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2015年05月30日

No.1598 室蘭木村塾 開講 

5月20日 北海道縦断セミナーの3日目は帯広の梶山塾長の車で室蘭へ。
道中、浦河郡でサラブレッドの育成牧場を営むグランデファームを訪問させていただいた。

調教師でJRAの馬主資格を所有する衣斐浩社長は1958年生まれ。
競馬新聞社を経て2003年に同社を設立。サラブレッドの育成調教、販売の他、
ライフワークとして取り組む血統研究から競走馬の配合コンサルティングも行っている。
JRAが世界に誇る調教場は総面積1500ヘクタール。競馬市場は4兆円といわれる。
決算書を見せていただくと課題はいくつかあるが可能性は無限大だ。

そこで、私も「馬主」になりたいと思っている。
資格審査があるが、受かればまたしても未体験ゾーンに突入だ。
株主とは異なる、馬主という立場で経営を視ることができることに期待している。
何が視えるか、どんなことができるか、今からワクワクしている。

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室蘭市中小企業センターで開かれた室蘭木村塾の第1回セミナー。
前回の札幌木村塾で経営相談に来られた楠本幸貴塾長の弾けるパワーが、開催に漕ぎつけた。
会場は若手経営者や社員さん、金融機関の関係者や市会議員など幅広いジャンルの方々で満杯に。

テーマは「起業家とは? 」
カタチを変え、メシの種をつくってきた我が人生と、失敗の中から到達したBS経営。
そして飛躍的に前身した弊社の実例を、竹内社長を交えてお話させていただいた。

鉄工の町として栄えた室蘭、最盛期は18万人だった人口も現在は9万人だ。
人口減という厳しい状況にさらされ、かつて栄えた商店街はシャッター通りと化しているが
人口密度では札幌に次いで高い比率を誇る。
見方を変えるとマイナス要素もプラスになる。
変化こそ飛躍の大チャンスだ!

常識や既成概念に縛られず、新しい発想でどんどんカタチを変えて室蘭を改革してほしいと訴えた。
そのためにも、一人ひとりが変わりたい、絶対に変わるという信念のもと
数字を入れた大きなビジョンを持つことが必要だ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 木村先生のモチベーションの高さ、熱意に感動しました。私自身もビジョンを具体的にしっかり立てて日々の仕事に活かしていきます。BS経営の考え方も、取引先等にアドバイスできると感じました。
・ 期待通り、熱いチャレンジ精神旺盛な木村塾頭。もっとお話を聞きたかった。変化や逆境をチャンスに。言い訳しない経営。これからもしっかり頑張っていきます。
・ 新しいことへのチャレンジ、ビジョンの共有と継続力が大事であることが分かって良かった。
・ 最近の自分に対して、これではいけない、と。先生の精神論は特に心に残りました。
・ 木村会長の情熱が心に沁みました。目標や志をしっかり立てることで人生を切り拓いていく。言い訳しないこと。自分の勉強不足を実感しました。
・ 金融関係の仕事をしています。純利益を追求する発想から新事業につなげたケースですが、既存事業とのシナジー効果が伴っており成功したのも納得できました。
・ 目標、ビジョンをスタッフと共有して新しいことにチャレンジしていこうと思います。

2015年05月29日

No.1597 木村塾パワーアップセミナー「10年後の私」

5月19日、北区にあるマジック・バー梅田店で第1061回パワーアップセミナーを開催。
私が北海道出張のため、リーダーの門浦さんにレポートをお願いした。

今回も初参加の方があり、毎度輪が広がっている。
今日のテーマは「10年後の私」
ビジョンを持っているか?登る山は明確になっているか? 
それを引き出すことにある。

次々と出てくる素晴らしい10年後のビジョン。
・自己資本10億円
・エベレストに登頂
・世界一のイリュージョニストになる
・1000人の夢を実現している
・結婚し、子供もいながらばりばり仕事をしている などなど。
非常に具体的で明確なビジョンが出てきた。

やはり、登る山を決めて公言することが重要だ。
「自分はできる」「いや、もう達成している!」
皆さん、話しているうちにどんどん昂揚してくる。

「10年後の私」は私の大好きなテーマだが、取り上げていただいてうれしい。
何回取り上げても多過ぎることはない。
100回でも、1000回でも取り上げて公言して欲しい。

私はこの方法で願い通りの結果を手に入れた。
ビジョンを明確にすることで「できる方法」を考える。
私の歳になるまでに、たとえば20代の方なら30代、40代、50代、60代、70代・・・
なんと6回もチャンスがある。

「叶う」という字を見て欲しい。
「口とプラス」で出来ている。口にすれば願いが叶うのだ。
人生は思った通り、いや、思った以上になる。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 自分のことを短い時間でアウトプットすると、自分でも気付かなかった言葉が出ました。皆さんの想いや考えも参考になりました。
・ 勇気を振り絞って、20数名の中で1番目にスピーチ出来たことが嬉しかった!ただ、いざ話してみると頭の中が真っ白になってうまくスピーチできない悔しさを感じました。もっと学んで成長して意見力のあるスピーチをすることを目標に行動します。
・ 自分の目標を前倒しすることができました。他の方々の目標がすごく大きく、具体的になっていて憧れます。必ず叶うと思いました。
・ 10年後の自分。ダイアードなどで何度か話しているうちに少しずつなりたい自分が変わっていっている事に今日気付きました。と同時にまだまだやれる事はたくさんあると思いました。
・ やりたいことの再確認ができました。口に出すと夢が明確になり、そのために何をしないといけないかを確認できモチベーションも高まります。
・ 半信半疑で書き出した夢日記。2015年6月に達成できそうです。22歳で書いてから約13年。次は60歳までのビジョンを書き出します。半信半疑ではなく、自分は何だってなれるという自信を持って!
・ 登る山を決めて、それに向かって練習、積み重ねていく。手段を考える、変えていく重要性を学びました。
・ 4ヶ月ぶりに参加しました。たくさんの方の10年後のビジョンを聞くことで刺激をもらい、また自分も話すことでエネルギーが沸き起こってきました。

