« 2015年11月 | HOME | 2016年01月 »

2015年12月31日

No.1687 2015年12月度 実践目標の進捗報告 

今年もいよいよ最終日を迎えた。
皆様にとってはどのような1年でしたか?

「光輝高齢者」に突入した私の2015年は、お陰さまで公私ともに充実し、
今年も「これまでの人生の中で最高の1年」を更新した。
3大ニュースとしては、まずUBI株式会社の取締役会長を引退させていただいたこと。
そして、23年ぶりとなったキリマンジャロ登山再挑戦と、12月13日に迎えた金婚式だ。

18歳で起業して57年に及ぶわが経営者人生の中で、現在も継続している会社が4社ある。
前身の関西ホームから数えて30年になるUBIは、その中でも根幹を成す企業だ。
とくにバブル崩壊で一度は奈落の底に落ちたが、
そこから編み出したBS経営のお陰で復活し、驚異の発展を遂げた。
私よりも何倍優れた、すばらしい後継者にバトンをつなぐことができたことが、
創業者として誇らしくもあり最高の喜びだ。

9月のキリマンジャロ登山。
今回は木村塾メンバーを中心に15名の仲間と共に感動を分かち合えたことが何よりもうれしい。
また、直前の健康診断で予想もしなかった不整脈が見つかったが
そのお陰でカテーテル治療を施していただき命拾いした。
まさしく75歳を境にして、天から新たな命を授けられた感がある。

ホノルルマラソン参加のために訪れたハワイで迎えた金婚式。
子どもや孫たちが用意してくれたウエディング衣装のランニングウェアのお陰で
JALから仮装大賞をいただくなど、ビッグサプライズもあった。
妻と共に50年分の幸せをあらためて噛みしめている。

その他にも年頭に公言した目標を大きく上回る成果を実感している。
お陰さまで木村塾でも、BS経営の輪が全国に広がり
大きなBS実績を創り出している起業家が、次々に誕生している。
UBIは引退させていただいたが、引き続き起業家を支援するエンジェル(投資家)の仕事は続けるし、
これからも「1001人の起業家づくり」という大きなビジョンを掲げて前進したい。

毎年毎年「最高」を更新する人生。なんとありがたいことだろう。
これも皆さんのエールやサポート、共に学び共に成長する仲間があればこそ。
心より感謝申し上げたい。

%2591S%2588%25F5%2582%26%23323%3BS%2581%5B%2583%258B.jpg%83L%83%8A%83%7D%83%93%83S%81%5B%83%8B.jpg 12376827_1038248469559862_1641609711025966145_n.jpg%8B%E0%8D%A5%8E%AE2.jpg

☆では、私の12月度 実践報告を。

・心(学び)
読書 94/100冊
英会話 95/100回
写経 4050/4000枚

・技(ビジネス)
飯の種探しツアー5/3回
企業訪問 93/100社
海外 10/7回

・身体
禁酒 227/200日
トレーニング 135/150回
万歩計 500万/500万歩
登山 18/10回
25階段昇り 230/200回

2015年12月28日

No.1686 木村塾やってみよう会A 12月度例会

12月22日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第77回「木村塾やってみよう会」が開催された。
本年最後の「我が人生を語る」は、堀江測量事務所 所長の堀江悟さん(55)。
会場に鳴り響くビートのきいた強烈なBGMにのせて、赤いカーテンの隙間から飛び出したのは、
トレードマークのまんまる笑顔。
マジシャンさながらの演出で観客席を湧かせた。昨年に続いて2度目の登場だ。

12399763_507908106058917_1926376380_o.jpg%96x%8D%5D%82%B3%82%F12.jpg

19歳から土地家屋調査士の仕事一筋。
銀行、弁護士、司法書士、不動産業者、ゼネコン、地主さんなどを相手に謄本を作る仕事。
「私が銀行にOKを出すとゼネコンに10億のお金が行きます。行かねば連鎖倒産。
数字、文字、一字一句間違えられない。そんな仕事を28年間やっているから神経ボロボロ。
だから毎朝4時に起きて、走って、座禅、読経。大川を毎朝走っているので気分は大川栄策状態」。
ダジャレがマシンガンのように飛び出す。

「どんな悲しい事も辛いことも、すべて笑いに変える」。それは、堀江さんの人生哲学だ。
仕事とは別にライフワークとして「悟道(ごどう)」という笑いを通じて人生を学ぶセミナーを開いている。

11165250_1042250639159645_7008857665963845994_n.jpg%96x%8D%5D%82%B3%82%F15.jpg 12399760_507908112725583_1823131387_o.jpg%96x%8D%5D%82%B3%82%F11.jpg 12399927_507908042725590_530300859_o.jpg%96x%8D%5D%82%B3%82%F13.jpg

1960年3月、大阪市港区生まれ。難産だった。
「命を捨てても子ども産む」と決めた20歳のお母さん。そのお陰で堀江さんがある。
が、出産後お母さんは口癖のように「うちはあんたに殺されかけた」と言った。
お父さんはペンキ屋職人。汚い、きつい、臭い仕事。
子ども時代はそれがいやで作文に「将来は平凡なサラリーマンになりたい」と書いた。

8歳の時に淀川で溺れて死にかけたこともある。
「ずーと流れていく自分。太陽の光だけが見えました。臨死状態かと思います」。
高校の時に空手を始めた。3級になり免状を部屋に貼っていたら友達が3段と見間違え、
「堀江は強い」というウワサが校内に広まった。喧嘩の仲裁に呼ばれた。
「人間、肩書で評価される。だから中身を見る。肩書にはビビらない」。
と同時に「自分がその肩書に近づくことが大事だ」と学んだ。

17歳の時にお父さんが交通事故で両足を切断する。
生活のため高校を中退し焼肉店に勤めた。毎日焼肉の鉄板を50枚くらい洗った。
ある日、店に友達が食べに来た。「こっちは蝶ネクタイで『いらっしゃいませ』。屈辱でした」。
授業料が要らないというので守口の守口高等職業訓練校に通った。
同級生は年配者ばかり。「グレーの作業服を着ると刑務所にいるみたい」に感じた。

中学時代の同級生の女性と23歳で結婚。2人の娘さんに恵まれる。
「家族を食わせなあかん」という責任感が堀江さんの意欲に火を付けた。
土地家屋調査事務所に就職。「自分も資格を取って開業して稼ぎたい」。
勤めの傍ら、朝4時から起きて土地家屋調査士合格に向けて猛勉強した。
2回落ちて3度目の挑戦で合格。25歳で初めて味わった成功体験。
コンプレックスの固まりが、合格したことで自己信頼が生まれた。人生が好転した。

続いて宅地建物取引士も一発合格。自身の事務所を立ち上げた。27歳だった。
その頃から日本のバブル経済が始まった。
開業後は破竹の勢いで伸びた。
15万円の月給が、翌月150万、300万、600万・・・瞬間風速では2000万円に。
大阪城を眺めるマンションに住み、ハーレー、ボルボ、ロレックス。ブランド品を買いまくった。
29歳で鶴見区に家を購入。当時は「お金が手裏剣のように飛んできた」。
ゴルフに目覚め、バイクツーリングやダイビング旅行も。7万円の吉兆の料理を自前で食べた。
そして1991年、31歳でバブル経済がはじけた。

しかし、当時は5人の事務所。「あまり影響はありませんでした」。
というのも、普段から「シンプル イズ ストロング」の事業をしていたからだ。
「小さく強く儲けて、しっかり貯めなアカン」。教えたのはお母さん。まさにBS経営だ。
松下電器にパート勤務していた母さんは、松下幸之助翁の考え方を熟知していた。

