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2016年10月29日

No.1749 木村塾やってみよう会10月度例会A

10月25日、大阪市北区の手品家梅田店で第96回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生を語る」は(株)東栄大和クリーンセンター代表取締役、馬場孝至さん。
産業廃棄物の収集処理を行うほか、生産工場に対して
廃棄物の最適な処理方法を提案する廃棄物コンサルティング事業をメインに行う。

冒頭、馬場さんは「本日10月25日は債務超過に陥った当社が6年前に民事再生手続きを
終結した再生の日。奇しくもこの日に我が人生を発表するご縁をいただいたことに
感謝します」とあいさつした。

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1971年大阪府柏原市生まれの45歳。
祖父母のいる大家族に育った。実家は自動車整備工場だった。
「楽しいだけが取り柄の家でした。お金の苦労はしなかったけど、両親や農業を営む
祖父母の姿から働くことの大事さについてはしっかりと教わりました」。
小さい頃から祖父母の畑仕事をよく手伝った。
現在のリサイクル事業につながる「ものを大切にする心」は、祖母さん譲りだ。
子ども心に「大人になったら日本一のクルマ屋になる」と宣言した。

大阪産業大学短期大学部自動車工学科に進み、
卒業後、整備士として大阪トヨタ自動車に就職。翌年、家業に戻った。
「自動車整備の仕事だけでは先がない」と目を付けたのが土木業。
25歳の時には「資格と許可を取れば2ケタ上の公共工事を確保できる」と気付き
1級土木管理施工技師の資格を取得した。
馬場さんは自動車や土木系のほか環境系の資格を18種類も取得している。

ちなみに、馬場さんが家業に戻った1993年は「環境基本法」が制定された年。
リサイクル機運が高まる中、27歳の時には新たに産業廃棄物処理事業の展開を決めた。
祖母さんから受け継ぐ「ものを大切にする」DNAに火がついた瞬間でもあった。
環境系の新たな法律や国の融資制度が次々と生まれる中
1998年、ISO14000 (環境マネジメントシステムの国際規格)を取得し
現在の「東大和クリーンセンター」を立ち上げた。

30歳の時には大阪の廃棄物団体の会長に就任。
ビジネスだけでなく法律にも精通する馬場さんは
大阪府の環境条例をつくるワーキングチームの一員にも選ばれた。
環境ブームの追い風を受けて低いハードルで環境系の施設建設が次々とでき、
馬場さんの会社は「大阪で一番案件」を建てた。

「勘違いしていたんです。お金の苦労をすることもなく何もかも思い通りになって
それを自分の力やと。自動車リサイクル法ができたときは、これぞ私の仕事。
日本一の自動車リサイクラーになると大きな夢を描いていました」。

折しも「あなたのその夢にお金出します」と、都市銀行大手から融資話が舞い込んだ。
融資額はなんと6億5,000万円。しかも無担保で!
「最新設備を備えたバカでかい夢の自動車リサイクル工場」が完成した。

「こんなにいいことをしているのは自分しかいない。回りの声に耳を貸さず好き放題でした。
国も銀行もどんどん支援してくれる。銀行は金融コンサルタントを連れてやってくる。
これなら10億でも引っ張れる、何の疑いもなく信じていました」。

雲行きが変わり始めたのは北京五輪の少し前ぐらいから。
鉄の相場がどんどん下がり始めた。
それでも強気でいた馬場さんを打ちのめしたのが、リーマンショック。
1トン7万円だった鉄が、一気に7,000円ぐらいになった。

無担保で借りた借金は返せる当てがない。民事再生手続きを開始した。
押し寄せる督促状の山に「もう、死ぬしかないと本気で思い悩みました」。
「最終的には破産するしかない」。
社内の最終ミーティングで出した結果を、仏壇の前で土下座してご先祖に報告した後、
両親と弁護士に告げた。
が、その翌日
「なんと銀行から債務免除の通知が来たんです。銀行にも責任があるからと」

それが6年前の10月25日。
以来、妹さん夫婦の協力もあって事業は順調に回復している。

私生活でも35歳の時を皮切りに3度の結婚と離婚を経験している。
「すべて自分勝手な私が撒いた結果。子どもの頃は親に甘え、大人になってからは
社会に甘え、本当に情けない私でした。
自分の人生を棚卸して改めて思います。
甘えが自分をつくってきた。今日を機に本当に生まれ変わります」。
会場に駆け付けたご両親を前にして馬場さんはあらためて襟を正した。

