« 2015年07月 | HOME | 2015年09月 »

2015年08月31日

No.1639 2015年8月度 実践目標の進捗報告

まだまだ暑さが続く中、早くも明日から9月。
天を仰げば透き通るような青空にウロコ雲が浮かび、季節は確実に進んでいる。

時が過ぎるのは本当に早い。
8月13日。この日私は75回目の誕生日を迎えた。
今年は例年にも増して大勢の方々にお祝いの言葉をいただいたが、こんな幸せはない。
毎年この1年は最高だったと思うのに、今年はさらに最高を更新している。
「最高」は、この命が尽きるまで続くのだろうか。

世間では75歳を節目に「後期高齢者」と称されるが、
私自身は「光輝高齢者」たらんことを願っている。

いよいよ出発を3日後に控えたキリマンジャロ登頂。準備は万端整った。
実は今月、登頂にからめた健康診断で不整脈が見つかり、
ドクターストップがかかるというアクシデントに見舞われた。
しかし、検査入院をした、その翌日に担当ドクターが手術治療を施して下さり
事なきを得た。
「カテーテル手術」と言うそうだ。手術という名前は付いているが、
切開することもなく血管の中に通した管から治療を行う。

不整脈もキリマンジャロ登頂があるということで見つかったわけで、
行かなければ見過ごすところだった。
それも75歳の誕生日を迎えた月に! なんという幸運。
しかも、こんな高度な医療が普通に受けられる日本は、なんとすばらしい国だろう。
ありがたいことだ。

ああ、ほんまに生かされているなあ。

今まで自分の力で生きてきたと思っていたが、つくづく、そう思う。
社会にご恩返しせねば、と
あらためて背筋を伸ばす月となった。

IMG_1945%92a%90%B6%93%FA%83P%81%5B%83L1.jpg IMG_1944%92a%90%B6%93%FA%83P%81%5B%83L2.jpg

☆では、私の8月度 目標進捗報告を。

・心(学び)
読書 78/100冊
英会話 73/100回
写経 3890/4000枚

・技(ビジネス)
飯の種探しツアー 5/3回
企業訪問 77/100社
海外 5/7回

・身体
禁酒 163/200日(毎週末チェク)
トレーニング 99/150回(毎週末チェック)
万歩計 340/500万歩(毎週末チェク)
登山 13/10回、
25階段昇り 230/200回

2015年08月28日

No.1638 木村塾やってみよう会 8月度例会A

8月25日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第70回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は神戸市東灘区にあるA laboratory HANSHINの笹倉利王社長。

雄々しく叫ぶように歌うR&Bのバラード曲で始まった笹倉さんのプレゼンテーション。
魂がほとばしるような圧巻の歌声に会場は一転、ライブハウスになった。
曲は笹倉さんが憧れてやまない黒人歌手ジョニー・ギルの「マイマイマイ」という歌だそうだ。

IMG_1986%8D%F9%8C%B42.jpg IMG_1989%8D%F9%8C%B43.jpg

笹倉さんは1971年、神戸市生まれの44歳。歯科技工所を営む家に生まれた。
子どもの頃から黒人音楽に魅せられ、高校進学と同時にプロ歌手を目指した。
その想いは強くなり、グラミー賞受賞を志して神戸や大阪で活動。
しかし、歌で食べていくのは並大抵ではない。現実を受け入れた笹倉さんは24歳の時に決意する。
「NYにあるアポロシアターのアマチュアナイト本選に出て入賞する。それを果たしたら
プロの道はあきらめる」と。

アポロシアターはNY黒人街のハーレムにある超有名なジャズ劇場。
その中でアマチュアナイト本選は、プロの登竜門として知られ、憧れのジョニー・ギルや
マイケル・ジャクソンもここから出ている。ちなみに日本人では歌手の平井堅が出場して入賞した。
憧れの人のスタート地点がゴールとなったが、新たな目標を見出してNYに渡る。期限は1年だ。

その時の笹倉さんの活動はめざましい。
アジア系は難しいと言われる中、持ち前の粘りと度胸、それと運で1996年6月23日、
ついに本選出場を果たしただけでなく、3位入賞を果たした。
「入賞した夜、それはもう大変な騒ぎ。私の周りは黒山の人だかりでサインまで求められました。
てっきり翌日は取材ラッシュだと思ったら、何もない。帰国しても全く報道されませんでした (笑)」。

帰国後は歯科技工士として家業の歯科技工所を手伝う傍ら、飲食店経営に乗り出した。
その間もアマチュアとしてライブ活動を続け、来日したジョニー・ギルやボビー・ブラウンの
ステージに呼ばれて一緒に歌ったこともある。この時ばかりは至福の喜びを味わった。

しかし、肝心の会社経営では苦戦を強いられた。3年目には飲食店を廃業、
歯科技工所の2代目として父親の歯科技工所を継ぎ、本格的にその経営に乗り出した。
「ところが木村塾でBS経営を学ぶ中で決算書を見て愕然としたんです。当座預金があれば、
何とかなると思っていたのですが、とんでもない間違いでした。37期、父の代では1,100万
あった自己資本が、38期は600万になり、39期以降マイナスに転じている。これではだめだ」。
数々の打開策を試みたが、最終的に辿りつた着いたのは「決断」。「文字通り決めて断つことでした」。
斜陽産業である歯科技工の事業そのものをリセットするという大胆な結論だった。

「父が一代で築き上げた事業を止めるは断腸の思いでしたが、決めなければ進まない。
そこで浮かんだのが、以前に飲食店事業をする時に父が漏らした『お前なら絶対に勝つ。
俺の息子だからな』という言葉でした」。
「起業家」にギアチェンジした笹倉さんは、漢字の社名を横文字に変更。新規事業に乗り出した。

「メインはサプリメントの製造開発と販売です。幸い、今までの事業で培った信頼関係で大阪大学の研究協力もいただき実現しました。国内だけでなく海外(とくに中国)に向けて販路を広げ、
グローバル起業を目指します。この他にも土地を活かした資産運用や、歯科技工の分野でも
アジアならまだまだ展開できる余地がある。ミャンマーに日本の技術を持っていき
現地で歯科技工のビジネスを始める計画も進んでいます」。
現在、社員は5名。
「この3本柱で8年後の50期には自己資本1億円の企業を目指す」と力強く宣言された。