1999年。39歳の時に谷町6丁目に新しい事務所を購入。
2002年には函館の北島三郎記念館の仕事を手掛けた。30億円の取引。「仕事っていいな」と思った。
2006 年、46歳の時に倫理法人会に入会。入ってすぐ大阪中央区の会長職を務めた。
倫理法人会では「リーダーシップ」とは何かを学んだ。
「カリスマは知れている。いかにメンバーに助けられるか。10人、100人のメンバーに
いかに自分の弱みを見せて本気を見せて、助けてもらえるか。それが真のリーダーだ」と。

ここまでが、堀江さんの50歳までの道程だ。
それだけ見れば、お父さんの事故をきっかけに逆境をはねのけたサクセスストーリーだ。
しかし、そうではなかった。
堀江さんはその間に3度も心の病にかかっている。病名は「パニック障害」や「うつ病」「ノイローゼ」。

最初は職業訓練校に通っていた時に。2度目は資格試験に挑んだ24歳の時に。
その度に病院で治療を受けたり心理学の本を読んだりして乗り切った。
筋力トレーニングで体を鍛えると治まることもあった。
気付いたことがある。
「感情は自分の意思でコントロールできない。放っておけばどんどんマイナスになる。
プラスの感情に変えるにはプラスの言葉、プラスの行動しかない!」

克服できたのは、39歳の時。事務所の隣にいた税理士の先生からかけられた言葉
「あんたな、自殺したらアカンで」が、引き金になった。
それを機に参加したローリー・ターナーによる「ブレークスルーセミナー」で
堀江さんは病気の根幹に「自己承認できていない自分の中にある」ことを知る。

「自己承認して、優しくしてやりなさい、というトレーナーの言葉に、ほろっと来ました。
しんどいと言いなさい、と。思いっきり泣くと赤子のように産道から生まれ落ちた。
母の『難産であんたに殺されかけた』と言われ続けて、産道にずっと狭まれていた自分、
自己承認できていない自分がいたのです」。

リーマンショックの後、3度目のうつ病に見舞われた。
仕事が激減し、事務所スタッフの「反乱」やお父さんの他界が追い打ちをかけた。
しかし、その時は両手両足を無くしても生き切ったお父さんに想いを寄せることで救われた。

仕事を通じて現在の奥様である堀江かりんさんと、最初に出会ったのは31歳の頃。
「エアロビクス、ボディビル、フィットネスの日本チャンピオン。かっこいい、可愛い。
スキを通り越してチュキになりました(笑)」。
一目惚れだった。
しかし、何事もなく12年の歳月が流れた。
再会したとき、独身のかりんさんを見て「待っていてくれたんか」と決め付けて火が点いた。
53歳で離婚成立。結婚30周年だった。
「財産は全部前妻に渡しました。すってんてん、いや、100万だけもらった(笑)」
「カネない、毛もない自分。なのに『私、稼ぐ自信あるから結婚しよう』と言ってくれた。
この人について行こうと思いました」
会場は爆笑の渦に。

木村塾に通うようになって明確な公私のビジョンを打ち出した堀江さん。
今年の年頭に立てた年間目標は、すべてクリアした。
9月には木村塾でキリマンジャロにも登った。
「キリマンジャロは自己投資。何かをつかもう、と思って行きました。バスの車窓から
5800mを超える高峰がそびえている。そこに登った。一歩ずつ。ならば、これからの人生、
どんなことでも耐えられる。それをつかみました。登頂のために1年間の断酒もしました」。
今年8月にはリーマンショック以降、最高の売上を記録しBS目標の2000万も超えた。

最後にこれからの5年先、60歳のBSビジョンを数字入りで宣言した。
「土地家屋調査だけでなく、不動産業にも着手して2020年までにBS 1億円に。
そして日本百名山を登ります」。
勢い付いて70歳(2030年)から100歳(2060年)のビジョンも公言。
ちなみに100歳のビジョンは
「作業服を着て測量していたい。やっぱりこの仕事が好き。金儲けできても汗水たらして
働かなあかん。現場は宝の山。生きた情報を取る。測量しながら死んだろ」。

今年の大トリにふさわしい超ステージのプレゼンテーションになった。
私もバブルの崩壊に遭遇したのは50歳の時。
巨額の負債を抱える中で経営の勉強をはじめBS経営にたどりついたが、
会社も私自身もここから信じられないよう成長が始まった。
これもBSの力とビジョンの成せる技だ。人生100年時代。50歳からの人生が面白い。

やってみよう会の主催者の門浦さんも、パワーアップセミナーと併せて
年初に「参加者1200人」という目標を打ち出し、今回、見事にこの高いハードルを超えた。
やってみよう会は本当にすばらしい。
皆さんのエネルギーが掛け算で合わさることで、どんどんレベルアップしている。
あらためて皆さんにお礼を申し上げたい。

12404806_507908079392253_1197099451_o.jpg%96x%8D%5D%82%B3%82%F14.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 来て良かった! 来なければ大損するところでした
・ 「自己承認の大切さ。ビジョンを持つこと。リーダーというのは何人に助けてもらえるか。肩が気にはびびらない。肩書きに自分を近づけていく」。本日の気付きを行動に移したいと思います。
・ 「プラスの行動をすればプラスに返ってくる」。強く響きました。歩いてきた道が全て今につながる人生。私もこれからエネルギーを高め頑張っていきます。
・ カリスマは知れている。リーダーは人を引張るのではなく、人から力を借りて助けてもらえる人になること。新鮮でした。
・ 「行動する!」この一点を心に刻んで帰ります。
・ 今回、たくさんの懐かしい顔に再会できて「故郷=木村塾」っていいな、と。あらためて実感しました。
・ 肩書きにびびらない。お父さんの事故が逆境となり立ちあがった。プラスの思考を生むプラスの行動。小さく強く設ける!! 楽しく勇気をいただきました!!
・ 木村塾という環境がどれだけ素晴らしいか、毎回参加する度に感じます。若いうちからこんな場に出会えてラッキーです。自分は未熟で、登る山を見つけていないけど、これから先、成長しかない! そう思うと、とても晴れた気持ちになりました。
・ 病を克服してきた堀江さんだからこそ、人の心の痛みも理解できると感じました。障害をサポートする志はぜひとも貫いていただきたい。応援します。
・ 「経験は解釈。悲劇を喜劇に変える」とても響きました。堀江さんのようにパワフルに生きたい。
・ 堀江さんのデカイ夢とデカイ情熱。かりんさんの協力なコントローラーでビジョンは必ず実現します。これからが楽しみな2人です。
・ その元気さ、そのバイタリティーの裏には大きな凹みがあったことを再確認できました。お話を聴けて本当によかった。
・ どんな出来事も見方を変えれば全く違うものになる。切り替えですね!
・ 学歴コンプレックスから始まり、不安、パニックになり、自己承認という過程を経て今の堀江さんがある。それを知ったことで私自身もしっかりとしたビジョンをもち、モチベーションを上げていきたいと思いました。
・ プラスの行動からプラスの感情。自分の弱いところを全てさらけ出し「助けて」と言えるようになる! BS経営についてももっと学びたいと思いました。
・ 話が上手で引き込まれました。テンションとモチベーションの違いを教えていただきました。テンションではなく、モチベーションを高めていのためにはビジョンを持つこと。共感しました。
・ 「小さく強く」「一歩一歩で頂上まで行ける」。人生で一番迷っている時に堀江さんの我が人生が聞けてとてもよかった。
・ 「しない後悔よりも、やって後悔したい」「感情はコントロールできない。プラスの行動あるのみ」「テンションとモチベーションは違う」。堀江語録よかったです。
・ 破天荒な人生、驚きです! とてもダイナミックで凄いです!! 仕事も遊びもやりたいことをやる。これが行動力。一度切りの人生。私も思い切り楽しみたい。
・ 堀江さんのビジョンの大きさに圧倒されました。今年1年間の目標も全て達成されている。それが信頼残高になり、このビジョンも必ず実現すると思いました。
・ 「シンプル イズ ストロング」。堀江師匠の行動力の源を知ることができました。前から大スキでしたが「大チュキ」になりました!

