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2016年12月13日

No.1755 大阪木村塾 BS経営セミナー 12月度例会

本年最後のBS経営セミナーが12月6日、大阪市北区の手品家・梅田店で開かれた。
ゲストスピーカーは中央区にある堀江トラスト株式会社社長の堀江悟さん(56)。
木村塾では3回目の登壇。
仕事は別にライフワークとして笑いを通じて人生を学ぶセミナー「悟道(ごどう)」を開く。
ファンも多く、会場には当セミナーで過去最高の100人を超える参会者が詰めかけた。

堀江さんは27歳で開業、来年30年を迎える。
土地家屋調査の仕事のみならず今年4月に同社を立ち上げ、不動産業にも進出した。
境界紛争の土地に着目し、土地の境界を決定する「筆界特定」のプロとして、
新規事業を展開する。

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「測って測って測り知りない」という、その人生は広く、深い。
難産の果てに誕生した堀江さんに、お母さんが口癖のように言った。
「うちはあんたに殺されかけた」。
長い間この言葉に呪縛され、自己承認できずにいた。
小学3年の時には淀川で溺れて九死に一生を得る。
幼心にも「仮死状態の中で死ぬほうがラク」という記憶が残った。

17歳の時にお父さんが交通事故で両足を切断する。
働けなくなったお父さんに代わって生活を支えるため、高校を辞めて焼肉店に勤めた。
「焼肉の鉄板を50枚くらい洗う毎日。蝶ネクタイを付けていらっしゃいませ、
とやっていると友達が食べに来た。悔しかった」。
その悔しさと中卒のコンプレックスがバネになった。

職業訓練校を経て測量士になった。
23歳で結婚。家賃1.5万円の府営住宅でスタートした新婚生活。
2人の娘さんに恵まれた。
「家族を食わせなあかん」という責任感が堀江さんの意欲に火を付けた。
勤めの傍ら、必死で勉強して土地家屋調査士に挑戦。
23歳から受験し、3発合格。25歳だった。合わせて同年に宅地建物取引士にも合格。
人生で初めて味わった成功体験。コンプレックスが消えると人生が好転した。

27歳で自身の事務所を立ち上げた。
日本のバブル経済が始まり、開業後は破竹の勢いで伸びた。
15万円の月給が、翌月150万、300万、600万・・・瞬間風速では2000万円に。
「自分は天才やと思った」
大阪城を眺めるマンションに住み、ハーレー、ボルボ、ロレックス。
ブランド品を買いまくり29歳で鶴見区に5,000万円の家を購入した。

1991年、31歳でバブル経済が崩壊したが、事務所は5人。
「シンプル イズ ストロング」の経営で乗り切り、好調の波は38歳まで続いた。
当時、お母さんが使っていた手帳にメモが残っている。
『また悟に天神橋筋で叱られる。私のことで切れそうとのこと。止められたらいいのに。
来年から年金も出るし。お父さんと2人と1匹、生きていけたら。節約、節約』。
「傲慢やったんです。人間、傲慢になったら人間と違います」。
亡き母親が遺した手帳を堀江さんは、傲慢の戒めとして大切にしている。

一方、堀江さんの人生は、病との闘いでもあった。
病名は「不安神経症(パニック障害)」や「うつ病」。
これまでに3度心の病にかかっている。

その度に病院で治療を受けたり、心理学の本を読んだりした。
筋トレで体を鍛えると治まったこともあった。
そんな中で気付いたことがある。
「感情は自分の意思でコントロールできない。放っておけばどんどんマイナスになる。
だから変えるにはプラスしかない。プラスの言葉、プラスの行動しかない」。

40歳の時には病気の根源が「自己承認できていない自分の中にある」と知る。
「母の『難産であんたに殺されかけた』という口ぐせから、
産道にずっと狭まれていた自分、自己承認できていない自分がいたんです。
『苦しい、助けてを言いなさい』というトレーナーの言葉に
思いっきり泣くと赤子のように生まれ変わりました」。
48歳、リーマンショックの時には、母親の死やスタッフの反乱と重なってうつ病を発症。
このときは岩波療法という呼吸法を取り入れた心理療法で良くなった。

