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2016年03月14日

No.1706 木村塾やってみよう会3月度例会@

3月8日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第82回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」は山出光文さん。手足に障がいを持ちながら
勤務する大手流通で企業版のボーイスカウト担当として2000人もの子供たちと関わる。
その一方「生きる大切さを伝える魂の語り部」のキャッチフレーズで講演活動を続ける。
今年1月には初の著書となる「折れない心になれる言葉」(セルバ出版)を出版。
著書PRも兼ねて、ほぼ2年ぶりの「わが人生を語る」再登板となった。

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山出さんはちょうど50歳。
「前回発表した時に木村会長から50歳になったら本を書けと言われて執筆に取り組みました。
そして試行錯誤の結果、今回ようやく出版にこぎつけました」
晴れやかな笑顔で語る。

脳性小児まひにより両手両足に障がいを持って生まれた。
「母は自分の産んだ子供が不治の病を持っていると聞いた時、ハンマーで頭を殴られたように
感じたそうです。しかし、その時に父はこう言った。『お前の気持ちはよく分かる。
絶望しかない。わしもそうだ。しかし親は子供のために生きなければいけない。
自分たちが前向きに生きなくてどうする』と。その言葉に母も覚悟をしたそうです」。

バリアフリーやユニバーサルデザインなどの言葉や考え方もなく、
障害を持つ人に対する制度も環境も整っていない時代。
「何よりもつらかったのは、回りから理解されないことでした。
自分の障がいに対して何度恨んだかわからない。両親にも辛く当たりました」。

小学校入学時には、一人だけ校長室に呼ばれて試験を受けさせられた。
「入学許可が出た時は親子で抱き合って喜び合いました。成績がよかったから、
という理由でした。でも、小中学校は義務教育。選抜されること自体おかしなことです」。
このときの悔しい気持ちが、その後のいじめや不当な扱いに屈指ない原動力になった。

しかし、立ちはだかる壁に対して山出さんが前向きに粘り強く向かえたのは
「この子を自立させるのだ」というご両親の強い意志と深い愛情があったからに違いない。

転機は大学卒業後、単身で挑んだアメリカ留学。障がい者に対する文化の違いに感動した。
「まず、指を指されない。日本では車椅子で町を歩いていると『あれ何?』と指を指して
親に尋ねる子どもたちがたくさんいました。でも、アメリカは違った。
もしも子どもがそんな行動をしても『彼は障がいがあるだけ。助けてあげようね』と、
親は子どもに注意するんです」
言葉や身体的なハンディを乗り越えて過ごした3年間のアメリカでの生活が
山出さんに自信をつけさせた。

括りとして障がい者雇用についても触れた。
「いま日本にいる障がい者は700〜750万人、手帳を持っていない人を含めると
1000万人と言われます。その中で企業に雇用されている人は約40万人に過ぎません。
しかもその大半は大企業。中小企業での障がい者雇用はまだまだこれからです」
「企業さんには『まず、雇ってみたら』と伝えたいですね。そこから、彼ら彼女らの
『出来ること』に目を向けて考えてはいかかでしょうか。雇う前からNOというよりも、
声を聞いてそれをサービスや商品作りに活かせば収穫も多いはず」と提案する。

質問タイムでも障がい者に対する接し方や雇用についてさまざまな質問が飛んだ。
「根本は聞く、ということではないでしょうか。イメージや先入観に捉われずに聞く。
何をすればいいか、どうしてほしいのか、分からなければ、まず聞く。
お互いに関心を持って接し、声をかけるというところから始まります」
山出さんの言葉は、障がいの有無に関わらず人とのコミュニケーションにおいて
本当に大切なものは何かに気付かせてくれる。

著書「折れない心になれる言葉」には
ものの見方や考え方が変わる、逆境・障がいに学ぶ生きるヒントがいっぱいだ。
今後について「来年度までにもう1冊本を出版します。ここ数年のうちには起業して、
私にしかできない障がい者福祉に関係するコンサルタントに」と、力強く語った。
山出さんがそんな会社を創るなら、私もぜひ応援したい。

50歳になったら本を書けと言っている私だが、『逆境に勝る師なし』を出版したのは
実は60歳を過ぎてからだった。
そして、本を出したお陰でその後の人生はさらに輝き始めた。
人生はメイクドラマだ。
本に書くと思うと、おのずから行動が変わってくる。私もぜひ続編を書きたいと思っている。
皆さんも人に感動を与えるような人生を、自らが選んで歩んでほしい。
そのためにも逆境に立ち向かうことはもちろん、自ら高い目標を掲げ、その壁に挑んでほしい。
山出さんのこれからの人生が楽しみだ。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 今日のお話は私の将来ビジョンに一歩近づける内容でした。私はどんな人でも強みを発揮して「活躍」できる会社を創ることが目標です。障がいを持っていても強みは必ずあります。山出さんのように活き活きと働く人たちをたくさん雇用できるよう頑張ります。
・ 人への接し方や人の話を聞くことの大切さ。「できないこと」よりも「できること」を考えることの大切さを学びました。
・ 「生きる魂を語る語り部」としての新たなステージに立っておられる山出さんのお話を受け止めました。アメリカでは「ハンディキャップ・ピープル」、日本では「障がい者」と言いますが、個性と捉えるか、異質なものと捉えるか。その違いに気付きました。山出さんのアウトプット、講演、出版活動に期待します。
・ 「子どものために生きる」親の言葉に感動しました。なにくその原点があったからいじめを乗り越えることができた。困っている人があるとアメリカは積極的、日本は消極的であることにがっかり。視力が悪いからメガネをかける。人は誰もが障がい者。だから皆で支え合って生きていくことが大切だ。
・ 自分自身、軽度の脳性まひを持って生まれたので共感できる部分が多かった。障がい者にしか分からないこと、視点はとても貴重なことです。体験を講演や本で伝える事の重要性を実感しました。
・ 「できないことに目を向けるのではなく、できることに目を向ける」という事を学びました。「困っている人があれば助ける」「障がいを持つ人には後ろからでなく前から話しかける」など、人との接し方についても沢山教わりました。
・ 何事にもプラスに考えて行動に変えていくことの大切さを学びました。出版も難しいと言われた中で、必ず出すという決意。スゴイと思いました。
・ ご両親の「お前を障がい者としては育てていない」という言葉がつくった山出さんなんですね。カッコいいと思いました。
・ 障がいという逆境を乗り越えて人生をポジティブに切り拓いておられるエネルギー、向上心、ひたむきさに生きる力をもらいました。将来、障がい者雇用のできる職場にします。
・ 出版社で「山出さんの障がいでは売り物にならない。乙武さんなら売り物になる」という話に驚きましたが「足が悪いだけかな」と思っていたという参加者の言葉にも、改めて(ハンディキャップを感じさせない)前向きな山出さんを実感しました。本を孫に届けてやろうと思います。
・ 著書拝読しました。多くの障がいを乗り越えてこられた。そのご苦労を口で言うのは簡単ですが、スゴイと思います。山出さんのような方が開拓者になっていかれると感心しました。
・ カタチを変え、障がい者雇用の新たな道を開こうとされている。山出さんもまた、起業家なのだと思いました。これからの活躍に期待しています。




 

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