2015年05月27日

No.1596 帯広木村塾 第3回セミナー開催 

5月19日 釧路の大久保塾長に車を出していただき朝8時にホテルを出発、
広大な十勝平野を横断して帯広まで3時間弱のドライブ。
十勝平野は日本最大級の穀倉地帯で、帯広の農業自給率は800〜900%という高さだ。
雄大な風景を眺めながら車中も大久保塾長、竹内社長らと経営談義に花が咲く。

とかちプラザで開かれた帯広木村塾の第3回セミナー。
今回は「強くてよい会社とは? 」をテーマにお話させていただいた。

経営者には概して「PL型」と「BS型」がある。
PL型は売上志向で店舗数や社員数などの規模を誇る経営者。節税を心掛け、自社ビルを持ちたがる。
一方のBS型は、純利益・自己資本志向、積極的に納税をして長期的展望で経営計画を立てる経営者だ。
収益性のない自社ビルなどは持たずに、キャッシュフロー経営を心掛ける。
いずれも私が独自に定義付けた分類だが、前者は損益計算書(PL)を、
後者はバランスシート(BS)を重視することから、私はこのようにネーミングした。

私自身も50歳までは典型的なPL経営者だった。
しかし、バブルの崩壊で手痛い失敗を機に、経営を一から勉強し直す中で、BS型経営にシフトした。
私が提唱する「BS経営」は、小さくても「強くてよい会社」をつくる経営の王道である。
そして、長期的展望に立った未来の自己資本目標「BSビジョン」をつくって
経営社員(幹部社員)と共有する。

セミナーでは、事業承継した竹内社長が、ビジョンに寄せる熱い想いを語ると共に
驚異的な成長を遂げた弊社の秘密を解き明かした。

今回は講演時間を短縮し、白熱問答の時間をたっぷり取って参加型のセミナーに。
引き続いて前回と同じく塾生さんの店でもある焼肉レストラン「平和園」での懇親会。
十勝産の焼肉に舌鼓を打ちながら共に学ぶ仲間たちと交わすビールの旨さといったら!
しかも、温泉天国の北海道。この夜もホテルの温泉に極楽気分でゆったり浸かって爆眠。
これぞ幸せと呼ばずして何と言おうか。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ BS経営のお話は目からウロコでした。これからのビジョンが見えました。お話を聴いて、今までの自分の経営の有り方に間違いはなかったこと、そして未来が見えてよかったです。
・ 2回目の参加でしたが、竹内社長のお話が印象的でした。チャレンジする事で失敗を活かしていきます・
・ チャレンジして学んでいく事の大切さを感じました。ありがとうございました。
・ BSビジョンの大切さを初めて知りました。自己資本の数字と目標達成すること。売上を追わない。金を集める→使う→稼ぐ→貯める。起業家の本当の意味。経営問答も分かり易く、とにかく「熱意」が一番だと思いました。
・ チャレンジし続けなければダメ! あきらめず頑張ってやり続けます。人生は一度切りだから。
・ 「やる人と、やらない人の二通り。やり続ける人が成功する」という事がよく分かりました。
・ 自己資本を貯め、チャレンジマネーを貯め、新事業にトライできる会社を目指します。
・ 数字を知っている人、お金の勘定ができる人は、数字やお金の価値、重みを知っている、理解できるということ。とても大切だと痛感します。
・ 自分を信じてやり抜く事を、なお強く感じました。
・ 3回目の出席です。出今回はチャレンジ精神の必要性を考えさせられました。毎回、気付き、学びがあり元気をもらいます。

2015年05月26日

No.1595 釧路木村塾 第2回セミナー開催 

長く厳しい冬を越して半年ぶりに開催された北海道木村塾。
そのトップを切って5月18日、釧路木村塾 第2回セミナーが開催された。
大阪から飛行機で札幌を経由して釧路空港で竹内社長と合流、
出迎えてくださった大久保塾長の車で釧路市内にある市民活動センター「わっと」へ。

第1回目の講演テーマは「強くてよい会社とは? 」
DVD上映の後、強くてよい会社を実際につくった竹内社長を交えてお話させていただいた。

「強くてよい会社」とはどんな会社だろう。
私が定義する「強い会社」とは、売上や店舗数、社員数の規模ではなく
どんな変化にもびくともしない変化対応力のある会社だ。
そのためには、不測の事態に備えて、バランスシート(BS)の中にある「自己資本」、
それも社員一人当たりの自己資本を厚くすることが必須となる。
一方「よい会社」とは、人財が育つ会社。自ら稼ぐ力を持った社員が育つ会社だ。

私がそのことに気付いたのは、50歳を超えてからだ。
バブルの崩壊で半端ではない負債をつくってしまったことがきっかけだった。
経営を根本から見直し、経営の勉強を始めた私は、多くの企業の決算書を見せていただく中で
BSが会社を強くし、同時に自己資本の目標(BSビジョン)を社員と共有することが
人財育成につながると確信した。
そこから編み出した「BS経営」は、変化に対応して人財を育てる最良の経営メソッドだ。