経営者には2つのタイプがある。PL(損益計算書)を重視するPL型と、
バランスシートを重視するBS型だ。
PL型は一年ごとの売上に注力し従業員数、店舗数など規模を追うが、
BS型は長期的展望でバランスシートの自己資本を積み重ねて強い会社を目指す。
言い換えれば、現在しか見ないPL経営は部分最適、
過去・現在・未来にまたがるBS経営は全体最適の経営である。

これまでの馬場さんはPL型だった。
規模ばかりを追いかけて基礎がなかった。
かくいう私も、50歳まではPL経営者だった。売上や規模ばかり追い求めた。
19歳で起業し50歳までの31年間に貯めた自己資本は1,000万円に過ぎない。
しかし、バブルの崩壊で巨額の負債をつくったことを機に
経営の根本的な間違いに気付き、BS経営を導入。
50歳で「自己資本1億円の未来ビジョン(BSビジョン)」を掲げて向かった結果、
7年後にその目標達成。
2020年には20億円を達成できる勢いだ。

自己資本木費用の数字を入れた未来ビジョンをつくり、社員と共有すると
全員が経営者になり、何十倍も経営力が増す。
BS経営は社員(経営社員=幹部)を育てる経営でもある。

私は馬場さんの何十倍もの負債があったが、
死のうと思ったことはただの一度もない。
うまくいけば金が儲かる。
うまくいかなかったら経験が儲かる。
どっちも儲かる。
本当の失敗は何もしないことだ。

チャレンジし続けてきた馬場さん。その先には必ず成功がある。
現在、19期で自己資本2400万円。
「これを11年後の30期、56歳で自己資本2億円にします」
最後に馬場さんはBSビジョンを力強く公言した。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ すばらしい話でした。感動しました。もっと自分を誉めて承認してあげてください。今までの経験を活かして成功してください。必ずできます。
・ 馬場さん、最高!失敗の数々をこれからの成功の糧にしてビジョンを達成してください。応援します。私も失敗を恐れずチャレンジします。
・ 「ものを大切にする」という小さい頃からの価値観が仕事になっている。すばらしいと感じた。私生活での浮き沈みが馬場さんの人生を色濃くしていると思う。
・ 東京三菱UFJから6億5,000万円の融資を無担保で受ける。普通の人にはできない体験です。強い信念、行動力のある馬場さんだからできたこと。30期、56歳で自己資本2億円にするビジョン。必ずできると信じています。
・ とにかくこけだけの資格を取るだけでも努力家です。30期のビジョン実現に向けて頑張ってください。
・ 馬場さんの体験が失敗だとは全く思いません。木村会長が言われた通り「やること」が全てだと思えた1日でした。
・ 大手銀行から6億5,000万円ものお金を無担保で引き出せる。馬場さんの器の大きさを見た気がしました。今後、どんなにビジョンが大きくなっても「ものを大切にする」という理念は持ち続けていただきたいと思いました。

2016年10月25日

No.1748 益田マジック・フェスティバル開催 !

故郷、島根県益田市への恩返し活動「益田をマジックで元気にするプロジェクト」の第一弾
「第1回マジック・フェスティバル」が10月23日、
島根県芸術文化センター、グラントワ小ホールで開催され、
家族連れなど461名が参加した。

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人口約5万人弱の益田市。ここでも過疎化高齢化が進み経済が減速している。
プロジェクトはマジックを通じて自己肯定感の持てる子どもたちを育てる傍ら、
益田に「マジック」という新たな観光資源をつくり、まちおこしをしようという構想。
また、マジックは起業家マインドをもった人財育成にもつながる。

昨年の「益田マジッククラブ」結成から丸1年。
今回のフェスティバルは、クラブ主催者ボアソルテスポーツクラブの
大賀肇さんらの呼びかけで集まったメンバーのうち、
小学校2年生から70代までの10名が、自ら手を挙げて1年間の練習成果を発表した。

劇場と美術館が一体となった県内切っての美しい会場、グラントア。
そのホールをぎっしり埋め尽くす観客席を前に、メンバーらは
リングやロープ、トラランプ、大きな本、花や旗が出てくるボックスなどを操り
鮮やかな手さばきで観客を魅了した。

