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2016年03月30日

No.1708 大阪木村塾BS経営セミナー 3月度開催

3月25日、大阪木村塾3月例会が大阪産業創造館で開かれた。
今回はゲストスピーカーにBS経営実践者としてめざましい成長を遂げる
株式会社ルーミンリフォーム代表取締役、松岡美奈子さんをお迎えした。
リフォーム事業のほか、2012年から開運財布の製造販販売事業を開始し、
一般財団法人 日本開運財布協会理事を務める。

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大阪教育大学卒業後、内装職人を経て26歳で起業した松岡さん。
西宮市に会社があり、阪神淡路大震災では被災して大打撃を受けた。
事業が回らなくなり自宅を掃って家族で会社に住みこんだこともある。
2012年の東日本大震災では建築資材か入らず、リフォーム事業はどん底に。

松岡さんがかつて漏らした名言(迷言)がある。
それは「決算書は税金の計算書だと思い込んでいました」という言葉。
「とにかく税金を払わなくても済むように。だから毎年赤字決算を続けました」と苦笑いする。

そんな中でBS経営と出会い、強いBSをつくりたいと始めたのがオリジナル開運財布の販売だ。
住宅が人の住まいなら、財布はお金の住まい。住宅建築で培った「風水」を財布に盛り込んだ。
「売っているのは財布ではなく幸福。気質鑑定士やインストラクター養成講座も展開しているので
財布を買って幸せになった人が、次は鑑定士になって新たなお客さんを開拓してくれます」。
斬新なビジネスモデルで普通の主婦が年収1,000万円を稼げるビジネスモデルを考案した。

その結果、黒字化し財布事業がリフォーム事業を大幅に上回る利益を生み出している。
現在17期でグループの自己資本は2,500万円を達成。
それを2017年には1000人の気質鑑定士をつくると共に自己資本1億円に、
ステージを世界に広げ、2025年には自己資本50億円にするというビジョンを掲げる。

「現段階では目標額にまだまだ遠く、あと2年でどうするの? と言われそうですけど、
一度自己資本の実績ができれば、金融機関からその数倍の資金が引き出せます」。
自信を持って話す松岡さん。しかし、強気の発言には根拠がある。

決算書は経営者の通知簿。
いい決算書をつくれば金融機関の信用が得られ、資金調達が容易になる。
その「いい決算書」の計りになるのが、BS(バランスシート)の自己資本だ。
売上や社員数では信用力の計りにはならない。
そのためには毎年得られる利益の中からしっかり税金を払って自己資本を積み上げる。
これが必要だ。

「BSは経営者の意識がつくるもの。でも体質は急に変わらないし、数字もすぐには伸びません。
しばらくは底辺を横ばいに推移するけど、ある地点から急に伸びる時が必ず来る。
ホッケースティックの形のように。
膿を出し切って耐えて耐えて、耐え抜くことも必要です」。

また、松岡さんはこうも言う。
「ビジョン実現の秘訣は、とてつもない大きなビジョンを描いて公言すること。そうすれば
普通なら考え付かないようなアイデアが浮かびます。儲かる仕組みが生まれるんです」。

「会社という組織の中に社員を抱えるのも縛るのも、もう古い。多くの女性たちは
フルタイムで働きたいと思っていません。正社員でもパートでもない。自らが
経営力を付けてしっかり稼ぐ。そのためには仲間が必要です。輝いて活躍して稼げて
かっこいい女性起業家をつくるのが私の夢」と言い切る。
満席の会場で松岡さんの言葉に大きく頷く女性たちの姿が印象的だった。

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「どなたに見ていただいても、聞いていただいても問題ありません」と、
資料として用意された決算書の持ち帰りもOK。
会場にはルーミンリフォームの取引先金融機関の担当者さんの姿も。

起業家とはカタチを変え、新たにメシの種をつくること。
銀行にお金が余っている日本はチャンスだらけだ。
誰もが松岡さんのようになれるのだ。みんなできる。チャレンジさえすれば。

最後に堀江かりん塾長が、うれしい言葉で締めてくださった。
「木村塾に参加すると松岡さんのように誰もがパワフルに輝くことができます。
重要なのは、まず『来ると決める』こと」。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 起業家になりたい!と今回ほど思ったことはありません。10年後を思い描いてビジョンを設定し実現します。私も女性の働き方に革命を起したい。
・ 固定観念にとらわれない松岡さんのお話に感動しました。息子さんが3人いても毎日どういう時間を作って生活しているのか。その上で仕事も伸びている。本当に凄い。人生のビジョンをしっかり持って、それを公言する。10年後の自分にとってワクワクするような大きなビジョンを数字で描く。それなら私にもできる事だと思いました。
・ 凄いパワーです! 「お金はお客様のありがとう」「ワクワクする大きなビジョンを数字で描く」「目的をしっかり持つ」「縁を大切に」「ビジョンより逆算」印象に残った言葉です。
・ 「目標はありえないくらい大きい方がいい。なぜなら仕組みを創るから」。心に響きました。
・ 起業家としてビジョンを持ち公言すること。「人・もの・金」の活かし方の本当の意味。気付きが多かった。
・ 今までの延長で考えるのではなく、飛躍は自分の将来ビジョンを考える。直ぐに実践します。
・ 松岡さんの「自己資本50億円!! 」とても刺激になりました。ということで、私は2040年に自己資本100億円にします。共に学び共に達成しましょう。
・ 自分の精神フィールドが一段引き上げられた感じがします。「メシの種をつくるのが起業家」「社員さんを抱えるのも縛るのも古い」「加齢を減点と見ない、プラスとなっていくものとして見る」「全ては捉え方」。サイコーです!!
・ 「銀行の借り入れは借金ではなく資金調達」「日本はチャンスだらけ。チャレンジしなければ何も残らない」「140%の目標を立てていく。仕組みが変わる」「ものの価値を創る」。今の自分には全くなかった発想をいただくことができました。
・ 200%、400%を発揮しなとできない。そう考えていくクセを付けていきます。
・ 起業のイメージを持てずにいましたが、松岡さんの「木村塾に行く。すぐには分からなくても続けることで気付ける」という言葉に背中を押されました。

