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2016年08月22日

No.1734 木村塾やってみよう会8月度例会@

8月9日、大阪市北区の手品家梅田店にて第91回「木村塾やってみよう会」が開催された。
今回の「わが人生を語る」発表者は、東大阪市に本社を置く株式会社ダイコー製作所
代表取締役 沢井弘志さん。

アルミダイカスト・亜鉛ダイカストの二次加工を専門とする会社。
自動車や航空機の部品、医療部品など様々な分野を下支えしている。
2015年には新事業として株式会社ジェイポートインターナショナルを設立。
ベトナム人エンジニア採用コンサルチング事業や、インバウンド集客支援を始めた。

1971年大阪府出身。しかし生まれたのは福岡県。お母さんの実家だ。
「ここで祖母、母と三代続けて同じ産婆さんに取り上げてもらいました」という。
「実は3人兄弟で、4つ上の兄との間にもう一人兄がいたのですが、死産でした。
それで母は大事を取って九州の産婆さんに託したそうです。私が無事産声を上げることができたのも、その兄のお陰かなと。兄の分もがんばって生きていこうと思います」。
こんな誕生のエピソードから始まった沢井さんの人生。

「人生で逢うべき人には必ず逢える」。
沢井さんはこんなテーマを掲げた。

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高校1年生の時にはお父さんを亡くした。交通事故だった。44歳の若すぎる死。
以来、4歳年上のお兄さんが父親代わりになった。
生活費の足しに、高校時代は、北新地の珍味屋さんでアルバイトをした。
社長から任され、会計から営業、配達までほとんど一人でやった。
このときの体験が、沢井さんを起業の道へと駆り立てた。

卒業後、一部上場のシャッター会社に就職したが、指示待ちの仕事は性に合わず1年で退社。
その後、一足先に勤めていたお兄さんの紹介で同じ会社に入社。
ここで、チャンスが訪れた。
社長に腕を見込まれ「独立してやってみないか」と声がかかったのだ。
「当時はただ、お金が欲しいという気持ちだけ。私利私欲の塊でした」。

社長から引き継いだ東大阪にある30坪の場所で「3人のおばちゃん」とスタートした。
1995年、ダイコー製作所創業。沢井さん23歳だった。
しかし、時代は企業の海外進出で製造業が空洞化。
「仕事がない、おばちゃんの給料が払えない」。

そんな中、人とのつながりで仕事が入り、創立2年目で社員10名に。
さらに人脈の広がりから広い工場に移転。
小学校時代の幼馴染が会社に入ってくれるなどして、事業はどんどん拡大していった。
32歳の時には一冊の本「お金持ち父さん、貧乏父さん」の影響を受けて、
収益マンションを購入。
「稼いだお金は俺のもの、お金を散財していた」と振り返る。

一方、苦い経験もある。
良く分からないまま中国人を使っていたところ
「不法就労」でその半数以上が強制退去させられることに。
次の人を採用するまで待てるような仕事ではなく、最大のピンチ。
「中国に帰国する飛行機代がない彼らに、お金を空港まで持って行ってのですが、
会社に帰る道中、自分は今まで何をしてきたんだろうと涙が止まりませんでした」。

2006年、個人事業から法人化。株式会社ダイコー製作所を設立。
しかし2期目にリーマンショック。「天国と地獄の繰り返し」だった。
そのころから経営者仲間の導きで日創研に通い始めた。
当時、南大阪経営研究会の担当委員長をされていた沢井さんに私が会ったのもこの頃だ。
「強い会社を創りたい、と本気で思った」という。

現在、ダイコーは第10期。
30坪、スタッフ3人からスタートした会社は3拠点、スタッフ50人になった。
「おばちゃんたちは60歳を過ぎた人から円満退社。昨年最後のおばちゃんは、
67歳で『会社も大きくなって安心やし、私はそろそろゆっくりさせてもらうわ』と」。
感謝で止めどなく涙が流れた。

「一人で大きくしたのではない。全ては皆様のお陰。名前の『志』という字のように
十人(たくさんの人)と心を一つにしてビジョンに向かっていきたい。
いつか皆さんに恩返しのできる会社に」
沢井さんは、そう語る。

一方、「ダブルインカム」にも積極的な沢井さん。
昨年設立した、ジェイポートインターナショナルは、
ダイコーの工場のあるベトナムに対するエンジニア派遣やビジネス支援、
訪日中国人のインバウンド戦略の支援(WEBマーケティング)や越境EC(通販サイト)を行う。

最後に、ダイコー製作所の5年後と、⒑年後のBSビジョンを宣言された。
同時にジェイポートインターナショナルは⒑年後「一部上場」を目指す。

今年5月、沢井さんは44歳で天国に行ったお父さんの歳を一つ越えた。
「父の無念を心に刻み、父の分も頑張って生きていこうと思います」。力強く語った。

「やってみなわからん」マインドに満ちた沢井さんは、まさに起業家だ。
私も60年間の起業家人生で、30以上の事業を始めたが、そのうち残っているのは4つ。
ユニクロの創業者、柳井さんは「1勝9敗」と言ったが、この1勝が9敗を制して余りある。
成功したらお金が儲かる。
失敗したら経験が儲かる。
何もやらないのが一番大損だ。

なお、8月15日は私の76歳の誕生日。少し早いが前夜祭ということで
皆さんから大きなバースディケーキをプレゼントしていただいた。
ありがたき幸せ。これからは『光輝』高齢者として健康に留意し、
感謝の心を忘れずプラチナの人生を目指して日々を送っていきたい。

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