2015年12月25日

No.1685 大阪木村塾BS経営セミナー12月度開催

12月18日、大阪木村塾12月例会が大阪産業創造館で開かれた。
今年ラストとなるBS経営セミナー。
今回はBS経営を実践される坂元鋼材株式会社の坂元正三社長をゲストにお招きした。

IMG_20151218_190459.jpg%91%E5%8D%E3mm.jpg %96%D8%91%BA%8Fm%82S.jpg%91%E5%8D%E3%96%D8%91%BA4.jpg

木村塾では開講以来ずっとBSビジョンの大切さを説いてきたが、その甲斐あって
BSビジョンを持った起業家が私の周りだけでも数十人は誕生していると思う。

しかし、一般的には中小企業で経営計画を立てている会社は100社に1社、
さらにBSビジョンを持っている会社となると10000社に1社しかないという。
経営コンサルタントの小山昇さんが著書「99%の社長が知らない銀行とお金の話」で
そう書いておられる。

BSは経営者の通信簿だ。
BSを良くすることが経営者にとって大変な武器になるのだが、
このことを知っている人は本当に少ない。
厚いBSを築くとさまざまなチャンスがあることが見えてくる。
日本ほどお金が余っている国はない。
銀行は貸し先を探している。その貸し先を選ぶ際に評価基準となるのがBSだ。
だからBSが良くなると、まず銀行がつく。そんな会社には人も集まってくる。
BSが良くなると、お金そのものが働いてくれるのだ。
いかにお金に働いてもらうか。
そのためにもBSビジョンを創って、そのビジョンに向かってほしい。

今回の発表に際し、詳細なレジュメを用意してくださった坂元社長。
経営報告とともに今までの変遷、そしてこれからを語っていただいた。
坂元鋼材はレーザー切断、プラズマ切断、ガス溶断による鋼板切断、
溶断加工をされている会社だ。
30歳で3代目社長を継ぎ、数千万の設備投資などで業績を伸ばしてこられた。
しかし40歳の時にリーマンショックで大赤字となった。
これを機に経営の勉強に目覚め、縁あって私のBS経営塾で学ばれた。

BSビジョンを持つこと、「社員1人当たり」というモノサシを持つこと。
この6年間、愚直に学び実践されてきた。
以前は大手企業になんとなく引け目を感じていたらしいが、
「社員1人当たり」というモノサシを持つことによって、
大手企業に負けていない、むしろより良いサービスを提供できると気付いたという。
現在はかなり業績を回復されている。

しかし、辛口に評価するとまだPL7割、BS3割だ。
まだまだ発展途上にある。
これからはBSでレバレッジを効かせてさらに盤石な基盤を築いていただきたい。

坂元社長は檀上で具体的なBSビジョンを掲げ、
「100年企業を目指します」と宣言された。
これからも、共に学び、成長してBS後継者を育ててほしい。
おかげさまで今年の大トリにふさわしいBSセミナーとなった。

なお、今回をもって大阪木村塾BS経営セミナーを4年間主催された文野さんが卒業される。
本当によくお世話いただいたと感謝申し上げたい。
来年からは、堀江かりんさんがバトンを繋ぎ、大阪木村塾を主催してくださる。
新しい風でBS経営の輪をますます広げていただきたいと願っている。

IMG_20151218_190207.jpg%91%E5%8D%E3%96%D8%91%BA1.jpg %96%D8%91%BA%8Fm%82Q.jpg%91%E5%8D%E3%96%D8%91%BA3.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 目標設定が明瞭で非常に分かり易かった。お金を使う、お金を集める、お金に働かせるという行為を通じて「人のために役立つ」、「人を幸せにする」という点が非常に響きました。
・ 資産運用を学ばねばと思いました。
・ やはり今回のように実践されている方のお話、プラス木村会長の解説。本当に理解が深まります。
・ 本日の坂元さんの話を聞いてなぜ学ぶのかを理解できました。経営も運転免許。本当に分かり易かった。私も後継者としてバスの危機=BS、PLを見て運転できるように学び続けます。
・ 坂元さんに「あなたは経営の運転免許証を持っていますか?」と2年前に言われてはっと思い、今の自分があります。今回はFBを通じてお話が聞けるということで参加させていただきました。木村会長のお話も聞くことができて感謝です。
・ 坂元さんにいただいた資料は大切に保管します。私は2代目ですが、父から譲り受けた会社を大切にしていきます。
・ 成果を出されている経営者に一人でも多くお会いすることで学びを具体的に行動や成果につなげていきたい。これからも引き続き参加させていただきます。
・ 坂元社長の生き方に感動しました。「何のために、誰のために仕事をするのか」という問いに、社員さんの幸福を追求するという話をお聞きして私自身の仕事の在り方、意識を見直す気付きになりました。
・ BS経営はお金に働かせる、お金を引き寄せる磁石。金活。本日の学びです。
・ いつも話を聴かせていただき、やる気がみなぎります。今以上に継続して学んでいきます。
・ BS経営の大切さを再認識できました。BSビジョンの入った経営計画書を創ります。自己資本比率に対する考え方も非常に参考になりました。
・ 「経営者と運転免許」。私も話しをする時に使わせていただきます。
・ 木村会長のご教示に導かれて今年もまた私の周辺では何かが起ころうとする明るい気配を感じながらの年の瀬です。感謝!

2015年12月24日

No.1684 木村塾パワーアップセミナー「2015年の総括、そして2016年へ」

12月15日、北区にある手品家・梅田店で第1074回パワーアップセミナーを開催。
テーマは「2015年の総括、そして2016年へ」

今回は私がハワイ旅行のため休暇をいただいたので
レポートを含めて一切を門浦さんにお任せした。
2015年の最後のパワーアップセミナーにふさわしいテーマだ。

IMG_20151215_184249.jpg%83p%83%8F%81%5B.jpg IMG_20151215_191123.jpg%83p%83%8F%81%5B2.jpg

「最高の年だった」「激動の年だった」「充実した年だった」「反省が残る年だった」
「我慢の年だった」、「振り返ったこともなかったので良い気づきになった」等々
皆さん、本当にそれぞれ千差万別の総括をしていただいた。
いずれにしても、目標を持ってこその振り返りだ。
目標に対して上手くいったのか行かなかったのか、達成できたのかできなかったのか。
その違いが、それぞれの総括につながったようだ。
また、1年という時間の中でさまざまな経験や体験ができるものだとあらためて感じた。

2016年に向けては、「引き続き最高の年に」という方、
「今年の反省から来年は絶対に飛躍したい」という方、
「すでに今から助走を付けています」という方もいる。
こちらもさまざまで面白い。
どの方も、今年よりもさらなる上を目指して力強く宣言された。

浅田先生のフィードバックに続いて最後に門浦さんが次のような言葉でまとめてくれた。

目標を設定する際に、ぜひ数字入りで目標を立てて欲しい。
1年365日8760時間をどう使うのか。
ぜひ有効に使って飛躍の年にして欲しい。

まさに私がお伝えしたいこと、そのものズバリだ。
さすが共に学び、共に成長するパワーアップセミナー。
マインドをしっかり受け止めていただいているとあらためて実感する。
この1年の皆さんの成長に拍手を送るとともに、感謝の意を表したい。

