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2016年11月15日

No.1752 木村塾やってみよう会11月度例会@

11月8日、大阪市北区の手品家梅田店で第97回「木村塾やってみよう会」を開催。
今回の「我が人生を語る」はフリーライター、池永美佐子さん。
我が著書『逆境に勝る師なし』や『BS経営のススメ』の執筆の際にお手伝いいただいた。
木村塾にもKKFC時代から参加され、会場には懐かしい顔ぶれが集まった。

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世界遺産の下鴨神社を遊び場として成長した池永さん。
子ども時代、おばあちゃん子の彼女はお墓参りのパートナーを務めた。
お墓とは恐怖の対象ではなく、命を考える場所だったのかもしれない。
また、母親の「女性も技術があれば社会に出て活躍できる。自立できる」という口癖は
生涯を貫く池永さんの基盤となった。
洋裁が好きでデザイナーを志すものの、時代背景もありそれを断念した母親。
紳士服店に勤める父親の職場の仕事を内職でこなすような女性だった。
ちなみに池永さんは2人姉妹の妹で、姉は医者になっている。

大人しく真面目で運動が苦手な少女時代。唯一の成功体験が、小学校の壁新聞。
書くことの楽しさに目覚めた。中学では美術部、高校では新聞部、
マスコミ関係の仕事に付きたくて関大の社会学部に進んだ。

時代はバブル真っ只中。卒業後、スポーツ用品の産業新聞に勤め記者になった。
華やかな記者会見やさまざまな人と接する日々を過ごし、
「名刺一枚でどこへでも行ける面白さ」も満喫するも、失恋がきっかけで転職を決意する。
次は広告制作会社で広告の仕事に。
海外旅行に行ったこともないのに、好きな人を追いかけて飛行機に飛び乗り
NYまで行ったのもこの頃だ。
「やったらできる」と機内で喜びに浸った。
しかし、またもや失恋で転職。「終わりは次の始まり。環境を変えて新規まき直し」と笑う。

やっと恋が実って1985年結婚を機にフリーランスになる。
ご主人は同じ歳でPRの仕事をしている男性。奇しくも私と同じ益田の出身だった。
この「益田」が、後に池永さんと私を結びつけることになるのだが。
翌々年には長男、続いて長女が誕生した。

幸せに見えた彼女の人生を、夫の病気が影を落とす。
1989年に発病、100万人に一人という病気(腹膜偽粘液腺腫)だった。
楽天家のご主人は、病気のことも軽く考えて過ごし普通の生活を送るものの、
1995年から2年間に3回もの手術を経験することとなる。
ご主人がベッドで子供達に綴った物語がある。
『てっちゃん、てつこ、てつぞうからの贈り物』、
そして益田の情景が描かれる『自転車に乗った小学生父さん』。
クリスマスに子供達に贈るため、著者名は「池 讃太(サンタ)」。
父から子供への愛情が溢れる贈り物だ。
のちに池永さんは物語に共感してくれた小学生の絵を入れて素敵な絵本にした。

最後の手術の時、池永さんは手術室へ呼ばれた。
白衣を着て恐る恐る入ると横たわるご主人がいた。主治医から病巣が思いの外広がり、
完全に除去できない旨を伝えられ、それを受け入れるように言われる。
手術室を出てご主人のお母さんと手を取り合って泣いた。その日から「姑は戦友になった」。
さらに、病気とお金がないという二つの現実も彼女を待ち受けていた。
「病気とお金。どちらか一つなら人は耐えられる。二つ同時は本当にしんどい」。
当時を思い出して、そう語る。
こうして絶食の中、タバコを燻らせ、夫は他界した。
葬儀の日には200名を超える方が別れに集ってくれた。
「一人ではない、こんなに沢山の人に支えられていた」と気づいた瞬間でもあった。

一方、6歳と9歳の子供を抱えた池永さんだったが、遺族年金は下りなかった。
理由は病気の発症と前後する形で起業していたご主人。
国民年金の一部未払いにより受給資格に届かなかったこと。
「夫はお金は遺してくれなかったけど、子供と人と仕事を遺してくれた」と回顧する。
逆境が池永さんの眠っている潜在能力をも引き出した。

「心優しく、粘り強いシングルマザーに」。決意とともに歩む日々が始まった。
フリーライターとしてのテーマも、生活に根ざしたものから自然と、
命や生き方に関わるものに変わっていった。
スポーツニッポンでの連載「リストラに勝つ、転職で天職」で取材した80人との出会いが、
自らの生きるバネになった。起業家の生き方にも共感した。
「人は皆、人生の主人公。心の窓を開くと力が出る。逆境こそが宝」。

私との出会いもこの連載の取材がきっかけだ。
私の講演を聞き、思わず「木村さんの人生を書きたい!」と願い出た彼女に、
私は『逆境に勝る師なし』の編集協力をお願いした。
益田出身のご主人が天国から繋いでくれたご縁かもしれない。
「ほとばしる想いがチャンスを呼び込む。そして、やっていたらできた」。池永さんは言う。