2016年03月28日

No.1707 木村塾やってみよう会3月度例会A

3月22日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第83回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」は大阪でネイリストとして活躍する前田真沙さん。
予防医学のビジネススクールを経てフットケアの資格も取得し、近い将来
「人が集まるカフェ」をつくると共に、環境ビジネスや不動産事業に挑むという。

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「私の人生に一番影響を与え、将来ビジョンにもつながる家族にフォーカスしてお話します」
スクリーンにアルバム写真を映し語り始めた前田さんは1983年鹿児島生まれの大阪育ち。

「記憶の中で両親はいつも不仲でした。原因はお金のことだったり、父の浮気だったり」。
2人姉妹の長女。共働き家庭にあって幼い妹さんの「第2のお母さん」になろうと努めた。
理不尽な行動をとる父親の元から逃れるため
母親に連れられ妹と3人で家出したこともある。
「大切の人をどこかいいところへ連れて行けるような力が欲しい」と願った。

高校卒業後、美容サロンに勤めネイリストに。
動機がユニークだ。
「四角い爪や、もみじみたいな自分の手にコンプレックスがあったのです。
高校時代からネイルを施すうちに、これを仕事にすれば救われるのではないかと」。
しかし、最初に勤めた心斎橋のサロンでは女性オーナーから、
「あなたなんかいなくても同じ」と言われ、それは厳しく指導された。
「死なない程度に事故に合わないかと願う毎日」。
しかし、今に思えばそれが底力になった。

2009年に両親が離婚。「何のために生まれてきたんやろう」と嘆く父親の言葉に胸を痛めた。
可愛がってくれた祖父の死。支え続けてくれた母親のガン罹患。家庭内での金銭トラブル。
絶望の中で、唯一、命をつないでくれた姪子さんの存在に希望の光を見た。

「自分がどうしたいのか」。進むべき道が見え始めたのはメンターとの出会い。
「一人で頑張ろうとしていた人生より仲間がいるチームの人生を選びたい」。
人の輪が広がる中でビジョンを同じくする仲間に恵まれた。

「夢をあきらめない人生を生きる」と決めた。
自らのミッションを「幸せになって、その幸せを隣の人へ広げていくこと。
未来の子どもたちへ幸せを繋ぎたい」と話す。
そして、このミッションを遂行するために
「動物・人・地球・企業の4つWINを目指して500人の仲間をつくりたい。
2020年に人が集えるカフェをスターさせ、同時に不動産事業や水ビジネスにも着手します」
とビジョンを発表した。

経営とは会社経営だけではない。
人生経営もあれば、家庭経営もある。
ちなみに自己資本は、家庭でいえば貯金である。
仮に仕事が無くなったり病気になって無収入になっても、
貯金があれば生活をキープすることができる。
家庭経営に貯金が必要なように、会社経営では自己資本が存続の要となる。

これから会社経営を始めようという前田さんには、
「貯金」という形でビジョンに数字を掲げてもらった。

私の原点は3つある。日本で生まれたということ。
14歳で父が亡くなったこと。そして、私が長男であったということ。
これが私を育てた。
前田さんの原点も、いろいろ問題を抱えた家族関係にあった。
しかし、これが究極「人を幸せにする」という前田さんのビジョを生みだした。

会社経営とは「人・もの・カネ」を活かすこと。
それらを足して3にするのではなく、掛け算にして30にも300にもするのが経営だ。
では、お金を活かすとはどういうことだろう?
「稼ぐ」だけではなく「貯め」て「運用する」ことだ。

資金調達を恐れてはいけない。
具体的にはどうすればいいか。その資金はどこにあるのか。
お金は銀行にある。銀行から調達すればいい。
日本の銀行にはお金が余っている。銀行は貸しを探している。
どこに貸すか。
自己資本を持っている会社に貸す。自己資本は会社の貯金である。
貯める力のある人のところに貸す。
言いかえれば、自己資本は会社の信用力に他ならない。
事業運営に使うために銀行から借りるお金は借金ではない、資金調達だ。

明治時代の偉大な起業家、渋沢栄一は「右手に論語・左手にソロバン」と言ったが
経営とは言葉と数字。
「こうなりたい」というビジョンも、言葉だけでなく、数字で掲げることが重要だ。