IMG_20151215_193614.jpg%83p%83%8F%81%5B3.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 今年は本当の自分を開放し、なりたい自分でいられた。それは全力が出せたということ。毎日全力で命を使っています。今年を振り返る時間になりました。
・ 浅田先生からのフィードバックで「正直に欲ない大変なことを言えることはすばらしい」と言っていただき、とてもうれしかった。正直さ、誠実さは自分の武器なのだと気付きました。
・ 会社を創って26年。生まれて52年目で最高の年になった。それは木村塾でたくさんの目標設定をする事ができたから。具体的で明確な数字の入った目標があったからこそ。木村塾と仲間に感謝!
・ 今年を振り返り、本気度が足りなかった年だと反省します。もっと自分の気持ちに正直に、どうなりたいのか、欲望、野心を強める2016年にしていきます。
・ 2015年は人生でかつてないほど変化のある年だった。ラテン語「メメント・モリ」=自分がいつか死ぬことを忘れるな、という言葉を胸に次の世代に文化を残せるような仕事をしたい。
・ 最高の1年でした。来年もさらに上を目指します。よろしくお願いいたします。
・ 2015年を積み重ね、2016年はより一層2016年のことを活かしてやりたいものだと思いました。

2015年12月18日

No.1683 木村塾やってみよう会 12月度例会@

12月8日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第76回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は株式会社アイシードで保険を販売している明石雅由さん(49歳)。
明石さんとは日創研大阪経営研究会でご縁をいただいた。
現在、同会で会長を務める明石さん。
「入会当時は木村会長が本部役員として経営研究会を引っ張っておられたのに、
いつの間にか自分が会長を務めるまでになるなんて」と、はにかんだように笑う。

12289742_1035709426480433_743383376127221499_n.jpg%96%BE%90%CE1.jpg IMG_20151208_184822.jpg%96%BE%90%CE2.jpg

明石さんは農家の長男として産まれた。
戸籍をたどれば天保の時代まで遡れる、由緒正しき家。
幼少期には異母兄弟の姉2人と共に畑を耕したり稲を植えたりした。
お母さんを2歳で亡くした。
お父さんは前妻に続いて伴侶を二度も亡くすという悲しみを背負うことになる。
そんなお父さんも今から9年前、明石さんが40歳の時に他界した。

中学時代。校内暴力が吹きすさぶ滅茶苦茶な環境だったが、よく勉強していた。
ただ、「気力や根気のない子だった」と振り返る。
野球部に入りたかったけれど、体罰のケツバットが怖いから尻込みした。
陸上部に入部したが、しんどくて1年で辞めてしまった。
サッカー部も腹パンが怖くて辞めてしまう。
続かない自分にコンプレックスを感じていた。

高校では部活で少林寺拳法を始めた。
そこで転機が訪れる。恩師(メンター)との出会いだ。
少林寺拳法の顧問をしていたその恩師から「コミットメント」という言葉を教わった。
「それは「本気」という意味でした」。
何事も続かなかった自分に火が点いた。
卒業するまでの3年間で茶帯を取得。本気で続けることができた。

少林寺拳法は大学に入っても続けた。
「まさか、あの続かない自分がこんなにも長く続ける事ができるなんて」。
大学時代にも名監督と出会い、礼儀の何たるかを骨の髄まで叩きこまれた。

大学卒業後、売り手市場な中での就活を体験。
「スポーツがやはり好き」が高じて、スポーツ用品メーカーのヨネックスに入社する。
幹部候補生として採用されたことで先輩から妬みを受け、受け冷たい仕打ちを受けた。
ただし「のほほんとした性格のおかげで」それもあまり気にならなかった。
総務、仕入れ、営業など、様々な部署を経験した。
商品力の強さもあり「上から目線で商売をして」クライアントから嫌われる事もあった。
30歳に差し掛かる頃、日創研の研修に出会い、壁を突破する経験をする。
人生目標として「経営コンサルタントになりたい」という夢を抱いた。

その後、日創研の研修中に縁があり、ソニー生命に転職。
迷いはあったが「やるかやらないか、そのときは、やる!」の心意気での決断だった。
転職してから3年ほどは、苦しい時期が続いた。
保険のファイナンシャルプランナーは、成績こそが全ての世界。
食べるお金が無いので、睡眠時間を伸ばした。
消費者金融からお金を借りてしまい、返済に苦労した事もあった。
ここでも、「上から目線で話をしてしまう自分」に気付かされる。

「我々はファイナンシャルプランナーではなく、営業なのだ」
「保険を売るのではなく、自分を売り、買って頂くのだ」
先輩の言葉がブレークスルーとなり、自分をさらけ出すように。
苦手だった笑顔も、この頃から出るようになっていった。
すると保険も売れるようになった。
今では「そろそろアシスタントを作らなければ」と考えている。

「今後は自分の得意分野である相続を売りにして、事業主や経営者の方の安心、安全を
サポートしたい」という。
そういった方からの信頼に応えていき「保険業界のイチローになる!」と意気込む。

多くの壁にぶつかり、その度に乗り越えてきた明石さん。
好きな言葉は「努める者はいつか恵まれる」。
これからも壁を乗り越え、成長し続けていかれるだろう。

最後に私から一つだけ注文を出した。
それは、今後のビジョン。「この先どんな山に登るか」それを決めてほしい、と。

これを受けて明石さんは10年後のBSビジョンを、具体的な数字を掲げて宣言された。
「プレイヤーから脱皮し、後継者を育ててコンサルティング会社の経営を手掛けます。
ずっと右肩上がりでお客様の喜びを作り続け、増やし続けていきます」。

ビジョンは未来の設計図面だ。登る山を決めずして先に進めない。
5年後、10年後、自分がどうなっていたいのか。どんな会社にしたいのか。
経営者なら、なりたい姿をBSの数字を入れて公言することだ。

皆の前で力強くビジョンを語った明石さん。
このプレッシャーが明石さんの潜在能力を引き出し、不可能を可能に変えていく。
10年後には、ここで宣言した通りになっている現実に驚かれるに違いない。

IMG_20151208_193227.jpg%96%BE%90%CE3.jpg IMG_20151208_200901.jpg%96%BE%90%CE4.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 優しい明石さんがどこから来ているのか。10年後の1億円の貯金、家庭円満に過ごす、素敵です。最初のダイアードも良かった。10年後の自分自身についてお話しましたが、もっともっと明確になしなければと強く感じました。
・ 営業のできる方を尊敬します。明石さんの朝にやられている実践をまねてやってみます。いいヒントをいただきました。
・ 木村会長のお話は何度聴いても素晴らしい。数字を活かすビジョンを実践する。それには誠実と信頼。どのように形にしていくか。しっかり稼いで税金を払う。そうすると世の中の支援を受けられる。「お金はステージを与える」を踏まえて2016年のビジョンを立てます。
・ 「やらずの後悔と、やってからの後悔。どちらが大きいか」心の中で熱いものを感じることができました。人の役に立つことは本当に素晴らしいこと。我々も頑張ります。
・ コミットメント(本気)を教えてくれた恩師との出会い。ソニー生命への転職も、日創研に行かなければなかった縁。心に響きました。
・ 強みや弱み。どのマーケットで勝負するのかをもう少し聞きたかった。自分はその道のプロになれているのかというと、そうではない。もっと勉強をしなければいけないと考えさせられました。
・ 自分を売り出してから一つの壁を超えられたという事を聞いて温かい気持ちになりました。10年後の目標達成、応援しています。
・ 私は日創研南大阪の会長を終えた翌年から木村塾に通って3年目です。明確なビジョンが出来てきました。明石さんも10年後の目標が達成できるように来年から木村塾に通ってみてください。
・ 私と同じ農家の息子。でも生き方が全然違う。すごいと思った。保険業界のイチロー! 頑張ってください。
・ 毎回、想像をはるかに超えるお話が多い「やってみよう会」ですが、今回はやっと身近に感じることができました。サラリーマンの私ですが今後の人生に活かせていただきます。
・ メンターとの出会いで「根気のない自分」を変え、保険商品を販売する中で「売りつけをしてしまった自分」を発見し改革された。多くの壁にぶつかり、乗り越えてこられたのだなと感じました。
・ 今回レポート作成に立候補した事で、普通に聞くよりもさらに「話を聴こう! 身にしよう!」という姿勢で聞く事ができました。非常に価値の高い役回りだと感じます。今後より積極的に立候補していきます。