5人で自己資本1億円の会社だから、一人当たりの自己資本は2,000万円。
これは成長が著しい有力企業と比べても遜色のない素晴らしい会社だ。
実現すれば何が起こっても潰れない強い会社になるだろう。決算書は最強の武器になる。

最後に笹倉さんは「ビジョンの先にミッション(使命)があります。私のミッションは
情熱。粘り。思いやりを持ってグローバル・スタンダードを貫き人に感動を与えることです。
経営でもいい、歌でもいい。生き様で誰かを感動させたい。父に『お前の息子がようやく
1勝目を上げたんだ』というところを見せつけて、最終的にはもう一度音楽に戻りたい。
音楽に戻って音楽学校をつくりたいんです」と語った。

会場からはそのチャレンジ精神、行動力、決断力、音楽に対する情熱、子どもに託す
お父さんの想いなどに感動の声が寄せられた。
音楽で夢を描いてきた笹倉さんだが、人を幸せにするのが起業家だ。
これからは本気の経営で多くの人を巻き込んで、たくさんの人を幸せにしてほしい。
笹原さんなら成し遂げるに違いない。


IMG_1996%8D%F9%8C%B41.jpg IMG_2028%8D%F9%8C%B44.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 目標に向かう気持ち、熱意が本当にすばらしい。自分の好きな事をやる気持ち。そして決断。
・ 自分の忘れていた熱さを思い出させるとても良い時間でした。誰かに人生を変えられた者しか、人の人生を変えることはできないと聞いた事があります。その歌で人々の人生をぜひ変えていただきたいです。
・ 歌がすごく上手かった。プレゼン中に流れる音楽もノリノリで聴かせていただきました! 僕はダンスで食っていくことを諦めた人間ですが、笹倉さんは最終的に音楽でやっていきたいとおっしゃったのを聞き、応援したくなりました。ぜひ、夢を叶えてください。
・ 目標に向かい、結果を出されて準備がすごいなと思いました。見習うことが多く、自分も結果を出したいので努力します。
・ 「決めて断つ」のお話に親近感が持て感動しました。勇気をもらいました。
・ 音楽を愛している笹倉さんが一番素敵だなと思いました。ミッションは人に感動を与える事、自分の生き方で人を感動させたい。年老いてもいいので最終的に音楽に戻りたい笹倉さんのこれからの人生を楽しみにしています。
・ 自分の好きなことをしてビジョンを達成できてよかったですね。アポロシアターで歌えたことは最高の思い出ですね。お父さんの言葉「お前は勝てる!」力強いです。
・ 感動と数字の大切さを学びました。大変は大きく変わる事。ありがとうございました。
・ 「ビジョンの先にミッションがある」。笹倉さんのこの言葉が心に残りました。ミッションは使命。自分にも使命があると思っています、そこはずっと芯に持って頑張っていこうと思いました。
・ 初参加でした。これまで経営について、数字について見聞きした事がなく「会社の経営とは」という所を知る事ができました。
・ これからの人生を考える、良いきっかけになりました。木村会長のお話でバランスシートの本当の見方が分かってよかったです。
・ 自分の人生を振り返り、これから進む道を考えることを改めてしないといけないと感じました。
・ いつもは聞けない社長の人生やビジョンが分かり、参加してよかったです。

2015年08月27日

No.1637 木村塾パワーアップセミナー「これから10年、あなたがもっと強くなるためには?」

8月18日、北区にあるマジック・バー梅田店で第1067回パワーアップセミナーを開催。
テーマは「これから10年、あなたがもっと強くなるためには?」。

IMG_20150818_183739PU%82%E0%82%C1%82%C6%8B%AD%82%AD222.jpg

人間には二通りのタイプがある。
一つは、とにかくリスクを避けて安全、平穏に生きるタイプ。
もう一つは、リスクに挑戦し、自由に羽ばたいてエキサイティングに生きるタイプ。
どちらが良くてどちらが悪いということはないが、起業家人生を歩んだ私は迷わず後者のタイプだ。

そんな私が考える「強い」とは、腕力が強いとか、運動能力に優れているということではない。
いかに、ぶれない生き方をするか。変化に対応して稼ぐ力を付けていくか。
これに尽きると思っている。

そして、今よりもっと強くなるためには「ビジョン」が必要だ。
10年後、どんな人生を送っていたいのか。どんな会社にしたいのか。
どんな決算書(とくにBS)をつくりたいのか。
数字を入れた言葉で決めることだ。
会社経営において決算書は最強の武器。BSビジョンは、ぶれない生き方の拠り所となる。

ちなみに自己資本1,000万円は、節約を心掛け地道にコツコツとビジネスすれば叶う世界だ。
対して自己資本1億円は、自力で貯めるだけでなく人様の力を借りなければ叶わぬ世界。
さらに自己資本10億円以上になると、信頼残高を積み上げ、社会の力を借りて実現するものだ。

さて、皆さんは、どんな強さを求められるだろう。

今回も参加者の皆さんは体験談を交え、堂々とスピーチされた。
さすが、木村塾で勉強されているせいか、多くの方がビジョンに触れ、
この場でゴールを力強く宣言された方もあった。
新規の方に加え、何年かぶりの懐かしいメンバーもお迎えしてうれしい限りだ。

IMG_20150818_200633PU%82%E0%82%C1%82%C6%8B%AD%82%AD3%20%283%29.jpg IMG_2928PU%82%E0%82%C1%82%C6%8B%AD%82%AD4.JPG

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 人の力を借りて強くなる。無借金経営では強くなれない。とても気付かせていただきました。
・ 皆さんのプレゼンを聞いて人それぞれの人生があるからこそ、この場に立ち話をしているのだと強く感じました。もっとたくさんの人の話を聞きたい、考えを知りたいという気持ちが強まりました。感謝の気持ち、素直な心、これをもっと磨いていきます。
・ 強さについて考えるきっかけをいただきました。協力してもらう事、協力する事が、まず強さだと。協力してもらうためには信頼してもらう必要がある。自己資本を高めて銀行と資本家の信頼を。理念、ビジョンに対してブレない姿勢で仲間の信頼を! それぞれ高めていきます。
・ 強いということは世の中の資源を使える人、他人の金も含めて総資産でどれくらい利益を出すのか。新たな気付きでした。
・ 時間は有限。10年先をよりよく生きるために前を向いてやり続け、そしてやり抜くこと。1日1日を大切に勇往邁進していこう。
・ 自分の考えが良い考えだと思いました。部下の成長が僕の成長です。目の前の事から逃げず、何事も向上心を持つ事が大切だと感じました。
・ ビジネスオーナーになる。投資家になる。チャレンジします。10年後、自己資本1億円、達成します。物事を掛け算で捉えてみていく。今からトレーニング頑張ります。
・ 自分の未熟さを実感しました。もっと他人と話す機会を持ち、いろんな価値観を知りながら「自信」と「人前で話す」「コミュニケーション力」を付けていきたい。
・ 失敗する勇気を持ってチャレンジしていきます! 対応力を付けて生きていきます! 10年後は強い人間になります!