ビジョンの一つに不動産事業を掲げる前田さんは
「人が集まるカフェ」や「地球環境を守る」というビジョン実現のために
この不動産事投資業で資金調達したいと語る。

お金と人を集めることができる人は起業家としての資質は充分だ。
何より前田さんは皆の前で「2020年のありたい姿」を言葉と数字で公言した。
このことがビジョン実現の最高のエンジンになるだろう。
登る山が決まれば、登る方法を考える。
皆の前で公言したのだからもう逃げられない。そうすれば戦略が見えてくる。

最後に大好きだというマザーテレサの言葉を紹介した。
「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから」

参加者からのフィードバックに対して何度も「感謝」を口にした前田さん。
「自分自身の存在価値を感じない私でしたが、勇気を出して発表して本当によかった。
言ってみないとわからない。こんなに共感や共通点を上げてもらえてありがたかった。
これからも想いを発信してたくさんの人様と熱くて深い人間関係をつくっていきたい」。

10年後の前田さんに期待したい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 前田さんの「家族みんなが幸福で健康」「大切な人たちをどこかいいところへ連れていけるような力がほしい」という幼少の夢が根幹となり、将来の前向きなビジョン、「動物・人・地球・企業の4つのWIN」、2025年人口の2/3が水不足となる中での取り組み姿勢が素晴らしいと思いました。「地球の声を聞く、地球との共存、ALL-WIN」の思考がビッグで凄いと思います。
・ 感謝をカタチにするためにお金を稼いでお世話になった型へ恩返し。期限を設定しないとアイデアも浮かばないし行動もできないと思いました。私も願望を明確にして期限も決め数字に変えていきます。
・ 幼少の頃からのご両親の問題やご自身のコンプレックスを糧にしてとても前向きな方だと感じました。プレゼン中とても観賞豊かで、聞いていて楽しかった。
・ 自分と同じ家庭環境、境遇だったので非常に共感しました。
・ 2020年、不動産開始! ぜひ宅地建物取引士の免許を取って知識をつけてぜひ成功してください。
・ 33歳の女性が「地球とつながっていく」という言葉を吐かれ、「どのように」という問いに、どういう会社とどうつながっていくかを説明された。勇気がある。視野を広げ、多くとつながることで成長されるでしょう。
・ 人の人生を聞くことで、自らの学びにつながった。とても良いと思いました。辛い苦しいと思う人生も、その人にとって必要な出来事だったのだと思います。その経験を色んな人にシェアしてほしいと思いました。

2016年03月14日

No.1706 木村塾やってみよう会3月度例会@

3月8日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第82回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」は山出光文さん。手足に障がいを持ちながら
勤務する大手流通で企業版のボーイスカウト担当として2000人もの子供たちと関わる。
その一方「生きる大切さを伝える魂の語り部」のキャッチフレーズで講演活動を続ける。
今年1月には初の著書となる「折れない心になれる言葉」(セルバ出版)を出版。
著書PRも兼ねて、ほぼ2年ぶりの「わが人生を語る」再登板となった。

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山出さんはちょうど50歳。
「前回発表した時に木村会長から50歳になったら本を書けと言われて執筆に取り組みました。
そして試行錯誤の結果、今回ようやく出版にこぎつけました」
晴れやかな笑顔で語る。

脳性小児まひにより両手両足に障がいを持って生まれた。
「母は自分の産んだ子供が不治の病を持っていると聞いた時、ハンマーで頭を殴られたように
感じたそうです。しかし、その時に父はこう言った。『お前の気持ちはよく分かる。
絶望しかない。わしもそうだ。しかし親は子供のために生きなければいけない。
自分たちが前向きに生きなくてどうする』と。その言葉に母も覚悟をしたそうです」。

バリアフリーやユニバーサルデザインなどの言葉や考え方もなく、
障害を持つ人に対する制度も環境も整っていない時代。
「何よりもつらかったのは、回りから理解されないことでした。
自分の障がいに対して何度恨んだかわからない。両親にも辛く当たりました」。

小学校入学時には、一人だけ校長室に呼ばれて試験を受けさせられた。
「入学許可が出た時は親子で抱き合って喜び合いました。成績がよかったから、
という理由でした。でも、小中学校は義務教育。選抜されること自体おかしなことです」。
このときの悔しい気持ちが、その後のいじめや不当な扱いに屈指ない原動力になった。

しかし、立ちはだかる壁に対して山出さんが前向きに粘り強く向かえたのは
「この子を自立させるのだ」というご両親の強い意志と深い愛情があったからに違いない。

転機は大学卒業後、単身で挑んだアメリカ留学。障がい者に対する文化の違いに感動した。
「まず、指を指されない。日本では車椅子で町を歩いていると『あれ何?』と指を指して
親に尋ねる子どもたちがたくさんいました。でも、アメリカは違った。
もしも子どもがそんな行動をしても『彼は障がいがあるだけ。助けてあげようね』と、
親は子どもに注意するんです」
言葉や身体的なハンディを乗り越えて過ごした3年間のアメリカでの生活が
山出さんに自信をつけさせた。

括りとして障がい者雇用についても触れた。
「いま日本にいる障がい者は700〜750万人、手帳を持っていない人を含めると
1000万人と言われます。その中で企業に雇用されている人は約40万人に過ぎません。
しかもその大半は大企業。中小企業での障がい者雇用はまだまだこれからです」
「企業さんには『まず、雇ってみたら』と伝えたいですね。そこから、彼ら彼女らの
『出来ること』に目を向けて考えてはいかかでしょうか。雇う前からNOというよりも、
声を聞いてそれをサービスや商品作りに活かせば収穫も多いはず」と提案する。