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もう一つ彼女に自信を与えてくれるのが登山。木村塾がやっている六甲全山縦走にも挑戦。
2011年の1/3を皮切りに、1/2、2/3と毎年距離を伸ばし、2015年にはついに全山制覇。
さらに昨年は、ひょんなことからキリマンジャロ登頂にも挑戦した。
9月の登頂に向けて、練習の日々が始まった。ほぼ毎週登山。
「気づくと登山靴を履いていました。登山を決断したら行動が変わるんです」。
人はビジョンがあれば行動が変わるのだ。

9泊10日のキリマンジャロ登頂ツァー。
半袖で登り始め山頂付近はマイナス20度にもなる。高山病のリスクもある。
山頂アタックの日。深夜に山小屋を出発し、ご来光を拝むために山頂を目指す。
池永さんもガイドやポーターとともに挑戦するが、途中で力尽きてしまう。
「命が大事。断念するしかない」そう判断した。
しかし担当のポーターは言葉が通じない。仕方なく無我夢中で登り続けた。
意識もうろうの中「オーーイ、もうちょっとよ!」という仲間の声が耳に入る。
下ばかり見て登山していたのに、上を見る余裕ができた瞬間だった。
そして山頂に輝く三日月と一番星。それは家の玄関にあるリトグラフと同じ光景だった。
ご主人が誕生日に贈ってくれたリトグラフ。その光景が山頂で待っていた。
5,685m、キリマンジャロ山頂ギルマンズポイントには、仲間と亡き夫の愛が待っていた。
そこに一歩一歩自分の力でたどり着いた。

池永さんの10年後の素晴らしいビジョン。
10年後までに10冊の本を出すことだ。『自己資本1億を作った起業家の物語』
『益田ものがたり』『金持ち母さん、貧乏母さん』『介護や終末医療に関するルポ』
そしてキリマンジャロを舞台にした恋愛小説。
彼女の中に自信や使命感と一緒に、本のテーマが湧いてきている。
ライターに必要なのは「聴く力=十四の心で耳を傾けること」だという。
「これからも自分の心に、そして人の心に耳を傾け、いろんな価値観や生き方を伝えたい」と話した。

出版不況と言われるが、本はものすごい力をもっている。
私が池永さんと出会って会社は10倍に伸びた。その要因の一つに著書がある。
池永さんの協力で著書を上梓したことで何より信用力がついた。
それまでさまざまな広告媒体に多額の費用を投入したが、さしたる効果はなかった。
しかし、自伝を出すことで私自身に対する信用が高まり、会社に対する信頼となった。
池永さんは「自分は経営者ではないから」というが、人はみな経営者だ。
人生という道の。本10冊。このビジョンに向かって邁進してほしい。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 「やってみなわからん、やったことしか残らん」。まさに木村会長のこの言葉を具体化された池永さんの人生に大変感銘を受けました。
・ 好きこそ上手なれの形、そのままの人生のようです。芳村思風先生の仕事観を思い出しました。遺族年金をもらえないことも「生きる力を与えてくれた」という池永さん。何でそんなに強い人なのだろう!
・ 「想いがチャンスを呼び込む」「やってみたらできた」「考えなくていい。大丈夫、なんとかなる」心の支えになる言葉がたくさん散りばめられていて友達にも聞いて欲しかったなあと思うくらい素敵な話でした。
・ 思いが深く、本当に素敵すぎました! いつも強くて優しい池永さんの原点に触れて感動しました。
・ ペン1本で家族を支えて生きて来られた池永さんの強さを感じた。
・ 「インターネットを過信しない」という言葉に共感しました。芯の部分は実際に会ってみなければわからない部分です。そのことを気付かされました。
・ 人と人とのつながりは人生を大きく左右するもの。一つ一つの出会いに感謝したいと思いました。具体的なテーマをもって生きることが自己実現につながると理解しました。
・ 六甲登山もキリマンジャロも積み重ねて来られた強さに引き込まれました。値打ちのあるお話しでした。
・ 経営に行き詰まり勇気をもらいに来ましたが、池永さんの話で自分に足りないものが分かった気がします。
・ 池永さんがキリマンジャロに登頂できたのは、今までの人生の逆境を乗り越えてきた経験があったのだと感じました。
・ 心の窓を開けたらラクになれる、幸せになれる。私もやり続けます。
・ 誠実な人生に感動しました。諦めずに人生を真正面から立ち向かう姿に痺れました。
・ シングルマザーとして苦労されたのに、「苦労の垢」みたいなものが全くなく、心が洗われるような素晴らしいお話しでした。
・ 「逆境の中に宝物がある」は、心の宝にします。
・ アフリカの精神「ハクナマタタ」。何があっても大丈夫、何とかなるさ。「感謝の数だけ幸せになれる。流した涙の数だけ優しくなれる。汗の数だけ強くなれる」。感動しました。
・ キリマンジャロの頂上での月と星の空の話で涙が出そうになりました。すべての言葉が心地よかった。
・ ビジョンが人を創る。10年後の私からの手紙を聴いて、ビジョンが明確だなあと感動しました。私も手紙を書いてビジョンを明確にします。



 

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