2015年12月10日

No.1682 木村塾 やってみよう会「六甲全山縦走大会」

12月6日、今年も木村塾 やってみよう会が主催する六甲全山縦走大会が開催された。
須磨浦公園を出発、高取山〜菊水山〜鍋蓋山〜摩耶山〜六甲山を経て、
宝塚に到着する全56kmの道程を12時間以内で制覇する鉄人登山だ。

IMG_2319.JPG%98Z%8Db2015%94N1.jpg%98Z%8Db1.jpg 12299353_1034707263247316_5569210786645634877_n.jpg%8Fc%91%962.jpg%98Z%8Db2.jpg

好天に恵まれ、今年はサポートスタッフを除く20名がエントリーして
1人のリタイアもなく全員が完走した。
門浦登山部長をはじめ、炊き出しや車の送迎、エイドなどサポートスタッフの支えがあればこそだ。
ほんとうにうれしく、心から感動した。
チャレンジャーの皆さん、サポートスタッフの皆さんに労いと感謝の言葉を贈りたい。

木村塾の六甲全山縦走はみんなで楽しく登山するイベントでも、勝者を決める試合でもない。
自らが1/3・1/2コースを含むゴールのタイムを設定し、その目標に向かって挑む。
ライバルは自分。ただただ己との闘いだ。
体力の限界と闘いながら、負けそうになる心と闘いながら各々が個々の記録に挑む。

今回も参加者の数だけ、すばらしいドラマがあった。
私も今年は不整脈の治療をしたり、膝を痛めたりと予期せぬ出来事に見舞われたが、
皆さんと一緒にチャレンジでき、健康のありがたさと幸せをしみじみ感じている。

人生の道程も、仕事の道程も、結局は登山と同じだ。
上り坂もあれば下り坂もある。「まさか」という坂もある。
それを乗り越えてゴールに辿りついた時、自分が大きく成長していることに気付くだろう。
と同時に、己との闘う中で成功は自分だけの力で勝ち取れるものではないことにも。
目標達成によって得られた「自信」と「感謝の心」は
これからを生き抜く上で大きな力となり、変化対応力になるはずだ。

ゴール後は宝塚ワシントンホテルの温泉に浸かって体を癒し、レストランで乾杯!
門浦登山部長からチャレンジャーとサポートメンバーに対して完走認定証や感謝状が贈られた。

なお来年度年より、木村塾やってみよう会登山部を改め「木村塾 登山部」となる。
また、登山部長を門浦智さんから文野光華さんにバトン交代する。
なお、文野さんが率いる「大阪木村塾」は、堀江かりんさんへと引き継がれる。
新体制のもと木村塾へのさらなるご支援、ご協力をお願したい。
これからも、より以上をめざして共に成長しよう。

12313979_1034707323247310_397973392945542780_n.jpg%8Fc%91%963.jpg%98Z%8Db3.jpg 12279081_1034707363247306_8419740220810119252_n.jpg%8Fc%91%964.jpg%98Z%8Db4.jpg


2015年12月09日

No.1681 木村塾パワーアップセミナー「自分の人生において最も大切にしていることは?」

12月1日、北区にある手品家・梅田店で第1073回パワーアップセミナーを開催。
テーマは「自分の人生において最も大切にしていることは?」

IMG_20151201_184151.jpgPU12-1.jpg IMG_20151201_193147.jpgPU12-2.jpg

ダイアードの後、プレゼンテーションの順番は参加者自身の意思に任せている。
進行役である門浦さんが「では1番の人どうぞ」と声をかけると
いつもなら男性陣が我先にと前の椅子に駆け寄るが、
今回はなんと私の家内がトップバッターを狙って前へ出た。
しかし、座る椅子を間違えて結局2番手に!
その行動に一同爆笑。非常に和やかな雰囲気の中でプレゼンが始まった。

「ビジョンが大切。迷うときでもビジョンがあれば、それが基準になり行動が決まる」
「家族や親族など周囲とのバランス。いかに周りが気持ちよく過ごせるか」
「自分の直感。人の意見で動くと不本意な結果になる。直感で動くことが自分の強み」
「いつも幸せを感じられる自分でいること。そのためにはいかに人を幸せにするかが大切」
「挑戦すること、チャレンジし続けること」
「家族」「自由でいること」「好奇心」「野心」「あきらめないこと」「約束を守る」等々。

どのプレゼンもなるほどと、思わずうなるような内容であった。
浅田先生のフィードバックでさらにその内容への理解が深まり、プレゼン力の向上につながる。

私なら何だろう?
家族を守ることだろうか。
一番下の弟が結婚した時にようやく肩の荷が下りた気がした。
父を早くに亡くし、私は父親代わりでもあった。
そういう意味で若い頃に大切にしていたものは「義務」というか「責任」だったのかもしれない。

今は「チャレンジャーであり続ける」ことだと思っている。
チャレンジすることが生きるエネルギーになっている。

今、私がチャレンジしているのは、起業家を創ることと故郷の益田市の活性化だ。
手品で益田のまちを活性化するという夢のプロジェクトを支援している。
課題は多い。しかし、チャレンジしている。

起業家創りでは企業訪問をしているが、生きた経営を見せていただくと本当に勉強になる。
チャレンジすることによって自分が成長でき、
しかも世の中のお役に立てるのであれば 、こんなにうれしいことはない。

1年365日。たった365日である。
ビジョンを持ちチャレンジし続けたい。

IMG_20151201_195915.jpgPU12-3.jpg IMG_20151201_195926.jpg4.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 今まで考えていたようで考えた事がないテーマでした。来年から新たな道を歩む自分にとって浅田先生のフィードバックは、人生の先輩としてのアドバイス、背中を押してくださっているように感じました。
・ 自分の人生で大切にしている事はいつでもどこでも幸せを感じられる心を持ち続けることです。人間に生まれてきた目的は、幸せになることなので、それを持ち続ける。それを大切にしていることです。
・ ビジョンが決まると選択、行動が決まる。今の経営方針はBSを厚くしていく事。皆さんの発表をお聞きして気付いたのは、この2点です。ビジョン達成に向けてチャレンジする。健康第一で木村会長の教えの元に今すぐ行動する。自らが源でありたいと思います。
・ 人それぞれの大切にしているものを聴けてよかった。今、今、自分に必要なものは、こうなりたいという野心。自分がいるステージや必要な思いを大切にして、人と比べてしまう考えは捨てようと考えます。
・ 14人14様の「大切なモノ」があり、刺激になりました。個人的には仲間の大切にしている事を改めて知ることができて嬉しかった!
・ 今までの人生ではこの問いに明確に答えることはできなかったが、今考えると「やり切る」ことである。100歳で死ぬ時に「やり切った」と言える人生を送りたい。自分の成長を日々実感できる人生を送りたい。両親に私の成長を見せたい。そのために何でも好奇心を持ってチャレンジしていきます。

2015年12月08日

No.1680 広島木村塾 第4期 第4回セミナー開催

No.1680 広島木村塾 第4期 第4回セミナー開催
11月30日 広島木村塾の今年度最終セミナーが広島市まちづくり市民交流プラザで開催された。
今回もセミナー前に水野・川野両塾長のご案内により、竹内社長を伴い
2社を訪問させていただいた。

