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2014年09月30日

No.1501 木村塾 やってみよう会第52回・京都会場

9月25日、アスニー山科にて第52回「木村塾やってみよう会」が開催された。
京都では2回目の「我が人生(ビジョン)を語る」。スピーカーは姜 智可子(かん ちかじゃ)さん。
大阪市中央区でヒーリング・マッサージサロン「温め屋にゅうとらる」を経営する。

姜さんとは、今年、倫理法人会のセミナーで出会った。
私の話を聴いて「1001人の起業家の中に入りたい。数字に強くなりたい」と、東京講演にも来て下さった。
「50歳を迎えて我が人生を語る機会に恵まれました。自分の人生を振り返ると何ひとつ
無駄なことはなかったと思いました」と、やや緊張した面持ちで話された。

姜さんは韓国籍で大阪生まれ。お母さんは妻子ある男性と恋愛し未婚のまま姜さんを産んだ。
たった一人のそのお母さんも、まもなく結核に罹り、姜さんは養護施設を経て
小学1年生の時にお父さんに引き取られ、義母の手で育てられた。
「義母から『あんたは私の子供じゃないから』と言われたことを覚えています。幼い私は、
へー、そうなのんやと思いました」と話す。
小学3年生以降は、すでに結婚して別所帯だった年長の義姉や2番目の義妹の家で暮らした。
高校に入るとお父さんがガンになり、姜さんは看病のため再び実家に戻ったが、お父さんも他界。
姜さんは学費だけでなく家に入れる生活費も稼ぐためにアルバイトをしながら高校を卒業し、家を出た。

ガソリンスタンドで働き、家賃1万2千円で4畳半のアパートを借りて一人暮らしを始めた。
しかし、とにかくお金がない。職場までの交通費を生活費に回し、自転車で30〜40分かけて通勤した。
電気もなく、夜になるとこたつを立て掛けてその光で過ごした。
「そんな生活も今思えば楽しんでやっていました」という。

出会って3回目にプロポーズされて20歳で結婚。
もともと美容師になりたかった姜さんは、専門学校へ通って技術を身につけた。
美容院には結婚していることを隠して就職。しかし、朝から晩までとにかく拘束時間が長い。
体調を崩し、結婚していることを話して退職を申し出ると、時間や給与も配慮してもらえた。

その後子供を授かり、美容院を退職。初産は26歳だった。
陣痛があまりない中で、出産時に異常が起こって出産に18時間もかかった。
「異常がなければ陣痛も痛いはず。人間の体って本当にうまくできている。体には知性があると思いました」。
その後、次男、3男を出産。その度に陣痛は度軽くなり、3男はなんと5分で生まれた。
「あまりの早さに助産院が費用をまけてくれたほど。三男はちゃっかり屋で、私が500円借してと言うと
550円で返してくれる?と。産院の費用をまけさせたのはきっと3男の仕業」と笑う。

結婚生活は17年続いたが、35歳で離婚。
「別れた理由は私のわがまま。夫の意向に添えなかった。これ以上一緒にいたら自分が自分でなくなる、と。
どんどん心が固くなり心が砕け散りそうになりました」。
9歳、7歳、5歳の男の子3人を抱え、とにかく稼がないといけない。
ようやく就職できた生命保険会社で頑張ったが、2年目に月30万円の仕事話が来た。
内容はエステの契約業務。転職すると10日でクビに。エステに名を借りた金貸しだった。

そこからは「本当に怒涛のように」困難が押し寄せた。
泥棒に入られ、カードも止められ、元のご主人に子どもを連れていかれ・・・
「もうどん底。どれだけ涙を流したか分からない。いくら寝ても休んでも体が元気になりません。
そんな時、体の内側から土で寝たい!という衝動にかられました」。
知人の畑に行き、ごろんと寝転んでみると体が復活するようだった。

姜さんは決意した。
「もう自分でやるしかない!何も決まってないけど自分でやろう!」。
そう、思ったらいろいろな変化が訪れた。
泥棒に入られたことで保険金が入った。
一人になったことで自分自身を考える時間ができた。
カード止められたことで、支払うべきお金が支払わずに手元に残った。
その後、エステの仕事を持ってきた人が責任を感じて別の人脈に繋いでくれた。
「ずっと周りに翻弄されてきたけど、全ての出来事には意味があったのだと思います」。

また、交通事故に遭い、後遺症の治療に病院に通ったが、なかなか良くならない。
そんな中で、たまたま出会った1枚のマットが回復へと導いた。
「体はそちらを求めていたんですね。体には知性があると感じました」。

11年前に開いた「温め屋にゅうとらる」は、体を温め免疫システムを引き出すそのマットの上で
オリジナルのマッサージを施すヒーリングサロン。
「頭で考えず、体の声に従うこと。言葉は人を生かしもするし殺しもする。だから、この店名も心を温める、体を温めるという意味です。今の事業は使命感を持ってやっています」。

「夢は家と病院の間の、町の保健室になること」とビジョンを語る。
「小学校にある保健室みたいな。お腹が痛かったはずなのに、先生に『どないしたん』と話していたら
いつの間にか治っている。そんな存在になりたい」。

どん底を蹴って這い上がってきた姜さん。
いま姜さんが輝いていられるのは「使命感」だろう。
天はその人に越えられない壁は与えない。
流した涙の分だけ強くなる。そのことに気付いたいま、荊の道程は宝物になる。
人生100年時代で、50歳の姜さんはちょうど折り返したばかりだ。
これからも宝物をパワーにして、ビジョンに向かって一歩一歩進んでいってほしい。
会場からも惜しみない拍手が送られた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 大変な人生を素直に受け入れて明るく生きてこられた姿に感動しました。ミッションを明確に感じておられて素晴らしい。これからはそのミッションを高らかに宣言して自分をアピールしましょう。
・ 歩んでこられたご苦労を仕事にもっと活かすことが大事だと感じます。
・ 倫理法人会などで姜さんを存じ上げていましたが、真の強さの意味を知ることができました。
・ たくさんの人に支えられている姜さん。いつもニコニコ素敵な姜さん。いろんなご苦労があり、大変な思いをしてきた姜さんが、いまここにいるのだなあと感じました。これからもいろいろあると思いますが頑張ってください!



 

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