« 2016年11月 | HOME | 2017年01月 »

2016年12月27日

No.1757 木村塾やってみよう会12月度例会・最終回

12月20日、大阪市北区の手品家梅田店で第98回「木村塾やってみよう会」を開催。
いよいよ本会最後となる「我が人生を語る」セミナー。
大トリを飾ったのは(株)メンタルパワーパートナー代表取締役の森西美香さん。

「心技体」心と体と技術をつなげ能力を引き出すコーチングや研修を行う。
現在、個人のコーチングや企業研修を行う「オフィス・ニーズ」、
主にその指導者や企業のリーダー育成をはかる「メンタルパートナー」、
メンタルコーチで地域を元気にするNPO法人「健康づくり推進機構BTB」の3法人を展開する。

FullSizeRender.jpg%90X%90%BC%82%B3%82%F11.jpg FullSizeRender.jpg%90X%90%BC%82%B3%82%F12.jpg

1967年生まれ。京都府宇治市に生まれた。
クリーニング店を営む実家は近所で「ムツゴロウ一家」といわれたほど動物好きな家庭。
妹と茶畑を走り回り、犬、ウサギ、ハムスターに囲まれてすくすくと育った。
出産の半面、死とも向き合うことも少なくない。
命の大切さを肌で感じる中、お父さんの口癖「夢は叶うから心に宿る」
という言葉が森西さんの脳裏に刷り込まれた。
「商売人の家で育ったこと。自然と動物に育まれたこと。
そして夢は叶うという父の口癖。この3つが私をつくったのだと思います」
今回の人生の棚卸であらためて発見した宝物だ。

高校卒業後、就職。お稽古事として始めたエアロビクスにはまった。
「体が床に吸い込まれる感じ。気持ち良すぎて泣けた」。
すぐさま、自分もインストラクターになりたいと本格的に練習を始め、19歳で夢を叶えた。
梅田にあるスタジオ。「お客さんから気持ちよかった、ありがとうと言われてうれしかった」。
ショーにも出てスポットライトを浴びた。宝塚の男役になったようで輝いた。
充実した毎日。競技大会にも出るようになった。

しかし、人気商売。つねにプレッシャーと闘っていた。
身体を酷使して心の声を無視していた。
とうとう体が悲鳴を上げた。
横になると息の仕方が分からない。血尿が出てドクターストップがかかった。
休むと収入が途絶えて生活が苦しくなった。不安から自信を失い、自分を見失った。
「なぜ仕事をしているのか分からない」「どうして生きているのか分からない」
あらためて見回すと同僚もまた同じように悩んでいた。
心身一如を実感した。

「健康て何?」。自問していた時に阪神大震災が起こる。
沢山の人が亡くなる中、神戸に住んでいた森西さんも被災したが命は助かった。
「自分が生きている時間は、誰かが生きたかった時間」
「人生で大切にしているのが何なのか」が見えてきた。
競技生活を引退し、付き合っていた彼氏と結婚。
体だけではない「真の健康」を広げる活動を始めた。

実践心理学やコーチングに出会ったのもそのころ。
アメリカに渡り、メンタルトレーニングや「NLP神経言語プログラミング」という
コミュニケーション心理学を勉強した。
「心と体が一つにつながった瞬間だった」。
「夢は叶うから心に宿る」から「心に強く信じた夢は必ず実現する」に広がった。
「人生を真剣に変えようと考えたときに人生は変わります」。

10年後のビジョンを描いた。
ビジョンが見えると「何をやればいいか」が見えてきた。
「夢の種が芽を出した」。
2004年、オフィス・ニーズを設立。森西さん、36歳だった。
「講師として一人ひとりの輝きを引き出す喜びを知りました」
2010年には株式会社メンタルパワーパートナーを設立し、指導者養成の団体を立ち上げた。
「10年間で1,000人のコーチを立ち上げます。」現在、350人だ。

