社会的地位を上げるため10期までに自己資本を1億円、上場を目指します。
さらに、私が30代の間に、日本、世界のトップの会社を創り、エンターテーメントの文化のない東南アジアにも
マジックを広げてラスベガスにも進出します。そして50代になったら起業家になって起業家の育成をします」。

前田さんは「つくる逆境」で自ら高い壁に挑戦して、どんどんチャンスをつかんで行く人だ。
「超絶プラス思考」の空気に包まれた会場では、聞いている皆さんの顔も至福感に輝いた。
大きな刺激と学びをいただいた第1回セミナーとなった。

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