2015年08月18日

No.1636 木村塾やってみよう会 8月度例会@いただいたアンケートより

8月11日に手品家・梅田店にて開催された「木村塾やってみよう会」。
UBI鰍フ竹内泰光社長の「我が人生を語る」には本当にたくさんの方にご参加いただき、
会場全体が大きな感動に包まれた。
今日は皆さんから頂戴したアンケートの中からいくつかをご紹介しよう。
寄せられた声は私や発表者のみならず、会を運営する主催者やスタッフにとっても
最高に嬉しいご褒美だ。これぞ、まさに目標達成の原動力になる。

IMG_2870%83A%83%93%83P%81%5B%83g1.JPG IMG_1906%83A%83%93%83P%81%5B%83g3.jpg

・ 「能力よりも目指したものがよかった。目標達成には意志が8割。やり方ではない」「効果が分からないうちに辞めるのは勿体ない」「突き抜けるまでやらないと分からない」。心に刺さりました!
・ 時代の流れに合せて事業内容を取捨選択する。その判断が素晴らしい。目標達成のためには「有言実行」。この言葉が一番心に残っています。
・ 「宝くじに当たった以上にラッキー! 目標を達成する際に期待してくれる人がいると力になる」心が震えました。決意してやればできる! 「あなたもできるよ」とメッセージをいただいた気になり感動しました。
・ 習慣付けることの大事さ。「突き抜けるまで努力する」という言葉にずっしりきました。
・ 「社員の平均年収1億円!」。プロスポーツ界でしか耳にした事のない大きなビジョンを聞くことができてとても刺激を受けました。どれだけ大きなビジョンを立ててもいいんだと!
・ 引き受ける決断。任せる決断。よいお話、感動いたしました。
・ 竹内社長の「目標を常に考えているが思い詰めるほど考えてはいない。ただし、チャンスが来た時には全力で当たる」という言葉に感銘を受けました。
・ 7月末で13年勤めた会社を辞め8月に仲間と会社を立ち上げて新しいスタートを切りました。最高のタイミングで竹内社長のお話をお聞きできてよかった。本日いただいた気付きをすぐ実践し、仲間と共に会社のビジョンを達成していきます。「起業家」になります!!
・ 有言実行。目標を達成することに期待してくれる人をそばに置く。目標達成する力がすごい、少し負荷をかける目標の設定。
・ 大きな目標を叶えるため社員と共にどうやってやり遂げるのか? そのコツを質問させていただきました。答えは「会社のビジョンと社員のビジョンを合せる」とのこと。私も明確なビジョンを提示し、覚悟を決めて達成します。
・ 「出来すぎの人生」の要因として「目標を立てる事」「木村会長との出会いがあった」と。とくに目標達成する力。自分に敢えて負荷をかけて何とか達成できるポイントにする。達成する力は自分がどれくらいの力があるか知っておいて目標設定できるのかなと思いました。また、周りの人への影響力も考えていると意志を強く持てるのかなと思いました。ものすごく学びになりました。
・ 目標、ビジョンを達成するためには「やり方より意志が8割」。新聞配達のエピソードもこの原理に基づいたものだと感じた。私も幼少からジャグリングの練習をしてきた経験から「やり方は人それぞれ。自分で見つけるしかない」ということを身を持って学んだので、改めて考えが深まった。
・ 「期待に依存する」という話がとても面白かった。喜ばせたい人、共に生きる人を見つける。私の夢は弊社の社長を世界一の社長にすること。共に夢を追いかけていきたと思います。
・ 竹内社長は物凄く意志の強い人。その力がひしひしと伝わってきました。私の人生で掲げている命題として「誰が栄光のために」というものがあります。木村会長を喜ばせるため、自分でなく他人のために使えるその力。羨ましいとまで思いました。
・ 「期待に依存する」。人のために、誰かのために何かをやり遂げることが大きなパワーになる。「49対51の法則」。本当にそうだと思いました。取り組み方や考え方を変えてチャンスにします!
・ ビジョンの力、目標設定することの凄さ。細胞の中まで浸透しました! 竹内社長の最後の言葉「何かを目指して生きていく途上で人生が終わってしまうような生き方」を私もしたいと思いました。
・ 「自分に期待してくれる人、自分が頑張ることを喜んでくれる人を見つける」。私にとっては両親です。もっと高い目標を持ち、もっと強い決意を持ち行動します。
・ 竹内社長の「できない目標は決意が足らなかったから。決意が本気なら出来る」。木村会長の「49対51の法則」(相手に少し多く与える)。「ギブ&ギブの生き方をすると、テイクが後ろからドーンと来る」「銭の使い方を見たらその人の信頼が分かる」。心に刻みました。
・ 「チャンスが来たら全力で向かっていく」。やり方が分からなくて動けなくなる事が多々あったのですが、やり方よりも決意が大事。決意が固まれば知恵も湧いてくるし助けてくれる人も現れる。夢を実現させるための勇気をいただけました。
・ 最も心に残ったのは「期待に依存する」ということ。私はモチベーションの維持が難しく物事が続かない事がありますが、期待に依存する形で期待してくれる存在を探す。そして期待される人間になります。
・ 目標設定⇒ビジョンの見せ方、伝え方。信頼残高⇒49対51の法則。心に刻み、自分の生き方に反映させます。
・ 「期待に依存する」。自分も親に認めてもらいたいと思っているので環境は恵まれているのだと感じました。
・ 有限実行することで次のステージに行けるということが分かりました。それが充実した生き方につながるのですね。
・ 「うちの社員は皆、優秀です」と言ってもらえる社員さんは幸せですね。
・ 初めて参加しましたが、とても面白い会だと思いました。話を聞いただけで満足せず実行します。実現しなければ意味がないので!!
・ 木村会長と竹内社長の人間関係の成熟度が半端なく開花していることに感動しました。会社のビジョンは社員のビジョンではない。その溝を埋めるには社員にいろんな夢を共有する仕掛けをちゃんと用意されている事にも「本物」を感じました。