質問タイムでも障がい者に対する接し方や雇用についてさまざまな質問が飛んだ。
「根本は聞く、ということではないでしょうか。イメージや先入観に捉われずに聞く。
何をすればいいか、どうしてほしいのか、分からなければ、まず聞く。
お互いに関心を持って接し、声をかけるというところから始まります」
山出さんの言葉は、障がいの有無に関わらず人とのコミュニケーションにおいて
本当に大切なものは何かに気付かせてくれる。

著書「折れない心になれる言葉」には
ものの見方や考え方が変わる、逆境・障がいに学ぶ生きるヒントがいっぱいだ。
今後について「来年度までにもう1冊本を出版します。ここ数年のうちには起業して、
私にしかできない障がい者福祉に関係するコンサルタントに」と、力強く語った。
山出さんがそんな会社を創るなら、私もぜひ応援したい。

50歳になったら本を書けと言っている私だが、『逆境に勝る師なし』を出版したのは
実は60歳を過ぎてからだった。
そして、本を出したお陰でその後の人生はさらに輝き始めた。
人生はメイクドラマだ。
本に書くと思うと、おのずから行動が変わってくる。私もぜひ続編を書きたいと思っている。
皆さんも人に感動を与えるような人生を、自らが選んで歩んでほしい。
そのためにも逆境に立ち向かうことはもちろん、自ら高い目標を掲げ、その壁に挑んでほしい。
山出さんのこれからの人生が楽しみだ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 今日のお話は私の将来ビジョンに一歩近づける内容でした。私はどんな人でも強みを発揮して「活躍」できる会社を創ることが目標です。障がいを持っていても強みは必ずあります。山出さんのように活き活きと働く人たちをたくさん雇用できるよう頑張ります。
・ 人への接し方や人の話を聞くことの大切さ。「できないこと」よりも「できること」を考えることの大切さを学びました。
・ 「生きる魂を語る語り部」としての新たなステージに立っておられる山出さんのお話を受け止めました。アメリカでは「ハンディキャップ・ピープル」、日本では「障がい者」と言いますが、個性と捉えるか、異質なものと捉えるか。その違いに気付きました。山出さんのアウトプット、講演、出版活動に期待します。
・ 「子どものために生きる」親の言葉に感動しました。なにくその原点があったからいじめを乗り越えることができた。困っている人があるとアメリカは積極的、日本は消極的であることにがっかり。視力が悪いからメガネをかける。人は誰もが障がい者。だから皆で支え合って生きていくことが大切だ。
・ 自分自身、軽度の脳性まひを持って生まれたので共感できる部分が多かった。障がい者にしか分からないこと、視点はとても貴重なことです。体験を講演や本で伝える事の重要性を実感しました。
・ 「できないことに目を向けるのではなく、できることに目を向ける」という事を学びました。「困っている人があれば助ける」「障がいを持つ人には後ろからでなく前から話しかける」など、人との接し方についても沢山教わりました。
・ 何事にもプラスに考えて行動に変えていくことの大切さを学びました。出版も難しいと言われた中で、必ず出すという決意。スゴイと思いました。
・ ご両親の「お前を障がい者としては育てていない」という言葉がつくった山出さんなんですね。カッコいいと思いました。
・ 障がいという逆境を乗り越えて人生をポジティブに切り拓いておられるエネルギー、向上心、ひたむきさに生きる力をもらいました。将来、障がい者雇用のできる職場にします。
・ 出版社で「山出さんの障がいでは売り物にならない。乙武さんなら売り物になる」という話に驚きましたが「足が悪いだけかな」と思っていたという参加者の言葉にも、改めて(ハンディキャップを感じさせない)前向きな山出さんを実感しました。本を孫に届けてやろうと思います。
・ 著書拝読しました。多くの障がいを乗り越えてこられた。そのご苦労を口で言うのは簡単ですが、スゴイと思います。山出さんのような方が開拓者になっていかれると感心しました。
・ カタチを変え、障がい者雇用の新たな道を開こうとされている。山出さんもまた、起業家なのだと思いました。これからの活躍に期待しています。


2016年03月10日

No.1705 アフラック京都府アソシエイツ会第3回研修会で特別講演

3月4日16時10分から「アフラック京都府アソシエイツ会第3回研修会」が
京都市下京区にあるホテル日航プリンセス京都で開催され、講演させていただいた。
アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)の代理店の方々が集まる連絡会。
11月に続いて2回目だ。

「生き残るためのビジネスヒントがここにある〜強くてよい会社を創るには」の演題で
お話させていただいた。

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18歳で起業して半世紀以上になる。50歳までは何も分からずがむしゃらに経営した。
目標は大きくなること。売上を上げ従業員数や店舗を増やした。
高度成長という時代の追い風を受けて会社は発展した。
そして、50歳のときに迎えたバブルの崩壊。巨額の負債を抱えた。
失敗の原因はバブルではない、経営に対して何も知らないことにあった。
経営の勉強を一からし直した私は、1,000社以上の会社を訪問したり、
3,000社を超える企業の決算書を見る機会を得て、あることに気付いた。