そして2011年、東日本大震災が起こる。
阪神大震災の体験がフラッシュバックして涙が出て震えが止まらなかった。
「恩返しをしたい。」すぐさま東北に入った。
心と体の健康づくりで被災地支援をしようと声をかけると仲間が集まった。
行政や医療関係者からは「手伝いは要らない」と断られたが、
まずは募金活動を始め、動いた。
核となる専門家が集まり、被災地の健康支援をスタートした。
2013年にはNPO法人「健康づくり推進機構BTB」を設立。
以降、身体づくりから人をつなげ、地域をつなげ、日本をつなげる。
地域福祉コンサルタントとして行政と共催し、
災害時に役立つ「防災からだづくり」の普及に力を注ぐ。
「海の水も1滴の水が集まっている。1滴の水が集まり海になるまでやっていこう」
と呼びかける。

「人生の出来事、すべて資源」「心技体とビジョンがあればお金もついてくる」
30年を振り返って森西さんの実感だ。
これから10年後のビジョンを発表した。

経営は言葉と数字。渋沢栄一も「右手に論語、左手にソロバン」と言っている。
森西さんは数字を「売上」で示したが、「売上」ではなく、
BS(バランスシート)の自己資本額、つまり資産であり貯金額だ。
会社としていくら資産をつくるか。この資産が未来をつくる。
PL(損益計算書)に現れる売上げは、1年ごとの結果に過ぎないが、
BSは過去・現在・未来の数字を表す。
森西さんは改めて「10年後、自己資本額1億円」を公言した。

夢は言葉だけでは幻想だ。
皆の前で公言した言葉と数字は、何よりも心にしっかりと刻まれたはずだ。

なお、当会が始まって7年。正直、ここまで続くとは思ってもみなかった。
門浦さんをはじめバトンをつないでくださった歴代塾長、お手伝いくださった皆さん、
会場としてご提供いただいた手品屋の前田社長ほか龍峰店長、スタッフの皆さん、
そして、ご参加されたすべての皆さんへ心から感謝申し上げたい。

木村塾は離れるが、来年度は堀江かりんさんが「BS経営セミナー」として
やってみよう会の要素も盛り込んだ経営セミナーを新規にスタートしてくださる。
大いに期待している。

FullSizeRender.jpg%90X%90%BC%82%B3%82%F15.jpg FullSizeRender.jpg%90X%90%BC%82%B3%82%F13.jpg

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 森西さんの「夢は叶うから心に宿る」「真剣に考えた時、人生は変わる」の言葉に生きる勇気をいただきました。
・ ブレない夢、ビジョンは必ず叶う。実践で経験されているのがよく分かりました。2018から大不況が来るといわれる中、生き方、あり方が問われる時代だと痛感します。
・ 「人生の出来事、すべて資源」「一滴の水が集まり大海の海となる」「夢は叶うから心に宿る」。発表ありがとうございました。
・ 森西さんの目指す世界、すごく共感できました。チームビルディングのお話しの中で「ビジョン、理念、夢を共有する」という言葉が響きました。
・ 組織の中でコーチングの必要性を共感した。
・ あらためて幼少期の環境、とくに親の言葉は影響力があると痛感しました。
・ 森西さんの生き方はもちろん、組織の作り方、言葉の使い方、すべて勉強になった。貴重な発表だった。
・ やってみよう会で学んだこと、出会った人、私の人生の宝物です。ありがとうございました。

2016年12月15日

No.1756 木村塾パワーアップセミナー「木村塾パワーアップセミナーとは?」

12月13日 大阪市北区にある手品家梅田店で第1088回パワーアップセミナーを開催。
木村塾での定期開催としては最終回。
私も門浦塾長も出張のため、大本達也さんが司会進行を務めてくださった。

FullSizeRender.jpgPU3.jpg IMG_6462.JPGPU5.JPG

その場で与えられた即題に対して考えを頭の中でまとめ、
2〜3分間スピーチするパワーアップセミナー。
このセミナーを始めて22年になる。

人前で全く話すことのできなかった私が、スピーチ力をつけるために
知人に紹介されたのが浅田幹子先生だった。
ショートカットで背筋の伸びた姿勢が美しいハンサムウーマン。
凛とした佇まいは、今もひとつも変わらない。
せっかく勉強するなら社員にもと、社内研修していただくことになったのが始まりだ。
お蔭さまで、自分の想いややりたいことを表現する力を付けた。
ここでの学びが社風の改善に大きな役割を果たし、今日のUBIを育てた。
浅田先生との出会いがなければ私の成長も会社の発展もなかった。