IMG_1928%83A%83%93%83P%81%5B%83g33.jpg IMG_1924%83A%83%93%83P%81%5B%83g4.jpg

2015年08月17日

No.1635 木村塾やってみよう会 8月度例会@

8月11日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第69回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生を語る」はUBI鰍フ竹内泰光社長。
会場には当会で過去最高の82名の方が詰めかけた。

講演前に2人一組になって「信頼残高の増やし方」をテーマにダイアードを実施。

冒頭、竹内社長は「出来すぎの人生だった。大した能力もないのに自己資本30億円の社長に
なったり、エベレスト登頂を目指したり。なぜそんなことになったのかと振り返ると
会長と出会ったことがきっかけだった。想像を超える目標設定を課せられる中で
潜在能力が開発されたのだ。私が思うのは、人の力の差は確かにあるが、
その差よりも何を目指して生きたか。習慣が結果をつくるということ。
今日は会長に出会って目標に向き合ってきたことをお話したい」と話した。

IMG_1890%82%E2%82%C1%82%C41.jpg IMG_1909%82%E2%82%C1%82%C42.jpg

竹内社長は昭和38年、大阪生まれ。お父さんは紳士服を仕立てるテーラーだ。
苦労人のご両親の元、子ども時代から自立心が強かった。高校時代にはバイク欲しさに
新聞配達や深夜レストランで寝る間も削ってバイト代を稼いだこともある。
成績は「中の下」。とくに目的もないまま高校卒業後「皆が行くから」と進学したが、
「学費も生活も親に一切心配はかけたくない」と大阪工業大学の二部に進んだ。

しかし、学業と仕事の両立は難しく1年で中退。
バイトで食いつなぐ生活を3、4年続ける中、転機が訪れた。日本はバブル期に突入。
不動産業界で働く話が持ち上がり、将来を見据えて宅建資格を目指すことを決意する。
「私が初めて持った目標でした。それこそ朝から晩まで猛勉強してテキストを丸暗記するくらい。こんなに勉強したのは初めてでした」。

その甲斐あって資格を取得。入社したのが滑ヨ西ホーム。私が1985年に始めた不動産仲介の会社だ。
当時、会社はバブルで大繁盛、21店舗に膨らんでいた。竹内社長が続ける。
「当時の会長はまだ50前の働き盛り。イケイケドンドンで勢いがありました」。
私はまさに典型的な昭和型のPL社長だった。

その後、竹内社長は頭角を発揮して北巽店を皮切りに本店の店長に。
北巽時代のエピソードがある。
「店長になったものの、この店は日中人もまばらで売上も上がらない。給料が半減する中、
付き合っていた女性とできちゃった結婚をすることになって(笑)。予算内で見つけた新居は
ボロボロのマンション。物件見るなり涙目になった彼女の姿に『5年後、絶対に新築の
マイホームを買う』と決意しました」。
その彼女が享子さん。マイホームが竹内社長の次なる目標になった。

飛躍のきっかけは谷町九丁目にあった本店。
場所柄やくざがらみのトラブルも多いこの店で社風の改善と固定費の削減に取り組んだ。
「先ず始めたのがトイレ掃除でした。店がきれいになれば人が代わり社風が代わります」。
さらに取り組んだのが、競売物件のリノベーション。
競売物件を購入してリノベーションし付加価値を高めて販売する。
社内ベンチャー的に始めたところこれが当たった。

最初は1000万円程度の物件だったが、次第に数億円の収益マンションを手掛けるように。
「もちろん失敗もあります。一度、落札したものの見込み違いで2番手と6,000万円もの
開きをつくってしまいました。えらいことになったと香港に出張していた会長に報告すると、
こっぴどく叱られると思ったら『いけるの?』と念を押されただけ。「大丈夫です」と返事をすると
「じゃあ、何の問題もない。電話切るで」と。任せた限りは全幅の信頼を置いてくださる。
絶対に失敗はできないと自分に誓いました」。

その後の経緯は割愛するが、関西ホームの管理部門を分社化して設立したのが
アーバンべネフット梶B後のUBIだ。
バブルの崩壊を経て、弊社は売上思考の「PL経営」から目標を自己資本に置く「BS経営」に転換。
その結果、業績は飛躍的に伸び2003年にはBSビジョン3億円を達成。
さらにBSビジョン10億円という「2010年ビジョン」を掲げる中で、
竹内社長は常に「できる方法」を考えた。

弊社のメイン事業が不動産から事業再生へ、そしてファンドやソーシャルレンディング事業へと
様変わりしていったのも、ビジョンが成せる技だ。
竹内社長は言う。
「BSはPLの結果ではありません。PLは最大目標であるBSビジョンを達成するための手段。
ならばBSを上げるためには、手段を変える。つまり、事業そのものを変えることが必要でした」。

竹内社長はこうも話した。
「目標のところでどうすれば達成できるかと聞かれるが、意志(決意)が8割。やり方は個々それぞれ。
私も紆余曲折の中でやったが決意だけは変えなかった。目標達成するには有言実行。人に言う。
そうすれば自分に対するプレッシャーが生まれるだけでなく、応援してくれる人も出る。
さらに私の場合は「期待に依存する」というのも効果的でした。その相手は家族であり、
会長でした。会長のために頑張るということが最大の原動力になりました。
後は絶対にあきらめない。突き詰めるまで続ける。効果がわからないうちにやめてしまうのが一番勿体ないと思います」。

最後に「何かを目指して生きていく。その途上で人生が終わってしまうような生き方がしたい」と締めた。

すばらしすぎるスピーチ。割れるような拍手の中、質問が押し寄せた。
たとえば「目標設定のコツは?」「社員とビジョンを共有したいが、温度差を無くすには?」
「社員をどのように誉めるか?」「あきらないことと、やめること。そのバランスは?」等々。
皆さんの熱い質問に対して、一つひとつ誠実に回答した竹内社長。感謝の言葉とともに
「あらためて有言実行。エベレスト登頂も含めて身の引き締まる思いです」と感想を話した。