経営において重要なものはバランスシート(BS)の中にある、と。
筆頭格が大阪市西区にあるバルブの卸の会社。
古いビルにある小さな会社だが、なんと社員一人当たりの自己資本が4,000万円もある。

これは何を意味するのか。
従業員一人を雇うのに年間500万円かかるとして、もしも会社が何かの事情で
給料が払えなくなっても8年間は解雇せずに会社を継続できるということだ。
つまり、つぶれない会社、何があってもつぶれにくい会社ということ。
逆にいくら売上や従業員数が大きくても、一人当たりの自己資本額が少ないと
何かあれば事業を継続できず、たちまちつぶれてしまう。

目標はバランスシート(BS)の自己資本額であって、損益計算書(PL)の売上ではないのだ。
PLが1年間の部分最適であるのに対し、BSは過去・現在・未来とつながる全体最適である。
私は、BSに注視して自己資本を厚くする経営を「BS経営」と名付けた。

建物に例えると、PLが地上に建つビルなら、BSは地下に埋め込んだ基礎部分。
いくら高いビルでも基礎部分がおろそかだとちょっとしたことで倒れてしまう。
BS経営は、何があっても倒れない鉄筋コンクリート入りの頑丈な会社をつくる経営の王道だ。

以来、我が社UBIはこの経営を導入した。
目標額を自己資本に定め、そのビジョンに向かって実践した。
すると金融機関からの信用が高まって資金調達が容易になる。
資金調達が容易にできると経営はどんどん好循環となって業績は飛躍的に発展した。
この20年で自己資本額は20倍以上になった。
社員一人当たりの自己資本額ではあのトヨタを凌ぐ力を持つ。
何より、BS経営を導入すると数字が読める社員が育った。
BS経営は人財育成の経営でもある。

今回も沢山の会員さんにご参加いただき、食い入るような眼差しで聴いていただいた。

経営とは変化対応力である。
そして、変化はピンチではなく最高のチャンスだ。
情報革命の渦中にある今の日本は、明治維新や第二次大戦後以上の変化が訪れている。
チャンスは中小企業にある。
小さくても強い会社を目指ざせば、まちがいなくこの国はさらに強い国になる。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ これまでBS視点で見ることがなかったので驚きでした。変化をチャンスと捉え邁進し・ 心に残った言葉。「どの仕事も本業。どれも副業と思ってやったことがない」。
・BS経営を教わり目が覚めた。今までPL型経営だったことに気付いた。「BS経営のススメ」を読みたい。
・  勉強になりました。短期的な数字を追いかけていても財務体質が健全かどうか分からず、将来が見えていない経営者が多い。BSを意識することで社員は考え、経営視点を持ち向上する。社長一人で考えるより社員全員で意識する方が会社が強くなる。実践します。
・ 元気の出る講座でした。大半の中小企業さんはなかなかBS思考にはならないと思いますが、「BS経営のススメ」を購入して勉強します。
・ 数字は難しいので分かりませんが、物の視点を変えることの大切さが良く分かりました。
ていきます。
・ 今年50歳。今日の話はドンピシャでした。元気か出てきました。


2016年03月09日

No.1704 木村塾パワーアップセミナー「まず行動をするのに必要なことは?」

3月1日 大阪市北区にある手品家・梅田店で第1078回パワーアップセミナーを開催。
プレゼン力を鍛え、潜在能力を引き出すこのセミナー。

参加者は会場で与えられたテーマについて考えを頭の中でまとめ、
一人ずつ前に出て3分間でプレゼンテーションを行う。
テーマは主催者が用意しているが、今回は3案の成果から皆さんに選んでもらった。
そして決まったのが「まず行動をするのに必要なことは?」
即題にも関わらずプレゼンテーションの1番手争いは熾烈だ。

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全く正反対の意見が出てくることが面白い。たとえば
「以前は熱意と勇気だと思ったが、今はまず行動計画を立てる」
「昔は何でも考えすぎていた。今はとにかくやってみることが大事だと考える」
「目標を掲げること」「決めること」
「勇気。ダメモトという考え方で挑む」
「最初のハードルを下げる。たとえば『5分だけやってみよう』とか」
「事業の場合はお金、そして強い意志」等々

何が正解で何が間違いということはない。
ちなみに私の場合、「行動すねために必要なもの」など考えたこともない。
脳味噌が足の裏についているのか、とにかく気付いたら、足が動いている。
いや、正確には「必要なものなどなかった」というべきか。
メシが食えなかった。だから、変化するしかなかった。

「お前は長男だ」と言い残して亡くなった父。
その言葉を受け、家族にメシを食わせるために次々とチャレンジした。
あれこれ考える選択なく、動いただけの話。
何か事を成そうと考えてやってきたわけではない。

しかし、確かにチャレンジし続けてきた。
それは「好奇心」かもしれない。知りたいという欲求。
「やったことがない」ということに対してワクワクした。
今まで30を超える事業にチャレンジしてきたが、
最終的に4つの事業が成功を収めた形になっている。

今では成功したことよりも30以上の事業にチャレンジしたことのほうが、
上ではないかと思うくらいだ。
うまくいればカネが儲かる。
失敗しても経験が儲かる。
だから、うまくいかなくても悲壮感はない。
むしろ、また新しいことをやろうとファイトが湧いてくる。