IMG_2345.jpgH4-1.jpg IMG_2329.jpgH4-22.jpg

広島廿日市にあるA美容室は開業30数年。
開放感のあるお洒落な美容室をご夫婦で経営され、多くの常連さんを獲得している。
課題は個人事業から法人に切り替え、会社として設立することだ。
そして簡易帳簿ではなく複式簿記による決算書を付けること。
企業にとってBS(バランスシート)は、経営者の通信簿だ。
それがなければ経営力を証明するものがない。
経営基盤もあり、後継者もおられる中で現在のままでは勿体ない。

広島市内にある建設設備のS社。創業は1980年。決算書は28期。
2代目のN社長が引き継ぐ水回りのリフォームの会社として地域に親しまれている。
しかし、決算書を分析すると売上第一でPL型経営から抜け切れていない。
未来を視野に入れるならBSで実績をつくり経営力を示したい。
そこで7年後35期のBSビジョンを策定するお手伝いをさせていただいた。

IMG_2366.jpgH4-7.jpg IMG_2357.jpgH4-5.jpg IMG_2359.jpgH4-6.jpg

セミナーでは企業訪問先の2社を事例に取り上げて
BS経営とお金=資金調達をテーマについてお話させていただいた。
日本は世界一現金のある国だ。その現金は銀行にある。
そして銀行からお金を引き出す際に威力を発揮するのが決算書であり、BSだ。
経営力は「口」ではなく「BS」で語るもの。
BSを磨くことで銀行は乗ってくる。

併せて企業訪問先のお2人にBSビジョンを公言していただいた。

また、竹内社長からはBSビジョンを持つことによって弊社UBIがどう変わったか、
不動産業から事業再生、そしてファンドとファイナンス事業へと変遷していった理由と
プロセス、そしてBS経営がもたらした驚異的な成果を解説した。

BSビジョンは未来の姿を予測する指標となる。
目標はPLの数字ではなく、あくまでBSだ。
BSを目標にすればPLは手段に過ぎない。
強いBSをつくるためには事業形態を変えるという決断があってもいい。

第5期を迎える広島木村塾。
2016年は2月10日と8月25日の年2回開催を予定している。

IMG_2347.jpgH4-3.jpg IMG_2352.jpgH4-4.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 昨年、企業訪問していただきBS経営を教わって前期、純利益4,000万達成しました。その時の発表で10年後のBSビジョン3億と公言しましたが必ず達成します。
・ 低金利の時代、変化はチャンスと捉え、銀行からお金を借りて勝負したいと思います。何かをやりたいという気持ちはありましたが、今回参加して勇気をもらいました。
・ 「自己資本がステージをつくる。言葉に責任を持てる数字があるか? 理念を支える数字がいる」。刺さりました。
・ 大ボラ=大きな志。もう一歩前に出ていきたい気持ちになりました。
・ 本日、ビジョンを公言しました。会長の言葉で「1人はどうがんばっても一人。2人だと3人分、5人分の力がある」。これからビジョン達成に向けて勉強させていただきます。
・ 木村さんの話を聞くと元気が出ます。最近は少し落ち込み気味だったテンションが上がりました。言い訳せずに頑張ります。
・ 「理念を支える数字が必要。それにはBS目標がいる。BSビジョンが能力を引き出す」。しっかり実践したいと思います。
・ 「お金で大きなステージをつくる」。自分が思っていたことが間違っていなかったと勇気をもらいました。
・ 借金=悪いこと、という思いこみが変わりました。ビジョンを持って進みます。
・ BSビジョンを立てること。自己資本が殖やすメリットが理解できました。目標を立てて実現していきます。

2015年12月04日

No.1679 大阪木村塾 BS経営相談所 11月度 開催

11月27日、大阪木村塾11月例会が大阪産業創造館で開かれた。
今回も新規の方に多数ご参加いただいた。
経営の3大資源でもある「人・もの(サービス)・お金」。
その中から「人とお金の関係」に絞り込んでお話させていただいた。

12278773_934346059985362_4573873228671534966_n.jpg%91%E5%8D%E311%8C%8E27%93%FA222.jpg

結論からいえば「お金が人を活かし、人がお金を活かす」。
日本人は正面切ってお金の話をすることを嫌うが、お金を肯定的に捉えずして
ビジネスはできない。

では、そのお金をどのようにして調達するか。
ここで威力を発揮するのがBSだ。
BSは経営者の通信簿。BSを磨くことで銀行は乗ってくる。
日本は世界一現金のある国だ。その現金は銀行にある。

実例をお話しよう。
50期のとある会社。自己資本は10億円、社員は25名だ。
人件費として年間で平均一人500万円あれば賄える。
万一収入が急になくなったとしても実に8年間、社員を雇い続けることができる。
これが強い会社。社員を守れる会社だ。
そんな会社にはお客さんがつくし、銀行がお金を貸したがる。

BS100万円の会社から1,000万円の会社へ、そして1億円の会社へ。
ステージが上がると、これまでとは全く別の世界が見えてくる。

テーマにからめて話題の新刊書「99%の社長が知らない銀行とお金の話」を紹介した。
著者の小山昇氏は株式会社武蔵野社長。東京西部をエリアとするダスキンの加盟店だ。
私も15年前に企業訪問させていただいたが、
BS経営(小山氏は「B/S経営」と表現)を実践して驚異の成長を遂げた。
この本は経営コンサルタントでもある小山氏がまとめた最強の銀行交渉術指南書だ。
ちなみに同書によれば、経営計画書を書く企業は100社に1社、
BS経営に至っては1万社に1社しかないという。

また、BS経営を実践してステージを上げた塾生さんでもある3名の起業家に
体験談をお話しいただいた。
「BS経営を実践すると一気に付き合う金融機関が増えた」
「金融機関とパイプがつながると、どんどん融資や有益な情報が入ってくる」
皆さんと等身大の塾生さんの口から出る言葉は説得力がある。

変化が渦巻く今は、本当に大チャンスの時。
このタイミングに起業家が出ないことには日本はダメになる。
皆さんにはぜひ起業家になっていただきたい。

12313526_1030888913629151_2093840599947034352_n.jpg%91%E5%8D%E311%8C%8E27%93%FAm.jpg 12289533_1030888836962492_7795290386337655947_n.jpg%91%E5%8D%E311%8C%8E27%93%FA44.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「お金の活かし方が大切」という言葉が頭に残りました。4人の起業家の貴重な体験談をお聞きできBS経営のおもしろさを感じました。
・ BS経営。最初に聞いた時は衝撃的でしたが、時間が経つと忘れてしまい現状に戻りました。今回再度話を聞いて熱い想いが甦ってきました。再度、勉強します!
・ 久しぶりの参加でした。いつも来てよかったと思います。今回は実践されている方のお話も聴けてよかった。またエネルギーをいただきに参加します。
・ BS経営の大切さを学べてよかった。金融機関からお金を借りるにはBSを積む、BSが増えるとステージが上がる等、非常に勉強になった。
・ BS経営に特化したお話で大変満足しました。自己資本を持つよりも現金を持つ方が上だとの話。まだ債務超過の身ではありますが、今後強い会社にするための大きな指針となりました。今から3年でBS 1億の会社をつくり10年で40億を目指します!!
・ 郵便局長をしています。全く成り立ちも価値観も違い、どんなヒントがあるのだろうとの想いで来ました。数字の目標はっきりさせてそれを実践するとを聞いて、私もまず「大きな目標」をはっきり決めなければと思いました。
・ 失敗に対して、借金に対してなど様々なことに対する思考の枠組みがあったと思う。それを壊すと決断することが自分を成功に導くなと感じた。「何に対して素直であるか」を考え、努力よりも正しい選択を優先する。たくさんの学びがありました。
・ 自己資本1億に行くために毎日毎日頭の中で汗をかいています。強いBSも自己資本1億も、どちらもほぼ手中にあります。2017年には必達。そのためにも会長の「喝」が要ります!
・ 今までにないほど毎日考えています。5年先の数字はピンときませんが、5年先のための半年を考えて行動します。半年先が見られるようになったら1年後!
・ ビジョン、売れる会社を創るという意識を持って経営することも自己資本を厚くすることと同じくらい大切だと分かりました。起業家はゼロリセットされても再現できるのだと思いました。
・ 繰損を解消することに注力しようと改めて決意しました。50期自己資本1億は、まず「ここから」です。
・ こういったセミナーで実学を教えていただいたのは初めてです。驚きました。