結婚30年目、53歳に時には離婚を経験した。
「財産は全部、前妻に渡しました。すってんてん、いや、100万だけもらった(笑)」
「カネない、髪もない自分。なのに『私、稼ぐ自信ある』と言ってくれた女性がいて」。
その女性こそ妻、かりんさん。54歳で再婚した。かりんさんは当セミナーの主催者だ。

「どんな苦しい事も辛いことも、すべて笑いに変える」。
経験から紡ぎ出した堀江さんの人生哲学だ。
昨年はキリマンジャロにも登った。
「どんなに高い山も一歩、一歩。成功はこれしかない」。

一方、ビジネスでは53歳で裸一貫、資産ほぼゼロからまき直し。
にもかかわらず、銀行から5,000万円の融資を受けた。
しかも無担保、無保証。
融資を可能にしたのは30年間の決算書。
それと木村塾で学んだ「5年後、10年後のBSの数字を入れた未来ビジョン」。
決算書のBS(バランスシート)に裏打ちされた30年間の堅実な経営と、未来予測が
金融機関から評価された。

1年ごとのPL(損益計算書)に対して、BS(バランスシート)は過去から現在、未来を表す。
売上に注視するPLを「建物」を例えるなら、自己資本に注視するBSは「基礎、土台」だ。
どんなに高い建物も、基礎がなければ崩れてしまう。

最後に堀江さんは4年先に迫った「60歳のBSビジョン」を数字入りで宣言した。
「資本金1,000万円の会社を2020年に自己資本1億円に。そしてエベレスト登頂。
大学院でMBAをとって大学教授に」。
勢い付いて70歳(2030年)から100歳(2060年)のビジョンも公言。
「70歳で自己資本10億円。百名山と7大陸のサミットを制覇します。
80歳で自己資本100億円。90歳で身体障がい者や精神障がい者のための病院をつくります」
ちなみに100歳のビジョンは
「作業服を着て測量していたい。やっぱりこの仕事が好き。
生涯現役でレンズを覗きながら、あー楽しかったといって死にたい」。

年末のトリにふさわしい素晴らしい発表。
会場は大拍手に包まれた。

なお、木村塾BS経営セミナーは、来年度より「やってみよう会」と合体し
月1回の開催となる。

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☆いただいたアンケートより抜粋

・ 堀江さんの生き様が、言葉に、エネルギーに乗っていて非常に心を動かされ、刺激を受けました。今日からさらに行動します。
・ 「マイナスは過去の産物」「やることは計画して実践するのみ」「人の話を聞いてスペースをつくる」など名言揃いですごく良かった。
・ 「真実は一つ。解釈は無数。プラスの解釈はプラスの行動から起きる!」名言です。
・ 笑いのある人生。人の話を聴きまくりスペースができたら一言かけて心の中に入り込む。折り返しの人生は成功率が高いなど、心に響いた。
・ 事実は一つ。それをどう見るか。絶対に諦めない心。いかに実践するか。未来で生きるか、過去に生きるか。全て心に残るお話しでした。
・ 「不安は過去の産物」。自分は過去を向いて未来を向いていなかったと、あらためて思った。
・ 私も深い呼吸で一歩一歩進んでいこうと思います。
・ 堀江さんの「プラスの行動がプラスに働く」「人間傲慢になれば人間でなくなる」「苦しい時には笑うとなんとかなる」「一歩一歩やるしかない」「人生=金+時間」。木村会長の「一人当たりの利益」「BSを共有することで経営社員をつくる」。勉強になりました。
・ 自分もポジティブシンキングに生きてさらに笑顔満開の人生にしようと決めた。100歳までのビジョンをコミットしてみようと思います。
・ 経験が深みをつくるのがよく分かりました。木村会長の「経営社員をつくる」が心に響きました。
・ 木村会長の話は何度聴いても素晴らしい。弊社でもBS経営に取り組むよう息子にセミナー参加を勧めます。
・ BS経営とは私利私欲から公利公欲経営へのチェンジ。少しヒントがつかめました。



 

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