経営には「人・もの・カネ・情報・マーケット」という資源が必要だ。
今はスマホがあれば、世界のどこにいても情報が入る。だから商売はできる。
その中でも、「人やカネ」という視点では日本は本当に恵まれた国だ。

うまくいかずに首をくくるようなことだけは避けなければいけないが
まずはやってみてほしい。
チャンスを活かすとは、自分を活かすことだ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 今回も頭の体操になりました。毎日、頭の中で色々な事かつながり、アウトプットすることにより、今までインプットしていたものがより以上自分の言葉として身についてパワーアップしていると思います。
・ 人間は良く考える生きものですね。考えを起す時点で、そのゴールに取り組むために行動しているのかもしれません。無心で右も左も判断しているようで経験による判断があるのだと思う。
・ シンプルなテーマだけに、いろんな深い気付きが得られました。まずは好奇心を持ってやってみること。まさに「やってみな分からん、やったことしか残らん」。皆さんのプレゼン、会長のフィードバック。ためになります。
・ 私の答えは「行動しようという意志」。やるか、やらないか、迷うということは、やりたいと考える自分を大事にしてあげる。意志決定すれば引き寄せる!!
・ 「世の中の役に立っている状態が現役ということ」。「経営とは拡がり。職人は深さ」。「BS目標を持つ。ステージは総資本で決まる」「BSを目指すと経営者が育つ。PLでは育たない」。これも今日の学びです。

2016年03月03日

No.1703 大阪木村塾BS経営セミナー 2月度開催

2月26日、大阪木村塾2月例会が大阪産業創造館で開かれた。
いま日本は明治維新や第二次大戦後に続く大変化の時を迎えているが、
ではその変化をどうチャンスに変えるか?
今月のBS経営セミナーは、具体的なチャンスの捉え方・掴み方をお伝えした。

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ゲストスピーカーには株式会社ヴィレッジ代表取締役の村上英樹さんをお迎えした。
吹田市にあるヴィレッジは平成12年に村上社長が創業した住宅リフォームの元請け会社。
現在16期。社員は9名だ。
勉強家の村上社長は日創研に続いて倫理法人会で学び、大阪中央区倫理法人会会長も務める。
セミナーでは決算書を開示して、創業から現在に至るまでの経緯と現状を紹介、
2020年のBSビジョン、1人当たりの自己資本額を掲げた。
今後の課題は「属人的営業に頼るのではなく、儲かる仕組みをつくること」
そのため広報活動や社員教育に力を入れたいと話す。

2歳でお母さんと生き別れ10代で社会に出た村上社長。「学歴といういじめ」に合い、
自分は要らない人間なんだと自己否定していた時代もあったという。
悪質な訪問販売に手を出したこともある。
しかし、さまざまな苦節体験が学びにつながり村上社長の器を大きくした。
「自分が変われば社員が変わる、社風が変わる」「考えを社員にきちんと伝える大事さ」
体験から出た言葉に心を打たれた人も多かった。

「人・もの・カネ」という経営資源を活かし何倍にも膨らませるのが経営。
言い換えれば、経営とは人を活かし、ものを活かし、カネを活かすことだ。
では、この中で「カネを活かす」とはどういうことだろう?
それは売上を上げることではなく、いかに資金調達してどう運用するか。これに尽きる。
そのためには、いい決算書をつくることが不可欠だ。
決算書は経営者の通信簿。売上高や店舗数、従業員数ではなく、
いいバランスシート(BS)にすることだ。
ちゃんと税金を払って自己資本を積み上げる。自己資本とは会社の貯金である。
いいバランスシートをもてば信用力となり金融機関が集まってきて資金調達がラクになる。

日本はカネが余っている国だ。金融機関は血眼になって有力な融資先を探している。
このチャンスに乗らない手はない。
「カネを活かす」「ビジネスチャンスを掴む」とは、そういうことである。

私も50歳まで、このことが分からなかった。
バブルが崩壊して多額の負債をつくり、経営の勉強をし直す中で気が付いた。
1億円の自己資本をつくるのに40年かかったが、この真実に気付いてからは
20年で自己資本は20倍以上に飛躍した。それだけではない。後5年で200倍に行く勢いだ。

まさに、いいバランスシートの会社にはカネも人も、ものも集まる。
そして自分に自信もつくし、社員が育つ。宣伝費をかけなくてもお客さんが集まる。
BS経営は社員に数字を教え、BSビジョンを共有して
「小さくてもつぶれない強い会社」を創る経営だ。

経営は言葉と数字。渋沢栄一は「右手に論語・左手にソロバン」と言った。
言葉と数字のバランスは5対5でなければならない。
しかし、いま日本でバランスの取れた経営をしている会社は100社か200社に1社。
ほとんどの会社が言葉のみ、言葉優先の会社になっている。
BS経営を学んでいる村上社長も、まだまだ言葉が9割。
しかし、45歳。これからだ。数字を磨いてビッグチャンスを掴んでほしい。