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後半にはマジックの指導に当たっているマジックポットの人気マジシャンと、
シルク・ドゥ・ソレイユのメンバーでもあるジャグリングパフォーマー、桔梗ブラザーズなど
世界で活躍するトップクラスのパフォーマーたちが出演。
生まれて初めて目にする本格的イリュージョンやジャグリングショーに
会場は息をのむ緊張感とどよめく歓声に包まれた。

今回はホールの定員を超える申し込みがあり、キャンセル待ちがでるほどの大盛況。
しかし、これで満足していたのではいけない。
このフェスティバルが呼び水となって、さらにマジックの輪が広がり
マジックで自己肯定感を身に付けた人たちが動き出してまちが元気になる。
それが最終ゴールだ。

やってみなわからん。
目標を掲げてとにかく動いてみる。仕掛けてみる。行ってみる。やってみる。
結果は後からついてくる。

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2016年10月18日

No.1747 木村塾やってみよう会10月度例会@

10月11日、大阪市北区の手品家梅田店で第95回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生を語る」はマジシャンの忠本典大さん。
会場でもある手品家を運営する株式会社マジックポットで三宮店の店長を務める。
正統派マジックからコメディマジックまでこなし、テレビ出演や番組指導の依頼も受ける。

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1983年、大阪府生まれの33歳。
パチンコ事業を展開する経営者の家に生まれ、幼少期は何不自由のない生活を送った。
裕福だった暮らしが一転したのは小学校5年の頃。
阪神淡路大震災で家や会社の建物もろとも焼け崩れ、借金だけが残った。
「あったものがゼロどころかマイナスになると家の中もぎくしゃくして、
結局父は出て行きました。当時は私も思春期で母とも折り合いが悪く苦労をかけました。
大人になっていろんな研修を受ける中で母の大切さに気付きました。
今は母には感謝しかありません」。
華やかな舞台では伺い知ることのない「マジシャン、ノリ」の生い立ち。

マジックに嵌まったのも小学校の頃。
ミスターマリックのマジックに憧れ、見様見真似で覚えた。人に見せると受けた。
「マッチ4本の芸でほめられてめちゃうれしかった。この成功体験がいまの原点です」。

高校卒業後、建築士に憧れたが、「料理のできる男もかっこいい」と
調理師免許を取り飲食店で働いた。
調理師としての仕事も楽しかったが、傍ら店で余興にマジックを披露すると受けた。
「自分が本当にやりたい仕事はマジシャン」。次第にその思いが募り、飲食店を辞めた。
しかし、どこに行けば仕事があるのか。マジシャンとして自分を雇ってくれる当てもない。

ネットで検索して使ってくれそうな店に売り込み、しばらくは調理の仕事と掛け持った。
ある居酒屋では売上の1割を払ってもらう約束で引き受けたがお客さんが来ない。
ギャラ500円で受けた時もある。交通費を引くと時給300円ぐらいしか残らない。
お客さんから「怪しい」とトランプのカードを取り上げられ投げられたことも。
折れそうになる心と闘いながら、それでもめげずに営業活動を続けた。

流れが変わったのは「お客様目線で喜ばれることをするようになったこと」。
「以前の自分はオナニーしていているマジックだった」。
そのことに気が付くとあちこちから声がかかるように。
飲食店だけでなくホテルでのブライダルパーティ、レストラン、展示会、自動車ショールームのイベントなどに広がり、収入も1ステージ数万円になった。

人生の転機はマジックポットの社長、前田社長との出会い。
前田社長は「マジシャンでは食えない」という世間の常識を覆すべく、
「マジシャンを雇用して会社をつくり、マジシャンの地位向上と業界の発展に尽くす」
という使命を掲げ「2020年に上場、自己資本3億円」の壮大なビジョンに向かう。

そのビジョンや人柄に惹きつけられて2012年マジックポットに入社。
フリーランスの時と比べると、収入は減ったが、会社に入ると
働く目的を意識するようになりモチベーションが変わった。
「お客さんや仲間のために行動することで自分も成長できる。一人ですれば何時間も
かかることが、チームで考えたほうが、レスポンスも早くいいアイデアが生まれる。
困ったときには誰かが助けてくれる。幸せを実感しています」。