その後、取引先など外部の方へもご参加を呼び掛けて「早朝セミナー」となり、
木村塾の発足後「パワーアップセミナー」と名前を変えて今日に至った。
たくさんの方のお力添えで2013年には「1000回」を達成。
大阪第2ビルで行った記念式典が、つい昨日のように思い出される。

パワーアップセミナーは、プレゼン力を付けると共に
人の話を真剣に聴いて人間力を付けるセミナーだ。
その結果、コミュニケーション力が高まり、信頼関係が深まる。
小さな成功体験を重ねることで自信がつき、内なる力が湧き起ってくる。

最終回のお題はずばり「木村塾パワーアップセミナーとは?」
「自分の中で成長を一番実感できる学びの場だった」
「初対面や世代の違う人と話せるようになって世界が広がった」
「言葉の力を知った。言葉にすることで夢が実現した」「人生を変えた」
「人の話を聴くことで多様な価値観があることを学んだ」など、
参加者は自分にとってのセミナーの存在価値、成果、成長を嬉々と語った。

FullSizeRender.jpgPU%90%F3%93c1.jpg FullSizeRender.jpg%90%F3%93c%90%E6%90%B64.jpg FullSizeRender.jpgPU%92%B7%92J%90%EC.jpg FullSizeRender.jpgPU%83J%81%5B%83h.jpg

この日も浅田先生から発表者一人ひとりにフィードバック。
そして、ワンポイントアドバイスも。
「みなさん、パートナーを旦那とか、嫁さん、家内、奥さんと呼んでいませんか?
正しい表現は夫、妻です。どうぞ美しい日本語を使ってください」
「同じ意味でもいろんな表現を持つ日本語。その豊かさを知ってほしい」。
浅田先生からの貴重なプレゼント。

ラストは塾生の皆さんから浅田先生に、謝辞とともに花束と記念品が贈られた。
「このセミナーがあればこそ、私もこれまで元気に頑張れた。大勢の人に
出会わせてもらっていろんな話を聴かせていただき、ありがたい22年でした」。
涙ぐむ浅田先生。

1088回。浅田先生、ほんとうに長い間、ありがとうございました。
そして、門浦智さんをはじめバトンをつないでくださった歴代塾長、
参加してくださった皆さんに心から感謝の意を捧げたい。

なお、木村塾としてのパワーアップセミナー開催は終了するが
若い塾生の長谷川夕起さんが浅田先生を講師に招いて
新しいスタイルで引き継いでくださることになった。
新年1月17日にスタートする予定(場所、名称は未定)という。
なんとうれしい話だろう。
新生パワーアップセミナー、大いに期待している。

FullSizeRender.jpgPU%89%D4%91%A92%20-%20%83R%83s%81%5B.jpg FullSizeRender.jpgPU4%8FW%8D%87%20-%20%83R%83s%81%5B.jpg

2016年12月13日

No.1755 大阪木村塾 BS経営セミナー 12月度例会

本年最後のBS経営セミナーが12月6日、大阪市北区の手品家・梅田店で開かれた。
ゲストスピーカーは中央区にある堀江トラスト株式会社社長の堀江悟さん(56)。
木村塾では3回目の登壇。
仕事は別にライフワークとして笑いを通じて人生を学ぶセミナー「悟道(ごどう)」を開く。
ファンも多く、会場には当セミナーで過去最高の100人を超える参会者が詰めかけた。

堀江さんは27歳で開業、来年30年を迎える。
土地家屋調査の仕事のみならず今年4月に同社を立ち上げ、不動産業にも進出した。
境界紛争の土地に着目し、土地の境界を決定する「筆界特定」のプロとして、
新規事業を展開する。

IMG_6409.JPG%96x%8D%5D%82%B3%82%F11%20-%20%83R%83s%81%5B.JPG

「測って測って測り知りない」という、その人生は広く、深い。
難産の果てに誕生した堀江さんに、お母さんが口癖のように言った。
「うちはあんたに殺されかけた」。
長い間この言葉に呪縛され、自己承認できずにいた。
小学3年の時には淀川で溺れて九死に一生を得る。
幼心にも「仮死状態の中で死ぬほうがラク」という記憶が残った。

