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2015年09月26日

No.1649 木村塾やってみよう会 9月度例会

9月15日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第71回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は「日本一走るパティシェ」の異名を取る堀口明裕さん(35歳)。
京都で洋菓子店「ソルシエ」2店舗の経営と梶uクレーションドゥーレーヴ」代表取締役社長を務める。

ウルトラマラソンやスカイダイビングにも挑戦、いつも明るく活発な印象の堀口さんだが
冒頭「実は生きて行くことに困難な人生を送りました。でも、こんな自分でも変われた。全ての人にチャンスがあります。恥ずかしいけど聞いてもらいたい人生です」と語った。

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堀口さんは1979年京都市生まれ。日本人の父と在日韓国人の母の間に生まれたが
幼い頃に両親が離婚。弟と共に母の元で育った。
水商売で生計を立てる母との暮らしは貧しかった。幼心に刻まれたこんな思い出がある。
「毎年、年末だけは母が5円、10円と貯金した陶器の貯金箱を割って3人で年越しそばを食べるんです。それだけが楽しみでした」。
母自身も過酷な人生を送り、成功した兄弟姉妹の中で孤立しコンプレックスを抱いていた。
生活苦に仕事や子育てのストレスが原因だったのかもしれない。
かまってもらいたいがゆえに無理難題をしかける幼い息子に対して、しばしば手をあげた。

学童期。友達とのコミュニケーションの取り方も分からず
暴力でしか自己表現できない問題児だったという。
家で虐待され、友達からもいじめられ、学校では体罰が待っていた。
そんな生活や性格から抜け出したいと期待した高校でも誰とも交わることができず、
一人ぼっちで過ごした。
ただ、高校でアルバイトを始めるようになると、欲しいものが自分で買えるようになり、お金のないストレスから少しずつ解放された。せっせと貯金も始めた。

また、負けず嫌いでスポーツだけは負けなかった。小学校の時からリレーでは1位になり、中学校の部活で入ったサッカーでは能力を発揮して、京都府の育成メンバーに。
さらに高校ではサンガのユースチームにも選抜された。
「将来はサッカーでメシを食う」と決めていた堀口さんだったが、現実は厳しい。
身長も技術面でもプロとしては通用しない。
「ならば自分で飲食店を開くか、何か自営業を」。
幼い頃から飲食店経営などで財を成す親戚を見る中、無意識のうちに起業家への道を選択していた。
高校卒業後、パティシェの道に進んだのは「お菓子を創りたいというよりも、
女性と話せるようになりたかったから。不純な動機も結構大切です」と笑わせる。

製菓学校を卒業し、社会人になっても試行錯誤が続いた。25歳で独立するまで5店舗で働いた。
堀口さんは、その間を挫折絶望期、変革迷走期、挑戦行動期、覚悟確立期等に分けている。
起業を視野に入れ堀口さんは入社してすぐ、国庫金を借りる相談に行った。
オーディションを受けて芸能プロダクションに所属したりしたことも。
「芸能界で有名になれば、すぐに店が出せるかと。実際は月謝を払うばかりですぐに辞めましたが」。
最初の会社は年間休日が108日あり、休みの日は引越し会社や建設会社でバイトしてお金を貯めた。
職場でもバイト先でも友達が一人もいないので、誰ともしゃべらない。
4年間そんな生活を続けているうちに「心の崩壊」が始まった。

自分は何者なのか。どう生きていけばいいか。どうすれば改善できるか。
人間関係に悩む中で、負のスパイラルから逃げ出せなくなった。
「アダルトチルドレン」という言葉を、本屋でみつけたのもその頃だ。
「子どもの頃に受けた虐待などがトラウマになって、大人になっても何かに依存し自立できない人を指します。まさに私でした」。
抜け出すために自助グループに入ってみたが、カウンセリングばかりで解決の糸口が見えない。
どんどん混乱し、うつ病になった。病院で受診すると薬漬けの生活になった。
しかし、仕事は休めない。
「ケガをしたら休めるかも」と、階段から飛び降りたら腰骨にヒビが入って2週間休めた。
別の病院では、多動や物忘れ、依存症の症状から「発達障害(ADHD)」と診断されたり、
若年性痴呆症を疑われたことも。そのうちに声が出なくなった。「失声症」だった。

最後に訪れたのは母親のところ。「ところが、母からは私は関係ないと言われて・・・」
追い込まれた堀さんは死を決意して自殺を試みた。
走って交差点に突っ込んだり、バイクで突っ込んだりしたが滑って転げた。
マンションのダイブしようと11階に上がったが、怖くて飛べない。2回目も3回目も。
「生きることが辛いから死にたいと思ったのに、死ぬことはもっと辛いことに気付いて・・・
死にたい、死にたいと言って泣いているうちに、生きたい、生きたいと言っていたんです」
当時を思い出して何度も言葉を詰まらせる。

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「生きたい」。心の底からそう叫んだ堀口さんは、本屋に行きまくり生への道を探った。
この時に目が止まったのが、幼い頃、母に読んでもらいたかった童話の本。
「桃太郎とか、サルかに合戦とか・・・。こんな本を読み直しました。読めば理解力が
付くかもしれないと。そして、聴く力を付けようと人と話をしました。
でも、私は全く話を聞いていないことに気付いたんです。それで人との会話を全部メモし、
帰って読みました。何度も何度も。生きるためには自分が変えていくしかない。
自分の持てる力を回復させようと取り組みました」。
大枚を払って右脳開発のために速聴の学習機材を買ったり、
出生前の記憶を蘇らせる退行催眠術の専門家を訪ねたり。体力づくりにマラソンも始めた。
そんな中で「行動すること、人に与えることが、自らの人生をよくする」ことに気付いたという。