今回は塾生さんとの距離を無くそうと座席をコの字型に並べ、
講演時間をいつもの半分にして質疑応答の時間をたっぷり取ったのがよかった。
白熱問答で盛り上がった熱気は、そのまま懇親会場の居酒屋へ。
さらに、そこからが面白い。
勢いに任せて会場は大阪でやっている「パワーアップセミナー」に。
皆さんに「強くてよい会社とは? 」をテーマに1人2分間ずつスピーチをしていただいた。
即題にも関わらず、ひるむことなく堂々のスピーチをされる皆さん。
さすが木村塾のもつパワーというべきか。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「商売は常識と既成概念との闘い」「50歳を過ぎてからさらに伸びた」という言葉に今後のさらなる勇気とやる気をいただきました。
・ 自分自身の考えを根本から変える講演でした。BS経営、実践してみます。木村会長の熱量、想いが人を動かすのだと思います。
・ 前回、ビジョンの重要性は理解できても、どう行動に結びつけるかイメージできませんでしたが、今回参加してやろうと思える具体的行動が決まりました!
・ DVDに感動しました。ステージを変えていく前向きな思考。「苦しみのお陰で成長していった」という素晴らしい言葉。これからの私の人生に深い気付きをいただけました。
・ BS経営、ビジョン経営の重要性をさらに強めることができました。「登る山を決める!」これですね! 今日はグループワーク形式の座席がとても素晴らしかったです。
・ 夢を大きく持つ事の大切さが分かりました。その夢を実現するには、失敗を恐れずやり続ける事だと改めて学びました。
・ 数字に強くなり、自己資本への目標数値として「1人当たり1000万円」を目指す会社をつくりたいと思いました。
・ 「ステージを変える」「数字が分からないのは経営者ではない」。刺激的な言葉をいっぱいいただきました。数字に弱い自分を反省してもっと勉強します。
・ 想いと数字のバランスがよく分かった。インカムを意識した資産形成と、それを確実に行うための自己資本の形成。ありがとうございました。
・ 竹内社長の社会人としてのお話を聴けて良かったです。会長の「経営は数字」「お金がないのは引きだす力がないだけ」。いろいろな名言をいただきました。とにかく数字に強くなろうと思いました。
・ 経営、お金に対する意識を改めなければ。見方、考え方次第でいろんなことができる! 自分も何かできると感じました。
・ 今回もすばらしい学びになりました。BS経営、ビジョン等。私は一管理職ですが会社に対する想いは経営者と同じです。経営者の目標について行こうと思って実践します。

2015年05月22日

No.1594 鹿児島木村塾 第10回セミナー開催

5月15日、前日の講演先の福岡から新幹線で鹿児島入り。
福田塾長、塾生の久留さんとご一緒に企業訪問させていただいた。
今回リクエストいただいたのは、市内で贈答品、表彰関連商品を扱うH社。
創業から半世紀を超える老舗で、M社長は2代目だ。
事業承継を前に未来に向けたビジョンを創りたいとご長男とお母さんが同席された。

3代目社長の使命は100年企業に向けた基礎固め。先ずは10年後のBSビジョンを創ることだ。
厚いBSは変化対応力になり、社員を引っぱる吸引力になる。BS経営は人財育成の経営でもある。
「登る山」が見えるにつれてぐんぐんモチベーションを上げる3代目のMさん。
その様を目の当たりにした久留さんも「こんなに経営をリアルに学べる機会はない」と
いたく感動された。

鹿児島県自治会館で開かれた10回目のセミナーは、車座スタイルでスタート。
レギュラーメンバーに加えて鹿児島大学の先生にもご参加いただいた。
テーマは「ビジョンが人生を変える」。

会社は誰のものだろう?
答えは「世の中のもの」だ。私は、そう思っている。
ビジネスとは「人・もの・金・マーケット・情報」を使って儲けさせてもらうわけだが、
これらの資源は全て「世の中のもの」。だからビジネスも社会のものだ。
私がそれに気付いたのは、バブルの崩壊で痛い目に遭った50歳を過ぎてからだった。
それまでは「会社とは自分のもの」と思い、私利私欲で突き進んだ。

しかし、経営を根本から学び直す中で、「BS経営」に行きつき、
私自身の考え方や行動も、公利公欲へと変わっていった。
すると、どうだろう。
資金調達がうそのように容易になり、優れた人財が、情報が、集まってくる。
「強くてよい会社」を目指すBS経営は、「経営の王道」である。
税金を払って自己資本会を積み上げる経営でもあるから、究極の世の中に対する恩返しになる。

セミナーでは、併せてMさんと久留さんに自社のBSビジョンを発表していただいた。
後継者の力強い言葉に「これで当社も一安心です」と満面笑顔で感想を語るMさんのお母さん。

塾生さん同士の「学びたい」という情熱が、全体のレベルを引き上げる。
「共に学び共に成長する」「継続は力なり」。そんな言葉を実感するセミナーとなった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「変化をチャンスと捉えるか、変化を恐れるか」。私のように組織で働いている人間には耳の痛い話でした。松下幸之助の「ダム経営」も稲盛和夫の「筋肉質の経営」も自己資本比率を高めることの重要性を説いておられますが、木村塾長の「BS経営」もそれに通じるものだと思いました。
・ 自分は経営者である前に起業家精神を全く持っていなかった。自分がどうなりたいか、どうしたいか。そうした事を家業がある事をできない理由にしていたことに気付きました。
・ 何度も参加していますが、肌身で感じる木村会長の話。ありがたいです。
・ 「人はやる人、やらない人の2種類しかいない」。自分はやらない方だと思いました。しかし、これからはやる側になって明確な目標を持ちたい。
・ 「成功の反対はチャレンジしないこと」。原点に戻った気がしました。自分の目標を明確に言葉と数字で公言して真の起業家になります!
・ BS経営の話を10回聞き、今まで以上に創業社長と社員さんへの感謝の念が深まりました。その元で長い年月、エンジニアとして働かせていただいています。これからもギアを上げてチャレンジし続けます!
・ 県内で事業されている起業家の方々の生の声を聞くことができて有意義でした。
・ BSビジョン、10年後、20年後を明確にすることが大事だと痛感した。私は2代目ですが、リスクを取ってさらにチャレンし、未来を拓いて行くと決意しました。

2015年05月20日

No.1593 福岡木村塾 第11回セミナー開催

5月14日 前日のセミナーで宿泊した横浜から新幹線で博多へ。
山田塾長のご案内で糟屋郡新宮町にある辛子明太子製造のS食品を訪問し、
BSビジョン策定の助言をさせていただいた。