今回も新しい塾生さんを交えて満員御礼。会場は学びのエネルギーに包まれた。
村上社長はじめご参加いただいた皆さんに感謝したい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ BSの持つパワーを感じた。BSに対してどのくらい意識やビジョンを持って実行するかが分かった。まず実行してみる! それ以外にない。
・ お金に対する間違った意識が植え付けられている事をあらためて発見! 資金調達の方法については目からウロコ。中小企業の強み。「稼ぐ力よりも貯める力」。響きました。
・ 「人・もの・カネを活かす」「しない人は言い訳が多い」「やってみなわからん」。3つの言葉が心に残りました。
・ PL経営をしていたことを反省します。税理士の報告のみを頼りにしていた事を恥じます。通信簿は全然マイナスですが、会長の話を聞いて目からウロコ。やってみなわからん! もっと目を開いてBS経営に向かおうと思います。
・ 2回目です。経営者ではありませんが、話がスムーズに入ってきました。貯める。ビジョンを持って発信する。また参加します。
・ 村上社長のお話がとても上手で、わからないなりにも分かり易かった。3年後のビジョンやアファメーションを創るのも大事だと。「従業員満足」。その通りだと思います。
・ 村上社長から新しい言葉をたくさん学びました。決算書まで見せていただけた真実味がありました。
・ 子どもの頃から苦労され、起業してからも人材や経営に苦労され、その中からBS経営と倫理に気付いて会社の建て直しをしておられる村上社長の姿は素晴らしいと思いました。
・ 「BSで従業員を巻き込む」「経営の役割として従業員個人の能力にフォーカスするのではなく、成果を出す仕組み作りにある」という気付きがありました。「決算書には社風など数字意外のことも分かる」。もっと勉強していきたいと思います。
・ 貯める体質になっていない自分に気付きました。まずはここから! 頑張ります。
・ 数字と経営の話は私には分かりませんが、村上社長の表情・エネルギーが素晴らしく、向上心・謙虚さ・感謝を感じた。大きな可能性を感じます。
・ 経営も全て心が大事。人に対する思いやりがあってこそ真の経営者になれるという事を学ばせていただきました。
・ BSとPLの違いがまだ良く分かりません。BSに弱い社長でも強い幹部がいればいいのでしょうか? それともやはり社長自身がBSを学ぶ必要はありますか?
・ 「知らないということはチャンスを逃がす」。木村会長の言葉。響きました。
・ 木村会長の転機は、感性や良心、才覚で得られたご自身の「天機」だと思いました。自己資本がアップすれば広告は不要、信用で商売できる。納得です。ただ、業種にもよるのかなとも思いました。
・ 「経営は人を活かし、モノを活かし、カネを活かす」「営業費を使わず決算書をオープンにする」。本日の気付きです。


2016年03月02日

No.1702 木村塾やってみよう会2月度例会A

2月23日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第81回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」はオフィスライジング株式会社社長の朝日里佳さん。
ブライダルイベントやCM、テレビ、ラジオ番組の司会業のほかプロデュース業や講師業も手がける。
「RIKA(リカ)」の名でレストランやラウンジで歌うシンガーでも。

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冒頭、スクリーンに写し出された家族のアルバム。
そこには両親の結婚写真や愛くるしい赤ちゃんの写真が・・・。
1975年大阪府摂津市に3人兄弟の末っ子長女として生まれた。
「幸せな赤ちゃんでした。でも、幸せは10歳まで。両親が離婚し
父子家庭になった家で私は365日台所に立つ生活が始まりました」

名のごとく、明るく爽やかなエネルギーに満ち溢れている朝日さんだが、
その人生は波乱万丈だ。

「虐待」だった。
学校から帰るや否や服を着替え、買い物に行って炊事に明け暮れる日々。
それをしなければお父さんの拳が飛んだ。
「血まみれになったこともあります。内蔵と脳が壊れなかったことが救いでした」。
怒りと不安にさいなまれる日々。気晴らしは歌だった。
ラジカセから聞こえる中森明菜の歌に合せて歌うと少しだけ心が晴れた。

「とにかく家を出て自活したい」。
高校卒業後、その一心で選んだ仕事はホステス。
20歳の時に、お父さんがガンに罹り闘病の末に他界した。
死の床で痩せ細ったその姿が脳裏に焼き付いている。
身体的、経済的に開放されたが、怒りやトラウマを引きずって心は自由になれなかった。

「人生の大逆転」は22歳の時。縁あって受けた日創研のセミナーがきっかけだ。
封印していた心と向き合う中でお父さんとの確執が消え、心の刺が抜けた。
「本当は司会業で身を立てたい」と願っている自分に気付くとすぐに準備にかかった。
ボイストレーニングにもなるからと、新幹線の車内販売の仕事で生計を立てながら
司会者養成所に通う。

3年間の下棲みを経て27歳で司会者デビュー。4年後に事務所を設立した。
もちろん順風満帆ではなかったが、
「やればできた」という自信が、何があっても前に進む原動力になった。
2013年には会社設立。プロデュース業や講師業も開始。
「経営者のためのスピーチ力」スクールにも力を入れている。
再び歌にもチャレンジし、シンガーとしてデビューも果たしている。
2014年には本も出版。著書「社長! そのスピーチ・話し方は信頼感を落します」は、
紀伊国屋書店で売上ランキング2位になったこともある。

一方、朝日さんはビジネスと並行して、もう一つ大きな人生のビジョンがある。
「同じように虐待を受けた人の再生を支援したい。虐待の連鎖を断ち切らなければなりません。
私がそうであるように。みんな可能性があるんです」
自らNPO法人虐待問題研究所を立ちあげ、当事者と企業をつなぐ活動を開始している。
活動の輪はどんどん広がっている。

朝日さんの話を聞いて思ったことがある。
それは、「虐待は果たして逆境だろうか」ということだ。
5人兄弟の長兄として生まれた私にとって、父の死は、私に貧乏・困難・苦労という
3人の師を与えてくれた。
それが私を鍛え、強い精神を創り上げた。逆境は人の器。立ち向かっていくことだ。
しかし、親から人権を侵害されるような体験はどうだろう? 

