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2015年04月23日

No.1583 木村塾 やってみよう会 4月例会@

4月14日、大阪市北区の「手品家・梅田店」にて第61回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生(経営)を語る」は、MigLinksの代表取締役として「クリスタルホテル南千里」を経営する
米澤忍さん。Y'sLinksの代表取締役でもある。
自ら付けたタイトル「ピンチはチャンス! ジェットコースターの人生」を、グラフを交えてお話しされた。

大阪木村塾や女性木村塾でもゲストスピーカーとしてお話いただいた米澤さんにはファンも多く、
新旧交えて大勢の方にご参加いただいた。

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米澤さんは大阪府生まれ。小学校1年生の時に両親が離婚、3人の子どもは母の手一つで育てられた。
「母はいつもいつもしんどそうな顔をしていた記憶があります」と振り返る。
高校卒業後「早く働いた方がお金が稼げる」と就職。
スポーツメーカーの受付業務を皮切りに、レースクイーンを経て19歳でモデルの世界へ転身。
バブル期で仕事も多く「ベンツに乗るぐらいの収入も得ていた」と話す。

21歳の時、「玉の輿に乗って」29歳の実業家と結婚。しかし、長男に続いて次男が生まれたころ、
夫の借金が発覚し借金取りに追われる。時給200円の内職をしながらボロボロ涙が出た。
「この時は自分がなぜ? 全部夫のせい、夫に不幸にさせられたと思いました」。

33歳で離婚。「1,000万円稼げる仕事」を見つけて飛び込んだ。
1,000万円というのは、両親がいる家庭よりも経済的に劣らない収入だ。
従事したのは工場に特化した人材派遣の飛び込み営業の仕事。
100人入って1人しか残らない企業だったが、目標があった米澤さんは必死で食らいついた。
その甲斐あって3年後には1,000万円以上の年収を稼ぐ。

経営者を目指した米澤さんは、出資をしてもらって独立。年間5億円を売上げた。
しかし、出資者が欲を出して考えが合わなくなり、売上を置いたまま辞めた。
再び勤め人としてトライした出版社の広告営業。収入は3分の1になったが、営業の仕事が楽しかった。
その感覚や想いが現在の社員研修のベースとなっているという。

その後、リーマンショックがあり、グループ会社の人材派遣の会社に転籍。
社員は育てるべきではないのかと思い始めていたこともあり、人材派遣の仕事に燃えるものがなかった。

2012年3月、次男さんが東京の大学へ。
「毎日毎日、食事を用意して忙しく過ごしていたのに、突然それがなくなったんです。前年には東北大震災もあり、
いつ死んでしまうか分からないとも思っていました。私このまま死んだら人生何も残せない・・・そんな中で、
工場の仕事で面接した女性たちや、しんどそうな顔をして働いていた母の顔が浮かんできたんです。
自分に合った仕事に巡り合えていない人がなんと多いことか。女性が輝いて働ける、そんなステージを作りたい」。
2012年4月米澤さんは独立した。

しかし、想いだけで独立したものの、何のビジネスモデルもない。
とにかく契約してくれそうな経営者に会って話を聞いた。その数100人。
生活資金も底をつきそうになった時、異業種交流会で隣席の不動産デベロッパーのオーナーから
「女性の採用を手伝ってくれないか」との声がかかった。

ご縁の大切さに感謝した米澤さんは「報酬以上に価値あるものを提供したい」と必死に仕事をした。
すると、その企業でかつてないぐらいの営業社員、それも女性社員が育った。
さらに、実績を買われて他の企業からも依頼が来るように。
「目の前のことを一所懸命やれば応援してもらえる。道は開ける」と。

2014年からホテル経営に乗り出した。もちろんホテル経営は未経験。
それ以前から、オーナーにグループ会社のホテルの経営も見てほしいと言われて助言するも
ホテルの社員は皆ベテラン。素人の米澤さんの話に誰も耳を傾けない。
しかし、経営は赤字続き。そんな中、オーナーが決断した。
「米澤さん、やって!」。2014年2月26日のことだ。