転機は2006年、滋賀県野洲にある人気店「プティドール」でスーシェフとして働くチャンスを得たこと。
15坪から100坪の店にリニューアルした店で、堀口さんは
「徹底的に無駄を省いて、かつスタッフが働きたくなる店づくり」を目指した。
その結果、売上が倍増。人と関わり、人と高め合う中で自信を得た。

2008年6月「夢の創造」を理念に掲げて京都・梅津で念願の店をオープン。
自己資金400万円の他、熱意とビジョンをアピールして無担保無保証で800万円の
資金調達にも成功した。
翌年には一緒に店をやってきた女性と結婚。
2013年には西京極に2店舗目をオープン。
続いて今年6月には、理念を共有する仲間と共同で新たに会社を立ち上げ、
西京極にペット連れの人が集える「つむぐカフェ」をオープンした。
社名の「クレーションドゥーレーヴ」はフランス語で「夢の創造」。創りたいのはケーキでない。
「人にはさまざまな願望があります。お客さんもスタッフも私も含めて互いが応援し合える関係づくり。一人ひとりの夢の創造を応援する。そんな場にしたいのです」と語る。

順風満帆、ではない。開業以降、常にお金の問題、人の問題が付きまとう。
せっかく結ばれたパートナーとも別れてしまった。
しかし、「逆境こそ成長の力になる。逆境の大きさが自分の器だと木村塾でも学びました。常に勇気や元気を自分から伝えて、挑戦する仲間を増やしていきたい。人生はマラソンと同じ。一歩一歩前に進めばゴールできます。これからも逃げずに走り続けます」と。

最後に力強くこんなBSビジョンを話した。
「2023年には借入した資金を2023年までに返済して、2027年に総資本1,000万円、
2031年に総資本2,000万円を計画しています。ケーキ屋としては原点に帰ってスタッフが楽しいと思う店づくりを。人に任せることも課題です」

今回は時間の関係もあり、皆を代表して浅田先生がフィードバックしてくださった。
壮絶な人生だ。堀口さんは凄い宝物を持っている。胎が座っているし、勇気がある。
起業家になるべく最高の人生をご両親から与えられた。
それに100km走り続けられるほどの身体能力を持つ上に、頭もいい。
これからは仕事を通じて、与えられたものを本当の財産に変えていくことだ。
成功したら銭が儲かる。失敗しても経験が儲かる。
しかし、宝物を本物の財産に変えていくには掲げた目標を達成して成功することだ。
そうすることが、ご両親に対する一番の恩返しになる。
見返してやろう! ではなく、成功したときに真の感謝が生まれる。
恩返しのできる人生を送ることが、真の幸せにつながるだろう。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ スポーツマンでアグレッシブな堀口さんからは想像もつかない壮絶な人生。社会人になってから克服しようとされる生き方が素晴らしい。浅田先生のフィードバックが分かり易かった。木村会長の「見返してやろう!ではなく、成功した時にご両親に対する感謝の心が生まれる」という言葉が印象的だった。
・ 堀口さんの人生の棚卸。本当に自分をそこまでさらけ出して。だからこそ、人が集まるのだと思いました、どん底や大変な時の話をたくさんされて、流石です。
・ これが本当の人生の棚卸。本気で感じました。私も人にこんなにも感動を与えられるくらい自分の人生、気持ち、魂を乗っけて話せるようになりたいと思いました。
・ 人の人生を聴ける。なんて素敵なんだろうと感じています。最初にキリマンジャロに挑戦されたメンバーの感想がありましたが、堀江さんの「忘れられない瞬間が多いほど人生は豊かになる」という言葉の通り、この会は人生を豊かにする場だと思います。
・ どの場面でもコミュニケーションの壁が人生の壁になるのだなと思いました。
・ 素直な心を持っておられると感じた素晴らしい話でした。若いチームを同じ方向に強化していくには大きなビジョンを語ることも大切ですが、小さなコミュニケーションを重ねることも大切です。
・ 来てよかった。感謝します。堀口さんは、木村会長が最後におっしゃった「宝」をたくさんお持ちだと思いました。ともて希望を感じます。
・ 「人に与えることが自分の人生をよくする」。その通りだと思いました。
・ 堀口さん。まさかここまで辛い幼少期を過ごされていたとは! よく生きていてくれましたね。前向きに生きるようになられてからのエネルギーは凄い! 行動力が物凄いです。谷が深ければ山は高い。これからも沢山の方に伝え、勇気をあげてください。
・ 自分で考え、自分で行動して前に進む。たくさんの経験が今の堀口さんを築いている。
私も昨年本当に辛い思いをしましたが、前進できるのは自分自身しかない。前に進んでいくと苦しいとは思わなくなる。そんな気がして力をもらいました。
・ 「死にたい」は「生きたい」気持ちの裏返し。涙ながらに吐露された堀口さんの言葉に電撃が走りました。体験した人の言葉に勝る真実はありません。
・ 素晴らしい内容だった。感動した、心から。これからかせスタート。私も本当に頑張ろうと思いました。素直な人間が一番強い。ありがとう。
・ 何より若くて元気で素晴らしい。いろいろなことを考える内容でした。ソルシエのケーキをいただきましたが、この美味しいケーキを創る人の話を聞きたいと思っていました。
これからの人生でさらに幸せになられることを祈ります。
・ 苦しい幼少時代だったかもしれませんが、逆境を乗り越えるチャンスを与えられていたのだと感じました。少しうらやましい。成長するのは楽しいですね。



 

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