17歳の時にお父さんが交通事故で両足を切断する。
働けなくなったお父さんに代わって生活を支えるため、高校を辞めて焼肉店に勤めた。
「焼肉の鉄板を50枚くらい洗う毎日。蝶ネクタイを付けていらっしゃいませ、
とやっていると友達が食べに来た。悔しかった」。
その悔しさと中卒のコンプレックスがバネになった。

職業訓練校を経て測量士になった。
23歳で結婚。家賃1.5万円の府営住宅でスタートした新婚生活。
2人の娘さんに恵まれた。
「家族を食わせなあかん」という責任感が堀江さんの意欲に火を付けた。
勤めの傍ら、必死で勉強して土地家屋調査士に挑戦。
23歳から受験し、3発合格。25歳だった。合わせて同年に宅地建物取引士にも合格。
人生で初めて味わった成功体験。コンプレックスが消えると人生が好転した。

27歳で自身の事務所を立ち上げた。
日本のバブル経済が始まり、開業後は破竹の勢いで伸びた。
15万円の月給が、翌月150万、300万、600万・・・瞬間風速では2000万円に。
「自分は天才やと思った」
大阪城を眺めるマンションに住み、ハーレー、ボルボ、ロレックス。
ブランド品を買いまくり29歳で鶴見区に5,000万円の家を購入した。

1991年、31歳でバブル経済が崩壊したが、事務所は5人。
「シンプル イズ ストロング」の経営で乗り切り、好調の波は38歳まで続いた。
当時、お母さんが使っていた手帳にメモが残っている。
『また悟に天神橋筋で叱られる。私のことで切れそうとのこと。止められたらいいのに。
来年から年金も出るし。お父さんと2人と1匹、生きていけたら。節約、節約』。
「傲慢やったんです。人間、傲慢になったら人間と違います」。
亡き母親が遺した手帳を堀江さんは、傲慢の戒めとして大切にしている。

一方、堀江さんの人生は、病との闘いでもあった。
病名は「不安神経症(パニック障害)」や「うつ病」。
これまでに3度心の病にかかっている。

その度に病院で治療を受けたり、心理学の本を読んだりした。
筋トレで体を鍛えると治まったこともあった。
そんな中で気付いたことがある。
「感情は自分の意思でコントロールできない。放っておけばどんどんマイナスになる。
だから変えるにはプラスしかない。プラスの言葉、プラスの行動しかない」。

40歳の時には病気の根源が「自己承認できていない自分の中にある」と知る。
「母の『難産であんたに殺されかけた』という口ぐせから、
産道にずっと狭まれていた自分、自己承認できていない自分がいたんです。
『苦しい、助けてを言いなさい』というトレーナーの言葉に
思いっきり泣くと赤子のように生まれ変わりました」。
48歳、リーマンショックの時には、母親の死やスタッフの反乱と重なってうつ病を発症。
このときは岩波療法という呼吸法を取り入れた心理療法で良くなった。

結婚30年目、53歳に時には離婚を経験した。
「財産は全部、前妻に渡しました。すってんてん、いや、100万だけもらった(笑)」
「カネない、髪もない自分。なのに『私、稼ぐ自信ある』と言ってくれた女性がいて」。
その女性こそ妻、かりんさん。54歳で再婚した。かりんさんは当セミナーの主催者だ。

「どんな苦しい事も辛いことも、すべて笑いに変える」。
経験から紡ぎ出した堀江さんの人生哲学だ。
昨年はキリマンジャロにも登った。
「どんなに高い山も一歩、一歩。成功はこれしかない」。

一方、ビジネスでは53歳で裸一貫、資産ほぼゼロからまき直し。
にもかかわらず、銀行から5,000万円の融資を受けた。
しかも無担保、無保証。
融資を可能にしたのは30年間の決算書。
それと木村塾で学んだ「5年後、10年後のBSの数字を入れた未来ビジョン」。
決算書のBS(バランスシート)に裏打ちされた30年間の堅実な経営と、未来予測が
金融機関から評価された。

1年ごとのPL(損益計算書)に対して、BS(バランスシート)は過去から現在、未来を表す。
売上に注視するPLを「建物」を例えるなら、自己資本に注視するBSは「基礎、土台」だ。
どんなに高い建物も、基礎がなければ崩れてしまう。