2015年12月03日

No.1678 奈良木村塾 第3回セミナー開催 

11月26日 香芝市ふたかみ文化センターにて奈良木村塾 第3回セミナーを開催。
昨年11月末から1年ぶりのセミナー。
今回は「ピンチはチャンス」をテーマに、佐々木勝塾長のお話を交えて進行させていただいた。
冒頭、「ピンチとは何だろう? 困難だろうか?失敗、倒産? ふつうはそんなことから逃れたい
と思うだろうが、この変化が実はチャンスなのだ」と、お話をした上で、
わが起業家人生のDVDを上映。それから本論へ。

IMG_4166.JPG%82%C8%82%E73%82%CC2.JPG

日本はこれまでに明治維新と敗戦という二つの大きな変化に遭遇したが、
それが世界中の人を驚かせるほどの発展を遂げる大チャンスになった。
いまはそれに匹敵する3回目の大変化が押し寄せている。
それは少子高齢化であったり、情報革命であったり。

サービス産業の一つでもある観光産業。安倍首相は訪日外国人旅行者数を
2020年までに2,000万人から3,000万人に上方修正するという意志を表明したが、
東京五輪が近づくにつれてこの数字はますます増えるだろう。

香港は人口700万人だが、年間2,500万人もの外国人観光客が来訪している。
今後、日本も少子化で人口が200万人減ったとしても、常時300〜400万人の観光客が滞在すれば
市場経済は揺るがない。
これをチャンスといわずして何と言おうか。

こんな話もある。発展途上だったアフリカで靴が売れるかという議論が起こった時に
「アフリカ人は靴を履かないから売れない」という人と
「誰も履いていないからこそ、これから売れるのだ」という人がいた。
要は見方だ。「変化をどう捉えるか」の違いなのだ。

後半は佐々木塾長にバトンを渡して体験談をお話いただいた。
香芝市にある「美王」社長の佐々木さんは、奈良県を中心に10店舗の美容室や
ネイル、エステサロンを経営。
2013年にはセブ島へ日本人初の美容室をオープン、
さらに翌年には英会話学校を併設した美容学校も開校した。
起業家スピリッツを炸裂させてビジョンや海外起業の魅力について話す佐々木塾長に、
身体を乗り出して聞き入る皆さん。

質疑応答では「自分も起業したいが、資金調達はどうすれば?」という質問を受けて
経営資源の中でも最大ハードルであるお金の話で盛り上がった。
「手元にお金がない」は言い訳だ。
日本全体ではお金は余っている。引き出す力がないだけだ。

今回のセミナー開催に当たって、20代の若い方々が万全の準備をして司会進行してくださった。
ご参加いただいた方も新規の方や若い方が多く、会場は弾けるような空気に包まれた。

なお、奈良木村塾も今回をもって定期開催は最後となる。
ご尽力いただいた佐々木塾長はじめ関係者の皆さんに感謝の意を捧げたい。

IMG_4169.JPG%82%C8%82%E73%82%CC4.JPG IMG_4178.JPG%82%C8%82%E73%82%CC3.JPG

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「ピンチはチャンス」とはよく言われる話。「ピンチは変化」と捉える視点が面白かった。成功した人はちょっと変わっている。だからこそ、誰もが考え付かないことをやって成功する。今日の話を聞くと、結局ほとんどの人は変化に怯えて何もしなかったのだということに気付いた。
・ 飲食店を起業して4年目。「夢+日付=目標」は達成できました。これからは「夢+数字=計画」をしっかり持ち進んでいきます。
・ チャレンジしない人は失敗も成功もお金も経験も何も得られない、大損する! という言葉が特に印象に残りました。言い訳せずにチャレンジしたいと思います。
・ 変化を喜べるか。新しい挑戦を誰のためにするのか。変化を怖がらない人に!
・ 奥の深い講義でした。私は香芝市を活性化しようと活動していますが、大きなことをしようとすると叩かれることもしばしば。でも、もっと変化を求めていこうと思いました。
・ 2回目でしたが、今の自分にすごく合った話でした。間違いではないと再確認できました。失敗を恐れず飛び出す決意ができました。
・ 刺激的であっという間の時間でした。起業家の条件は理屈を考えない・胎を括る・お金を貯める。自分は3つとも弱いと実感しました。「成功の反対はチャレンジしないこと」やり切ります。
・ 夢を追う、実現させる、努力、行動、出来るまでやり続ける。明日から原点に戻りやり続けます。

2015年12月02日

No.1677 2015年11月度 実践目標の進捗報告

今年も残り1カ月を切った。皆さんの実践目標に対する進み具合はいかかでしょうか?

10月に家内が般若心経写経の写経1,000枚を達成したのに続いて、
先月12日、今度は私の般若心経写経が4,000枚に到達した。
平成19年11月20日の開始から丸8年間。
当初目標が10年間で3,000枚だったことを思えば予想以上の成果だ。

きっかけは、嶋野榮道老師が開創されたニューヨーク郊外にある大菩薩禅堂金剛寺で
二度に渡って受けた「受戒接心」と呼ばれる禅修行だった。
その良き体験を帰国後も続けたいと始めた座禅や写経が
今ではすっかり習慣化して生活のリズムになっている。

朝6時に起床。
私の1日は仏壇の前で合掌してご先祖の戒名を唱えるとろからスタートする。
それからゆっくり「般若心経」を唱えて座禅に入り、「白隠禅師坐禅和讃」で締める。
最初は口元でつぶやくように唱えていた読経も、今ではカラオケ張りに
胎の底から絞り出すように大きな声で唱えているが、これがまた気持ちかいい。
ここまでが約30分。
そして机に向かって写経を始める。
約1時間、一文字一文字を気持ちこめて丁寧に書きあげるひとときは本当に清々しい。

まだまだ煩悩が多いせいか仏様の境地には到達しないが、
姿勢を正して心を集中させると脳がクリアに甦るようだ。
何しろ私は脳が足の裏にあるかと思うくらい、思い立ったらすぐに動く人間だが
静止して考える大切さを学んだ気がする。
何よりこの良き習慣が、健康と共に「いまここにあること」への感謝の念を
届けてくれるのだ。

ほんとうに有り難き幸せな人生である。

FullSizeRender.jpg%94%CA%8E%E1%90V%E1d4000%96%87.jpg

☆では、私の11月度 目標進捗報告を。

・心(学び)
読書 92/100冊
英会話 89/100回
写経 4,023/4,000枚

・技(ビジネス)
飯の種探しツアー5/3回
企業訪問 93/100社
海外 8/7回

・身体
禁酒 208/200日(毎週末チェク)
トレーニング 125/150回(毎週末チェック)
万歩計 453/500万歩(毎週末チェク)
登山 15/10回、
25階段昇り 230/200回

