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2016年05月10日

No.1715 木村塾やってみよう会4月度例会A

4月26日、大阪市北区の手品家・梅田店にて第85回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の発表者は岸和田にある潟Rージツ代表取締役の別府直樹さん。
同社は車や単車、機械など輸出関係の物流サービスで強みを発揮する。
「名前は別府ですが出身は大分ではなく鹿児島。母親の旧姓は白浜です。
今日は源泉かけ流しで熱く語ります」
そんなスピーチで始まった「わが人生」は・・・。

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3人兄弟姉妹の長男。幼い頃は元気でやんちゃな少年だったが、
しばしばカラ回りすることがあり、なかなか友達をつくれなかったという。
色白で背が低く、それをからかわれたこともコンプレックスになった。
うれしい思い出がある。中学生の時。
「『外人』とか『チビ』と呼ばれていた自分に『ペッパー』というあだ名をつけてくれた
友達が現れたんです。自己承認できた瞬間でした」

悲しい思い出は、両親の離婚だ。
「母がある日突然、私たちの前から姿を消したこと。
母を探して新大阪の駅に佇んだ日を忘れません」
以来、親には絶対に頼らないと幼心に誓った。
中学時代からアルバイトに明け暮れたが、
それも「欲しいものがあれば親に頼らず自分で買う」という意志の現れだった。

一方、学校の勉強は苦手だったが、バイト先や地域で学んだことは多かった。
「恩返しするなら、恩送りをしろ」という人生訓もその一つ。
何かにつけて奢ってくれたバイト先の先輩から教わった言葉だった。
友達のお母さんに勧められて、しぶしぶ障がい者支援のボランティアをしたこともある。
今思えば「他者と向き合う、貴重な勉強になった」。

高校卒業後、梅田にある会社に就職した。時はバブル真只中。
「お金もどんどん入ったけど、出て行くお金も半端じゃなかった」。
仕事が明けると夜の街に繰り出した。20歳やそこらで不動産まで購入。
その結果、21歳で500万円の借金をつくることに。
その反省から堅実な会社に転職。今度は家族経営の小さな靴屋だった。
「人生道場」のようなその職場で借金を返しながらコツコツ働き、本もたくさん読んだ。
「ここでは人の縁、時の縁の大切さを学びました。それが人生の糧になっています」。
靴屋には13年間勤めた。その間にご縁があって日創研に入会。
ここで後に別府さんに多大な影響を与えることになる同業者、松木克弘さんとも出会う。

お父さんが創業したコージツに移ったのは2002年、34歳の時。
会社の状況を伯母さんから聞き、長男として放っておけなくなった。
しかし、入ってみると会社は借金まみれ。
親戚や知人、ノンバンクが資金を調達しては自転車操業しているような状況だった。
しかも、経営者である父親が保有している株はゼロ。実権は保証人が握っていた。

「決算書すらない会社でした。社風も最悪で誰も挨拶もしない。経営者も社員も誰も
役割を果たしていない。経営を巡って、先に入社していた弟と殴り合う毎日でした。
私の言う事など誰も聞いてくれない。まさに1対、全従業員との闘いでした」。
ギブアップしなかったのは、会社を取り戻して何とか赤字から脱したい、
マイナスからゼロの状態に戻したいという別府さんの意地。

「人を動かすには人の3倍働くしかない」。そんな日々が続いた。
入社して3年目。日創研での決算発表が大きな転機になった。
「恥ずかしくて誰にも見られたくない決算書でしたが、皆さんから質問を付きつけられて、
自分が分かっていないという事実に気付きました。
私の不安は知識がないからだということが分かったのです。勉強をしないといけない」。

