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2016年10月29日

No.1749 木村塾やってみよう会10月度例会A

10月25日、大阪市北区の手品家梅田店で第96回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生を語る」は(株)東栄大和クリーンセンター代表取締役、馬場孝至さん。
産業廃棄物の収集処理を行うほか、生産工場に対して
廃棄物の最適な処理方法を提案する廃棄物コンサルティング事業をメインに行う。

冒頭、馬場さんは「本日10月25日は債務超過に陥った当社が6年前に民事再生手続きを
終結した再生の日。奇しくもこの日に我が人生を発表するご縁をいただいたことに
感謝します」とあいさつした。

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1971年大阪府柏原市生まれの45歳。
祖父母のいる大家族に育った。実家は自動車整備工場だった。
「楽しいだけが取り柄の家でした。お金の苦労はしなかったけど、両親や農業を営む
祖父母の姿から働くことの大事さについてはしっかりと教わりました」。
小さい頃から祖父母の畑仕事をよく手伝った。
現在のリサイクル事業につながる「ものを大切にする心」は、祖母さん譲りだ。
子ども心に「大人になったら日本一のクルマ屋になる」と宣言した。

大阪産業大学短期大学部自動車工学科に進み、
卒業後、整備士として大阪トヨタ自動車に就職。翌年、家業に戻った。
「自動車整備の仕事だけでは先がない」と目を付けたのが土木業。
25歳の時には「資格と許可を取れば2ケタ上の公共工事を確保できる」と気付き
1級土木管理施工技師の資格を取得した。
馬場さんは自動車や土木系のほか環境系の資格を18種類も取得している。

ちなみに、馬場さんが家業に戻った1993年は「環境基本法」が制定された年。
リサイクル機運が高まる中、27歳の時には新たに産業廃棄物処理事業の展開を決めた。
祖母さんから受け継ぐ「ものを大切にする」DNAに火がついた瞬間でもあった。
環境系の新たな法律や国の融資制度が次々と生まれる中
1998年、ISO14000 (環境マネジメントシステムの国際規格)を取得し
現在の「東大和クリーンセンター」を立ち上げた。

30歳の時には大阪の廃棄物団体の会長に就任。
ビジネスだけでなく法律にも精通する馬場さんは
大阪府の環境条例をつくるワーキングチームの一員にも選ばれた。
環境ブームの追い風を受けて低いハードルで環境系の施設建設が次々とでき、
馬場さんの会社は「大阪で一番案件」を建てた。

「勘違いしていたんです。お金の苦労をすることもなく何もかも思い通りになって
それを自分の力やと。自動車リサイクル法ができたときは、これぞ私の仕事。
日本一の自動車リサイクラーになると大きな夢を描いていました」。

折しも「あなたのその夢にお金出します」と、都市銀行大手から融資話が舞い込んだ。
融資額はなんと6億5,000万円。しかも無担保で!
「最新設備を備えたバカでかい夢の自動車リサイクル工場」が完成した。

「こんなにいいことをしているのは自分しかいない。回りの声に耳を貸さず好き放題でした。
国も銀行もどんどん支援してくれる。銀行は金融コンサルタントを連れてやってくる。
これなら10億でも引っ張れる、何の疑いもなく信じていました」。

雲行きが変わり始めたのは北京五輪の少し前ぐらいから。
鉄の相場がどんどん下がり始めた。
それでも強気でいた馬場さんを打ちのめしたのが、リーマンショック。
1トン7万円だった鉄が、一気に7,000円ぐらいになった。

無担保で借りた借金は返せる当てがない。民事再生手続きを開始した。
押し寄せる督促状の山に「もう、死ぬしかないと本気で思い悩みました」。
「最終的には破産するしかない」。
社内の最終ミーティングで出した結果を、仏壇の前で土下座してご先祖に報告した後、
両親と弁護士に告げた。
が、その翌日
「なんと銀行から債務免除の通知が来たんです。銀行にも責任があるからと」

それが6年前の10月25日。
以来、妹さん夫婦の協力もあって事業は順調に回復している。

私生活でも35歳の時を皮切りに3度の結婚と離婚を経験している。
「すべて自分勝手な私が撒いた結果。子どもの頃は親に甘え、大人になってからは
社会に甘え、本当に情けない私でした。
自分の人生を棚卸して改めて思います。
甘えが自分をつくってきた。今日を機に本当に生まれ変わります」。
会場に駆け付けたご両親を前にして馬場さんはあらためて襟を正した。

経営者には2つのタイプがある。PL(損益計算書)を重視するPL型と、
バランスシートを重視するBS型だ。
PL型は一年ごとの売上に注力し従業員数、店舗数など規模を追うが、
BS型は長期的展望でバランスシートの自己資本を積み重ねて強い会社を目指す。
言い換えれば、現在しか見ないPL経営は部分最適、
過去・現在・未来にまたがるBS経営は全体最適の経営である。

これまでの馬場さんはPL型だった。
規模ばかりを追いかけて基礎がなかった。
かくいう私も、50歳まではPL経営者だった。売上や規模ばかり追い求めた。
19歳で起業し50歳までの31年間に貯めた自己資本は1,000万円に過ぎない。
しかし、バブルの崩壊で巨額の負債をつくったことを機に
経営の根本的な間違いに気付き、BS経営を導入。
50歳で「自己資本1億円の未来ビジョン(BSビジョン)」を掲げて向かった結果、
7年後にその目標達成。
2020年には20億円を達成できる勢いだ。

自己資本木費用の数字を入れた未来ビジョンをつくり、社員と共有すると
全員が経営者になり、何十倍も経営力が増す。
BS経営は社員(経営社員=幹部)を育てる経営でもある。

私は馬場さんの何十倍もの負債があったが、
死のうと思ったことはただの一度もない。
うまくいけば金が儲かる。
うまくいかなかったら経験が儲かる。
どっちも儲かる。
本当の失敗は何もしないことだ。

チャレンジし続けてきた馬場さん。その先には必ず成功がある。
現在、19期で自己資本2400万円。
「これを11年後の30期、56歳で自己資本2億円にします」
最後に馬場さんはBSビジョンを力強く公言した。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ すばらしい話でした。感動しました。もっと自分を誉めて承認してあげてください。今までの経験を活かして成功してください。必ずできます。
・ 馬場さん、最高!失敗の数々をこれからの成功の糧にしてビジョンを達成してください。応援します。私も失敗を恐れずチャレンジします。
・ 「ものを大切にする」という小さい頃からの価値観が仕事になっている。すばらしいと感じた。私生活での浮き沈みが馬場さんの人生を色濃くしていると思う。
・ 東京三菱UFJから6億5,000万円の融資を無担保で受ける。普通の人にはできない体験です。強い信念、行動力のある馬場さんだからできたこと。30期、56歳で自己資本2億円にするビジョン。必ずできると信じています。
・ とにかくこけだけの資格を取るだけでも努力家です。30期のビジョン実現に向けて頑張ってください。
・ 馬場さんの体験が失敗だとは全く思いません。木村会長が言われた通り「やること」が全てだと思えた1日でした。
・ 大手銀行から6億5,000万円ものお金を無担保で引き出せる。馬場さんの器の大きさを見た気がしました。今後、どんなにビジョンが大きくなっても「ものを大切にする」という理念は持ち続けていただきたいと思いました。



 

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