「付き合う人で自分が変わります。そして自分が変われば回りも変わる。
私のように根暗な自分を変えたかったら、明るい人のいる所に飛び込んでください。
コミュニケーションを取るのが苦手ならば、自分から飛び込んでください。
確実に変わります」とも。
入社後に職場結婚。パートナーは梅田店に勤務するマジシャンの「なっちゃん」。

三宮店の店長になってからはマジックだけでなく店舗運営や人材育成にも力を入れる。
それが、今は楽しいという。
「仕事ではマジックポットの役員になること。プライベートでは早く子どもも欲しい。
そして7年後、40歳には年収1,000万円を目指します。
そして同時に500万円を貯金します。月6万円貯金すれば手が届く。
一見遠い目標もきちんと計画すればぐっと身近になります」と締めくくった。

私は14歳で父を亡くし、家計を支えるために中学校も終えないうちに社会に出たが
父の死と、5人兄弟姉妹の長男であったこと、そして日本という国に生まれたこと。
この3つが私の原点だと思っている。
それが私を起業家への道へと導いてくれた。
3つのうちの一つでも欠けていたら、今の私はない。
逆境が人を育てる。立ちはだかる壁の高さはその人の器だ。
自分の置かれた環境に感謝することはあれ、1ミリとて恨んだり否定してはいけない。

また、忠本さんは現在勤め人なので、目標額は「年収」ではなく「貯金」で決めたい。
「年収」は会社ならば「売上」だ。
いくら売上げが高くても、経費が多く利益を確保できなければ会社経営はできないように
個人の家庭ならば、年収が高くても支出(浪費)が多ければ家計は成り立たない。
これに対して「貯金」額は会社でいえば、バランスシートの「自己資本」に当たる。
ビルで例えるなら、「売上(年収)」は建物で「自己資本(貯金)」は鉄骨や基礎部分。
いくら高層のかっこいいビルでも、鉄骨や基礎のないビルはすぐに倒れてしまう。
要(かなめ)は、自己資本であり貯金だ。

こんな私のアドバイスを受けて忠本さんは新たに
「50歳で貯金5,000万円をつくります」と宣言した。

お金はステージをつくる。この高い壁が忠本さんを飛躍的に成長させるだろう。
ちなみに私の人生は60歳からが一番成長したが、忠本さんはまだ33歳!
店長として経営者の階段を昇り始めた忠本さんのこれからに期待したい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 同じ会社の上司や仲間の人生を聞く貴重な体験ができました。忠本さんがどんな考え方をし、何を目標にして生きているかが分かってよかった。知らないと応援、援助もできません。目標達成に向けてぜひ一緒に頑張りましょう。
・ 忠本さん、企業の社会的ビジョンを強くイメージしてください。まずは個人、チームからですが、大きなビジョンを持ってみるとよいと思います。
・ 久しぶりの「木村会長節」に触れて頑張ろうと改めて気が引き締まりました。たまに里帰りしないとあかんなと反省しました。大きな夢、ビジョンに向けて今もがいているので、なおさら木村会長節!!
・ 人生は誰に出会うかで大きく変わると今日の忠本さんの発表を聞いて感じました。そして自分自身の今までの人生を振り返り、多くの人との出会いに感謝します。
・ フリーランスで生きて来た中で、チームでやっていくことで気付いた忠本さんの言葉が心に残りました。
・ ビジョンの数字に基づいたプロセス=どうやって役員になるのか?どうやって店長になったのか?戦略、戦術が見えてこなかった。貴重な時間とお金を使って聞きに来ているのだから、その辺りをしっかり掘り下げてほしかった。シビアなコメントですが、幹部という立場で役員を目指す志の高い方なのであえて伝えさせてもらいました。

2016年10月08日

No.1746 大阪木村塾BS経営セミナー10月度開催

10月4日 大阪市北区にある手品家梅田店で第53回大阪木村塾BS経営セミナーを開催。
ゲストスピーカーとして有限会社サードパーティー代表取締役の濱田恵司さんに
お話しいただいた。
「トラックを持たない物流会社」を掲げ、物流コンサルティング事業を展開する。
2013年10月の「やってみよう会」に続いて3年ぶりの登場だ。
今回、BS経営を取り入れて以降の歩みを、決算書をオープンにして発表された。