2015年12月01日

No.1676 木村塾やってみよう会 11月度例会A

11月24日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第75回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は山内雪江さん。
書画家として活躍する田中太山氏に師事し、「笑文字」インストラクターとして
京阪神で教室や出張講習会を中心に展開している。

IMG_4142.JPG%82%E2%82%C1%82%C4%8ER%93%E0%82%B3%82%F12.JPG

「木村塾で自分の人生を語るのが夢でした」と話す山内さん。
実は私の二女の親友でもある。
1975年 4人兄弟の次女として大阪に生まれた。
幼い頃は「欲しいものがあるとダダをこねてお母さんを困らせる甘えん坊」。
それが「無口でおどおどする子」になったのは、お父さんのDV(家庭内暴力)だった。
怒りだすと止まらずに暴力に走る。お母さんも含めて家族中がそんな父親の姿に怯えた。
小学校に上がっても学校に行くことができず友達もいなかった。
「友達ができないのもずっと自分が悪いのだと思っていました」と話す。

孤独感を救ってくれたのは5年生の時、始めて仲良くなった友達だった。
「彼女はどんな事があっても私の事を信じて一緒にいてくれた。友達の大切さを学びました」。
しかし、家ではお父さんの暴力は止まらなかった。
血まみれになり命の危険を感じたお母さんは、子ども4人を連れて夜逃げをした。
「一時は兄弟ばらばらになったけれど、父の暴力から解放され幸せな時間だった」という。
生活のため夜の仕事に就いたお母さんに代わって姉妹2人が家事を担い、生活を支えた。
そんな平和な日々も1年しか続かなかった。
お父さんに居場所を知られ、再び6人で暮らすことになり、家族はまたお父さんの暴力に怯えた。

中学生になるとパン屋でアルバイトを始めた。
「反抗期でもあったせいで母から『お金が欲しかったら働き』といわれたんです。
中学生がバイトすることがいけないということも知らずに」。
休日はもちろん放課後も毎日仕事場に出かけ、パン職人になれるほど働いた。
学校では生活指導の先生に喫煙を疑われて体罰を受けたこともある。
「両親がヘビースモーカーなのでタバコは嫌い。吸っていないと言っても信じてもらえなかった」という。
大人への不信感は強まるばかり。そんな中で唯一、担任の先生だけは自分を守ってくれた。
「いい人との出会いで人生は良くなる」と学んだ。

高校生になるとアルバイトに明け暮れた。そのバイト先で知り合ったのが、わが家の二女だ。
お父さんに殴られるのがいやで家出を繰り返した。我が家に泊まる日も多かった。
制服のまま河川敷で野宿したこともあったという。

卒業後、寮生活ができると聞いてバスガイドになったが、その後、OLになりたくて転職。
会社努めをする傍らラウンジで働き、お金を貯めた。
20歳の時に親の反対を押し切って高校時代から付き合っていた男性と結婚。ハワイで挙式した。

ようやく手に入れた温かい家庭。1年後には長女を授かり、4年後には長男も誕生。幸せだった。
ところが念願のマイホームも手に入れ、いざ着工、というその日に夫が失踪した。
結婚して10年、山内さん30歳。長女9歳、長男5歳だった。
夫が帰ってくると信じ、営業の仕事をしながら家のローンを払い、一人で子どもを育てた。
実家には帰れない。児童相談所から人が来て長男を連れて行かれそうになったこともある。
限界だった。
「娘に『死のう』って言ったら『いいよ』って言われて。その時我に返ったんです。
頑張らないといけない。いろいろ助けてくれた友達に『ありがとう』って電話したら、
普通じゃない私の様子に飛んできてくれて・・・一人じゃないと思いました」

友達はしばらくの間、毎日やって来て子どもさんのご飯を作ってくれた。
義理の妹さんが、義弟の暴力が原因で山内さんの元に逃げてきたこともある。
幼稚園の先生でもあるその義妹に子どもの面倒をみてもらいながら1年4ヶ月共同生活をした。
その後、再び母子家庭に戻ったが、職場で上司に毎日怒られうつ病に倒れた。
家も車も健康も失って入退院を繰り返す日々。

復活できたのは、山内さんが『絶対に変わる』と自分を信じて人生を諦めなかったことだ。
その第一歩として2013年の 父の日に、確執のあったお父さんに会いに行った。
残念ながらこの時はお父さんが出てきてくれなかったが、『大きな一歩を踏み出した』と確信した。
その勘は当たり、後日お父さんの方から連絡があって2014年のお正月に再会。
今までの事を話し和解した。
同じ月に勇気を出して木村塾のやってみよう会に参加したことも、前に進む原動力になった。

「苦しい時に必ず誰かが助けてくれた。そのおかげで今の私があります。
私が元気で明るく過ごす事が、恩返しだと思います。私も苦しんでいる人に寄り添い恩返しして、
勇気を与えていけるような人になりたい」。

きっぱりと語る山内さん。
壮絶な人生。涙を流しながら聞いた人も多く、鳴りやまぬ拍手に包まれた。
会場には2人の子どもや義妹さんも参加された。

経営とは「経理(財務)と営業」でもある。
稼ぐ力と営業力に長け、行動力を兼ね備えた山内さんは起業家向きだ。
何よりも胎が据わっている。

私も14歳で父を亡くし、若い頃は厳しい人生を歩んだが
父から「私が成長するために最高のステージ」を与えられたと思っている。
それゆえ父には心の底から感謝している。
山内さんはお父さんと和解されたが、お父さんへの想いが「感謝」の念に行き着いた時
さらに大きく成長されるだろう。
山内さんはまだ40歳。
これからどんどん成長して、すばらしい起業家に育っていくと確信している。

IMG_4141.JPG%82%E2%82%C1%82%C4%8ER%93%E0%82%B3%82%F11.JPG IMG_2305.JPG%82%E2%82%C1%82%C4%8ER%93%E0%82%B3%82%F13.JPG

☆いただいたアンケートより抜粋

・ ピンチを正面から受けて生きてきた人生。輝いていますね。「私が元気で笑顔で生きる事」とても感動しました。
・ 飛び込み100件を中学生でやってのけるところが山内さんの持っている力の源! それができれば何でもできる!!
・ 考える前に行動することの大切さ。自分を支えてくれるたくさんの人たちの存在に感謝することができました。ご縁に感謝します。
・ 話がとても上手でテンポよくユーモアがあって引き込まれました。周りに勇気を与えると思います。自分が明るく元気でいることがご恩返しになる。その通りだと思います。
・ 何事も真剣に全力で取り組む山内さんの姿。素晴らしいです。話し終わった時のお顔は凄く素敵でした。
・ 壮絶な人生、バイタリティに溢れたくさんの事を乗り越えてきた山内さんの力強と明るさを尊敬します。
・ ハングリーに生きることを学びました。父親として子どもに対する接し方をあらためて考えようと思いました。
・ 山内さん、頑張ってよかったね! 大ピンチは大チャンス! へこたれない、悩まない、動きが早い、チャレンジ精神! 勉強になりました。 
・ ここ数年間の迷いを払拭し、明日から一歩踏み出せるきっかけをいただきました。
・ 笑顔からはとても考えられない人生。私は山内さんの1.5倍も生きているにも関わらず、山内さんの100分の1も苦労していない事に気付きました。
・ パワーをもらいました。私もがむしゃらにしたいことをしていこうと思います
・ どん底に落ちながらも立ちあがる力。山内さんの心の強さとチャンスの多さに驚きました。私も自分でやりたいと思ったことを行動に移して、どんな状況にあっても希望を持って輝きたい。
・ 逆境がチャンスならプラスに行動できる! 挑戦する勇気を思い出しました。

 

Copyright (C) 2016 KimuraKatsuo.com committee. All Rights Reserved / Powered by Genius Web