創業39年。本社に併設して立派な工場を設けて直営店も4店舗。
希少な北海道産たらこを使用した製品は、ネットでも販売され人気がある。
2代目のH社長は40代で、お母さんも現役で経営に参画されている。
堅実経営を実践され「現状を改良しながら一歩ずつ地道に」というH社長だが、
今後は明確なBSビジョンを持つことで、飛躍も可能だ。

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アクロス福岡で開催された第11回のセミナー。
今回はビジョンにからめて「商品価値のある会社になる」をテーマにお話させていただいた。

経営者にとって会社経営で一番大変な事は何だろう?
いろいろあるが、一般的には資金調達と人財育成ではないだろうか。
その問題をクリアする一つの方法が「上場」だが、中小企業にとってはハードルが高い。
そこで、目指したいのが「売れる会社をつくる」ことだ。

「会社を売るなんて! 」と目を向く人もあるかもしれない。
しかし「売るためにつくる」のではなく
「人が買いたくなるような商品価値のある会社になる」のが目的だ。

では、どんな会社なら人が買いたくなるか?
財務基盤がしっかりしている会社。利益を生み出す体質ができ上がっている会社だ。
そのためには、決算書をオープンにして、強いBS(バランスシート)にすることだ。
自己資本を社員数で割った「1人当たりの自己資本」が、一つの指標になる。
そんな会社には、人もお金も集まってくる。
厚い自己資本があれば事業承継する際も、後継者は安心だし、
後継者がいない場合も、優れた企業や経営者に「譲渡する」方法で会社を発展させる
選択肢が生まれる。

自己資本は1年毎の純利益から税金を払った残りを積み上げたものだが、
毎年の経営結果(PL=損益計算書)の結果として自然にできるものではなく、
「自己資本をつくる」という経営者の絶対的な意志なくしては達成できないと心得たい。

セミナーではH社長と、1年前に企業訪問させていただいた帽子製造販売会社0社の
S社長がBSビジョンを公言。S社長はBS経営を実践されて1年後の成果を発表された。
続いて、今月初旬のセブ島メシの種探しツアーに参加されたHさんが体験談を披露。
会場には起業家を志す地元の大学生5名も加わり、活気みなぎるセミナーになった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 木村先生との出会いから1年。「登る山を決める」。BSの山を教えていただかなければ私のビジョンはあません。先ずは1億、次に10億、そして100億のビジョンを掲げて事業を行っていきます。
・ 「なんでもやってよい」と自分自身に伝えられました!
・ 木村会長に付いて行く子犬がセントバーナード犬になっていきます!
・ 「ステージを上げる」。これを意識して日々過ごしていきます。
・ 「BSビジョンを掲げて、その達成のためにPLを捉える」。今までアドバイスの主体は売上や利益ばかりだったので、この考え方はショックでした。心に響きました。
・ 弊社は11期。結果的にその日暮らしの経営だったと思います。今までやって来られたのは運がよかっただけではないかと。再スタートする気持ちで本気でBSを考えます。
・ BSの大切さは知っていたつもりでしたが数値目標を持っていませんでした。3カ年計画を作成したところですが、つくり変えます! 言い訳せず変化にチャレンジします。
・ 一従業員ですが、新たなビジョンができました。売れる会社、ビジョンを数値で示します。現在の業態と全く違って世界が相手。大きすぎるキャパシティに笑い話ですまされそうですが、本気で提案してみます。
・ アルバイト、勉強など「言い訳」をしてしまうことが多くモヤモヤしていました。とにかく「やる」。チャレンジします!!
・ 今から何をしようかと考えていたところに今回のセミナー。ビビリな自分に一歩、踏み出す勇気が与えられました。まずは就職して500万円貯めてチャレンジします!
・ 起業の前に資金を貯める。そのプロセスが自分を成長させる。エンジェルに投資させるだけのアイデアを創る。ビジネスの種を見つけるために動きまわる。
・日本は起業しない国だが逆にチャンス! やれる人はやれる方法を考える。やれない事は言い訳を考える。面白いことは即行動。資本金は自分で汗を流して貯める。失敗の後に成功。成功の反対はチャレンジしないこと。以上勉強させていただきました。
・ 学生の身分で金を稼ぐという意味をあまり理解できていません。その辛さを知らずして経営は難しいかもしれませんが、いずれは100億円を自由に使える企業のトップに絶対になります!

No.1592 横浜木村塾 第11回セミナー開催

5月13日 セミナーの前に千葉駅で横浜木村塾の松尾塾長、弊社UBIの竹内社長と合流、
松尾塾長と同じく美容サロンを展開する鎌ヶ谷市のT社を訪問させていだいた。
A社長は45歳。高校中退後、美容師を志してこの道に入り、現在、東京・千葉・茨城で
32店舗を展開する敏腕経営者として知られる。

すばらしい理念を掲げて、売上、店舗数だけでなく職場に保育所を併設するなど福利厚生面でも業界をリードするT社だが、決算書を見るとBSがまだ弱い。
今後の課題は、規模を誇る「大きい企業」から、屋台骨となる強い財務基盤をもつ「強くて良い企業」への転換だ。

訪問後、A社長を伴って千葉から横浜のセミナー会場である横浜市開港記念会館へ。
新年度で初めての開催とあって、フレッシュマンたちの姿が目立つ。
冒頭、そんな皆さんに2人1組になってもらって
「10年後のすばらしい私」をテーマにダイアードを実施。
DVD上映をはさんで「ビジョンの持つ威力」をテーマに講演させていただいた。

思えば、我が人生は「ビジョンによってつくられた」といっても過言ではない。
17歳で大阪に登ってきた時に抱いたビジョンは「20万円の貯金」。
当時のお金で20万円は、不測の事態が起こっても一家6人が1年間食べていける額だ。
ここからスタートして、25歳の頃には一端の経営者になっていた私だったが、
以降「売上高」という目標を掲げていろいろな事業に挑戦した。

