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2015年12月01日

No.1676 木村塾やってみよう会 11月度例会A

11月24日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第75回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「我が人生(経営)を語る」は山内雪江さん。
書画家として活躍する田中太山氏に師事し、「笑文字」インストラクターとして
京阪神で教室や出張講習会を中心に展開している。

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「木村塾で自分の人生を語るのが夢でした」と話す山内さん。
実は私の二女の親友でもある。
1975年 4人兄弟の次女として大阪に生まれた。
幼い頃は「欲しいものがあるとダダをこねてお母さんを困らせる甘えん坊」。
それが「無口でおどおどする子」になったのは、お父さんのDV(家庭内暴力)だった。
怒りだすと止まらずに暴力に走る。お母さんも含めて家族中がそんな父親の姿に怯えた。
小学校に上がっても学校に行くことができず友達もいなかった。
「友達ができないのもずっと自分が悪いのだと思っていました」と話す。

孤独感を救ってくれたのは5年生の時、始めて仲良くなった友達だった。
「彼女はどんな事があっても私の事を信じて一緒にいてくれた。友達の大切さを学びました」。
しかし、家ではお父さんの暴力は止まらなかった。
血まみれになり命の危険を感じたお母さんは、子ども4人を連れて夜逃げをした。
「一時は兄弟ばらばらになったけれど、父の暴力から解放され幸せな時間だった」という。
生活のため夜の仕事に就いたお母さんに代わって姉妹2人が家事を担い、生活を支えた。
そんな平和な日々も1年しか続かなかった。
お父さんに居場所を知られ、再び6人で暮らすことになり、家族はまたお父さんの暴力に怯えた。

中学生になるとパン屋でアルバイトを始めた。
「反抗期でもあったせいで母から『お金が欲しかったら働き』といわれたんです。
中学生がバイトすることがいけないということも知らずに」。
休日はもちろん放課後も毎日仕事場に出かけ、パン職人になれるほど働いた。
学校では生活指導の先生に喫煙を疑われて体罰を受けたこともある。
「両親がヘビースモーカーなのでタバコは嫌い。吸っていないと言っても信じてもらえなかった」という。
大人への不信感は強まるばかり。そんな中で唯一、担任の先生だけは自分を守ってくれた。
「いい人との出会いで人生は良くなる」と学んだ。

高校生になるとアルバイトに明け暮れた。そのバイト先で知り合ったのが、わが家の二女だ。
お父さんに殴られるのがいやで家出を繰り返した。我が家に泊まる日も多かった。
制服のまま河川敷で野宿したこともあったという。

卒業後、寮生活ができると聞いてバスガイドになったが、その後、OLになりたくて転職。
会社努めをする傍らラウンジで働き、お金を貯めた。
20歳の時に親の反対を押し切って高校時代から付き合っていた男性と結婚。ハワイで挙式した。

ようやく手に入れた温かい家庭。1年後には長女を授かり、4年後には長男も誕生。幸せだった。
ところが念願のマイホームも手に入れ、いざ着工、というその日に夫が失踪した。
結婚して10年、山内さん30歳。長女9歳、長男5歳だった。
夫が帰ってくると信じ、営業の仕事をしながら家のローンを払い、一人で子どもを育てた。
実家には帰れない。児童相談所から人が来て長男を連れて行かれそうになったこともある。
限界だった。
「娘に『死のう』って言ったら『いいよ』って言われて。その時我に返ったんです。
頑張らないといけない。いろいろ助けてくれた友達に『ありがとう』って電話したら、
普通じゃない私の様子に飛んできてくれて・・・一人じゃないと思いました」

友達はしばらくの間、毎日やって来て子どもさんのご飯を作ってくれた。
義理の妹さんが、義弟の暴力が原因で山内さんの元に逃げてきたこともある。
幼稚園の先生でもあるその義妹に子どもの面倒をみてもらいながら1年4ヶ月共同生活をした。
その後、再び母子家庭に戻ったが、職場で上司に毎日怒られうつ病に倒れた。
家も車も健康も失って入退院を繰り返す日々。

復活できたのは、山内さんが『絶対に変わる』と自分を信じて人生を諦めなかったことだ。
その第一歩として2013年の 父の日に、確執のあったお父さんに会いに行った。
残念ながらこの時はお父さんが出てきてくれなかったが、『大きな一歩を踏み出した』と確信した。
その勘は当たり、後日お父さんの方から連絡があって2014年のお正月に再会。
今までの事を話し和解した。
同じ月に勇気を出して木村塾のやってみよう会に参加したことも、前に進む原動力になった。

「苦しい時に必ず誰かが助けてくれた。そのおかげで今の私があります。
私が元気で明るく過ごす事が、恩返しだと思います。私も苦しんでいる人に寄り添い恩返しして、
勇気を与えていけるような人になりたい」。

きっぱりと語る山内さん。
壮絶な人生。涙を流しながら聞いた人も多く、鳴りやまぬ拍手に包まれた。
会場には2人の子どもや義妹さんも参加された。

経営とは「経理(財務)と営業」でもある。
稼ぐ力と営業力に長け、行動力を兼ね備えた山内さんは起業家向きだ。
何よりも胎が据わっている。

私も14歳で父を亡くし、若い頃は厳しい人生を歩んだが
父から「私が成長するために最高のステージ」を与えられたと思っている。
それゆえ父には心の底から感謝している。
山内さんはお父さんと和解されたが、お父さんへの想いが「感謝」の念に行き着いた時
さらに大きく成長されるだろう。
山内さんはまだ40歳。
これからどんどん成長して、すばらしい起業家に育っていくと確信している。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ ピンチを正面から受けて生きてきた人生。輝いていますね。「私が元気で笑顔で生きる事」とても感動しました。
・ 飛び込み100件を中学生でやってのけるところが山内さんの持っている力の源! それができれば何でもできる!!
・ 考える前に行動することの大切さ。自分を支えてくれるたくさんの人たちの存在に感謝することができました。ご縁に感謝します。
・ 話がとても上手でテンポよくユーモアがあって引き込まれました。周りに勇気を与えると思います。自分が明るく元気でいることがご恩返しになる。その通りだと思います。
・ 何事も真剣に全力で取り組む山内さんの姿。素晴らしいです。話し終わった時のお顔は凄く素敵でした。
・ 壮絶な人生、バイタリティに溢れたくさんの事を乗り越えてきた山内さんの力強と明るさを尊敬します。
・ ハングリーに生きることを学びました。父親として子どもに対する接し方をあらためて考えようと思いました。
・ 山内さん、頑張ってよかったね! 大ピンチは大チャンス! へこたれない、悩まない、動きが早い、チャレンジ精神! 勉強になりました。 
・ ここ数年間の迷いを払拭し、明日から一歩踏み出せるきっかけをいただきました。
・ 笑顔からはとても考えられない人生。私は山内さんの1.5倍も生きているにも関わらず、山内さんの100分の1も苦労していない事に気付きました。
・ パワーをもらいました。私もがむしゃらにしたいことをしていこうと思います
・ どん底に落ちながらも立ちあがる力。山内さんの心の強さとチャンスの多さに驚きました。私も自分でやりたいと思ったことを行動に移して、どんな状況にあっても希望を持って輝きたい。
・ 逆境がチャンスならプラスに行動できる! 挑戦する勇気を思い出しました。



 

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