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濱田さんは1969生まれ。
高校卒業後、大手酒造メーカーを経て大手運送会社のS社に勤務した。
巷では「地獄」と呼ばれ、軍歌が流れるようなハードな職場。
破天荒な個性派が活躍する中で月収900万円を稼ぎ出したこともある。
その後、阪神大震災に遭遇。家が倒壊し友人宅などを転々としながら救援物資を運んだ。
「商売人の意気込みを肌で感じた」体験でもあった。
S社には10年勤務。起業を決意した濱田さんは資本金3万円でいまの会社を起業した。

起業後の3年間は波乱含みだった。
畑違いの果物の販売に手を出して失敗したり、大口取引先の売掛金が回収不能になったり。
そんな中で縁あって木村塾に来られるようになった。
「それまでは社員の給料が払えたらいいというぐらいで理念もなく、何の展望もなかった。
PL経営で、税金を払いたくないのでどうやってお金を使うかばかり考えていた」。

第9期の決算書は自己資本180万円、増資した資本金550万円を加えても730万円。
前回発表ではBSビジョンとして「10年後に自己資本1億円を目指す」と宣言した。

それから3年。予想外の出来事で損失も出した年もあるが
全体としては目標のBSビジョンに向かって順調に推移し、
今期13期は自己資本2,000万円を超える勢いだ。
濱田さんは言う。
「理念とBSビジョンを持ってからは世界が変わった。計画を立てて社員に伝えるようになった。
数字を達成することで、従業員や家族を幸せにするという約束(理念)が果たせる。
私の強みは末来思考だと思うが、BS経営で本来の強みが出まくっている」と。

現在、同社の社員数は正社員8名を含め、パートを加えると従業員数46名。
「社員さんに給料だけでなく、ちゃんと退職金を払える会社でありたい」という。
ちなみに「社員一人当たり1000万円の自己資本があれば
不測の出来事で会社に利益が出せなくなっても2年間給料が払える。
退職金なら50万円×勤続年数」。その夢をBSビジョンに乗せる。

「わが社の強みはロボットから老人まで働ける、真のダイバーシティーを実現できている
点だと思う。シルバー、女性、ハンディをお持ちの方、多国籍スタッフ、すべての人が
自分の強みを発揮できる環境で活躍している。2030年自己資本10億円を目指していこう」。
最後に濱田さんは2026年10月4日付の こんな「10年後の自分からの手紙」を読み上げた。

経営は言葉と数字。言葉だけではだめだ。
数字が理念を引っ張ってくる。

BS経営は人をつくる経営でもある。
経営者を育てると同時に社員さんも育てる。
私自身、50歳の時にBSの威力に気付いて「BS経営」を展開したが
それから25年、この間に私とは桁違いのすごい社員がたくさん出て当社は急成長した。

そして、もう一つ。
強い会社になろうと思えば税金を払うことだ。
BS経営で自己資本を厚くするには税金川を渡らねばならない。
しかし、納税は経営者を「私利私欲」から「公利公欲」に変える。
経営者が「公」に変わったとき、銀行が、社会全体が味方についてステージが変わる。

起業家は自ら変化を起こす人。
変化は知恵を授ける。
濱田さんは変化を起こす人だ。
必ずこの大きな志を成し遂げるに違いない。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「経営には答えがない」と分かった。会社に変化を起こしたいと思っている自分にとって新しい世界を見たいと思う経営勉強会だった。モチベーションが上がった。
・ BSビジョンをつくるに当たっての目安として「1人当たり自己資本1,000万円×社員数」「退職金=50万円×勤続年数」。勉強になりました。
・ ステージをひとつ上げようと決心したところで「BS経営」を知りとてもよかった。会社にお金を残せる社長になります。
・ 会社の経営計画を立てるだけでなく、目標をエクセルに落とし込んで進捗状況をチェックするなど濱田さんの綿密さに感動した。見習いたい。人として尊敬できる経営者の元に優秀な社員さんが育つのだと感じた。
・ PLを追うのではなくBS社員を育てる。BS経営は人を育てる。未来志向の考え方。数字で表す。
・ 社長の考えていることが今までのどのミーティングや経営方針発表会、会議、朝礼よりも一番よく理解できた。社長の過去やビジョンもよく分かった。社員だけでなくパートのスタッフも参加したらよかったのにと思う。
・ 今まで社長が話していたことがBS経営であることが分かりました。先を考えることでやりがいを感じました。いろいろ考えていける会社にしたい。
・ BSビジョン、純資産(自己資本)にこだわることが大事だと分かった。木村会長のBS経営への熱い思いが伝わりました。濱田さんの会社がなぜ加速したか?「経営理念達成のため」
という言葉にも感動した。とても勇気がもらえた。
・ BS経営のほうが業績が上がることが分かった。社内の勉強会もBS経営に連なっていたのだと知った。起業家とは2代目でも3代目でも起業家になれる。変化をチャンスにしてビジネスすること。新たな気付きです。