そして50歳。バブル経済の崩壊で奈落の底に叩きつけられた私は、経営を根本から学び直し、
BS(バランスシート)にある「自己資本」という新たな目標に向かった。
その結果、我が社は何かあってもびくともしない、そして優れた人財が育つ会社へと変わっていった。
ちなみに売上や社員数や店舗数が「建物の上モノ」とすれば、自己資本額は「建物の土台」、鉄骨だ。
どんなに立派なビルも、基礎工事をしっかり築いていなければ砂上の楼上だ。

また、ビジョンは「つくればよい」というものではない。「数字を入れ、公言する」ことが大切だ。
言葉はいかようにも誤魔化すことができるが、数字はそうはいかない。
公言すれば自らにプレッシャーを与えて「できる方法」を考える脳になり行動が変わる。

この日、10年後のビジョンを公言した皆さんは、常識との闘いになるだろう。
「人様に迷惑をかけるな」「夢みたいなことを言うな」「金の話をするな」という常識との!
常識に毒されてはいけない。
大ボラでいい。いや、大ボラがいい。大ボラは大志だ。
チャレンジにリスクはつきもの。成功の反対は失敗ではなく何もしないことだ。
ビジョンを公言して果敢に挑めば人生は思った以上になる。

セミナーでは、ビジョン実現の実践部隊でもある竹内社長からその戦略と体験を、
また、美容界のカリスマであるA社長から10年後のBSビジョンを発表していただいた。
若い塾生さんたちの熱視線を浴びて起業家スピリッツが炸裂する力強いセミナーとなった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 私もビジョンに上限を決めず「ここまでやる」という目標を掲げて頑張っていきます。
・ 「実力の差ではなく、ビジョンの差!!」常識、平均に捉われずに人から笑われるくらいのビジョンを立てて達成していこうと思います。
・ 入社するまで周囲から「人並みになってくれ」という言葉をたくさん言われました。その中でこれぐらい頑張れば大丈夫、周りがこれぐらいだから自分もこれぐらいでいい、などの考えが自然に出来ていました。でも、この言葉以上、大きなビジョンを立てこれから頑張っていきます。
・ 「お金がないのはただの言い訳」。この言葉をしっかりと受け止めます。まずは会社を立ち上げる資金を自分で産み出したいと思いました。
・ 「成功の反対は何もしない」という言葉が響きました。これから成功するためにチャレンジしていきます。
・ チャレンジ精神が大切。何もしないのではなく、失敗も成功も経験して成長していきます!
・ 固定観念に捉われていました。これからは仕事の中で常識に捉われず、まずは行動を起こしていきます。
・ 4回目の参加です。美容師アシスタント4年目です。1年目と比べると木村会長や経営者の方のお話を理解することができ自分の成長を実感します。
・ 独立起業の夢を持つ者として木村会長やA社長、S社長のお話が聴けてよかった。ビジョンの実現に向けて頑張ります。
・ 社会人になったばかりで経営の話は難しいところもありましたが、これから夢を実現するにはどうしたらいいのかなど、たくさん考えることができました。
・ BS経営の言葉の意味が分かり、すごくスッキリしています。BSビジョンを立てると自分とのギャップに気付き、何をすべきか、何がしたいのかがすごく明確になってきました。

2015年05月18日

No.1591 木村塾 やってみよう会 5月例会@

5月12日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第63回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生(経営)を語る」は、(株)コンディ社長の中島大介さん。
梅田でタリーズコーヒーを3店舗出店するほか、
菓子業界を対象に海外販路開拓促進事業などを行う。

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39歳の中島さん。冒頭「老け顔で10代の頃から40歳と言われました。最近ようやく年相応に
見られるようになりました。しかし、容姿コンプレックスが人生を変えました」と笑わせる。

八尾市で和菓子店を営む家に生まれた。
4人兄弟で、父方の祖父さんと母方の祖母さん、両親の8人の大ファミリー。
家業の「中島大祥堂」は百年を超える老舗だ。曾祖父さんが大正元年に京都で創業、
戦争で中断するも終戦後には鶴橋の闇市で砂糖売りをして事業を再開した。
「ノレンとは技術革新を含めた技術の継承。その意味を祖父や父の姿を見て学びました」と話す。
家族が助け合う中、子ども時代は、認知症になった祖父母をお母さんと一緒に看たことも。

その祖父母も亡くなり、青年期はのびのびと過ごした。
大学では映画の魅力に取りつかれ、映画監督を夢見た。しかし、現実的ではないと断念。
そんなとき、ふと入った書店で1冊の本に出会う。
「銀座のママが教えるいい男のつくり方、という本でした。
一人暮らしをすること、世界中を旅すること。読むと、そう書いてありました」。

バックパッカーになり、アジアからヨーロッパ、南米を回った。
25歳で帰国。「ハローワークに駆け込みましたが、どこを受けても惨敗。落ち込みました」。
可能性を探る中でたどり着いた結論が「起業」。家業を継いだお兄さんとも相談し、
東京での視察を経て米国系企業「タリーズコーヒー」とフランチャイズ契約を結んだ。

出店する店舗を物色中、京橋にあるOBPのクリスタルタワーのロビーに目を付けた。
「店ではないけど、この空間が狙い目だと」。
その場ですぐビルの事務所に問い合わせたところ、トントン拍子で交渉成立。
2002年1号店をオープンさせると、それまでの空白を埋めるべくガムシャラに働いた。
実績が本部に認められて、梅田MBSに2号店、梅田茶屋町に3号店を出店。

試行錯誤の中で人材育成について学んだのもこの時期だ。
「役立ったのが自分の容貌コンプレックス体験。人は皆コンプレックスを持っています。
スタッフのコンプレックスを見抜いて向き合うことで人は育つ」という。

経営が軌道に乗り出すと新規事業に挑戦した。
最初に着手したのが、神戸のトアロードに出したタルトの専門店。
しかし、結果的に初期投資が嵩んだことが災いして数年後に撤退。職人さんへの対し方でも苦労した。
「パティシェの作りたいケーキと私の売りたいケーキが合わなかったんです。
いかに伝えるか。伝えるよりも伝わることが大切。今なら分かります」。