言えることは、人の命を脅かす虐待に対しては、耐えることも我慢することもない。
一刻も早く安全なところに逃げなければならない。
その上で受けてしまった心の傷は必ず修復できるということ。
朝日さんの体験がそのことを証明している。
「父も苦しかった」と気付き、許すことができた朝日さん。
今は「感謝しかない」と語り、心の中でお父さんと会話しているという。

起業家として朝日さんのこれからに期待するのは、数字の実績をつけることだ。
経営は「言葉と数字」。右手に論語、左手にソロバン。
数字は信頼の形。それができれば資金調達がラクになり事業にますます磨きがかかるだろう。
「やればできる」が信条の彼女ならやり遂げるに違いない。期待している。

今回、自ら発表を名乗り出てくれた朝日さん。
「皆さんからフィードバックをいただいて自分の人生を承認され、力をもらいました。
お伝えしてよかった。ぜひ、皆さんもトライして」と結んだ。
さすが司会業に携わる方だけあって時間もぴったり、心に届く力強いスピーチだった。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「やればできる」と意識が変わった瞬間から現実が変わるということに気付きました。やはり、決めるのは自分しかない。
・ 多感な頃に受けた辛い経験をバネにされて強さを感じます。素晴らしいと思いました。素敵なお母さんになられると確信します。
・ 「やればできる」の言葉の重みを感じました。生きる強さを感じることができました。
・ 逆境を通じて他の人を手助けしたいという気道が素晴らしいと感じました。私も朝日さんのように自分の経験を社会や他の人たちへ発信し、人の役に立つ人間になりたい。
・ 「やればできる」という言葉が印象に残った。行動し続けることが夢を実現する第一歩だと思った。虐待児支援、頑張ってください。応援します。
・ 私自身、新しい道に踏み出そうと考えていたところなので朝日さんのようにやりたいことをやって笑顔で輝いている姿にとてもエネルギーをもらいました。
・ 壮絶な経験をされたのに明るく前向きな生き方に感動しました。過去のトラウマに対して受け止め方を変える力強さが素晴らしい。
・ 司会業をされているだけあって話し方、まとめ方、強調したいところなどプレゼンテーションのすべてにおいて勉強になりました。人はやればできる。その気になれば変われる。
・ 会長の「経営は論語とソロバン」という言葉が印象に残っている。物事をカタチにしていくためには、理念だけでは不十分だと感じた。
・ 私も朝日さんと同じような経験があり身近に感じました。いずれは女性が笑顔で働いて子どももその姿を見て働く意欲を高めるような会社設立を目指しています。

2016年03月01日

No.1701 2016年2月度 実践目標の進捗報告

もう3月! 光陰矢の如し。
ほとんどの方が、そう思っておられるのではないだろうか。

先月も元気に過ごさせていただいた。
ただ、年末の転倒によるケガによる影響なのか、まだ右腕が上がりにくい。
そのためにアスレチッククラブでのトレーニングができずにいる。
しかし、脚のほうは健脚そのもの。
代わりに始めた階段昇降にはまってしまい、
iPhonの「ヘルスケア」画面を見るのが楽しみで仕方がない。
毎朝、散歩がてら自宅近くの大阪駅界隈を歩いているが、
職場に急ぐ通勤客に負けない軽やかなフットワークで
階段を昇ったり降りたりできることが、76歳になった私のささやかな喜びだ。

そこで、目標の項目に掲げた「専任コーチによるトレーニング」を止めて
「階段数」の目標数字を大幅に上方修正した。
いずれも「健康維持」という、着地地点は同じである。

週末には家内と一緒に、六甲山にせっせと登っている。
芦屋川をスタートして、ロックガーデンや風吹岩を通り
一軒茶屋から有馬へと抜けるコースだが、1000回以登った道なのになぜか新鮮に感じる。

何もかも寸分変わらず計画通りにはいかない。
だから、こっちがダメなら、あっちでカバーする。
できないことを嘆くよりも、できることに目を向けよう。
目指すところさえ、ぶれずに押さえておけば後は臨機応変。
人生もビジネスも車のハンドルと同じで「あそび」が大事だ。

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☆では、私の1月度 実践報告を。

・減量、減塩、断酒
・万歩計 76万/500万歩
・ヘルスケア階段数(追加)1360/10000階
・登山 4/20回
・読書 14/30冊
・英会話 8/50回
・写経 4156/4500枚(累計)

・大阪木村塾受講生 254名/1800名
・益田市活性化に向けて
「第1回マジックフェスティバル」
「デザイン思考講座」開講

 

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