最後に堀江さんは4年先に迫った「60歳のBSビジョン」を数字入りで宣言した。
「資本金1,000万円の会社を2020年に自己資本1億円に。そしてエベレスト登頂。
大学院でMBAをとって大学教授に」。
勢い付いて70歳(2030年)から100歳(2060年)のビジョンも公言。
「70歳で自己資本10億円。百名山と7大陸のサミットを制覇します。
80歳で自己資本100億円。90歳で身体障がい者や精神障がい者のための病院をつくります」
ちなみに100歳のビジョンは
「作業服を着て測量していたい。やっぱりこの仕事が好き。
生涯現役でレンズを覗きながら、あー楽しかったといって死にたい」。

年末のトリにふさわしい素晴らしい発表。
会場は大拍手に包まれた。

なお、木村塾BS経営セミナーは、来年度より「やってみよう会」と合体し
月1回の開催となる。

IMG_6411.JPG%96x%8D%5D%82%B3%82%F13.JPG IMG_6410.JPG%96x%8D%5D%82%B3%82%F12.JPG IMG_6412.JPG%96x%8D%5D%82%B3%82%F14.JPG

☆いただいたアンケートより抜粋

・ 堀江さんの生き様が、言葉に、エネルギーに乗っていて非常に心を動かされ、刺激を受けました。今日からさらに行動します。
・ 「マイナスは過去の産物」「やることは計画して実践するのみ」「人の話を聞いてスペースをつくる」など名言揃いですごく良かった。
・ 「真実は一つ。解釈は無数。プラスの解釈はプラスの行動から起きる!」名言です。
・ 笑いのある人生。人の話を聴きまくりスペースができたら一言かけて心の中に入り込む。折り返しの人生は成功率が高いなど、心に響いた。
・ 事実は一つ。それをどう見るか。絶対に諦めない心。いかに実践するか。未来で生きるか、過去に生きるか。全て心に残るお話しでした。
・ 「不安は過去の産物」。自分は過去を向いて未来を向いていなかったと、あらためて思った。
・ 私も深い呼吸で一歩一歩進んでいこうと思います。
・ 堀江さんの「プラスの行動がプラスに働く」「人間傲慢になれば人間でなくなる」「苦しい時には笑うとなんとかなる」「一歩一歩やるしかない」「人生=金+時間」。木村会長の「一人当たりの利益」「BSを共有することで経営社員をつくる」。勉強になりました。
・ 自分もポジティブシンキングに生きてさらに笑顔満開の人生にしようと決めた。100歳までのビジョンをコミットしてみようと思います。
・ 経験が深みをつくるのがよく分かりました。木村会長の「経営社員をつくる」が心に響きました。
・ 木村会長の話は何度聴いても素晴らしい。弊社でもBS経営に取り組むよう息子にセミナー参加を勧めます。
・ BS経営とは私利私欲から公利公欲経営へのチェンジ。少しヒントがつかめました。

2016年12月06日

No.1754 木村塾登山部 第7回「六甲全山縦走大会」開催

木村塾の師走の風物詩「六甲全山縦走大会」が12月4日開催された。
須磨浦公園を出発、高取山〜菊水山〜鍋蓋山〜摩耶山〜六甲山を経て宝塚までの区間、
全56kmを12時間以内で制覇する鉄人登山。
今年は東京からのメンバー2人を迎え、21名が参加した。
後半はあいにくの雨に見舞われたが、一人の怪我人も出さす無事終了した。

%8Fc%91%9671_large.jpg 15337573_1206293682790597_6179159107142153294_n.jpg

木村塾の六甲全山縦走は、単に山登りを楽しむ大会でも勝者を競うレースでもない。
自らが1/3・1/2コースを含むゴールのタイムを設定し、その目標に向かって挑む。
ライバルは自分。己との闘いだ。
練習を積み上げ、負けそうになる己の心と闘いながら各々が個々の記録に挑む。

縦走者だけではない。
準備、送迎、炊き出しなど大会を運営するサポートメンバーもまた、
「皆が最高のコンディションで登れるように」という目標に向かってベストを尽くす。
全員がチャレンジャーなのだ。
だからこそ、誰もが極上の達成感に包まれる。
木村塾の六甲全山縦走は参加者全員「己が主人公」のドラマだ。