冒頭、皆さんには「信頼残高」をテーマにダイアードをしていただいたが、
私にとっての信頼残高は竹内社長そのものだ。
経営者として私がしたことは、放牧経営で彼にステージを与えたこと。
「理念とビジョン」という柵だけ決めて後は任す。口は出さない。それは究極の人財育成である。
私の人生は「テイク・アンド・テイク」から60歳を過ぎて「ギブ・アンド・ギブ」になったが、
結果的に物凄いテイクが「後ろから」ガバーッとやって来た、というのが実感だ。

IMG_1940%82%E2%82%C1%82%C43.jpg IMG_1945%82%E2%82%C1%82%C44.jpg

また、この日は、皆さんからの思いもよらないサプライズが待ち受けていた。
ステージになんと私の顔が描かれた直系40cmほどある大きなケーキが登場したのだ。
竹内社長の発表を含めて、私の75歳のバースデー・プレゼントだという。

75年生きてきた中で、今日という日がまた最高の一日になった。
ありがたいことだ。
竹内社長、準備をしていただいた皆さん、祝っていただいた皆さん、
そして、ご縁をいただいたすべての方々に心から感謝したい。

2015年08月14日

No.1634 福岡木村塾 第12回セミナー開催

8月6日 アクロス福岡で福岡木村塾第12回セミナーが開催された。
今回はご参加者の半数近くを九州大学、立命館アジア太平洋大学などの学生さんらで占め
フレッシュな空気に包まれた。
会場では一方通行のセミナーを避けるため、机をコの字型にセッティングし
講演を早目に切り上げて「皆さん全員から質問を」とお願いした。

テーマは「起業家とは?」。
私は先日75歳を前に会社をリタイアしたが、14歳から社会に出て60年。
その間に30ほどの事業にチャレンジし、そのうち4社が成功してバトンをつないでいる。
学歴もない、「手に職」もない、そんな私は自分でメシのタネを創るしかなかったのだが
結果的に素晴らしい人生を送らせてもらったと思っている。

そんな私が「起業家」という言葉を聞いたのは30歳を過ぎてからだ。
その後、縁あってシリコンバレーに行きスタンフォード大学で学ぶ機会を得た。
ここでは、優秀な学生たちはこぞって企業や役所に勤めるのではなく、
自らリスクをとって起業するという話を聞いて感動した。
私の生き方そのものが、彼らが目指す起業家だった。

起業家の道は「常識」や「既成概念」との闘いでもある。
人に迷惑をかけるな。二兎を追う者は一兎も得ず。借金するな・・・等々。
しかし、迷惑をかけたなら成功してお返しすればいい。ビジネスは1勝9敗。
ユニクロの柳井正さんも言っているが、その1勝が9負をカバーして余りある。

人・金・もの・情報・マーケット。ビジネスとは世の中のそんな資源を使って
1+1を2ではなく、5倍にも10倍にもするものだ。
その資源を使って儲けさせてもらうのだから、会社は世の中のもの。
儲けたお金は世の中に返せばいい。

経営とは左手に論語。右手にソロバン。明治時代の偉大な起業家・渋沢栄一はそう言ったが、
数字の伴わない言葉だけの経営は経営ではない。
誰に見せても恥ずかしくない決算書をつくって、しっかり税金を払い世の中に貢献してほしい。
決算書は経営者の通知簿だ。

いま時代は農業革命、産業革命に続く「情報革命」という有史以来3回目の大きな変革期にある。
変化はチャンスだ。
人口減少、少子高齢化。マイナス要素を問題と捉えるのではなく、チャンスと捉えたい。
福岡はアジアの玄関口だ。日本ではなくアジアをマーケットにすればこれほど恵まれた環境はない。

若い人を前に思いの丈をお話させていただき、会場の雰囲気も最高潮に。
おかげさまで質問もたくさんいただき、白熱したセミナーとなった。

IMG_1862%82%D3%82%AD%82%A8%82%A912s.jpg IMG_1868%82%D3%82%AD%82%A8%82%A912m.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ ビジョンを立てる。社員とビジョンを共有し、それに向かう事をあらためて今後の課題にしようと感じた。厳しい環境にチャンスを見出す。努力、柔軟な発想を心掛けます。
・ 資金調達は銀行からお金を借りるだけでなく、投資家からお金を集めて事業を発展させることができるのではと。お金は銀行にしかないと思い込んでいましたが、投資家の目に止まる会社づくりというテーマができました。
・ 起業家である木村さんの話を通じて社会で活躍するためのきっかけや考え方を知ることができました。経験がないから、お金がないからなど言い訳せずに何事もチャレンジしていく姿勢を今後の就職活動でも見せていきたい。
・ 初めて耳にする話が多く、すべてが自分の考え方を大きく変えるものでした。[起業家]という道を勧められるだけかと思いましたが、起業家の概念、考え方はどんな場合にも共通するものであると感じました。次は実際に経営の仕方を学んでみたいと思います、
・ これからの日本は情報化、高齢化、数年後のオリンピックなど大きな変革の時だと思う。この変革を好機と捉えて何にも恐れずチャレンジしていく精神が、これから自分たちのような若い世代には必要だと思った。若い世代が新しい時代をつくつて日本をよい方向へ発展させていきたい。
・ 「百聞は一見に如かず。百見は一行に如かず」。とても納得のいく言葉でした。今私はインターンをしていますが、そんな中でもカタチを変え、メシの種をつくって行くことができる。まさに起業家になれると感じました。言い訳をする前に行動します。
・ 色んな本を読み自分の中では知った気になっていたのですが、あらためて「やる気」が湧いてきました。6日後にアメリカに戻り、学校生活が始まります。ビジョンをしっかりと持ち日々精進したい。次回は、僕がもっと成長してお会いしたいと思います。
・ ピンチはチャンス。この日本でメシの種を見つけ、それに向かってカタチを変えられる起業家でいたいと思いました。ビジョンを語り同士を集めてやり遂げる方法を考えていきます。
・ 知識に偏った人と、実際に色々と行動を起した人の話は同じジャンルでも性質が全然違うと思った。
・ 久々に木村節を聞いて早く行動に移していこうと思いました。「やってみな分からん。やっとことしか残らん」