猛勉強を続ける中、引っぱってくれたのがライバルでもある松木さんの存在。
一足先に木村塾で学んだ松木さんから聞いた「自己資本を1億円に」という助言も
「当初は意味も理由も分からないながら大きな目標になった」と話す。
その後、金融機関の担当者を味方に付けた別府さんは、
自己資本を積み上げるべく努力を続け、ついに当初目標の7合目に到達した。
「負債があったかこその学びであり、喜びです。初めて父へ心から『ありがとう』と
言えるようになりました。喜びは活力の源であり、感謝の源です」。

現在15期。「海底からようやく水面に顔を出したような状態です。苦しくて苦しくて
仕方かなかったところから脱して、ようやく呼吸ができようになりました。
しかし、水面に出て見るとさらに大きな苦しみが待っていました。
今までは水面に出るという目標があったのにそれがない。次に行くべき島が見当たらない」と苦笑いする。

しかし、今回、この発表を機に数字を掲げて10年後、25期のBSビジョンを発表した。
「自分では無理だと思うようなビッグビジョンですが、
数字を公表すれば、出来る方法が見えてくる、という会長の話に共鳴しました。
事実、BSビジョンを社内で発表したら幹部がニヤッと笑ったんです。
すると私の頭の中でも、国際貨物の輸送や海外にプラットホームをつくることなど
新しいアイデアが次々と湧いてきています(笑)」。

今回、別府さんは自社の決算書をパワーポイントで開示するだけでなく
コピーを皆に配り具体的な数字を掲げてビジョンを公言した。
高いビジョンに向かう強い覚悟が、伝わってくる。
いくら高尚な夢のあるビジョンでも、
言葉だけでは数字を生まないが、数字は言葉を引張ってくれる。
そして、数字を交えたこの大きなビジョンに人がついてくる。

今までは「与えられた逆境」だったが、これからは「つくる逆境」だ。
逆境や苦労は、その人の器。
深海から死ぬ思いで水面に泳ぎ出て、新たな島に向かって行こうとする
果敢な別府さんの姿に、観客席からも惜しみないエールが送られた。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 別府さんの半端ではない生き方に素晴らしいパワーを感じました。「喜びの裏側に感謝がある」という言葉が印象的でした。
・ 「経営は数字に基づいた分析が必要」ということを改めて気付かされた。
・ 1人対、従業員の闘い。深海から水面に向かって必死で泳いだ別府さん。感動的でした。「なぜ赤字なのか? なぜ黒字なのかを説明できることが大事」という言葉が響きました。
・ 口ではなく背中で語る、とでもいうような、行動量でもって社員の方々が変わったのだと思います。本当に格好いいと感じました。
・ 私も人の3倍働いて人を動かします!
・ 「社風が業績をつくる」を地でやっておられる別府さんらしい発表でした。
・ 「絵に描いた餅」ではないお話に感動し、勇気をもらいました。「なぜ会社をしていのりか」を考えるチャンスがいただけました。
・ 「人の縁、時の縁が人生の糧になっている」「やってきたのは運営、経営せなあかん」「喜びとは活力であり、と感謝の源」等、たくさんの名言をいただきました。
・ 「深海から海面に浮かびあがって、その先の目標は」という表現は、とても分かり易かった。憎んでおられたお父さんに、ありがとうという気持ちが沸き上がってきた時、別府さんは本当に人として感謝することに気付かれたのだと思います。
・ 一つ一つの言葉に過去の苦労が見られ感情移入できるお話でした。
・ 「数字は言葉を引っ張ってくるが、言葉は数字を生まない」「負債は借金ではない。資金調達である」「誠意=言葉、誠実=カタチ」、「ビジョンには数字が付いている。大きなビジョンに人は付いてくる」。会長の言葉が響きました。
・ 「赤字・黒字の理由を説明できるか」。私も見て分かる決算書を目指して頑張ろうと思いました。
・ 「与えられた逆境」を乗り越えた別府さんが、これから「自分でつくった逆境」を乗り越えるところを見せてください。
・ 「深海から出てきたペッパー、次なる行き先は?」というタイトルでレポートを書かせていただきます。お楽しみに!



 

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