カフェの外国人客が増える中、トランクに中島大祥堂の商品を詰めて上海へ行商に出かけた。
すぐに代理店が見つかり現地の百貨店との販路ができた。
日本のお菓子が世界中で求められているという手応えを感じ、
海外への販路開拓や営業代行をするコンサルティング事業を開始した。

中島さんが断トツ注目するのが、中東ドバイ。
「イスラム圏では飲酒しないので客人をもてなす時にお菓子を出すんです。しかも、ドバイは
『世界一』が好きな国。日本ブランドや和菓子のヘルシーなイメージが大歓迎されています」
昨年秋には日本の菓子業界関係者を対象にしたドバイ視察ツアーを開催し、大成功を収めた。

「コンティの事業ジャンルは未知数です。今後は本業を大事にしながら、色んな分野の
仕事を展開したい。BS経営を深めて2020年に自己資本を1億円にします」
力強くビジョンを語る。
ちなみに中島さんは、前回やってみよう会で発表された茂山さんと同級生だ。
自己資本1億円を達成した茂山さんが、大きな刺激になっているという。

菓子業界の市場は3兆円といわれる。
大きな市場だ。やり方次第ではまだまだ広がるだろう。
中島さんは「本業を大事にしながら」と語った。
良いことだが、そこにばかり捉われていると制限される。
自らのポテンシャルを狭めてしまう選択は避けたい。
7年後、自己資本1億円にするには「胎を括る」覚悟が必要だ。
達成した際には、見える世界が変わる。大いに期待したい。

参加者からは、中島さんの素直さ、行動力、決断力を称える声が多く寄せられた。
と同時に、日本の菓子に対する世界中からの期待に関して驚きの声が上がり、
世界の菓子市場に関する質問が多く寄せられた。
今回も素晴らしい発表だった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 中島さんの素直な心で見ること、気付くことの大切さや行動力の必要性など、沢山の学びをいただきました。世の中のためになる、強くて良い会社を創り上げてください。
・ パックパッカーとして世界を廻った話を興味深く聞きました。経営者として海外展開への興味がより一層深まりました。
・ 「自己資本は何のためにつくるのか? 自己資本は会社の貯金。何かあるかわらん。変化に対応するための資金。1億円をクリアしたら次のステージに立てる」という会長の話。腑に落ちました。
・ ドバイの菓子事情など興味深いお話でワクワクしました。私もどんどんチャレンジして結果を出していきます。
・ 誰でもコンプレックスがある。そのコンプレックスに対応しながらスタッフと関わっているという話。とても参考になりました。
・ 自己資本1億円とBSビジョンに乗せる思いの実現。応援します。世界を巡り、家業を別のカタチで活かす。色々まだまだ面白い事ができそうですね。
・ タルト専門店での体験談や職人さんとの対し方など勉強になりました。
・ 中島さんの原点は、バックパッカーで世界中を巡った好奇心と行動力。そして、脈々と受け継いてこられたファミリーのお菓子づくりにかける情熱だと思います。
・ やってみよう会に参加すると「自分も頑張らないと!」と思います。そして共に頑張っている仲間と会えることで充電されます。

2015年05月15日

No.1590 広島木村塾 第4期 第2回セミナー開催

5月11日 広島木村塾第4期2回目のセミナーが、広島市まちづくり市民交流プラザで開催された。
新幹線広島駅で竹内社長と合流、
セミナー前に水野塾長と塾生の川野悦生さんの案内で2社を訪問させていただいた。

最初に訪れた塗装会社T社は創業から50年、次の自動車販売のS社も30年を超える老舗企業だ。
T社の社長は2代目で70代。S社は創業社長で60代半ば。
それぞれ決算書を見ながら課題分析を行い、BSビジョン策定のアドバイスをさせていただいた。
事業内容や問題点は異なるが、直面する共通課題がある。
事業承継の問題だ。

同行された水野さんも、経営するブライダルプロデュース会社の事業承継に際し、
M&Aで広島市内にある有名なホテルに会社を譲渡するという勇断を下されたばかり。
そこで、セミナーでは「事業承継」をテーマにお話させていただいた。

事業を承継するには、主に3つの手段がある。
親族承継と従業員承継、そしてA&Mによる会社譲渡による承継だ。

私はこの春UBIの会長を引退したが、12年前に社員の一人だった竹内にバトンをつないだ。
きっかけは50歳の時に遭遇したバブルの崩壊。巨額の負債を抱えて経営を根本から見直す中で
企業とは「自分のもの」ではなく「社会のもの」であると気づいた。

それに伴い「私利私欲」から「公利公欲」の経営へとシフトし、
BS経営で財務基盤を固めて人財を育てた。
その結果、弊社のリーダーにふさわしい人物として抜擢したのが、竹内だった。
そして、このことが弊社の発展へと導いた。

企業の使命は利益を生んで永続させることにある。
いずれも、強くてよい会社に導く人物をトップに置くことが正しい後継だ。
A&Mも事業意欲旺盛な会社と協業することで「企業体質の強化」につながる。
どの手段を選ぶ際も、厚いBSをつくり会社の屋台骨をしっかり固めておくことだ。
それが、最終的に従業員やその家族の幸せにつながる。

セミナーでは、続いて弊社の竹内社長と水野さん、訪問企業のT社長とS社長に
それぞれの経験談や決意を発表していただいた。
竹内社長は「父親ではない会長は株主的な存在。株主に報いたい、という視点が私を育てた」と話す。
会場にはT社の後継候補の娘さんたちも参加され、真剣な表情で話を聴いておられた。