2015年08月11日

No.1633 木村塾パワーアップセミナー「信頼残高の増やし方」

8月4日、大阪駅前第2ビルにある大阪市立総合生涯学習センターで
第1065回パワーアップセミナーを開催。
テーマは「信頼残高の増やし方」。

IMG_2842%90M%97%8A2.JPG IMG_2844%90M%97%8Am.JPG

書店で出会って思わず買ってしまった本のタイトルをそのままいただいた。
45万部も売れたベストセラーだというが、「預金残高」ではないところがおもしろい。
著者の菅井敏之さんは元メガバンク支店長。退職後、アパート経営を始めた起業家でもある。
25年の銀行員人生で気づいた、お金では買えない、人生で最も大切なこと〜
「信頼残高」を増やして幸せに生きる方法を説いている。

1,000回を超えたパワーアップセミナー。この回数も皆さんとの信頼残高であると思う。
冒頭、テーマの意味をご説明する際に、そんなお話をさせていただいた。

私がこの言葉を聞いてまず思い浮かんだのが、「51対49の法則」だ。
竹内社長がネーミングしてくれた言葉だが、私は誰に対してもどんな場合も
「相手に必ず少しの得を与える」という選択を実践してきた。
その積み重ねが「信頼残高」なのではないだろうか。

また、良好な人間関係を長続きさせるためのコツとして「ギブ・アンド・テイク」といわれる。
私の人生は「テイク・アンド・テイク」から成長と共に「ギブ・アンド・テイク」になり
60歳を過ぎた頃から仕事を含めて「ギブ・アンド・ギブ」になったが、
ギブ・アンド・テイクの「テイク」が前からやって来るのに対して、
ギブ・アンド・ギブは、「ギブ」しかないのに
結果的に物凄いものが後ろからガバーッとやって来た、というのが実感だ。
これぞまさに「信頼残高」であろう。

「信用」をカタチにしたものが「信頼」。「誠意」をカタチにしたものが「誠実」。
では、どのようにしてカタチにするか?
それは、言葉ではなく、日々の行動。実践。日々こつこつと積み上げるしかない。
信頼残高はインスタントではつくれない。

信頼残高を増やすことを生き方のテーマにしていきたいと思う。

今回も初参加の方を2名お迎えしたが、皆さんしっかりと考えをまとめられ、
そのレベルの高さに驚かされた。

「奥の深いテーマだった。今回限りでなく時々取り上げてほしい」という声もいただいた。
「信頼残高」はこれから何遍もトライしたいテーマの一つになりそうだ。

IMG_2847%90M%97%8A3.JPG IMG_2857%90M%97%8A4.JPG

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 自分が死ぬ時が「信頼残高」の決算日。その日誠実に行動を続けていく。頼まれごとに対してしっかり対応して信頼される。これを実践するのみだと思いました。やってみな分からん。だから、やる!
・ 難しいテーマだし思ったが深いところで探り合えたと思った。自分の人生の信頼残高を増やしていきます。
・ すごく心に突き刺さるテーマでした。自分に正直に生きているのか? 自分を信用してくれた人に誠実に応えていけるのか? 自分を誤魔化すことはできないと胸が痛む思いがしました。
・ 「信用をカタチにしたのが信頼。誠意をカタチにしたものが誠実」。今回はゼロの状態からつくるイメージで取り組んで行動して実績を積んでいきます。
・ 信頼残高。まず今は大切な子どもたちからの信頼残高を積み上げていきます。
・ 信頼残高の殖やし方。自分の無形財産を増やす!
・ 初参加でしたが難しいテーマを基で皆さんのお話をうかがい、新しい気付きがたくさんありました。これからも自己研鑚のためにセミナーに参加したいと思います。
・ 分かってはいるのですが、発表ではなかなか整理出来ていませんでした。アウトプットすることで自分の知識につながります。これからできるだけ参加させていただきます。
・ 「自分に自信がなければ人からの信頼を得得ることはできない」。「自分の経験が自信につながる。準備=自信」。「失敗したから信頼が無くなる訳ではない! 自分の約束を守らないから信頼を失う」。
・ 人生の信頼残高をきっちり積む、積み上げていこうと思いました。皆さんのプレゼンテーション、浅田先生と木村会長のフィードバック、いつも勉強になります。

2015年08月10日

No.1632 広島木村塾 第4期 第3回セミナー開催

8月3日 広島木村塾第4期3回目のセミナーが広島市まちづくり市民交流プラザで開催された。

今回も竹内社長が同行。セミナーと連動して事前に水野・川野両塾長の案内で2社を訪問し、
BSビジョン策定のアドバイスをさせていただいた。

東広島市にあるP社は自動車部品の組付加工や搬送・輸送関連機器製造を行う創業25年の会社。
今回は社長に代わって副社長と取締役の2人の幹部にご対応いただいた。
取締役のFさんは社長の妹君でもある。
中小企業家同友会の会員企業でもある同社。
いち早く品質マネジメントシステムの国際規格にも取り組み、経営革新に意欲的だが、
問題はまだまだPL型経営から抜け切れていないことにある。
10年後のBSビジョンを策定し、未来型の経営にシフトしていただくようご助言申し上げた。

次に訪れた広島市内にある創業54年のS社。3代目を継ぐM社長は45歳。
車の販売買取店3店舗のほか広島最大級の自転車店やベーカリーショップを展開する。
3代に渡る堅実な経営で厚い自己資本を積み上げ、見事なBSを築いておられるが課題も残る。
それは積み上げた自己資本を活用(運用)されていないということだ。
ROE(自己資本利益率)は、自己資本を使っていかに利益を生み出すかという数値だが、
今後は経営に「株主目線」を取り込んでROEを高めていけば、
M社長がめざす100年企業も射程圏に入るだろう。

セミナーでは、P社のFさんとS社のM社長に10年後のBSビジョンを発表していただいた。
続いて私と竹内社長からは「BS経営と事業承継」テーマにいかにして事業を軌道に乗せ後継したか、
バトンを渡した者、受け取った者という視点でお話しさせていただいた。

ビジネスは事業がうまくいって50%、事業承継がうまくいって100%だ。
未来につなぐためには何が起こってもびくともしない盤石の経営基盤を築くと同時に
優れた人財をつくることが何より大切だ。
BS経営は、経営の最強の武器といえる決算書をつくるほか、
「起業家マインド」を持った社員を育てる人財育成のメソッドでもある。