2016年10月07日

No.1745 横浜木村塾 第15回セミナー開催

9月26日 横浜市開港記念会館で横浜木村塾 第15回セミナーを開催。
セミナー前に海老名市で薬局を多店舗展開するÅ社を訪問。
BSビジョン策定のお手伝いをさせていただいた。

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18時半からのセミナー。
会場では開催前に申し込みのあった3社より経営相談を受けた。
スタートから丸5年を迎えた横浜木村塾。定期開催としては今回が最終回だ。
ゲストスピーカーに福井県あわら市のファーストトレード(株)代表取締役 
三上良平さんを招いて体験を話していただいた。
強いBS(バランスシート)をつくる「BS経営」を忠実に実践する三上さん。
インターネットを使ったグローバルビジネスに挑み、
資本金100万円の会社をわずか6年で1億5,000万円の自己資本を持つ優良企業にした。

三上さんは福井県生まれの39歳。
トラック運転手をしていた31歳の時に「運転手をしながらできるビジネスを」と
中国から品物を輸入してネットオークションで販売するビジネスを始めた。
それなりに儲かり、1年後にドライバーを辞めて起業したが
間に頼んだ輸入代行業者がズサンでトラブルが続出した。
そこに目を付けた三上さん。「自分が代行業者になればビジネスになる」と閃いた。

しかし、中国語も英語も苦手。そこで、中国人のビジネスパートナーを探そうと
同業者の集まるネットの掲示板に「日本語で」求人募集。
なまじ言葉ができないことが幸いし、
日本語や日本に精通する有能な現地パートナーが見つかった。

現在、中国では上海の近くの郊外都市に現地法人を設立、スタッフ50〜60を抱える。
2013年から新たに以前から興味のあったオリジナル・メンズバッグの企画製造に着手。
バングラディシュでの製造に続き、イタリア・フィレンツェで買い付けた商品も販売する。
さらにバングラディシュのマングローブでソフトシェルクラブ(蟹)の養殖事業も始めた。

経営で大事なのは売上ではなく、自己資本。
自己資本は簡単にいえば会社の貯金だ。
資本金100万円でスタートした同社は、わずか3期目で自己資本900万円を達成した。
私もこれまで何千社もの決算書を見たが、こんなに勢いのある会社は初めてだ。
なぜ、そんなことができたのか?  
驚く私に三上さんはこう答えた。
「自分は高卒で勉強していない。木村会長に貯めろと言われたから頑張って貯めただけ。
お金をBSの下(自己資本)に貯めろと言われて、それだけをやってきた」と。

結果に感動した私は3期目の時に1000万円出資し、株の30%をもらった。
これを弾みに同社の自己資本は4期目に1億円、現在6期目は1億6,000万円になっている。
いま、株主である私の持ち分は4,800万円になる。

株主は売上高ではなく、経常利益でもない、税引き後、いくら残したか。
自己資本に対して どれだけリターン(当期純利益)を生み出したか(=ROE)や、
自己資本に対していくら稼いだか (=ROA)を見る。
私という株主を持つことで三上さんの経営は「株主目線」になった。

三上さんはBS経営のメリットを次のように話す。
「年1回の経営方針発表会に銀行を呼ぶと最初は1行だけだったけれど、今年は銀行5行。結果を出すと銀行が食いついてくる。最初は貸してくれないモード。
ある日突然借りてくれモードに変わってくる」。
BSは経営者の通知簿。
自己資本を厚くしていいBSを持てば、資金調達が容易になり、事業が好循環する。
さらに「BS経営をするといい人財が集まる」とも。
現在、財務を担当する幹部社員は、最初に融資を断わられた取引先銀行からの転職者だ。
財務に強い社員を置き、銀行を味方に付けると経営者のステージは桁が変わる。