今回も新しい方を多数迎えてエネネギッシュな空気に包まれた。
企業訪問との連動スタイルも好評で、今年度の訪問先はすでに予約が詰まっていると聞く。
うれしい限りだ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 毎回、新しい視点を教えてもらいえます。事業承継の方法など、今後自社でも取り組んで行かないといけない問題だと気付かせていただきました。
・3社それぞれの事業承継をお聞きして勉強になりました。M&Aはチャンスを広げる継承。参考になりました。
・ T社長の決意、S社長のドラマチックな人生から今の経営に至るお話。会長の「BSが目的。PLは手段」というお話。とてもよかったです。学びを実践します。
・ やるか、やらないか! 熱意が非常に大切だということが分かった。夢のある人の話は聞いていて楽しい。
・ 企業訪問いただきありがとうございました。いろいろご指導いただき、気持ちが吹っ切れました。
・ 「PLの結果がBSではなく、BSで目標を立てつつ、PLはあくまで手段」というお話が印象に残りました。「事業を始めるのに精通しているかどうかは問題ない。それよりもチャンスを掴む力があるかどうか」。それを念頭に置いて経営します。
・ 不戦は何事にも利を出さない! 共感しました。大切なのは目的、目標、そしてチャレンジだと!
・ 今回のお話を聴いてM&Aに対する考え方が変わりました。
・ やるか、やらないか? やります! 失敗して経験を儲け、成功して金を儲けます!! 先ずは目の前のことから。
・ 前回よりも分かり易く、熱くなることができました。「成功と失敗のお話」毎回していただけると社員を連れて来やすいです。
・ いつも刺激を受けて、やる気が出る木村塾が好きです。私のほうが少し若いので木村さんが頑張っておられる間は、私も学び続けます。
・ どこの会社、どこのトップも簡単に成功するわけではなく、私自身、まだまだ考え方が甘いと痛感しました。真剣にチャレンジして成功につなげます。
・ 高いエネルギーを注入していただきました。私も事業継承を考えないといけない年齢です。人生、今からがチャレンジ。行動こそ真実! いい話が聴けました。

2015年05月07日

No.1589 木村塾 やってみよう会 4月例会A

4月28日大阪駅前第2ビルにて第62回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生(経営)を語る」は、大阪市天王寺区で不動産業を営む
A.M.コーポレーションの社長、茂山富寶さん。

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茂山さんは1975年、大阪で韓国人2世のお父さんと日中ハーフのお母さんの間に生まれた。
韓国から渡って来たお祖父さんは一代で財を成した実業家だ。
しかも、直系の長男。お祖父さんには「医者になれ」と言われ、一族から寄せられた期待は、
半端じゃなかった。その大きさは「富に寳(宝)」という名前からもうかがえる。

そんなプレッシャーをものともせず、茂山さんはのびのびすくすくと成長、
少年時代は元気で明るい、お山の大将だった。

運命を大きく変えた出会いがいくつかある。
最初は中学時代の同級生「食野君」。東大を首席で卒業し、台湾大学へ留学した秀才だ。
勉強の苦手な茂山さんは食野君を「お兄ちゃん」と呼んだ。
中学2年の時、そのお兄ちゃんに言われた。
「茂ちゃん、高校行くの?」
「どこか行けるやろ」。軽く考えていた茂山さんだったが、テストを受けてみると惨敗。
お兄ちゃんは茂山さんの家庭教師をすることになった。

「その時のお兄ちゃんの言葉がすごいんです。『勉強の前に部屋の掃除や、環境が大事や』と。
そして『これからの時代、大学に行っとかんと時代に取り残されるで』と。同級生です(笑)」
クラスでビリに近かった茂山さんの成績はみるみるうちに30番台になり、20番台になり、
希望校への進学を果たした。

高校時代はアメフトに熱中、卒業後にはアメリカに留学してホームスティも体験した。
ところが、なんと現地で「やんちゃして」警察のご厄介に。
ホストファミリーのマザーは警察官。
「これは怒られるな、日本に強制帰国か、と思っていたらホストマザーが迎えに来るなり、
笑って『体大丈夫か?』と。本当に悪いことしたなと反省しました」

自由奔放に育てられたが、ご両親は茂山さんが大学を出て家業を継ぐことを期待した。
当時、お父さんは不動産屋を経営、お母さんも飲食店を8店舗ほど展開していた。
しかし、アメリカから帰国した茂山さんは大学に進学しなかった。
「それなら家も継がせない。家を出て行きなさい! 」。激怒するお母さん。

就職を決意し求人誌を見て受験したのが、UBIの前身、関西ホームだった。
「最終面接で社長に会いました。『真面目に仕事をするので土日はアメフトの練習に行かせてほしい。
日本一を目指しているんです』と言うと『よっしゃ、採用や、明日から来れるか』 と(笑)」。
これが茂山さんと私との初めての出会いだ。
そして当時、兄貴分だったのが現UBIの竹内社長。

関西ホームでは3年間勤務。その間に不動産仲介ビジネスのノウハウを学んだ。
退職後、経営者の道を目指して上京。親戚が経営するリフォーム会社に勤務した後、
2005年、帰阪して不動産仲介とリフォーム業で独立した。

しかし、それからは苦難の連続だった。
私生活ではご両親の相次ぐ死。自宅が火事になって家財のほとんどを失った。
順調に成長していた会社も、ある時不渡り手形を出してしまった。
「いろんな人に支えてもらってきた、感謝の心が薄らいでいた時だったのかもしれません。
一所懸命してきたのに、なんでやと。自分自身の贅沢を忘れて不平不満の嵐が吹き荒れました。
しかし、母が亡くなる前に約束したんです。会社は絶対に潰さへんと」。

考えあぐねて古巣の先輩である竹内社長に相談すると、事業再生の支援を受けられることに。
「本当に涙が出ました。今思うのは、自分自身で人生を切り拓き、進んできたつもりでしたが
本当にいろいろな人に手助けしてもらってきたなということです。
だからこそ、自分も困っている人がいたら助けるんだと」。