Q&Aも盛り上がり、私にとっても学び多きセミナーとなった。

IMG_1838%82%D0%82%EB3.jpg IMG_1808%82%D0%82%EB4.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 大変勉強になりました。持てる資産を活かす経営の大切さがよく分かりました。社員に夢を与える企業を目指したいと思います。
・ 2回目の参加ですが今回はかなり核心を突く講義だった。ようやくBS経営が少し分かってきました。PLからBS主体の考えにシフトしていきます。非常にワクワクしました。
・ 「社員に夢がないのが一番いけない」という言葉、心に残りました。「BS経営を続けることで社員が成長した。これが一番よかった」。とても意味のある言葉だと思います。
・ 会長のDVDが伝わりやすくてとてもよかった。あらためてビションの大切さを感じ希望が湧きました。発表者の前向きなエネルギーを受けました。「BSから事業を考える。PLは手段」衝撃的でした。
・ 身の引き締まる思いで終始聞かせていただきました。発表された方も堂々として素晴らしい内容でした。
・ 資産を活かす経営が大事。PLは手段。大変勉強になりました。
・ 経営者のナマの声の現場の声が聞けて勉強になりました。まだ経営のノウハウが分かっていませんので、これから木村塾のHP、DVD、ブログ等で学びたいと思います。

2015年08月07日

No.1631 木村塾やってみよう会 7月度例会A

7月28日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第68回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は、大阪府守口市にあるペット用品の製造卸販売会社
潟Pーピーエス代表取締役社長の柳原英次さん。
非営利一般社団法人パートナードッグタウン協会の理事長も務める。

「私のミッションは世界一お役に立つ人間になって、たくさんのありがとうをいただく事です」。
冒頭からインパクトのある言葉で参加者の心を鷲づかみにした釘づけにした柳原さん。
発表に当たって「我が経営(+事業)を語る〜他人に勝つ、競争の時代から、自分に克つ、
共創の時代へ」というサブテーマを付けた資料をパワーポイントでつくって準備し、
自身のミッションと現在やっている事業のこと、そして未来のビジョンを語った。

柳原さんは1960年大阪生れ。大学時代のアルバイト先のペットショップに就職、
ペットショップ店長、ペット用品メーカーの通販部門長として死に物狂いで働き業績を伸ばした。
34歳の時、分社化で現在の会社を創業。この年に日創研の研修と出会う中で経営者として目覚め、
「ペット業界を変える!」というビジョンを掲げ、非営利事業の活動を含む
「アーススマイルプロジェクト」という3つのプロジェクトを実践している。

まず1つ目が、2030年にペットの80%がかかる歯周病を8%にする「プロジェクト8」。
ペットの歯周病を減らすべく独自のマウスケア無料研修を実施し「マウスメンター」認定者をつくるというもので、すでに認定者は3400名を超えている。

2つ目は、人間の都合で殺処分される犬たちを救うために行っている活動で
2020年に犬の殺処分をゼロにする「ペットプロジェクトO」。
10年前から構想し、昨年12月には大阪鶴見緑地駅前に市内の公共公園初となる
犬の運動施設「パートナードッグタウン」を開園。保護犬の譲渡活動を開始した。
この活動は一般市民を巻き込んで大きなうねりとなりマスコミでも大きく取り上げられた。

そして、3つ目が2025年に「未病ペットケアショップ」を普及させる「プロジェクト2000」。ペットの病気を未然に防ぐアドバイザーを10年後に2,000名つくることを目指している。

また「強い思いは人生の花を咲かせる」(サミュエルソン)、
「気付くだけでは人は変われない。生まれ変わる覚悟をせよ」(石川洋)など
古今東西の賢人の名言を引用しながら自分を変える方法、人生を輝かせる方法を伝授した。

起業家とは右手に論語。左手にソロバン。明治時代の偉大な起業家、渋沢栄一の言葉だが、
ともすると、柳原さんは「右手」に偏り過ぎるのではないか?
一瞬、そんな思いが私の脳裏をかすめたが、杞憂に終わった。
「木村さんとお会いして今までのビジョンを変更する決意をしました! 」と、
しっかり「左手」の中も披露された。

ちなみに「売上=ありがとう高、荒利益=お役立ち高、経常利益=しあわせ高、
自己資本=純しあわせ貯蓄高」という独自の言葉で決算書を表現する柳原さん。
現在27期の自社の「純しあわせ高」は5,300万円。これを2020年には1億円に、
さらに2015年には2億円に積み上げると宣言。
また、「2050年には世界で犬猫の察処分がゼロになりノーベル平和賞を受賞する。
2060年に自分は死去するが、2100年には地球が笑顔になっている」と未来像を描く。

私も大風呂敷だが何と壮大なビジョン。死後のことまでイメージするとは!
しかし、柳原さんがここまでやってこられたのはビジョンの力だ。
数字入りのビジョンを人前で公言すれば、潜在能力が引き出されてやれる方法が見えてくる。
どうしてもやりたいという情熱が人を巻き込み、何千、何万倍もの力へと広がっていく。

最後に今回の発表のサブテーマともからめて、柳原さんはこう結んだ。
「競う合う時代は終わり、闘わずして共に克つ時代がきました。闘わずして共に克とは、
共に切磋琢磨して新しい価値、新しい市場を生み出して課題を克服すること。
劇的に改善できるありがたい時代。出来ることはたくさんある。チャンス到来です」。

「今回発表の場をいただいたことで私自身のビジョンが明確になりました」と感想を語る柳原さん。
会場からはビジョンのもつ力の凄さや、パートナードッグ活動に対する共感、称賛の声が
多く寄せられ、熱い空気に包まれた。