「ホテル経営をやりたかったわけではありませんが、ちょうどその時に離婚したての女性が相談に
来たんです。この子を雇ってあげられると思いました。そうだ、そういう箱を私は貰ったんだ」と。
2日後に新会社を設立。3月1日から引き継ぎのために乗り込んだ。
その引き継ぎは「悪夢のようだった」という。
台帳はひっくり返される、目の前で「できるんですか?できないでしょ!」と凄まれる。
残る社員は誰一人なく、友人知人、親友、その息子。ありとあらゆる人をかき集めた。

4月1日、全員素人のホテル経営がスタートした。
「初日から8万円合わない。しかし、やる!と決めたからにはやるしかありません。
全体朝礼で『必ず利益出してみせる』と言い切りました。膝がガクガク震えました」。
そして、3か月たってようやくホテル運営ができるように。
それ以降は、海外からのお客さんも増え今は利益が出ている。

米澤さんは言う。
「考え方次第で幸も不幸も自分次第。逃げていてはいつまでも解決しません。
試練に立ち向かった時に好転するんです。信ずれば成る」。
最後に10年後のビジョンを語った。
「10個の会社、1億円の総資本、社長を作る会社をやります。社員が喜んで働く会社にしたい。
夢のある会社を経営していきます」。

会場からは「私ももう一度何かできるのでないかと勇気をもらった」など
米澤さんの勇気とチャレンジ精神を称える声がたくさん寄せられた。

プレゼン力、経営力ともお話される度にアップしている米澤さん。
それは乗り越えてきた壁の高さが成せる技でもある。
いま、「観光」「円安」という追い風が吹いているが、米澤さんの判断に対して
時代の流れが怒涛のように押し寄せる。
米澤さんは、随所に「覚悟」という言葉を使われた。
覚悟を決めるとやるしかない、やれる方法を考えるしかなくなる。
直観力に優れ、胎のチカラを貯えた女性は起業家に向いていると、今回もあらためて感じた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ やはり大きな試練や目標に必死に立ち向かった、その先は明るい未来があるのだと再確認しました。
・ あまりにも上手なプレゼンでドキュメント映画を見ているようでした。
・ 公務員、雇われからの無知が、ものすごい強みに変わった今日でした。
・ モチベーションアップの方法→前はここまでだったのに今はこんなに出来ると認めてあげる。未経験であるメリット→必死で掴み取ろうとしがみつく姿勢。これ、やります!
・ 「考え方で幸せも不幸も自分次第」「逃げているだけではいつまでも解決しない」「試練に向かった時に好転する」「信ずれば成る」。この4つは僕の心にすんなりと入ってきました。
・ 未経験だからできないと言い訳するのは、挑戦することから逃げている。自分を信じて挑戦し、一人ではできない時は他の人のチカラを借りる。学びました。
・ 当事者意識。覚悟を決める! 素直に、がむしゃらに。そんなことを感じさせていただき、これから私も頑張ります。
・ 人を引き付ける笑顔は、辛いことをたくさん乗り越えてきたからだと米澤さんを見て感じました。覚悟を決めて動き出すこと。本気で取り組んでいきます。
・ 未経験の世界に何度も飛び込んで、それぞれの分野で成果を出すための努力や苦労は計り知れないが、その壁を一つずつ乗り越えたからこその48歳にしての美貌なのだと感じた。私もカッコいい大人になれるよう精進します。
・ どのような条件、環境にいても、やると決めたらやれる方法を考えることをあらためて教わりました。
・ 人は変化やリスクを背負うことを嫌う。それを乗り越える人がリーダーになれる!
・ 目の前のことを本気でやってみる。与えられた事を本気でやる。今まで考えているだけで行動していない自分がいました。それは逃げているのと一緒なのだと。
・ 「信ずれば成る」。ありがたい言葉です。
・ 「自分に乗り越えられない試練はやってこない」という言葉に勇気付けられました。会長の総括の中で「チャンスを見る力」を鍛えていこうと思いました。



 

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