山道はしばしば人生に例えられる。
上り坂もあれば下り坂もある。「まさか」という坂もある。
それを乗り越えてゴールに向かうプロセスは人生そのものだ。
前に進むだけが勇気ではない。
場合によっては「踏み止まる」「引き返す」勇気も必要だ。
惜しくも思う結果に届かなければ、再チャレンジすればいい。

そして目標を達成したときに身体の奥底から湧いてくる「自信」と「感謝の心」。
それが未来を生きる原動力になり、変化対応力になる。

IMG_6184.JPG%83G%83C%83h1.JPG IMG_6294.JPG%83G%83C%83h2.JPG

ゴール後は宝塚ワシントンホテルで温泉に浸かって館内のレストランで乾杯!
文野登山部長から全員に完走認定証や感謝状が贈られた。

なお、木村塾が主催する六甲縦走大会は今年度をもって終了する。
2010年にUBI株式会社の社内行事に合流する形でスタートして今年で7年。
正直な話ここまで続くとは思っていなかった。
歴代登山部長をはじめ参加してくださった皆さんの熱意と勇気に敬意を払い、
あらためて感謝申し上げたい。

しかし、六甲山は永遠だ。
己の記録にチャレンジする仲間がいる限り、縦走大会は続くと信じている。
来年以降も志ある方が集まって開催されるなら私も喜んで参加したい。
「やってみな分からん。やってきたことしか残らん」
これからも、より以上をめざして共に成長しよう。

%8Fc%91%96%88%EA%8C%AC%92%83%89%AE57_large.jpg %92c%8C%E0%8F%60102_large.jpg


2016年12月01日

No.1753 2016年11月度 実践目標の進捗報告

今年もいよいよ残り1カ月。皆さんの実践目標の進み具合はいかかでしょうか?
私にとって11月は飛躍の月になった。
というのも正月に転倒して以来、ドクターストップがかかって
登山やアスレチッククラブでのトレーニングから遠のいていたが、
先月半ばから久しぶりに六甲登山にチャレンジし、
徐々に距離を伸ばして先日はついに山頂まで登ることができた。

10年ひと昔というが、六甲登山1,000回達成から10年。
当時と比べると近頃は驚くほど体力の衰えを実感する。
やはり歳には勝てないのだろうか。
少しばかり弱気になっている自分がいた。

しかし、アスレチックトレーニングに代わって
新たなヘルスケアの目標として設定した階段昇り。
これが功を奏した。
最初は住まいのある25階建てマンションの階段を昇ることから始め
半年ほど続けると、梅田周辺のビルや駅の階段を含めて
1日平均100階がラクに昇れるようになった。
最近では150階越えも楽勝だ。

時には「止める」決断も勇気だ。
生きるためには手放すことが必要な時がある。
しかし、「できない」ことの言い訳はしたくない。
こちらはだめでも、他にできる方法はないかと考える。
諦めなければ「策」が生まれる。
今回の私は「階段昇り」がそうだった。
アスレチックがだめでも足はまだまだ使える。これで行こう、と。

やり続けると見えてくるものがある。
こつこつ積み重ねた努力は、結果に通ずる。
体力づくりだけではない。ビジネスも人生も同じだ。

久しぶりに挑んだ六甲山は体も軽く、とにかく爽快だった。
どんなに贅沢をしても、この達成感には及ばない。
この分なら日本百名山、いや80歳でのキリマンジャロ再登頂も夢ではなさそうだ。

15202629_1289992661052107_5306377813936236879_n.jpg

☆では、私の11月度実践報告を

・減量、減塩、断酒
・万歩計441/500万歩
・ヘルスケア、フロア階(3m換算)29,800/20,000階
・登山16/20回

・読書88/30冊
・英会話62/50回
・写経4,890/4,500枚(累計)

・大阪木村塾受講生 1,220/1,800名

・益田市活性化への
11月「第2回マジッククラブスタート」
「デザイン思考講座」

 

Copyright (C) 2017 KimuraKatsuo.com committee. All Rights Reserved / Powered by Genius Web