IMG_1744%96%F6%8C%B4s.jpg IMG_1742%96%F6%8C%B4m.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 柳原さんの風呂敷が大きすぎて頭をガツッン! とやられた気持ちになりました。もう一度、自分のビジョンを考え直します。
・ 充実していて感謝。未来のノーベル賞受賞者とお会いできてうれしいです。
・ ビジョンの明確さが力になり、人を集めるのだと感じました。私も熱い思いを胸に行動し、実現します。
・ 「地球貢献企業」という大きな言葉。そして具体的な数字の入った目標も掲げられました。殺処分0など、共感を集める目標ビジョンが素晴らしい。「思い→行動→習慣→人格→人生の花」。私も咲かそうと思います。
・ 「来てよかった」。日にちをやりくりしてやっぱり参加したいと思いました。大風呂敷を広げて夢を語ります。
・ 初めて参加しました。参加者の熱気が凄まじく圧倒されました。柳原社長のお話は聞いているだけで明日からのモチベーションが上がってきます。「思いは人生の花を咲かせる」。未来から点を打ち目標を決める。明日から実践します。
・ 「他人に勝つ競争の時代から、自分に克つ共創の時代へ」。心に響きました。アーススマイルプロジェクトが世界に広がることを祈念します。
・ やってみよう会で「自分の死に様」を考えることになるとは思わなかった。去年亡くなった祖父を越えたいと思いました。
・ 「死に方を決めることで生き方が見えてくる」という柳原さんの言葉。すごく分かり易かった。何に自分の命を使うのか。死んだ時、どれだけの人が泣き感謝してくれるのか。すぐに答えは出ないけど考えていきます。
・ 参加して本当によかった。「どう死ぬか」「死に様」を決めれば生き方が決まる。柳原さんの死に様はすばらしいですね。私の風呂敷もかなり大きいのですが。もっともっと大きく、地球規模、宇宙規模に広げていきたいと思います。

2015年08月04日

No.1630 第3期「コリビジ関東」のセミナーで講演

7月22日、第3期「コリビジ関東」のセミナーが東京上野で開催され講師としてお招きいただいた。
起業家や事業継承者、世界に通用するビジネスマンの育成を目的として始まったコリビジ。
私は一昨年、昨年に続いて3回目の講演だ。

テーマは「起業家とは」。
起業家とは、いまあるカタチを変えて、メシの種をつくる人。
「やってみなわからん。やったことしか残らん」をポリシーにして
30以上の事業にチャレンジした我が人生を振り返り、
変化の時こそチャンス! とお伝えした。

冒頭、「フリーライダー」のお話をさせていただいた。
フリーライダーとは文字通り「ただ乗り」。
スタンフォード大学のツアー研修に参加した際に教わった言葉だが、
自分は質問しないで他人の質問を聞くだけの態度をいさめる言葉でもある。
学びの原点は「なぜ? 」という、自らが抱く疑問にある。
「皆さんもフリーライダーにならないで質問してください」と前置きした上で講演を開始した。

チャンスはピンチという衣を被ってやってくる。
私の場合は中学生で迎えた父の死とバブルの崩壊。この二つのピンチが私の潜在能力を引き出した。
人間は二通りしかない。
変化をチャンスと捉えてチャレンジする人と、変化を怯えて「茹でガエル」になる人と。
どうか、自分にチャンスを与えるような生き方ほしてほしい。

2時間の持ち時間のうち、講義を1時間にして残りを質問タイムにしたところ
冒頭のお願いが功を奏して、ほぼ全員から滝のように質問が降って来た。
「どうやって巨額の借金を返したのか」というハウツー論から
「叱られたことはないのか?」
「コリアンである自分はステージをどこに求めたらよいか」など人生論まで。
最後は「木村先生のこれからのビジョンは?」という質問にお答えして
70歳の時に私宛に書いた「80歳からの手紙」で締めた。

終始、学びの意欲が充満するエネルギッシュな会場。
受講生は学生さんを含む20〜30代の若者が多く、「一期一会」の心意気で私も燃えに燃えた。

IMG_1718%83R%83%8A%83r%83W1.jpg IMG_1735%20-%20%83R%83%8A%83r%83W2.jpg

2015年08月03日

No.1629 2015年7月度 実践目標の進捗報告

猛烈な暑さが続くこの夏。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
まずは暑中お見舞い申し上げます。

私自身はUBIを退職して4カ月。
起業家支援や社会への恩返し活動に全力投球する中、7月半ばには
ここ数カ月間私の中で密かに温めていた「ある構想」を携えて郷里、島根県益田市を訪れた。

その構想とは、益田市をスポーツとマジックで振興させるというもの。
名付けて「益田をスポーツとマジックで元気にする構想」。

私が描くプランは、こうだ。
人口約5万人の益田市も他の地方都市に漏れず過疎高齢化が進み、経済も減速している。
そこで、一つは「マジック」を通じて自己肯定感の持てる子どもたちを育てる傍ら、
マジック愛好者を増やすことで地域に「マジック」という新たな観光資源をつくり
まちおこしをしようというアイデアだ。

マジックは、単に「見て楽しむ」エンターテーメントではない。
自分が「マジックをする」ことで自信と自己肯定感を養い、
コミュニケーション力を磨くという力を持っている。
子どもたちがマジックを通じて人を喜ばせるという成功体験を積めば、
自らを輝かせて自燃型の人生を送ることができるだろう。
何よりマジックが一つの産業になれば、全国でも先駆的な取り組みになる。

一方、益田市を盛り上げるもう一つのファクターとして目を付けているのがスポーツ。
たとえば私が応援団の一員になることを決めた「ボアソルテ・スポーツクラブ」は、
まちにスポーツ産業を生みたいと意気込む起業家が立ちあげたNPOだ。
サッカースクールや野球塾の運営のみならず大人向けの生涯スポーツにも力を入れており、
チームの一つである「ボアソルテ美都FC」では、デフリンピック(耳が聞こえない方々の
オリンピック) サッカー日本代表の竹内裕樹選手を送りだしている。

今回は、構想を具体的なカタチにすべく第一歩として
マジックポットの前田真孝社長、征矢竜太朗副社長にも現地へご同行いただき
山本浩章市長をはじめスポーツ指導者や教育関係者の方々とお会いしてご意見やご助言を賜った。

「地方だから」「子どもが少ない」「産業がない」は、できない理由にならない。
山陰の一都市から「カタチを変え、メシの種を創る」。
益田が日本を元気にする起爆剤にならんことを願って!

IMG_1239%89v%93c%8C%B3%8BC%90i%92%BB1.jpg

☆では、私の7月度 目標進捗報告を。

・心(学び)
読書 63/100冊
英会話 72/100回
写経 3850/4000枚

・技(ビジネス)
飯の種探しツアー5/3回
企業訪問 62/100社
海外 5/7回

・身体
禁酒 141/200日(毎週末チェク)
トレーニング 93/150回(毎週末チェック)
万歩計 300/500万歩(毎週末チェク)
登山 13/10回
25階段昇り 230/200回

 

Copyright (C) 2015 KimuraKatsuo.com committee. All Rights Reserved / Powered by Genius Web