経営とは「人・カネ・もの」という社会資源を活かして、10倍にも100倍にもすること。
日本はお金が余っているのに起業家になりたい人が極端に少ない。
銀行ではこのお金を使って儲けてくれる借り手を探している。チャンスがいっぱいだ。

仕事のステージが上がり世界に広がっても、同社の本社は あわら市のまま。
三上さんはいま、趣味のサーフィンができる神奈川県の湘南に住み、
あわら市と上海とダッカやフィレンツェを往来しながら仕事をする。

観客席からの質問も続出し、5年間の締め括りにふさわしい活気あるセミナーになった。
これからもリクエストいただければ、いつでもお話しさせていただくが
長期に渡ってご尽力いただいた松尾塾長をはじめスタッフの皆さん、
参加してくださった皆さんに心からお礼を申し上げたい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 変化をチャンスにして捉えるにはとにかくやってみる」。スピード感がとても大切だということが、いつもにも増して響きました。
・ 「BSビジョン」。初めて聞き、新たな経営始点があると学びました。やらないと分からない。公言する。安全を変化に変える。気付きの多い研修でした。
・ BS経営の実務者である三上さんのお話しは説得力がありました。行動力、すなわち機会を生む。実感します。
・ 背中を押されたような、一歩を踏み出すきっかけになりました。
・ 「適正自己資本比率20%」。他人の金を引っ張ること。ステージを上げること。自分はまだまだ安定指向であると反省しました。
・ 今まで言い訳ばかり言っていた気がします。すべてをチャンスととらえて日々を過ごしていきたい。自ら公言し、行動することでチャンスをつかみます。
・ 変化をチャンスに変えるのが起業家。ROE・ROE。出来ない理由を並べ立てない。変化こそ成長のきっかけになる。やっていこうと思いました。
・ BSビジョンへの思いが復活しました! 意識して社員を巻き込み、よい会社を築いていきます。
・ 一社員ですが、わが社はPL経営かと思います。人を育てる。資源・資本を殖やす。ビジョンを公言することの重要性を学びました。
・ 変化はチャンス。安定は逃げているだけ。経営方針発表会を開く。みんながやれば価格競争が起こる。株主視点での経営。新しい考え方をたくさん得ました。
・ 「BS経営が人財育成となる」。「行動がすべて」。大変心に残る言葉でした。
・ 経営は頭ではなく「情熱」。心の中が燃えてきました。「やってみないと分からない」この言葉を刻みます。
・ 銀行から資金調達して会社を成長させる。一般に言われている「自己資本比率を上げろ」。その考え方は無いということがよく分かりました。

2016年10月01日

No.1744 2016年9月度 実践目標の進捗報告

ようやく秋の気配を感じるようになったが、もう10月。
今年も4分の3が過ぎた。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

私はおかげ様で体調もよく、どの実践目標も着実にゴールに向かっている。
9月末には5年間続いた横浜木村塾の定期開催が最終回を迎えたが、
時間的に余裕が出てきたので、暇さえあれば写経とフロア昇りに勤しんでいる。

写経は年間目標の500枚を軽く超えた。
この調子なら年内に累計5,000枚にも届きそうな勢いだ。
また、始めた当初には結構きつかったフロア昇りだったが
最近では足取りが軽く、1日平均110階を昇っている。
このままいけば80歳でキリマンジャロ再登頂も可能ではないかと思えるほどだ。

食生活も肉中心の外食から野菜中心の家メシになり、
アルコールに代わって温野菜や果物が食卓をにぎわしている。
そのおかげだろう、快食、快眠、快便。
ベスト体重、ベストバイタルをキープし、何より体が軽い。

まさか、自分がこれほど健康管理に気を配る人間だとは思わなかった。
日々の運動は、歳をとると継続することが難しいといわれるが
数値目標を持つことで、暮らしを輝かせる愉しみに変わるのだ。

日々是好日。
ええ人生、ほんま幸せな人生を送らせてもらっているなぁ、と つくづく思う。

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☆では、私の9月度実践報告を

・減量、減塩、断酒
・万歩計365/500万歩
・ヘルスケア、フロア階(3ⅿ換算)21,577/20,000階
・登山8/20回

・読書78/30冊
・英会話51/50回
・写経4,720/4,500枚(累計)

・大阪木村塾受講生 1,022/1,800名

・益田市活性化への
「第一回マジックフェスティバル」
「デザイン思考講座」

 

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