BS経営を学び始めたのもこの頃だ。
「また勉強させていただこうと木村会長を訪ねた時に、質問されたんです。
『自己資本なんぼにするんや?』と。『は?2000万、いや3000万ですか?』
『何を言うとるんや!1億円にせぇ!』『はい!わかりました!! 』。こんな感じでした」

再びUBIを訪れ、竹内社長からアドバイスを受けてBS経営を実践。
不動産仲介業から脱皮して「不動産事業」へとカタチを変えることで難題を突破した。
創業から10年。茂山さんは私と約束した通り今期で自己資本1億円到達した。
茂山さんは言う。
「人生の先輩の言うことは素直に聞くことです。勉強するとかそういうことじゃない、
素直に聞くことです」。

最後にA.M.コーポレーションのビジョンを発表した。
「10年後は自己資本10億円。スタッフさんや社員のみんなが安心できる会社にします。
自社物件を10棟、24時間対応、受け手サイドに立ったクリニック付き高齢者向けサービス施設
を展開して地域に貢献する。そんな会社を目指して挑戦し続けます」

笑いあり、涙ありの素晴らしいお話だった。

経営力というものは、親からもらったお金や宝くじで当てたお金では身に付かない。
自らが工面し、苦しんで積み上げたお金だからこそ身に付くものだ。

ちなみに、関西ホームから20人ほどの社員が独立したが、茂山さんの会社が一番伸びている。
それは、彼が「一人当たりの自己資本」を物差しにしたBSビジョンをつくったからだ。
ちなみに、BS(自己資本)は「売上が上がった結果」として貯まるものではなく
「貯める目標を立てる」ことで貯まるもの。
そのために売上げの方法を考える。つまり、事業形態を根本から変えるくらいの覚悟が必要だ。

聞き終えて感動の言葉や質問が飛び交う中、茂山さんのこの回答が光っていた。
「日本にはいろんな仕事があるじゃないですか。何でもできるじゃないですか。
僕には見栄はありません。でもプライドはあります。だから、家族や社員を守るためなら、
何でもやります」

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ いろんな方の人生を聴いて、いつも思うのが「人との出会い」が人生を左右しているということ。良い出会いを引き寄せられるように自分自身も磨いていきたいと思います。
・ 質問に対する回答で「何でも選んでいる場合ではない。何でも働こうと思えば仕事がある」とのはっきりした言葉に感動しました。
・ 心の底が湧き上がるお話に感動しました。沢山のエネルギーを頂戴しました。
・ 「見栄を捨て、プライドを持つ」。自分はまだまだ見栄が捨てきれず、それが足かせになっていると改めて気付きました。自分が恥ずかしいです。明日につなげます。
・ 何事にもポジティブ。ビジョン目標が明確で達成に向けてパワフルで、勢いのある方だと思いました。すばらしい人との出会いが幸運につながったのだと思います。
・ ぶれていた自分の気持ちがシャンとなりました。守るものがあり目指す目的がしっかりしている。それが、成功の秘訣ですね。清々しい気持ちになりました。
・ 関西ホームのOBとして20期、10億。必ず達成してください。
・ どんな事からも逃げず、真っ直ぐに生きてこられた結果が今の茂山さんなのだと!
すべてのお話。言葉に想いが乗っているので引き込まれました。
・ 人との出会いを全て生かしている茂山さん。人生最大の苦境、逆境が茂山さんを大きく変えたのですね。親の死や生涯から、これからのビジョン、受ける側からの医療や福祉施設クリニック。頑張ってください。
・ 覚悟を決められたのはお母様との約束だと思いました。ご家族、仲間を守ることが源。「愛情」溢れる茂山さんの大ファンになりました。

2015年05月01日

No.1588 2015年4月度 実践目標の進捗報告

風薫る5月。年度が変わって新しい職場や環境の中で心新たにスタートをした方も多いだろう。
私も75歳を前に3月26日をもってUBI株式会社の取締役会長を退任させていただいた。

関西ホーム管理センターとして設立して25年、前身の関西ホームから数えると30年を経て、
弊社グループは驚異の発展を遂げ、
私よりも何倍も優れた、すばらしい後継者にバトンをつなぐことができた。
これも永年に渡ってご支援、ご厚情を賜ったお客様をはじめ株主様、社員の皆さん、
すべてのステイクホルダーの皆様のお陰と心より感謝申し上げたい。

我が人生を振り返ると18歳で起業して57年もの年月が流れたが
その間、「信頼と誠実」をベースとして
「やってみなわからん、やったことしか残らん」をモットーに突き進んだ起業家人生だった。
バブル期の失敗を経て、経営を学び直した私は「企業とは社会のもの」と気付く中
「私利私欲」から「公利公欲」へと生き方をシフトし、
「こうありたい」という強いビジョン、大志のもとに経営を行ってきたことが、
すばらしい人財を育て、強くて良い会社をつくり上げた。

そのプロセスで生まれた弊社の学び合う社風、挑戦する社風は、
これからも社員たちよって引き継がれていくことだろう。

4月21日にはパートを含めた全社員が集まり、帝国ホテルで勇退慰労会を開いてくれた。
なんと有り難い人生、なんと幸せな人生だろう。

しかし、会長の職を離れても、生涯チャレンジャーであることに変りはない。
9月には四半世紀ぶりに再挑戦するキリマンジャロ登頂という大きな目標が待っているし、
「中小企業の活性化」と「1,001人の起業家」というビジョンを掲げ、
ライフワークとして取り組んでいるす木村塾での活動は今後も精力的に続けていく。

生涯現役、生涯青春。
これからは『光輝』高齢者の名に恥じない生き方をして、世の中に恩返しをしたいと思う。

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☆では、私の4月度 目標進捗報告を。

心(学び)
読書 36/100冊
英会話 45/100回
写経 3740/4000枚

技(ビジネス)
飯の種探しツアー2/3回
企業訪問 35/100社
海外 2/7回

身体
禁酒 95/200日
トレーニング 60/150回
万歩計 172/500万歩
登山 8/10回、
25階段昇り 165/200回

 

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