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2016年10月18日

No.1747 木村塾やってみよう会10月度例会@

10月11日、大阪市北区の手品家梅田店で第95回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生を語る」はマジシャンの忠本典大さん。
会場でもある手品家を運営する株式会社マジックポットで三宮店の店長を務める。
正統派マジックからコメディマジックまでこなし、テレビ出演や番組指導の依頼も受ける。

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1983年、大阪府生まれの33歳。
パチンコ事業を展開する経営者の家に生まれ、幼少期は何不自由のない生活を送った。
裕福だった暮らしが一転したのは小学校5年の頃。
阪神淡路大震災で家や会社の建物もろとも焼け崩れ、借金だけが残った。
「あったものがゼロどころかマイナスになると家の中もぎくしゃくして、
結局父は出て行きました。当時は私も思春期で母とも折り合いが悪く苦労をかけました。
大人になっていろんな研修を受ける中で母の大切さに気付きました。
今は母には感謝しかありません」。
華やかな舞台では伺い知ることのない「マジシャン、ノリ」の生い立ち。

マジックに嵌まったのも小学校の頃。
ミスターマリックのマジックに憧れ、見様見真似で覚えた。人に見せると受けた。
「マッチ4本の芸でほめられてめちゃうれしかった。この成功体験がいまの原点です」。

高校卒業後、建築士に憧れたが、「料理のできる男もかっこいい」と
調理師免許を取り飲食店で働いた。
調理師としての仕事も楽しかったが、傍ら店で余興にマジックを披露すると受けた。
「自分が本当にやりたい仕事はマジシャン」。次第にその思いが募り、飲食店を辞めた。
しかし、どこに行けば仕事があるのか。マジシャンとして自分を雇ってくれる当てもない。

ネットで検索して使ってくれそうな店に売り込み、しばらくは調理の仕事と掛け持った。
ある居酒屋では売上の1割を払ってもらう約束で引き受けたがお客さんが来ない。
ギャラ500円で受けた時もある。交通費を引くと時給300円ぐらいしか残らない。
お客さんから「怪しい」とトランプのカードを取り上げられ投げられたことも。
折れそうになる心と闘いながら、それでもめげずに営業活動を続けた。

流れが変わったのは「お客様目線で喜ばれることをするようになったこと」。
「以前の自分はオナニーしていているマジックだった」。
そのことに気が付くとあちこちから声がかかるように。
飲食店だけでなくホテルでのブライダルパーティ、レストラン、展示会、自動車ショールームのイベントなどに広がり、収入も1ステージ数万円になった。

人生の転機はマジックポットの社長、前田社長との出会い。
前田社長は「マジシャンでは食えない」という世間の常識を覆すべく、
「マジシャンを雇用して会社をつくり、マジシャンの地位向上と業界の発展に尽くす」
という使命を掲げ「2020年に上場、自己資本3億円」の壮大なビジョンに向かう。

そのビジョンや人柄に惹きつけられて2012年マジックポットに入社。
フリーランスの時と比べると、収入は減ったが、会社に入ると
働く目的を意識するようになりモチベーションが変わった。
「お客さんや仲間のために行動することで自分も成長できる。一人ですれば何時間も
かかることが、チームで考えたほうが、レスポンスも早くいいアイデアが生まれる。
困ったときには誰かが助けてくれる。幸せを実感しています」。

「付き合う人で自分が変わります。そして自分が変われば回りも変わる。
私のように根暗な自分を変えたかったら、明るい人のいる所に飛び込んでください。
コミュニケーションを取るのが苦手ならば、自分から飛び込んでください。
確実に変わります」とも。
入社後に職場結婚。パートナーは梅田店に勤務するマジシャンの「なっちゃん」。

三宮店の店長になってからはマジックだけでなく店舗運営や人材育成にも力を入れる。
それが、今は楽しいという。
「仕事ではマジックポットの役員になること。プライベートでは早く子どもも欲しい。
そして7年後、40歳には年収1,000万円を目指します。
そして同時に500万円を貯金します。月6万円貯金すれば手が届く。
一見遠い目標もきちんと計画すればぐっと身近になります」と締めくくった。

私は14歳で父を亡くし、家計を支えるために中学校も終えないうちに社会に出たが
父の死と、5人兄弟姉妹の長男であったこと、そして日本という国に生まれたこと。
この3つが私の原点だと思っている。
それが私を起業家への道へと導いてくれた。
3つのうちの一つでも欠けていたら、今の私はない。
逆境が人を育てる。立ちはだかる壁の高さはその人の器だ。
自分の置かれた環境に感謝することはあれ、1ミリとて恨んだり否定してはいけない。

また、忠本さんは現在勤め人なので、目標額は「年収」ではなく「貯金」で決めたい。
「年収」は会社ならば「売上」だ。
いくら売上げが高くても、経費が多く利益を確保できなければ会社経営はできないように
個人の家庭ならば、年収が高くても支出(浪費)が多ければ家計は成り立たない。
これに対して「貯金」額は会社でいえば、バランスシートの「自己資本」に当たる。
ビルで例えるなら、「売上(年収)」は建物で「自己資本(貯金)」は鉄骨や基礎部分。
いくら高層のかっこいいビルでも、鉄骨や基礎のないビルはすぐに倒れてしまう。
要(かなめ)は、自己資本であり貯金だ。

こんな私のアドバイスを受けて忠本さんは新たに
「50歳で貯金5,000万円をつくります」と宣言した。

お金はステージをつくる。この高い壁が忠本さんを飛躍的に成長させるだろう。
ちなみに私の人生は60歳からが一番成長したが、忠本さんはまだ33歳!
店長として経営者の階段を昇り始めた忠本さんのこれからに期待したい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 同じ会社の上司や仲間の人生を聞く貴重な体験ができました。忠本さんがどんな考え方をし、何を目標にして生きているかが分かってよかった。知らないと応援、援助もできません。目標達成に向けてぜひ一緒に頑張りましょう。
・ 忠本さん、企業の社会的ビジョンを強くイメージしてください。まずは個人、チームからですが、大きなビジョンを持ってみるとよいと思います。
・ 久しぶりの「木村会長節」に触れて頑張ろうと改めて気が引き締まりました。たまに里帰りしないとあかんなと反省しました。大きな夢、ビジョンに向けて今もがいているので、なおさら木村会長節!!
・ 人生は誰に出会うかで大きく変わると今日の忠本さんの発表を聞いて感じました。そして自分自身の今までの人生を振り返り、多くの人との出会いに感謝します。
・ フリーランスで生きて来た中で、チームでやっていくことで気付いた忠本さんの言葉が心に残りました。
・ ビジョンの数字に基づいたプロセス=どうやって役員になるのか?どうやって店長になったのか?戦略、戦術が見えてこなかった。貴重な時間とお金を使って聞きに来ているのだから、その辺りをしっかり掘り下げてほしかった。シビアなコメントですが、幹部という立場で役員を目指す志の高い方なのであえて伝えさせてもらいました。



 

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